Ⅱ.

文字数 1,955文字

すごく優秀なことで有名になった元子役がいるでしょう。
売れっ子で、天才子役と言われて、テレビで見ない日はなくて。なのに勉強もできて、有名な学校に通って……最終学歴は海外の名門大学だったっけ? そうそう。あの子。
中学に入学してしばらく経って、学校内でのわたしの順位がわかりはじめてきたころから、ママがその子を話題にすることが増えたの。わたしがどんな順位だったかはわかるでしょう? ギリギリ引っ掛かった学校なのだから、ご想像の通りよ――。
最初は「この子ってすごいわよねぇ」だったと思う、テレビをつけて、その子が映っているとママは必ずそう言ったわ。でもそれはすぐに「こんな娘が欲しいわね」になった。最初にママがわたしの前でそう言った時、(しまった)という顔をしてこちらをじっと見たのをおぼえているわ。ママはわたしの目をじっと見て、その失言を、わたしがどう受け止めるのか、わたしにどんな影響を及ぼすのかを量ろうとしていたのだと思う。それでわたしはね、「うん。そうだね」って言っちゃった。にっこり笑って、「そうだね。ごめんなさい」って。
そこから先はもう、坂を転げ落ちるようなものよ。わたしの成績は更に壊れていったし、ママも病んでいった。あの頃どうにかまともな成績をとれていた教科は、モイラ先生に見てもらっていた英語だけだったと思う。でもそれだけじゃ……。それにまともな成績って言っても、所詮中の下くらいだったのよ。だって、英会話の個人レッスンなんて、みんな当たり前に受けているような学校だったのだもの。
それで、学校から警告が来た。このままではこの学校にいられなくなりますよ、進路に困ることになりますよっていうやつね。学校から呼び出しを受けた後のママは本当に荒れたわ。

そういうわけで、「こんな娘が欲しい」が「あなたの中身がこの娘みたいになったらいいのに」に変わるのはあっという間だった。「外側だったらいくらでも好きなように変えられるのに、どうして中身はそうはいかないのかしら?」とまで言ったわね。わたしはそのたび「そうだね。ごめんなさい」って言い続けたわ。
はっきり言っちゃうと、ママはもう、わたしの何もかもが気に入らなくなっていたみたい。わたしはわたしでせめて成績だけでもどうにかするためにまた塾やら何やらに通ってはいたけれど、どういうわけか、何も覚えられなくなってしまっていたの。あなたにも経験があるかしら? 覚えようとすると痛みや悲しみ、焦燥感とともに何もかもが頭の中をすり抜けていくようだった。どうにか身に着くのはモイラ先生から教わる英語だけ。
この状態から抜け出すには休養と精神科でのケアが必要だということになったわ。それを聞いたママはますますわたしにがっかりした……。親子の関係って、こうやって壊れていくんだな、っていうのを経験したわ。
ほんとうに、「こんなこと」で壊れていくものなのよ。親子って。
そんな時期のことよ。パパの会社と関わりがあるXX大学の研究室が、うちにハダリーの話を持ち掛けてきたのは。

研究室でアバター(身代わり)アンドロイドの研究をしている。実在する(あるいは“した”)人間の見た目や行動などをコピーして運用するアンドロイドで、グリーフケアの領域での活用を目指しており、試験機が完成しているので運用試験をしたい。それをうちでやってみないかと言われたのね。グリーフケアっていうのは、「大切な人を喪失した人の悲しみをケアすること」よ。つまり、亡くなった人の身代わりであるアンドロイドとの交流によって、遺族の悲しみの緩和を図ろうというのね。
ハダリーっていうのはその試験機につけられたニックネームよ。正式名称はもっとややこしいのよね。
アンドロイド自体は、かなり前から珍しくもなんともないじゃない? 人と全然見わけが付かない機体が「人の姿が必要な仕事」を担っているのを当たり前に見るでしょう? “GC”(ガールズコレクション)のランウェイを歩いたアンドロイドのモデルもいるわよね、すっごくきれいな子。熱烈なファンがついて、メンテナンス代はすべて寄附で賄っているとか言うわよね。
でもあの子たちのキャラクターは特定の誰かをもとにしたものじゃあない。色々なひとの色々な部分をつなぎ合わせて作っているというけれど、まぁ、オリジナルと言えるわよね。積極的に誰かに似せようとしていない、という意味でね。
でも、わたしたちに持ちかけられたのはそれとは違った。
わたしをもとにしたアンドロイドを作ろうという話だった。具体的には、わたしという人間をそのアンドロイド・ハダリーのAIにコピー、つまり学習させて、わたしのかわりにハダリーに社会生活を送らせる。そういう試験をする。試験期間はわたしの療養期間中。わたしの状態が落ち着くまで。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み