落ち武者探し
文字数 3,178文字
私はワタナベツトム、三十六才の男だ。誰にも話したことはないが、幽霊を見ることが出来る。厳密に言えば、霊と呼ばれるエネルギーを視覚として見ることが出来るのだ。
私は自分の仮説を証明する為に三人の人物を集めた。
一人目はAさん、二十七才男性。オカルト好きだが、話す内容から学が足りないヲタク野郎だ。
二人目はBさん、十九才女性。外見は今どきの軽薄な格好をした女性だが、自らの体験から独自の考えを持っているようだ。
三人目はCさん、六十六才、女性。普通の主婦だが、歴史物が好きで小説や映画に詳しい。
彼らは、私と同様に幽霊を見ることが出来る。そんな人間を集めることは、思っていたよりも簡単だった。今は便利な時代で、インターネットでとそれっぽい奴とコンタクトを取ることは難しくない。事が事だけに、信用されれば会うのは簡単だった。後は、一緒に幽霊を見て、相手の能力のレベルを測るだけだ。この人集めで、面白いことが分かった。能力が低い者ほど、幽霊は見えてもエネルギーとしての霊を見える者が減るということ。
簡単と言っても、三人を集めるのに二年という時間が掛かった。そうまでして三人を集めた理由はこうだ。落ち武者の幽霊を探す。彼らの信頼を得てから、三人にそう伝えた。そして、本当の理由を彼らには話さなかった。話せば、検証に支障をきたすと思ったのだ。
二年前、私はネットの記事で「落ち武者の幽霊の寿命は四百年」という見出しを見つけた。記事の内容は、落ち武者の幽霊の目撃談が減っていて近い将来、目撃談はゼロになる。そうなると、逆算で「落ち武者の幽霊の寿命は四百年」となるそうだ。この記事を読んで、率直に「落ち武者をイメージ出来ない者に落ち武者の幽霊が見えるわけがない」と思った。
実際、少し前までは「女の幽霊」といったら長い黒髪に白い帷子の幽霊だったが、あの映画が流行ってからは「女の幽霊」と言ったら長い黒髪の白いワンピースの幽霊に変わった。これは明らかに世間のイメージが塗り替えられたからに他ならない。
これはあくまでも私の経験則だ。しかし、落ち武者のニュースは、私にとって絶好なチャンスだった。落ち武者の幽霊が現在、世間では限りなくあやふやなイメージしかないのだから知識量の違う四人で同じ幽霊を見たなら、その見え方の違いではっきりするだろう。
幽霊はその姿で存在するものなのか、それとも見た者の頭の中で存在するものなのか。
私は三人に落ち武者探しを提案する前に落ち武者の幽霊の出る場所を探した。それと同時に落ち武者の幽霊の出てくる話を片端から読み、歴史小説で勉強をした。今ではCさんよりもリアルに落ち武者の幽霊が見えるはずだ。
そして、私たち四人は太平洋に面したM町へやってきた。海岸線からほど近い場所に急斜面の山がある。所々、ごつごつした岩肌がむき出しになっており、海にせり出した崖もあった。私たちの目的地は急斜面を上るわけではなく、住宅地の奥にある森から山に入った中腹の神社だった。この神社は周りの岩場から海も見られれば、平地も見渡せる森に隠れていた。そんな立地から落ち武者の隠れ家になったり、戦中の防空壕が作られたりした。
私がここを選んだのは、四人が集まりやすいこともあったが、ここに伝わる落ち武者伝説が大きい。南北朝時代、敗軍の将が数人の雑兵を連れこの山に隠れたが敵方に見つかり、武将は敵に捕まってしまい部下はここで殺されたそうである。つまり、ここに出る落ち武者の幽霊とは雑兵の幽霊ということになる。当然、そのことを知っているのは私だけである。
私たちが神社に着くと、それは社の右手にある木の茂みにいた。と言っても、私は下調べで見ているので、居場所は知っていた。なので、三人に早速、知らせた。私たちには時間が無かった。Cさんが「友達と遊びに行く」と言って家を出てきたので、夕方には家に帰って夕食を作らなければならない。世の中には夜にしか幽霊の見られない人もいるが、私の集めた能力者はいつでも幽霊を見られる。幽霊に朝夜の区別がないのだから当然、いつでもそこに居る。
三人の観察が終わると、その場で私が訊いた。
「それで、どんな幽霊が見えました?」
最初に口を開いたのは、Aさんだった。
「鎧兜を付けた武将だね。背中に何本も矢が刺さっていて、刀を杖代わりにしている。矢が折れているのに抜いていないようだから、死に物狂いで逃げてきたんだろうね」
私は舌打ちしたいのを堪えた。このヲタク野郎が。そんな言葉を飲み込むと、Cさんが怪訝そうにAを見ている。
「Cさんはどうですか?」
私はCさんの答えに期待した。
「兜も鎧も付けていません。手甲と脚絆は付けていますけど。ざんばら髪をなんとか後ろで結わえている感じね。ここで休んでいたけど、力尽きたのかしら」
惜しい。私には彼女の話に時代劇のワンシーンが頭に浮かんだ。Aは悔しそうにCさんを睨んでいた。
「そうですか。Bさんはどんな風に見えますか?」
BさんはAの話を聞いてからずっと幽霊を見つめていた。
「ごめんなさい。私には白い塊にしか見えないわ」
思った通りだ。私は解答を教えるような口調で言った。
「あれは胴丸に手甲、脚絆の雑兵の幽霊ですよ」
Aが私を睨んでいるので、観念した風に続けた。
「さっき、下で解説を読んじゃいました。何某という武将は陣屋へ連れていかれ、残った雑兵がここに眠っているみたいですよ」
Aは納得した様子で、Bさんに弁明を始めた。しかし、BさんはAを無視して、Cさんに話し掛ける。三人が落ち着いて話しているので、一人で考えることにした。
それにしても、恐ろしいほど予想通りだった。Aは固定観念の塊だし、Cさんは時代劇好きが出ていたし、Bさんは自分の身に起こることだけを考えている。これで、私自身は納得できた。幽霊は頭の中で作られる。これは何処かで発表出来るかもしれない・・・。
そんなことを考えていると、Cさんが私に声を掛けてきた。
「そろそろ、行きませんか?」
私が三人を見ると、CさんもBさんも私を待っていた。Aだけが私を気にせず、Bさんに話し掛けている。ここに長くいると、Bさんに迷惑が掛かる。
「では、帰りますか」
私が先頭になって帰ろうとすると、目の前に白い塊が現れた。以前、来た時には居なかったものだ。
その塊の下の方には小さな白い塊が四つ、大きな塊の周りを等間隔で回っていた。私は振り返って三人を見た。三人とも驚いているが、Bさんの顔に恐怖の色は無かった。Bさんは白い塊と黒い塊で、有害な霊を見分けるらしい。一応、無害そうなのでほっとした。
しかし、小さな塊たちがこちらに向かってくると、AもCさんもパニックになりかけた。
私が逃げるように言ったが、誰も先に行きたがらない。仕方がないので、私がCさんの手を取ると、AもBさんの手を握った。目で合図して、私は大きな塊の横をCさんの手を引いて走った。Aも同じように走る。
私たちはこうして山を下りたのだ。
小さな白い塊たちは、大きな白い塊の周りに集まった。
小さな塊の一つが、大きな塊に言った。
「ねぇ、あの人たちにも見えなかったみたいだね、先生」
「そのようね。残念だわ」
汚れた白い着物に色あせた紺色のモンペ姿の三つ編みの若い女性が応えた。
「あのおじさんが見えてるのに私たちが見えないなんて、変よ」
落ち武者に指を指して、そう言ったおかっぱの女の子が先生の手を握る。
先生の反対の手を握って、汚れたランニングシャツに半ズボンの丸坊主の男の子が言った。
「僕たち、もう誰にも見つけてもらえないの?」
防空頭巾の男の子、女の子も悲しそうに先生を見上げる。
先生は困った顔をして言った。
「そうね、私たちは落ち武者よりも寿命が短かったのね」
私は自分の仮説を証明する為に三人の人物を集めた。
一人目はAさん、二十七才男性。オカルト好きだが、話す内容から学が足りないヲタク野郎だ。
二人目はBさん、十九才女性。外見は今どきの軽薄な格好をした女性だが、自らの体験から独自の考えを持っているようだ。
三人目はCさん、六十六才、女性。普通の主婦だが、歴史物が好きで小説や映画に詳しい。
彼らは、私と同様に幽霊を見ることが出来る。そんな人間を集めることは、思っていたよりも簡単だった。今は便利な時代で、インターネットでとそれっぽい奴とコンタクトを取ることは難しくない。事が事だけに、信用されれば会うのは簡単だった。後は、一緒に幽霊を見て、相手の能力のレベルを測るだけだ。この人集めで、面白いことが分かった。能力が低い者ほど、幽霊は見えてもエネルギーとしての霊を見える者が減るということ。
簡単と言っても、三人を集めるのに二年という時間が掛かった。そうまでして三人を集めた理由はこうだ。落ち武者の幽霊を探す。彼らの信頼を得てから、三人にそう伝えた。そして、本当の理由を彼らには話さなかった。話せば、検証に支障をきたすと思ったのだ。
二年前、私はネットの記事で「落ち武者の幽霊の寿命は四百年」という見出しを見つけた。記事の内容は、落ち武者の幽霊の目撃談が減っていて近い将来、目撃談はゼロになる。そうなると、逆算で「落ち武者の幽霊の寿命は四百年」となるそうだ。この記事を読んで、率直に「落ち武者をイメージ出来ない者に落ち武者の幽霊が見えるわけがない」と思った。
実際、少し前までは「女の幽霊」といったら長い黒髪に白い帷子の幽霊だったが、あの映画が流行ってからは「女の幽霊」と言ったら長い黒髪の白いワンピースの幽霊に変わった。これは明らかに世間のイメージが塗り替えられたからに他ならない。
これはあくまでも私の経験則だ。しかし、落ち武者のニュースは、私にとって絶好なチャンスだった。落ち武者の幽霊が現在、世間では限りなくあやふやなイメージしかないのだから知識量の違う四人で同じ幽霊を見たなら、その見え方の違いではっきりするだろう。
幽霊はその姿で存在するものなのか、それとも見た者の頭の中で存在するものなのか。
私は三人に落ち武者探しを提案する前に落ち武者の幽霊の出る場所を探した。それと同時に落ち武者の幽霊の出てくる話を片端から読み、歴史小説で勉強をした。今ではCさんよりもリアルに落ち武者の幽霊が見えるはずだ。
そして、私たち四人は太平洋に面したM町へやってきた。海岸線からほど近い場所に急斜面の山がある。所々、ごつごつした岩肌がむき出しになっており、海にせり出した崖もあった。私たちの目的地は急斜面を上るわけではなく、住宅地の奥にある森から山に入った中腹の神社だった。この神社は周りの岩場から海も見られれば、平地も見渡せる森に隠れていた。そんな立地から落ち武者の隠れ家になったり、戦中の防空壕が作られたりした。
私がここを選んだのは、四人が集まりやすいこともあったが、ここに伝わる落ち武者伝説が大きい。南北朝時代、敗軍の将が数人の雑兵を連れこの山に隠れたが敵方に見つかり、武将は敵に捕まってしまい部下はここで殺されたそうである。つまり、ここに出る落ち武者の幽霊とは雑兵の幽霊ということになる。当然、そのことを知っているのは私だけである。
私たちが神社に着くと、それは社の右手にある木の茂みにいた。と言っても、私は下調べで見ているので、居場所は知っていた。なので、三人に早速、知らせた。私たちには時間が無かった。Cさんが「友達と遊びに行く」と言って家を出てきたので、夕方には家に帰って夕食を作らなければならない。世の中には夜にしか幽霊の見られない人もいるが、私の集めた能力者はいつでも幽霊を見られる。幽霊に朝夜の区別がないのだから当然、いつでもそこに居る。
三人の観察が終わると、その場で私が訊いた。
「それで、どんな幽霊が見えました?」
最初に口を開いたのは、Aさんだった。
「鎧兜を付けた武将だね。背中に何本も矢が刺さっていて、刀を杖代わりにしている。矢が折れているのに抜いていないようだから、死に物狂いで逃げてきたんだろうね」
私は舌打ちしたいのを堪えた。このヲタク野郎が。そんな言葉を飲み込むと、Cさんが怪訝そうにAを見ている。
「Cさんはどうですか?」
私はCさんの答えに期待した。
「兜も鎧も付けていません。手甲と脚絆は付けていますけど。ざんばら髪をなんとか後ろで結わえている感じね。ここで休んでいたけど、力尽きたのかしら」
惜しい。私には彼女の話に時代劇のワンシーンが頭に浮かんだ。Aは悔しそうにCさんを睨んでいた。
「そうですか。Bさんはどんな風に見えますか?」
BさんはAの話を聞いてからずっと幽霊を見つめていた。
「ごめんなさい。私には白い塊にしか見えないわ」
思った通りだ。私は解答を教えるような口調で言った。
「あれは胴丸に手甲、脚絆の雑兵の幽霊ですよ」
Aが私を睨んでいるので、観念した風に続けた。
「さっき、下で解説を読んじゃいました。何某という武将は陣屋へ連れていかれ、残った雑兵がここに眠っているみたいですよ」
Aは納得した様子で、Bさんに弁明を始めた。しかし、BさんはAを無視して、Cさんに話し掛ける。三人が落ち着いて話しているので、一人で考えることにした。
それにしても、恐ろしいほど予想通りだった。Aは固定観念の塊だし、Cさんは時代劇好きが出ていたし、Bさんは自分の身に起こることだけを考えている。これで、私自身は納得できた。幽霊は頭の中で作られる。これは何処かで発表出来るかもしれない・・・。
そんなことを考えていると、Cさんが私に声を掛けてきた。
「そろそろ、行きませんか?」
私が三人を見ると、CさんもBさんも私を待っていた。Aだけが私を気にせず、Bさんに話し掛けている。ここに長くいると、Bさんに迷惑が掛かる。
「では、帰りますか」
私が先頭になって帰ろうとすると、目の前に白い塊が現れた。以前、来た時には居なかったものだ。
その塊の下の方には小さな白い塊が四つ、大きな塊の周りを等間隔で回っていた。私は振り返って三人を見た。三人とも驚いているが、Bさんの顔に恐怖の色は無かった。Bさんは白い塊と黒い塊で、有害な霊を見分けるらしい。一応、無害そうなのでほっとした。
しかし、小さな塊たちがこちらに向かってくると、AもCさんもパニックになりかけた。
私が逃げるように言ったが、誰も先に行きたがらない。仕方がないので、私がCさんの手を取ると、AもBさんの手を握った。目で合図して、私は大きな塊の横をCさんの手を引いて走った。Aも同じように走る。
私たちはこうして山を下りたのだ。
小さな白い塊たちは、大きな白い塊の周りに集まった。
小さな塊の一つが、大きな塊に言った。
「ねぇ、あの人たちにも見えなかったみたいだね、先生」
「そのようね。残念だわ」
汚れた白い着物に色あせた紺色のモンペ姿の三つ編みの若い女性が応えた。
「あのおじさんが見えてるのに私たちが見えないなんて、変よ」
落ち武者に指を指して、そう言ったおかっぱの女の子が先生の手を握る。
先生の反対の手を握って、汚れたランニングシャツに半ズボンの丸坊主の男の子が言った。
「僕たち、もう誰にも見つけてもらえないの?」
防空頭巾の男の子、女の子も悲しそうに先生を見上げる。
先生は困った顔をして言った。
「そうね、私たちは落ち武者よりも寿命が短かったのね」