歩きまわる死者

文字数 1,510文字

 あの衝撃的な映像が、世界中に流れたのは春のコトだった。
 あの映像が流れ始めた頃、日本のテレビではモザイクをかけて放送していたことが、今になって考えると滑稽に思える。
 ネットでいくらでも観られるコトと、言葉だけでは国民を信用させられないコトから、日本のテレビも数日後には死者の映像をモザイク無しで放送した。
 テレビのニュース番組で死者が生きている人間を襲う姿を見たとき、僕自身が世間の話題を信じていなかったことに気が付いたくらいだった。
 歩きまわる死者について言えば、映画やドラマで観るあれそのものだ。生きた人間が死者に噛まれれば、高熱が出て死に至る。そうして命を落としても過去の時代(今はそう呼ぶ)の一般的な死因でも、生きた人間の命が尽きればあれになる。
 映画やドラマが予言書になり、教科書になった。
 一か月くらいでアメリカ、EU、中国では、政府が手を付けられないくらい死者が増えたと、ニュース番組で話していた。
 二か月後には、中国の情報は一切出てこなくなり、EUでは中東も含めて大きな群れが国境を越えて問題になり、アメリカでは軍隊が暴走しているとまことしやかに囁かれた。
 三か月目には、EUの情報は無くなり、アメリカの大統領だとか軍のリーダーだとか地元のヒーローだとかの宣言が伝わってきた。しかし、それも長くは続かなかった。

 国内の話をすれば、最初の報道から二週間後に「よみがえり現象」が東京の病院で確認された。
 この時は、不謹慎ながらわくわくしたのを憶えている。当時、何度も何度も戦闘のシミュレーションをした。今でも武器は家に幾つも置いてある。
 その後、日本国内ではよみがえり現象が各地で起こり、ニュース番組では連日、報道された。
 数週間の間、国民は非常事態に備えて、まんじりとせず過ごした。
 そして、国民の殆どが気付いたのだ。

 「日本では死が管理されている」ということに。

 確かに独居老人があれに変わってしまい、それに気付かなかった近所の主婦が不幸にも被害にあった事故は、数件あった。それも直ぐに対策がなされ、今ではそんな事故は起こりはしない。
 病死、事故死、自殺に殺人、どれも発見が早いし、基本的には命を落とす人間は単体であることが多い。よみがえり現象には、どれも対応出来るのだ。
 その結果、日本国内では映画やドラマの様なことは起こらない。そのことに落胆した若者が沢山いた。勿論、僕もその一人だ。

 もう秋も深まり、冬はすぐ目の前に迫っていた。
 海外のニュースは、入ってこなくなって久しい。
 海から外国の死者が流れ着くことも懸念されたが、杞憂に終わった。まず、死者は自ら入水しない。そして、流れ着いても人を襲えないくらいに傷んでいた。
 歩きまわる死者の話題は天気の話と同じくらい普通のことになった。
 会社や学校、町内会レベルで講習会が行われ、死者の対処法は国民の殆どが心得ていた。主に死者の隔離と通報の手順を講習会で学ぶ。日本では複数の死者に遭遇することはないのだから、それで十分だった。
 しかし、日本では世界各国とは違う形で崩壊の危機が迫っていた。
 国内の治安は、過去の時代と変わらず維持された。
 経済活動は、計画的に抑えられている。
 それでも、国内の生活は輸入品で成り立っている。それを維持するのは、半年が限度だった。
 失業者の数はあの日以来、加速度的に増えている。生活必需品や食料は配給品に切り替わってきた。そして、テレビの放送は年内いっぱいで終わると報道されている。
 来年の年末には、日本の社会は崩壊しているだろう。
 我が家の武器は、皮肉にも生きた人間に使用されるのかもしれない。
 僕にはそれが怖かった。
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