第2話 新入行員たち

文字数 1,001文字

 俺、難波陽介は「みなとかもめ銀行」の新入行員。港南駅前支店の配属である。趣味はプロ野球観戦。応援しているチームはもちろん、港南バイオビーチムーンズ。「浜の月」なんていかにも弱そうだが、その通り。地元港南市育ちの俺は物心ついた時から応援しているが、優勝する姿をみたことがない。いや、三歳の頃優勝したらしい。が、もちろん覚えていない。そして今、俺と一緒にいる三人。彼女たちは同じ支店の同期。石井和歌子、斎藤風香、鈴木すみれ。女性三人と俺一人の新人配属なのである。そしてこの三人、それぞれいわゆる美人さんだ。同期の結束が固いのは素晴らしい行風でありラッキーなのだが、毎日のようにこのような場に駆り出されるのはどうも納得できない。仲良しとか、絆を強要されるのって、辛いだろうに。

 今いるのは「ムッシュ・ドーナツ」というチェーン店。なんでフランス語と英語の折衷なのかは分からないが、略称は「ムシュド」。港南駅の地下街にある。実は学生時代、下宿近くの店舗でバイトしていたことがあり、今更ここに通いたいとは思わない。いや、正直言うと通いたくない。が、彼女たちの選択に意見は言えない。言ってしまったら多分、高そうな店に連行され、たかられる。黙って従うのが正解だ。


 何しろほぼ毎日、俺はこの三人と顔を合わせている。そうなると美人とかいうのはあまり問題にならない。笑顔で「おはよう!」と言い合える日はもちろん楽しいのだが、どういう訳か全く近付けない雰囲気の日が、二週間に一度はある。しかもそれ、三人ともそれぞれにあるのだから、俺としては気を遣う。例の周期とも合わない訳で、何だかよく分からない。その日、出たとこ勝負になってしまう。

 この三人の関係も微妙に思える。お互い苗字に「さん」付けで呼び合っている。同期の女子は皆、下の名前に「ちゃん」を付けるんだと思っていたが、これは六月になっても変わらなかった。石井和歌子が恵和女学院大学卒の二十二歳、斎藤風香は赤川学院女子短大卒の二十歳、鈴木すみれは港南商業高校卒の十八歳。年齢がバラバラだから仕方が無いのかもしれない。そんな中で俺が誰かを「ちゃん」付けするとか、呼び捨てで呼んでみるとか、想像しただけで寒気がする。一方、彼女たちは全員、俺を「難波くん」と呼ぶ。十八歳の女性に君付けされるのは少し解せないところもあるが、そんなことに腹を立てていてはやっていけないのは、明白だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み