第4話 鈴木すみれ

文字数 689文字

 地下街を抜け、俺は一人、港京電鉄の改札に向かった。やっと解放されたという安堵と、賑やかな時間が終わったという虚脱感。入行前にはあり得なかった心境だよな、と自問していたところ、後ろから俺を呼ぶ声がする。鈴木さんだ。そういえば彼女は港京電鉄で港南から二つ目の東幸楽に住んでいる。無視すると明日が怖いので、一緒に歩く。ホームに登ったところで斎藤さんの話題になった。

 さっき書類のことを愚痴っていた斎藤さん。鈴木さんは同情を俺に強要したはずだ。「斎藤さんも、ああいうのやり過ごせばいいのにね。愚痴ばっかり。私、短大いかなくて正解だあ」これは何かの罠だろうか。簡単に同意してはいけないが、否定もダメだ。十八にしては確かに大人びている鈴木さん。背は低いが、胸はおそらく三人で一番大きい。「ところで難波くん、これなのだけど?」と言って映画のチケットを出してきた。そ、それは! 俺の好きなシリーズ、「HATMAN」の最新作だ。土日に映画に行くなどと漏らしたら、誰と行ったかと詰問されあらぬ疑いをかけられるのがオチだし、銀行業務検定と宅建の勉強があるので諦めていた。「ペアで貰ったんだけど、うちら四人だからさあ」それって、俺と二人で行こうって意味だろうか。嵌められているのではないだろうか。返事しかねていると、「あと二枚買い足して、みんなで行こうよ」と来た。俺がカネを出すのね、と瞬間に理解したが、抗えずにいた。
 電車は東幸楽に滑り込む。閉まるドア越しに手を振る彼女。胸も一緒に揺れているので視線がそちらに行ってしまう。俺は来月のクレジットカードの引き落とし金額をざっと計算し、ため息をついた。
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