第6話 雪解け

文字数 802文字

 久留米梅林寺の位牌堂は伯父の二五回忌の法要が行われている。木魚のリズミカルな音、老師と雲水三人による読経の腹から、朗々と吐き出す声が室内に響き渡る。お経の合唱が亡くなった人にも届くような厳かな気持ちにさせられる。
 式が終わり、参列者の姉夫婦と私たち夫婦四人は、老師に同席してもらい食事となる。修行道場の師家として日頃、雲水に厳しく指導されている。檀家との対話は、まことに和やかで、我々との対話は、禅の心というものを感じさせてくる。
 妹も来る予定だった。横浜から来る姉と妹は、七年前、父の介護の意見対立から、付き合いが疎遠になっていた。伯父の法要で姉弟妹三人が一緒になり、時の流れにより和解できはしないかと、私は期待した。法要がある一週間まえのことだった。入院中の夫が急病死した妹は、法要に参加できなくなった。
 妹は、夫の亡くなった後、遺言に従い姉に電話連絡した。冷めた感情にあった姉は、それでも伯父の法要の後で、妹の家にお線香を上げに行きたいと申し出たらしい。
法要が終わり、私は姉夫婦を乗せ、九州自動車道で直方の妹宅へ直行した。かたくなな関係だったが、義弟の位牌に姉夫婦は線香をあげ礼拝した。その後、大きなテーブルに五人が座り、姉は「この度は突然の義信さんの訃報に驚いています」と言う。
 妹は、涙を流しながら、夫の闘病を静かに説明する。数か月間入院し手術した後、自宅へ帰る予定にしていた。本人は介護が必要になる事を見越し、二階の寝室から、一階の仏間にベッドを購入し設置。本棚、机椅子、テレビやその他を、快適な介護生活を楽しむために、インターネットで多くの物品を購入し設置させていた。ベッドに寝ながら庭が見えるよう、居間の戸をも外させた。
 妹は語る、「もう一度、必ず戻ってくる」と本人は信じて疑わなかった。姉は妹の涙を見て心を動かされた。たった一人の妹の悲しみを慮る。雪解けの時が来たことを私は、感じた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み