笑と企み

文字数 7,639文字

「……お母さん、なんかオジサンとバカイロアスが居ないよッ?」

兄であるイロアスを再びベランダに見に行った後に、何かを煮込む母であるリュカの裾を掴み、引っ張りしながら口にする。
その、心配と言うよりも、不思議そうな表情を口を三角にしてセレーネは作る。それを青く優しい瞳にリュカは写すと、再び頭に手を乗せ口を開く。

「まあ、あの脳筋の考えそうな事だし、結界の外に魔族を狩りに連れていったのよ」

「なんでそんな事まで分かるの、お母さん。もしかして、神様の力ッてやつ??」

「違うわよッ。ただの、消去法よ? 鍛錬は庭でも出来る。でも、庭には居ない。

加え、ディーバが来る時は結界近くの魔族の駆逐を頼んでるのよ。それに、彼は仲間に頼られるのが嬉しい脳筋なのよ。

……まぁ、帰ってきたら面白い事してあげるから楽しみにしてなさいっ。ね?」

至って、表情を変えることなく推理を終える。その文言には『もしかしたら』や『かもしれない』など、可能性を促すような言葉は無く。断言すらして見せたリュカ。そんな母の見解をセレーネは手拍子をして『さすがお母さん』と賞賛をした。

そして、その次回予告にセレーネは心を踊らしているかのように体を左右に振りながら笑顔を作る。

「──それよりも、洋服、また解れちゃったわね。また、夜にでも直しておくわね? ごめんなさいね。私がこんな格好だから、街にもいけないで……」

「良いの!! 気にしないで? 私は、お母さんの手作りの洋服が好きなのッ!! でも何で、お母さんは神様なのに嫌われちゃうのかな……」

セレーネの首元にされた刺繍に触れながら憂いるかのような表情を、遠慮気味に青い瞳を覗かせながら作る。
 
その沈んだ声に、セレーネは髪の毛が踊るほど首を振り、リュカの水を使っていたせいか、赤みがかった手を握り直し、目を見つめた。

しかし、母が嫌われている。と言う事実だけは、やはり子として、思い当たる場所があるのだろう。失速して行く乗り物の様に弱まってゆく声量は、何処か心苦しいそうではある。

その言葉に、リュカは『それはね』と、鈴虫のような優しい声で受け止めるように解する。

「片羽を失ってしまっているからなのよ? それは実際あってはいけない烙印なのよ」

「──そんなあ……」

瞳にリュカの足元を写し、小さい手だけが何かを語るように、母に何かを伝えるように、離す事なく手を握り続ける。
リュカは、その手をもう片方の手で覆い被せると、穏やかに目を眠らせ一往復、首を横に振るった。

「良いのよ。周りがどう思っているかじゃないのよ? 自分がどう思い、どう考えるか。それが大事なの」

「んーと、どう言う意味? お母さん」

「……そうね、それはいずれ貴女にも分かるわ。セレーネ」

リュカは、悩んでるような素振りを見せるセレーネの握った手を取ると引っ張り椅子に二人で腰をかける。

二人の空間を家庭に満ちた音が暖かく鳴らす。
会話がなくとも・近くにいなくとも、その音が繋げてくれている。そのような音色。

リュカは、コップにせせらぎのような音を響かせながら口を開く。

「ふぅ……セレーネ? じゃあ、貴女はお兄ちゃんをどう思っているの??」

「どうって……べつに!! ……あんな……やつ」

「我を張るんじゃなくて、素直にゆってごらん? 誰もバラしたりしないわっ」

「──うーんと……やっぱり……支えたいと思うかなっ……?」

……そう、私は支えたい。お兄ちゃんの力になりたい。怪我をして帰ってきたなら誰よりも先に看病をしたい。

その役目は妹の私でありたいよ。

「支えたいの? じゃあ、もし喧嘩をして、イロアスが『ほっといてくれ!』と、距離を取る言い方をしたら、セレーネはどおするの??」

「距離を取る……」

それは、想像をしたら、案外……いいや、存外、怖い事。お兄ちゃんが私を必要としなくなって嫌いになって。そんな言葉を突き付けられたら、私は耐えられないかもしれない。
でも、

「それでも、もしお兄ちゃんが困ったことがあったなら、私は手を差し伸べたいよ。だって、私のお兄ちゃんはイロア……バカイロアスしかいないんだもん」

「なら、貴女も分かっているじゃないの、答えがちゃんと」

「……え?」

「相手がどう思うかじゃない。自分がどうしたいか。セレーネが言った事は、つまりはそう言った事なのよ」

お母さんは、いつもの様な優しい声で言う。だからこそ、私はその言葉を素直に受け入れる事が出来て考える事が出来る。

「私の……意思?」

「そうよ。そして、これは将来……いや、これからの生涯、きっとセレーネの役に立つはずよ? だから、私の事は大丈夫なの。こんな素晴らしい家族がいるんだもの」

お母さんは、私が笑顔になると、倍の笑顔で喜んでくれる。

自分の事は二の次に、他の人を考えれるのは、お母さんが神様だからなのかな。

そうだとしても、私もお母さんのような強い人になりたいな、なれるかな。

お兄ちゃんが、私達を守る強さを欲しているのは知ってる。なら、私もお兄ちゃんを、お母さんをオジサンを支える強さが欲しい。
だから、
「私にとっても、素晴らしい家族だとおもってる。だから私も強くなりたいなっ」

「ふふふ、貴女は十分、いや充分強い子よ? 私が保証するわっ」

何を根拠にお母さんは自信に満ちた声で云うのだろう。私は昔から支える所か支えられてばかりなのに。

でも不思議と、お母さんの言葉は安心できるんだ。これは、神様だからじゃない。私の大事なお母さんだから。だから、これからもずっと一緒に居たい。

「お母さんに、保証されたなら、間違いないねっ! へへへ。なら、掃除洗濯雨霰、もっと私手伝うからっ!!」

「ふふふ、優しいセレーネ。ありがとうね? お母さん、安心ねっ!」

「──ただいまぁ!!」

先程まで、一切聞こえなかった図太く逞しい声が部屋の中にドラの音の如く喧しい程に響く。

静水のような二人の雰囲気は壊され、セレーネはその声に片目を瞑り、口角を釣り上げ耳を塞いだ。

「……たっただいまぁー」

その後にオマケのように、ひっそりとイロアスの声が聞こえる。すると、セレーネは何かを訴えるかのようにリュカを見つめる。

それを瞳に写したリュカは水を口に含みながら小さく頷く。

「イロアスとオジサン何処に行っていたのっ??」

リビングに入ってくるなり笑顔で居るディーバ。その体に体半分が隠れているイロアス。

「いや、鍛錬だよ!!」

「──鍛錬?」

自分の行動に不自然さを感じたのか、イロアスはディーバの前に勢い良くでるなり、木刀を前にだしながら口にする。が、セレーネの疑問に満ちた顔は雲に隠れた月のように晴れはしない。寧ろ、より一層して深みがかったようにすら見えてくる。

その、偽りない純粋な清い瞳で見つめられたイロアスは、助けを求めるかのように目を逸らし、ディーバに熱い視線を送った。

「まー、立ってたって仕方がないじゃない。取り敢えず、座りましょう。ディーバも、魔族退治疲れたでしょっ? ご飯は出来てるわよッ」

母親らしく、席につくように、極ありふれた自然体で促す。

「おう! わりぃーなっと! いやあ、腹減った減った!! さっきからスパイシーな匂いがしてたんだよなぁ!!」

その発言に、イロアスの耳は“ピクリ”と動く。

「……?? バカイロアス! 早く座りなよっ!!」

「……っあ! ははは! わりぃわりぃ!! って今日はカレーじゃん!! よっしゃあ!!」

机の上に置かれた、緑・赤色をした、色とりどりの野菜が木の皿に盛られ。その存在感すら小さいものとしてしまう程にイロアスの目を虜にしていた物がある。それは、一口じゃ、入り切らないだろう“ゴロッ”とした芋・人参・肉がスプーンを入れただけで取れてしまう程にいっぱいに入ったカレー。そのスパイスが漂わせる辛く甘い匂いを、イロアスは鼻を広げ像の如く吸い込む。

「ぷぷぷっ……お兄ちゃん、何その間抜けな顔。だーさーいっ!!」

「おまっ! ださいとか言うなよ! 俺はカレーが好きなんだよッ! ばーか!」

部屋の中には和気あいあいとした言葉が募り、皿とスプーンが擦れ鳴る音が、その言葉に拍車をかける。

「──ほっふ! あっひー、けどうんめぇ!! 本当に母さんが作るカレーは最高ッ!!」

「ちょっと!! 私だって手伝ったんだからっ! 感謝しなさいよねっ!」

「ん? ぁあ、じゃーこのガタガタな形をした芋はセレーネがきったんだな? どれどれー? ……っお!! 形はアレでも味は芋だ! わはははっ!!」

「……ッ!? ばっ! 死ねっ! バカイロアス! もう知らないっ! ──あむっ……でもおいひいーっ!!」

『平和』『穏和』そんな会話が蔓延る中、リュカはそっと、揺れるメトロノームに手を添えるかのようにスプーンを置き、静寂を作る。


「……そう言えば、ディーバ?」

「あん……んあ?」

「イロアスは、魔族退治で迷惑かけなかったかしら?」

「ぁあ、なんだそんな事か。かっ……けるもなんも、鍛錬だったからな!! イロアスは行ってもいねーから!!」

焦りの表れか、ディーバは口に運んだ筈のカレーを鼻につけ、間抜けな顔をしながら否定。しかし、その何かを確信しているであろう、強い視線はへばりつくようにカレーを鼻から食べた男に纒わり付く。

「ふーん。じゃー、ちょっといいかしら?」

断りにくい雰囲気をつくりあげながら、リュカは言う。

「お……おう?」

「イロアスは、何処で鍛錬していたの??」

「あの、天の原だよな? なあ? イロアス」

その言葉に身を委ねるかのように、光の速度を超越した勢いで首を縦に振る。

その言うまでもなく大袈裟な態度にセレーネの可愛らしい垂れた瞳も釣り上がり小刻みに目元が動く。

それは暖かい湯気が立ち込める部屋が冷え込んだ瞬間だった。

明らかに変わった空気に二人は。詳しく言えば『イロアス』と『ディーバ』の表情は止まり。唯一動いていたのは、生唾を飲み込む喉仏。

その凍りついた顔を溶かすよう『フゥ……』と、リュカは溜息をつく。
それは、机の真ん中にある粘土で作ったのか、歪な形をした花瓶に生けてある花。
そう、セレーネが摘んで来た色彩溢れる花が揺れ動く程、強い溜息。

「まぁ、良いわ。それよりディーバ。黯鬼をつかったでしょ?」

「ど、どうして!? べ、別に使ってねぇーし!!」

「流石に、私でも分かるわよ。あそこまで強い気は……。あんまり使うんじゃないわよ? 体にだって負担かかるんだから……命を喰らう黯華を舐めちゃだめよ??」

「ぁあ、すまない。ありがとうな? まさか……リュカにここまで心配されるなんて思ってもいなかったからよ」

強い溜息は、台風の如く。その張り詰めた……具体的に言えば。『勝手に』と言う言葉が先につくが、その緊張感すらかっさらった。

そして、春の陽気みたいな暖かく、そして優しい雰囲気に再び戻る事ができたようだ。

──それはそうと、思いもよらぬリュカからの傷心したような言葉。その言葉にディーバは満更でもないないような表情を頭を掻きながら片眉を上げ作りあげる。


「……いいのよ。……でも、そう。でも、どおして、黯華なんて使ったの? そんな恐ろしい程に強大な力を使う価値がある物が。魔族が、居るとは思えないし……」

いつもは、神妙と言う言葉が似合うリュカ。しかし、今のリュカは全てを覆したかのように、顔を顰めていた。

ディーバはその姿に、何故かイロアスの肩を豪快に“バチン”と鳴らし叩く。

「……っえ? ディーバさん」

「いやな? リュカ。イロアスにどーしても見せたくてよ? ほら、コイツは強くなる事を望んでたからさ!! まあ、だから魅せる価値に足り得ると思ったーわけよ!!」

「──ディーバ? 今なんて言ったのかしら?」

それはそれは、物凄い気持ちよさそうな表情をしてリュカの問に答えた。
笑顔絶やさず、踊るような声で。

しかし、その踊るような声に対し。踊りを誘われたが、それを、断るかのようにリュカは冷めた態度を取る。
別談、珍しくもない。何方かと言えば、ディーバに対する変わらない対応。
だが、あの表情の後の切り返しだと些か迫力がある。いや、あり過ぎた。

「だーから!! イロアスに魅せ……っあ」

「……あちゃあ……ディーバさん……」

カレーを頬張るついでに開いた大きい口でボロを出す。そして、その口は静かに閉鎖され。スプーン一杯に乗っかったカレーは宙に舞う。

その哀れな姿を見て、イロアスは引き攣り笑いをした。

「ぷぷぷっ……」

惨めな姿を見てなのだろうか。
セレーネは堪えきれない笑いを、頬を膨らませ、尖らせた口元から吐き出した。

「なっ! セレーネッ! 何笑ってるんだ!」

「だって、お母さんが言ってた事思い出してッ……。ぷぷぷっ……お母さんはね? 最初ッから分かっていたんだよ??」

──はぁ。やっぱり、私はこの雰囲気が大好き。お父さんが居ないのは、言葉に言い表す事が出来ない何かがあるけれど。

それでも、この暖かい表情をする皆が大好き。

「それは、どう言った……!?」

「んーと。だからね? 私が、ベランダに様……月を見に行った時に居なくて。その事を言ったら『面白いものをみせてあげる』って」

「な……なんだとっ!!」

ディーバオジサンの、この騙された時に見せる大きいリアクションはいつみても面白い。

そして、その表情をみて嘲笑う、お母さんが少し怖くて。それが何故か病み付きになっちゃう。

──私、変なのかな。

「脳筋の考えそうな事ぐらい、分かるに決まっているじゃない。ばかなの?」

「ばっ……そんなッ……」

でも、こんな会話があって、私たちは構成されてる。
一人が欠けたら、この空間は保つことはできないんだろうな。

「ディーバさん……スプーンからカレーが落ちてますよっ?」

「カレーが可哀想じゃないの」

「うっうるしぇー!!」

「しぇーってなによ。何に焦っているのよ」

神様である二人が長い時間生きてきたなら。
ハーフである、私達は一体どれぐらいの時間を生きることが出来るのかな。
最後まで、最も後にある終わりまで一緒に居たいな。

もう、誰も欠けて欲しくない……。

そう言えば、お父さんとお母さんは、どんな出逢いをしたのかな。そして、どんな経緯・馴れ初めがあって惹かれあったのかな。

「セレーネ? どうした? 笑ってたと思ったら急に黙り込んで」

「ッ! ん? いやっ何でもないっ! お腹一杯だなーって!!」

心配そうに、顔を覗くお兄ちゃんの顔に驚いて話をはぐらかしちゃった。

そんな、はぐらかすような内容でも無いような内容なのに。

「……そうか? 無理して食うなよ。と、言ってもお前は細い体をしてるから。すこしは、太るべきだけどなっ? あははははっ」

──おやおや。すごーい愉しそうに話しているじゃないか。
でも、彼らの目には愉悦を感じることが出来ない。

「……ロキ様。如何なされましたか? その様な恐ろしい笑顔を為さっては天使達も……」

「ぁあ、ごめんね? ちょっと、第三ノ目を使ってねぇー。彼等を観ていたんだよッ」

「彼等とは……例の……でしょうか??」

流石、彼は勘が冴えてるねぇ。
 
僕の表情一つで、有りと有らゆる可能性の中からピタリと正解を言い当てる。

その無表情の中には一体どんな熱情・冷情等が隠されているのかな。

ぁあ、それを引き合いに彼を掌握したいっ……。

「そーそう!! 君は本当に、良い記憶力をしているねぇ……怖いぐらいだよぉっ」

「またまた、ご冗談を。目がその様な事を語ってませんよ。それに私めは貴方様に仕える身。私の力は貴方様の為にあるのです」

「頼りにしてるよ? 記憶の破壊=ダムナティオ・メモリアエを操りし者──テロスッ」

「そんな、頼られるなどと。拙い私めには勿体無いお言葉……」

よく言ったものだよね。僕はテロス、君が理解出来ないよ。
君はなーぜ、僕の元に居るのかな。

善の中ノ善。平等に終わりを知らせる神、テロス。別の名を破壊と始まりを司る者。

愉悦にも浸らず、快越も起さず。

──なのに、なぜ君はここに居る。

「……ロキ様? 目から殺意が溢れていますよ。大丈夫ですか?」

真っ黒い無地の法服を身にまとったテロスはロキに背を向けたまま口にする。

それ程までの、禍々しい殺気だったのか。それとも、そう言った類の物にこの男は敏感なのか。

「あっちゃー。ごめんごめん……君の事を考えていてねっ??」

それは、遠まわしにテロスに対しての殺意の表れ。
しかし、テロスは茜色と赤い色の縞目をした瞳を伏せる。

「それは、それは……」

控え目な対応に、似合わず発せられる荘厳な声。音に表れる堂々たるものは、彼の地位を示すには十分に足り得るものに違いない。

それを後押しするかのように、凛々しい四枚の白い羽・人生を語るには相応しい、深く彫り込まれ無数の皺・染まり無き肩まで伸びた、白い髪の毛が貫禄を物語る。


「テロスは、本当に隙がないよねっー。まったくもって零に等しい……いや。零だからこそ、君は君を保てているのかッ」

テロスの背中を獰猛な瞳に写し。ロキの左手からは、赤色と紫色が入り乱れた禍々しい程に現出している何かがある。

しかし、その指を多少動かすしか出来ずにいた。
それは、愉悦に堕ちても尚、恐れている。と言う事なのだろうか。

「私めは、そのようなつもりは……。ロキ様の考えすぎではないかと……」

揶揄するかのように、高笑いをしながら口を開くロキ。
それに対し、顎を軽く引きながら首を左右に振る。しかし、その老いた瞳の眼光は背後にいるロキを意識しているようにも見えた。

「まぁー、いいや。君はもう十分に罪を犯してしまった。僕と同様に。
──いや、僕以上にねっ!」

それを、知ってか知らずか。ロキは、左手のそれを握りしめる。すると、粒子のように弾け消えた。

そのままロキは近づくと、テロスの角張った肩に病弱的なまでの白い手を“パンッ”と耳につく音を出しながら置いた。

「──ね? 君はビクッともしない。なんだかなー、君のそう言った部分、ほんとーにほんとーに面白くないよー」

「申し訳ございません。自分で言うのも恥ずかしながら……この老いぼれの体は感覚が鈍っているのでしょう……反応が出来ないのはきっと、そのせいでございます。ロキ様」

背を向けたまま、忠誠に従う様に再び頭を下げる。

その迷いの無い、悪く言えばプライドも感じられない様は見た目の威厳に反し過ぎていて違和感すら感じる。それ程までに柔らかい物腰だ。



「まあーいーや。テロス相手に何を言っても意味は無いだろうしね……僕は天使達と遊んでくるよっ!!」

「……あまり、ご無理はなさらぬように……」

「──君こそねっ? 唯唯諾諾も良いけど。たまには羽を伸ばさなきゃ!!」

不気味に口を歪ませ、横目で笑いながら頭を下げているテロスの横を通り過ぎる。

テロスは、それから数分。細かく言えば、物音が静まり返るまで一歩動くどころか。
その、下げた頭すら上げることはなかった。

「私に、出来ることは限られている……あれから五年……時間がないぞ──リュカ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色