黒き炎の黯鬼

文字数 10,584文字

「でも、外はすっかり暗いよっ? これじゃー何も見えないんじゃ……」

「部屋の明かりが微かに照らすだろっ? それに見えているものを捉えるのがすべてじゃねーんたよっ!!」

口角を上げ、自身に対する自信の表れなのか、人差し指を左右に振り『チッチッチ』と舌を鳴らしながら、ディーバは口にする。
それに、『なるほど』と、納得するように頷き、目をキラつかせる。きっと、イロアスにとってディーバは高き存在なのかもしれない。高き、そして憧れの存在。実際、そこは崇められるべき存在なのだろうが、彼の親しみやすそうな風格や言葉からは、そんな気持ちは出てこないのかもしれない。良く言えば好かれやすく、悪く言えば神としての威厳がない。みたいなものだろうか。だが、威厳が無いのは服装も相まってなのかもしれない。何故なら、あの白い法服は何処へ行ったのか、今着ているのは黒いTシャツに茶色のハーフパンツ。一言で言うと『オッサン』と言うのが正しいイメージだ。

その得意げな顔を、横目にリュカはセレーネの小さい頭を撫でながら、冷たい視線でディーバを射抜きながら口を開く。

「何をそれらしい事を言っているのよ脳筋。イロアスも、あまり遅くまでやるんじゃないのよ?」

「リュカ! おまっ! 俺は師として……威厳返せよ!!」

その昔から、変わらない毒舌に変わらない大袈裟な反応を示す。が、一つ、いや二つ変わった点をあげれば、その反応にまた、嬉しそうに楽しそうに反応する二人が居る、という事だ。その暖かい空間は、さぞ居心地のよいものだろう。

微笑や大きい笑顔を見せるリュカやディーバの目には、互いを写すのではなく、セレーネやイロアスの歯を出して幸せそうに笑う姿が写って居るのだから。

もう一つはディーバと一緒で服装と言うものだ。どこかで見たことがあるような、薄ピンク色で首元には花の刺繍が施されたワンピース。そう、セレーネとお揃いの服。だが、羽が生えてる為に、背中は穴が空いている。

「もー、母さんはスグにディーバさんを、虐めるんだから」

まるで、説得力がないほど頬を揺らしながらイロアスが口にする言葉にたいし、リュカは首を横に振る。

「虐めてないわよ。虐めてるつもりもないもの。ただ単に嫌いなのよ? 私は……」

冗談に聞こえない程、冷めた態度で心から冷えそうな口調で平坦に言葉にする。常人ならば、この言葉だけで距離を取りたくなるだろう。それ程までにキツイ。しかし、それは飽くまでも『常人』ならの話。ベランダに腰掛ける彼は、きっとその類には該当されない。だからこそ、笑を絶やすことなく、事ある事に“ニカッ”と安心感のある優しい表情を出来るのだろう。

「違うぞ? イロアス。嫌よ嫌よも好きのうちってぇーやつよ!! ダハハハハッ!!」

「『命を知るものは巌牆の下に立たず』と言う素晴らしい言葉があるのだけれど、アンタは心得ていないから、態態死ぬ方向へ進みたがるのね?」

足を、“バシバシ”叩き肩を揺らし豪快に大きい口を開いて笑う真横を、果物包丁のような細く小さいナイフが通り過ぎる。

その容赦がない攻撃に、次第に笑い声は引き攣り声と変わり静かに終着を迎えた。

「……ねぇ、ディーバさん。今ので、フッと思ったんだけれど……その目の傷ってまさか……お母さんがやったんじゃないよね??」

「おー、鋭いな。そうなんだよ……昔な? 告白した事があるんだよっ」


「えっ!?」

「えー!?」

流石は兄妹。かなりの精度で息がぴったり。驚いたように唖然とするさまも、素晴らしい程にあっている。

セレーネは母を、イロアスはディーバを堪らず見つめた。

「昔、告白してよ? 知らないフリするもんだから、肩を引っ張って、より大きい声で告白したんだよ。そしたら次には言葉じゃなくて光が飛んできてよ? ダハハハハ」

過去に浸り笑い飛ばすディーバを後目に笑えてすらいない二人。
きっと、この時の二人の感情は、何故笑ってられるのか・何故、目を潰したのか。そう言った謎めいた疑問で頭が一杯だったのかもしれない。

しかし、その潰された事に対して恨みも何も感じさせない大きい笑い声は器量のでかさなのか。


「それでも、良く母さんと一緒に居れるね。俺だったら、怖くて怖くて……たまったもんじゃないよッ!!」

「……んー、そりゃあ、だって、そのずっと前からの仲だしな? 片目一つぐらいで崩れる関係じゃねーさ俺達はっ!!」

「かっ……かっ……かっけぇー!!」

「そんな事、どーでもいいから。早く鍛錬するならしてきなさいよ。御飯出来たら呼ぶから」

「はーい!!」

足早に、玄関に向かい、庭へとイロアスが足を運ぶ。ディーバは、その場からサンダルを履き直し庭へ。

互いに木刀を携えて、構え行うのかと思えば、そうでもないらしい。

軽い準備運動、及び柔軟を終え、剣先を斜め真上に、刃を己とディーバの顔を裂く様に縦に構えているのはイロアス。

「よーし! じゃあ、振ってみろッ!」

その合図と共に、イロアスは左足を、数センチ宙に浮かべ半歩踏み込む。そして、それと同時に木刀を後ろへ振りかぶり、へそ辺りまで振り下ろす。が、ディーバは渋い顔をして『違う』
と言わんばかりに溜息を付きながら近寄る。

「だから、お前は力み過ぎ、加え、振りかぶり過ぎなんなよな。良いか? 真上に剣をあげる、と言う行為は一対一。あるいは遅い奴相手なら有効かもしれない。だが、大勢に囲まれていたらどうする?」

「……えっと……」

「じゃ、振りかぶってみろ」

イロアスは、ディーバが言うように剣を振り上げる。と、同時にディーバの手刀が風圧と共に、イロアスの脇に当たる。

「分かるか? 力は入るが、その分、隙を生む。戦いの手練がそれを見逃す訳がないだろ?」

その正論に、イロアスは、まるで解けなかった難問が解けたようなスッキリとしたような表情を浮かべる。
その表情を見て、ディーバも満更でもないかとでも言うかの様に満足気な表情を浮かべた。

息が上がる度に、イロアスの気持ちは高揚していくかのように、鍛錬に激しさを増してゆく。

その、姿を流し場から心配そうな瞳で“チラチラ”と何かを隠すような目で見つめるのはセレーネ。

「あら、お兄ちゃんが心配? セレーネ」

「べっ! 別に心配なんかじゃないよう!!」

色合いが良く、鮮度がいいであろう野菜の皮を剥きながら女子談と洒落込む二人。
その、図星をつかれたかのように、わかり易く“ビクン”と肩を竦ませ、目を泳がしながらの反論。それを横目に、撫でるかのように優しい笑顔を浮かべるリュカ。

「素直じゃないんだから。一体誰に似たんだかっ。ふふふ」

「私はいつでも素直ですーだ! あ、お母さん。私も皮剥くの手伝うよっ!!」

「あら? ありがとうね、セレーネッ」

何か、思いついたかのように眉をあげ、手を濯ぐと、徐に、ベランダに向かうセレーネ。


「バカイロアス!! その木に刺さったナイフ!! それ取ってッ!!」

それは、先程殺意を具現化したものだった。

しかし、ナイフを取りに来た、だけにしては少し嬉しそうな表情をし過ぎているような気もしないでもない。

その声を聞いて、振りかけた木刀を止め。そして、意外と深く刺さっていたナイフを、鼻を広げながら抜く。

「……はいよっ、ナイフッ! つか、兄貴と呼べってーの!! それに、手を切るなよなっ」

「切らないし! それに……。おに、お兄ちゃんも怪我しないでよね──」

「ん? 何つった? 最後、声小さ過ぎて聞き取れねーよ」

“モジモジ”しながら、顔を伏せ、目を合わせようとせずに、小さい声でイロアスを心配したセレーネの勇気も虚しく。その声は、彼の鼓膜を刺激することは無かったようだ。

「もぉいい!! ばかっ!」

「──お前、本当にセレーネちゃんの声聞こえなかったのか??」

不貞腐れたような大きい態度の、セレーネの後ろ姿を見て不思議そうな赴きでディーバは口にした。それに対しては、意外と思いついてはいるが、それ自体に疑心。のような腑に落ちない表情を浮かべたイロアス。

「えっと……『怪我しないで』とか聞こえたけど、アイツがそんなこ──ぅおあっ!! ばっ!! 危ねーだろーがっ!!」

「死ねっ!! バカばかイロアス!!」

飛んできた先程のナイフに、上擦った声で驚いたような仕草を見せる。

しかし、そんな声より大きい声でセレーネの言葉が覆いかぶさった。

『フンッ』と、鼻を尖らせ、目を閉じイロアスに背を向け“バッタンバッタン”と音を立てながらセレーネはナイフも取らずに母の元へと戻る。

「──流石……親の元にこの子あり……だな……。リュカの子供なだけあるぜ……」

驚いているのか、感心しているのか。腕を組み頷きながら勝手に納得したような表情を浮かべるディーバ。その姿は、本当に前向きの姿勢そのものだろう。
その姿を見たイロアスは、ナイフの事なんか忘れた様に目を細め、剣先を見つめる。そして、木刀を激しく鈍い音で風を切りながら口を開く。

「ちょ! ディーバさん! 何言っているのさッ!! そんな事よりも、指導してよっ!!」

「指導って……基礎が大事だからなー。とりあえず、そのまま振りかぶらないで、振り抜く練習しなさいなっ! お前は、なんでそこまで強くあろうとする? この家の周辺に張った結界の中なら魔族にだって──」

「……約束したんだ。約束を……」

──親父と。だから、俺は強くならなきゃならない。
誰かを守れるほどのでかい手をしていない俺は、その分腕を広げなきゃ駄目なんだ。

別に、親父のように街の皆を守ろうとか、そんなでっかい事をしたいだなんて思わない。寧ろ、それに関してはセレーネが言ったように俺も街の奴らに対しては嫌悪。

だけれど、大切な者。身近な者・物だけは零さないように、

「だから、強くありたいんだよ、ディーバさん」

「約束ねぇー。それは、お前の、親父さんフィリアとのか??」

そうか、当たり前のように、ディーバさんは親父を知っている。顔見知りに留まらず、ちゃんと知り合っているんだ。
なら──、

「ディーバさん。親父は強かったの? やっぱり」

俺は、親父が実際に戦った所を見たことが無い。いや、見たことはあるかもしれないけれど、覚えていない。記憶に残っていないんだ。

「あー、強かった……よ? まぁ、子にしちゃーありゃあー、凄腕よ!! なんせ意思の持ち方が違う。屈強で・強靭で・威儀があった」

ディーバさんは、恥ずかしげもなく、親父を誉めそやす。
けれど、その言葉を聞いた俺は、多少こそばゆい感じもするけれど……それでも『やっぱり』と、再度親父の凄さに気がつく事が出来た。なんせ、母さんと同じ神様に認められたんだから。

なら、俺も、そんなディーバさんが認める。そして、親父が誇れる強さを尚身につけなきゃいけない。だよな、親父。

結界があるから安心。だけれど、『もし』と言う言葉はついてまわる。なら俺は、その『もし』に備えなきゃ。

セレーネとも約束をした、ずっと一緒だと。ならこの恐ろしい世界で生き抜く為に必要な守る強さを兄である俺は欲する。

俺はセレーネの純粋無垢な笑顔も、壊れてしまいそうな泣き顔も、月夜を眺め消えてしまいそうな後ろ姿も大切で、大好きなんだから。

だから、
「ディーバさん。俺も親父のように強くなりたい!」

「んー、何で親父を目指す??」

耳をほじくりながら、まるで俺の気の持ち用が間違っているかのように、熱意も何も篭ってないような口ぶりでディーバさんは言った。が、それに関して、俺の答えは明確なものだった。それは、憧れであり、そして皆が認める程に、「強いから、だから俺は目指したい」

「そうか、なら質問を変えよう。親父とはどんな約束をしたんだ? フィリアを超えろとか、そう言った事か?」

それは違う。親父と俺がした約束は、
「俺に何かあったら、俺の代わり、いや俺の分まで生きて大切にしてくれ。それが約束した内容だよディーバさん」

「だろ? 誰も目指せとも超せとも言っていない。イロアス? お前はお前なんだ。親父は民草を守る為に、本当に大切な者を残した。

その点をあげれば、アイツは駄目な奴なんだ。お前は、お前の出来る強さを磨けばいい。強さにだって色々あるんだぞ?」

「……例えば?」

「……その答えは自分で探すんだよ、イロアス。だから、お前は親父になろうとするな。その責任感の強さはいつか、自分の大切な者すら失うんだぞ?──な?」

最後に見せた、どこか切ない表情。その意味する所がなんなのか。それは分かりかねないけれど。それでも、その言葉は俺の心に深く重たく突き刺さった。

親父になるのではなく、親父をこすのではなく……か。簡単そうで難しい目標。

でも、
「ありがとう。おれ頑張る! だけど、鍛錬は怠らないけどねっ!!」

「おっ! そーかそーか!! よしよし!! それでこそ男よッ!!」

「ちょ! 恥ずかしいっつーの! ねぇ! ちょ! ディーバさんっ!!」

でも、ディーバさんの大きい手で頭を撫でられるのは正直嫌いじゃない。

そんな事、口には出せないけれど。でも不思議な感じなんだッ。

「ダハハハハッ!! 元気がいいなっ! じゃー俺は見回りに行ってくるかな!」

そう言えば、いつも来る時は散歩と称して出歩くよな。

「いつも何処に行くのッ??」

「あーあ、そうか。お前、魔族は見たことが無いんだっけ??」

正直、聞いてはいたけれど、結界の外に出たことが無い俺は見た事はなかった。

ただ母さんの話や親父の話を聞く限り、とんでもなく恐ろしい怪物らしい。

「ないよっ」

「じゃー、付いてくるか? 離れないって約束が出来るなら」

意外なセリフだった。俺はてっきり濁され置いて行かれるものとばかり思っていたのだから。

これは、俺が強くなりたい云々の話をした成果とでも言うべきなのだろう。そして、俺は当然のように、

「行くっ!! 付いていく!! 絶対離れないからっ」

この胸の高鳴りはなんなのだろうか、あまりにも激しすぎて呼吸の仕方を忘れそうになる。
恐怖なのか、楽しみなのか、でも足の震えは、きっと意識していない部分での不安から。

だけど、ここで一歩下がってちゃ意味がない。俺は前に出る。

「じゃー、しっかり付いてこいよ?」

「わかった!!」

その、ハッキリとしたイロアスの言葉には何かを考えているような強い意思が篭っているようだった。そして、それを分かっているかのようにディーバは澄ました笑顔を見せる。

二人は、部屋の人達。詳しくゆえば最も危険なリュカにバレないようにだろう、忍び足で家を抜け出す。

その緊張感をまるで楽しんでいるかのような“ワクワク”とした臨場感をイロアスの雰囲気から感じてくる。

月明かりも、ディーバやイロアスに力を貸すように割れた空の隙間から覗かせていた顔を隠し、暗闇を作り上げた。

ディーバは、木陰に隠れながら手招きを行い、それを確認するとそそくさと小走りをイロアスはする。

「むちゃ……くちゃ……緊張ッ!!」

声をかなり抑えているのか、小さい声は途切れ掠れ聞こえてくる。

だが、不思議とイロアスの表情は焦りではなく笑顔。

「……よし。取り敢えず、此処いらで神威を起こすから、待っててくれっ」

「──し……んい? って?」

「簡単に言えば、力の解放かな?」

その言葉を皮切りにして目を瞑り、両手を編み沈黙を作る。イロアスは、いつも騒がしいディーバの静かな一面をみてか、それとも神としての威厳ある風貌を目の当たりにしてか、『解放』について質問を出来ずに、ただ見守るような瞳でディーバを写しながら黙り込む。

時間が、数十秒過ぎる事にイロアスの浮き出た喉仏のみが大きく上下に動く。そんな見るからに緊張感がある空間にひたすら静かにディーバは佇む。


「……初まりを報せる鐘の福音・因習を裁つ断罪の歌・我が身に宿りし律動を奏で鳴り響く導に従い解放す──」

小さく詞を発する。それは、眩い光が立ち篭める訳でも、ミカエラ達が作り上げた魔法陣のようなものもない。実に静かなもの……静黙であり神秘的なものだった。

裂けた空から顔を出した月が、まるでディーバのみを照らすかのように明かりを灯し。
音も無く具現化した羽は羽化後の蝉の羽のように折り畳まれていた。そして、静かにゆっくりと騒ぎ始める。まるで、ディーバの呼吸に合わせて風が吹きつけるような、大気そのものがディーバの支配下のような、不思議な感覚だ。

「──ふう。やっぱ、いつやってもこの感覚だきゃー慣れないな。違和感でしかないぜまったく……」

涼しい顔で、やり遂げた感を出し惜しみなく発揮するなか、取り残されたようにイロアスの表情だけが静止したままだった。


「……ディーバさん。今のが、詠唱なの??」

「そそ! まぁ、実際あんな長ったらしい事言わなくていいんだけどなっ!? ダハハハハ」

「っえ!?」

「言葉には全て意味があるだろ?? 俺達のソレも同じ。その力を出すのに必要な部位がある。まぁ『会話』と似てるっちゃー似てるな」

「ごめん……意味がちょっと……」

「んーと、朝起きたのに『おやすみ』や『いただきます』って言葉は可笑しいよな? その場、その場で正しく大事な言葉がある。

つまりは、神威を起こすのに大事な欠かせない言葉がある──と言った所だ。

ただ気持ちを込める、思い入れる。と、いう点で詩を作ると言うのは大事なんだよ」


ちんぷんかんぷんな、まるっきり付いてこれていないのだろうか。首を傾げ項垂れた表情をするイロアス。

ディーバは気にもしていなかった当たり前の事に対しての説明に難を強いられているかのように、こちらもこちらで渋い顔をする。

「だからな? 神威を起こすのに大事な言葉。例をあげれば『福音』この言葉は絶対加えなきゃいけない。

しかし、ただ単に、『福音』とだけ言っても気持ちが篭らないだろ? だから皆、イメージをしやすい様に、気持ちを込めやすいように詩を作るんだ──分かったか?」

「じゃあ、必ずしも、ディーバさんのセリフを言わなきゃいけないって訳じゃないの?」

「……つまりは、そう言った事だなっ!! だから、それが一言で使える物だったら、それを口にするだけで放てる。──例えば、この黯華の技」

神威で具現化した黯華を手に取ると、イロアスの前に掲げる。

そうして『取り敢えず離れて』と促し、地面に黯華を突き刺した。

「色々、制約はあるが、見てろよ? 獄鳳炎火ッ!」

すると、真っ暗な空間に狭い火柱が立ち上がる。

「これは、地に突き刺すと言う制約はあるが、『獄鳳炎火』と言う一言で使える」

「すげー!! じゃあ、俺にも使えるのっ!?」

その、問に対しては心細くなるような、曖昧な表情を浮かべ口を開く。

「……どうなんだろうか、そもそも人間、俺達の子には、そう言った力を授けてない。だが、お前はリュカとの『ハーフ』だから……何とも言えねーな……。

俺達の魔力、まあ法力とも呼ぶが、それはこの羽で練り込む。羽には神経が張り巡らされているから密度が生まれるからな……でも、お前には羽はないし──まぁ、無理だろ! ダハハハハッ!!」

考えるのが面倒になったのか、先程の見るからに真剣悩む様が、台風が過ぎ去った空のようにすっかり無くなり、変わり果て、誤魔化すように、イロアスの肩を叩きながらデカイ声で笑うディーバ。

しかし、意外と無理だと言われた事に堪えたらしく、悔しがるような表情を浮かべながら地面を蹴った。
「なあーに、お前の親父はそれでも強かった。『神の加護を受けし者』とか言われていたけど、リュカは一切力を使ってない……。と言うか使い切れない。
だからあれはフィリアの実力。人としての実力なんだ。

神威なんか無くても生きていけるって事だな! ねじ伏せれてしまう力なんか本来はあるべきでは無い。それはいつか戻る事の無い快越に変わってしまう。

だから、苦労をして、努力をして、痛みも喜びも分かち合いながらお前達には生きてもらいたい」

その文言は、熱意という物が感じられるものだった。
そして、それが伝わったからこそ。神のお告げとして受け入れられたからこそ、イロアスは何も言い返すこともなかったのだろう。

「じゃー、魔族を探しますかねッ!!」

「どうやって?? こんな暗い中で……」

「第三ノ目って──分かるわきゃーないよな。えっとな、一時的に俺の視力を他へと移して観る技術かな? その分、かなりの情報量が入ってくるからシンドイんだけどさ。俺不器用だから、精密に練れないから向いてないんだよ……これ」

言いかけて、頭を掻きながら、懇切丁寧に説明をし、最後には自分の不向きすらをアピールまでしたディーバ。しかし、今回のイロアスの表情は、先程のように辛そうな表情を浮かべることは無く。理解しているような、神妙な赴きで口を開く。

「つまり、ここに居るディーバさんは目が見えなくなるって事??」

「っお!! 今回は物分りがいいじゃねーか!! そうそう、だからこの体を見張ってくれる奴が居なきゃ使えないって事さ! じゃー待っててなッ」

理解が早くて助かったかのようにわかり易く安堵した様に顔を緩め笑顔を作るディーバ。

そして、また再び瞑想に入る。

「──あー居るなぁ……でも、そんな強い奴でもねえーな。取り敢えず、近くにはコイツだけだし腹も減ったし……」

独り言を自問自答しながら声に出すディーバを、ちょっと引き攣った表情で見守るイロアス。

しかし、その踵を浮かし浮かししている様は、何処か楽しみにしているようにも見える。


「……ふう。──疲れたッ」

「凄い息上がってるけど、平気? 膝もガクガクだよ? ディーバさん」

「え? ぁあ、大丈夫。本当に苦手なんだよ、これは……取り敢えず行くか。結界の外、すぐ近くに居るからよ」

そう言って、昼間の原っぱを通り過ぎる。

踏みしめる音は寂しく二人を包み、追い風は優しく体を撫でながら勇気をくれるかのように優しく押してくれる。

その力に後押しされるかのように二人の足取りは早く大きい一歩になっていた。

「よし、アイツが今日のターゲットだ!」

黯華の剣先で示す場所に居たのはスライムの形をした魔族。
その中心部には紫の瞳が一つだけくっついている。
ただ、月明かりに照らされた半透明の体の中には無数の骨と思しき白い物体が、進む度、波で揺れるゴミのように体内を漂っていた。

「アレは……人骨!?」

「まぁ、それは分からないが、今日殺した奴だろーな。人間だとしたなら、騎士団の連中だろーな」

「どうして、そう分かるの??」

「ベスターダは動きが遅い。故に討伐依頼があり関わりを持つ以外、普通に逃げれる筈だからな」

そう、説明も兼ねながら落ち着いているような余裕だと分かる表情を作りながらディーバは間合いを詰める。

その足音に反応しているのか、それとも微かな地揺れに反応しているのか。

ベスターダは、まるで、捕食体制を取るかのように薄く広がり出した。

──次の瞬間。時間にして、ほんの数秒足らずだろ。まるで、居合の間合いに入ったかのように、ベスターダは左右から抱き締めるようにディーバを襲う。

その見た目に反した獰猛かつ大胆な撃にイロアスは瞳孔狭め大きい口を開く。

「──ディーバさーんっ!!」

その、見るからに畏怖した表情から繰り出された声は、イロアスが想像していた声量とはきっと違うであろう情けないもの。

──が、風が切れる音が遅れて聞こえるほどに早い剣さばきで、もはや、切った回数、ベスターダからしたら斬られた回数が分からないであろう程に微塵になっていた。

その、圧倒的な力の差にイロアスの竦み上がった肩は静かに撫で下ろされた。

「まだ来るなよ!!」

「──え?」

宙に浮いた足を思わず止めて、言葉にこまるイロアス。
ディーバは、変わらずに黯華を構えたまま。

「……そうか……相手は──まだ」

何かに思い至ったかのように、足を戻し瞳にディーバを写したまま立ち止まる。

ベスターダは、ディーバから少し離れた場所で再び形成をし始め、次は彼方此方に散らばる岩や石ころを体に入れ込み、次は斬られまいと硬い鎧のように作り上げた。

「……こいつら、学習して──」

「中には居るんだよ。ベスターダは力自体は弱い。だからこそ知恵を使う。方やトードと言う巨人は欲に素直すぎて、知能の欠けらも無い」

いつもの、おちゃらけた物言いではなく、一言一言をハキハキとわかり易く話すディーバ。

そのベスターダを見据える鋭い眼光は穏やかな表情だったとしても、竦然すらしてしまうだろ。

すると、剣先を上から下にする。さながら、下段の構え。そうして、柄を握り直し、足場を慣らすように、踏みしめ直す。

「イロアスッ!! 特別に、俺のチョーカッコイイ技を魅せてやるよ!! ママには内緒だぞー!!」

体を広げ受け身の体制を取っているベスターダを確認してだろうか、微笑を浮かべ再び睨む。

「──黯華に宿いし極炎鬼・統べを呑み込み絶する嘆きの咆哮・秩序を破りて結ばれた呪縛から解き放つ我の願いは邪を滅する力なり・猛り狂え!! 黯鬼!!」

「……ッ!! お……鬼ッ……が!」

下段に構えた、剣から放たれる、黒く赤い炎が瞬く間にディーバを包み込む。

その炎は闇に溶け込むように、明かりを発することは無く、黒く暗く燃える。ただ、それが何故、炎だと理解できてしまうのか。というと、伝わる熱気、揺蕩う部分から見て取っても、それぐらいしか例えようがない。

そして、その包み込んだ炎が成した形が恐ろしい形相をした鬼。

ディーバが、剣を振りかぶると、普段の刀身よりも炎で伸びた黯華がまるで、洞窟で聞こえる風の音の様な、叫びにも呻き声にも似たおどろおどろしい音を奏でる。

柄を両手に携え振り抜く。その鬼の咆哮にも似た音を出しながらベスターダを呑み込み、そして燃やし尽くしたのだ。

その、迫力にイロアスはただ、呆然とその、炎と呼べるのかすら怪しい炎が消えるまで、瞳に写していた。

「よし! ジャー帰るか! 腹減ったし!!」

いつの間にか、羽は消え、いつものディーバに戻っていた。

「え? あ、うん!!」

「あの、技使ったの内緒な? と言うか、お前連れて魔族退治行ったのすら言うなよ?? 俺が死ぬっ! ダハハハハ」

「あ! 大丈夫! 約束する!!」

「よしゃ! じゃー行くかっ!! 『黯鬼』つかうと、腹減るんだよっ! まったくー」


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