変わらぬ愛

文字数 8,376文字

──リュカ・ディーバ含め、善の神と愉悦に浸り求めし堕神との闘い。そして、結果的に多大な被害と圧倒的で揺るぎなく言い逃れすら出来ない敗北。

その、敗退を喫し、片羽を消失したリュカが神秘に包まれた大陸『レース・アルカーナ』に堕ちてから二十年程が過ぎていた。

そして、その名で呼ばれる事に恥すら感じる事が出来ないのが、この大陸の素晴らしい所だろう。

訪れた誰しもが一度は涙を流す程に美しい自然、と言う命で溢れている。

例を上げると、春夏秋冬が織り成す気候は、優しく暖かい。そして、吹き付ける強い風も・弱い風も命の息吹として、過酷と愛を同時に慈悲の元、運ぶ。その風が靡かせる命の交響詩は人々の五感を通し命の尊さを教えてくれるのだ。

加え、時に激しく・時に穏やかに山から流れる大河は、光に反射する度に水面に宝石を散りばめたかの様に輝き、葉が落ち描く波紋は美しい。

葉を落とした犯人である、野鳥は木ノ実を突っつき自然の恵みに感謝を示し、高らかに歌う。

夜になれば、澄んだ空気が一日の終わりを皆に感謝するかのように広い空に美麗な絵を描く。その光に照らされた、薄暗い大地は神秘という呼び名に恥じぬ程、切なく・寂しく・それでいて一輪の花の如く美しく咲き輝き広がる。

全てが、自然に生かされている。それが実感出来てしまう大陸。だからこそ人々は、感謝を込めて口にするのだ、神が創りし秘宝に包まれた神秘の大陸レース・アルカーナと。

そして、それを堪能するかのように、男女二人が一尺程伸びた草花が生い茂る原っぱで座りながら会話をしている。

「──これなんか、お母さんに花の冠作ってプレゼントしたら似合かな??」

女性、と言うよりも、まだ幼げが残る、雰囲気からして、女の子と呼ぶ方べきか。

その女の子は、少し光る黒い瞳と快晴のような青い瞳を用いて、蕩けるような視線を手に取った薄紫色と黄色の小さい花に送りつつ。楽しげな表情を、口元を“ニンマリ”とさせ鼻歌を奏でそわそわ如く肩を揺らす事で表していた。

「……んー、そうだな。喜ぶな、喜ぶとしか言いようがないな、その言葉でしか言い切れないなっ」

方や、大人びた風貌の黒い短髪の男性はと言うと。その親孝行をする優しさに溢れた可愛らしい問に対し適当だと分かるほど平坦な口調で何も考えてないように、吃る事も無く早口で答える。

それを、目の当たりにした女の子は目を細めると、木ノ実を頬張ったリスの様に頬を膨らませ口を尖らせた。が、その仕草すら男性は見てもいない。何故なら、上の空で居る男性の視界の先には空に掲げた四尺程ある細長い木刀のみがうつっているのだから。

そんな、非常識極まりなく見向きもしない男性。その行為を許せるはずも無い女の子は、当たり前のように大きい口を開いた。


「──むぅーッ!! バカイロアス!! もう知らないッ!!」

「おまっ!! 俺、一応兄貴なんだぞ! せめて兄貴とか呼べよっ!! バカセレーネ!!」



セレーネの呼ばれた、女の子は立ち上がり、両手で自分の太股を“バシバシ”と叩き少し高い声で可愛げがある罵声を浴びさせた。

そして首元に小さい花の刺繍が施されたピンク色で薄手の多少地味なワンピース。
それと麦わら帽子から覗く腰まで伸びた琥珀のような茶色い髪を“フワリ”と広げながら兄と言うイロアスから逃げるように“くるり”と方向転換をした。

その後ろ姿を我に返ったかのように木刀を地に置き、目で追う兄、イロアス。

しかし、確かに兄妹と言われれば納得行く点もいくつかある。

髪の色艶は違えど、瞳の色・少し白い肌の色・高い鼻。部位を見れば確かに二人には似た面影がある。

顔つきや肉付きはやはり、男性と女性と言う為か違い。

整った顔の大人びて、“キリッ”とした目つき。それに加え、左目尻にあるホクロが多少なりとも色っぽさを出すイロアス。

セレーネはと言うと、タレ目や、遠慮気味に覗かす八重歯が幼げを出し惜しみする事無くアピールしており。各々の個性というものが表れていた。

「私と、三つしか違わない癖に兄貴ヅラするな!!」

「おまっ! そんな酷……いいや!! それでも、俺は十七年生きているんだよッ!! 三年長く生きてるんだ!」

何の躊躇もすること無く、イロアスを兄と認めることを否定。その兄としての威厳を踏み潰すこのような遠慮無しの物言い。その破壊力に、イロアスは少し言葉を濁らしながらも、立場を保とうと体制を立て直す。が、踊る目は少なからずダメージを負っているようにも見える。

「そんなの知った事じゃない! 私は別にアンタの事なんか兄貴と思ってないンだから!!」

「おい! どこ行くんだよ! あんま離れるなって!!──おい! セレーネッ!!」

イロアスの自論も意味を成すことなく儚く散る。その毒々しい言葉になす術なく、『兄』と呼ぶ呼ばない云々の話はイロアスの対話からは消えてしまっていた。

それどころか、言うだけ言って距離を取るセレーネを追うような口ぶり。

何だかんだ、イロアスにとってセレーネが大事な存在だと言うのが分かる一面と言ってもいいだろう。

「もー、ほっといて!!」

でかく分厚い壁を作っているような、近寄る事を拒む鋭い言葉の刃。それは、愛くるしい容姿と相反し過ぎているほどだ。
それに加え、気落ちしているような表情を浮かべるイロアスを見ることも無くセレーネはつんけんな態度を取りつつ、冷たい風を起こしながら兄と長い距離を取る。
そして、背を向け、近寄り難い雰囲気を醸し出しながらその場に座り込んだ。


「……なんだよ……そんな、剣幕で言わなくたって……確かに、相手にしなかったのは、悪いと思うけどさッ」

心の居場所を無くしたのか、それとも、何かを考えているが故の行動なのか。何処か浮かない表情をうかべる。そして、再び木刀を握り、意味があるとは思えない程、剣先すら定まらずに無闇矢鱈と振っているイロアス。

「……そうか。セレーネ……そうだったよな」


何かを思い出したかのように、木刀を宙で止めるとセレーネの背を見据える。
その二つの瞳には敵意・悪意と言う類の様なものを感じることは出来ない。何方かと言えば、愛に近いような温もりさえ感じる。

「お前が、ここに来た理由。……そして、俺と一緒に来たがった理由。それは、自分の為じゃないんだよな」

ここで、ようやっとイロアスが何かを思い出していた事が分かった。散々な言われようだったが、それに反感し相手にしない兄よりも、イロアスの兄っぷりは素晴らしいものだろう。
妹である、セレーネを責める素振りも見せず、自分の非を改め、悔いているような表情を浮かべているのだから。

そして、徐にイロアスは野花へと手を伸ばす。

「……でも、俺……花のセンスとかイマイチわかんねーんだよな……こう言うのが良いのか? んー、わっかんねぇ……」

考え込むような、寂しい独り言を口にして苦しみ難しいような表情を隠せないでいる。

しかしそれは、同情の余地なしにセンス云々と言うよりも才能と言ってしまってもいい、と言うか断定してしまっても構わないと思ってしまう程のセンスの無さ。

花びらが数枚禿げ落ち、円の形をしていない物や枯れかけた花だったり、それらのみを手に取り、見るからに真剣な眼差しで吟味しているのだから、どうしたものだろうか。

──それはそうと、セレーネはこんな時に何をやっているのかと思えば、こちらもこちらで顔を顰めながら花を触っていた。

時折吐き出す深い溜息は、セレーネの表情を見るからに役に立たない兄に対しての嫌悪の表し──では無いように思える。

「……はあ、私またやっちゃったな……無理言って付き合ってもらったのに」

手に取った花びら一枚一枚が小さい一輪の白い花を“クルクル”と指先で掴み回しながら項垂れる仕草を見せる。

麦わら帽子を取り、体を縮め屈む後ろ姿と言うのは、実に哀愁が漂うものだ。

「……お兄ちゃんが、剣の鍛錬を欠かさずにやる理由だって知ってるのに……それでも今日は、私の事を考えて付いてきてくれて……」

目を伏せ、膝に顎を付けるセレーネも、兄、イロアスと同様に何やら、思い当たる節があるようで、相手を責めると言うよりも自分を責め、後悔しているようだ。

「……あんま、離れんなよッ。魔物がでたら、どーすんだよ。──ホレっ」

時折、セレーネの後ろ姿を見ていて、いたたまれなくなったのか、イロアスは目を逸らしながらもセレーネの隣にさり気なく座る。

彼女も、そこまで、馬鹿ではないらしく、恥ずかしげに両手で抱えた細い脚を“ギュッ”と掴んで、兄の行為を受け入れた。

「……イロアス……これっ──」

「俺は、花のセンスが無いから、母の誕生日プレゼントと、親父の墓にお供えするのはセレーネに任せる。だから、コレは、せめてもの償い……まぁワイロってやつだな! あははは」

驚きながらも、若干潤んでいるように見えるセレーネの瞳にはセンスの欠片も感じる事の出来ない花が一杯に使われた花冠。正直汚らしい花冠が写っていた。

それを見て、立ち上がると、花冠を頭に乗せる。そして、嫌な顔一つせず、それどころか少し嬉しい顔を浮かべた。

再び“フワリ”とワンピースを踊らせて兄の方向を向いては。

頬を桜のような薄ピンク色に染め、野原に咲く花にも負けないぐらい可愛いく美しい笑顔で口を開く。

「……ありがとうッ──お兄ちゃんッ」

この時吹いた風は、何も遮るものの無い野原にしては、静かなものだった。まるで、そう、セレーネが素直になるのを後押しするかのように。その小さい声が端から端まで聞き漏らしなくちゃんと届くように──と。

その微かに揺れた、茶色いセレーネの髪は幼さを感じさせない大人びた女性を作り上げていた。

「……ごめん、なんて言った?」

「──むぅ!! バカイロアス!!」
恥ずかしげに頬を掻き、視点を何も見る場所も無い左に送りつつおどけるイロアス。その仕草に、我に返ったのか林檎のように赤い頬色を作り上げ。そして、目を思い切り瞑ると再び罵声を浴びさせる。
さっきの小さい声は、どこえやら。その声は空高くまで響いたんではないかと思える程に大きい声。そして、楽しげな微笑ましい声。

「ちょっ!! バカ言うな! バカって!!」

「……もぉーしらないっ!! ばあかっ」

しかし不思議とデジャヴを感じるこのやり取りだが。先程のような兄妹仲の危機を感じるような緊迫感はなかった。
そう思わせるのは、やはり二人の穏やかな表情であり、包み込む兄妹愛に満ちた空気お陰なのだろうか。

「あはははっ!! もー五年も経つンだな……」

──五年前。その話は、幾年先まで語り継がれるであろう事件、と言う大戦のようなものがあった。

それは、レース・アルカーナに跋扈し始めた、強靭且つ凶悪な忌々しく禍々しく強く恐ろしい驚異の生き物。いや、この場合は化物・怪物、その表しようが正しいかもしれない。

形は様々で、スライムのように原型を持たないもの。また、肉食獣に憑依する寄生虫みたいなもの。自ら、力を振るい襲い来る顔の無いグールなどが居る。

普段は群れをなすことがない奴らが、その時は何故か数百と言う数を率いて王都『イスカンダル』に押し寄せた。が、未だにその原因究明には至っては居らず謎が多い出来事。

だが、怪物が跋扈し始め、騎士の需要はその前から高くはなっており、離れた街からも志願者が来ている程だった。それらが、功を奏した部分もあり、王都近辺の平坦でだだっ広い『ソーン平原』での迎撃戦が行われた。

そして、ここに居る二人の父もまた、その騎士団『ゼーン・ズフト』の一員、フィリア=マクス。

彼は神の加護を受けし者とまで評され、聖人と言う称号を携えていた。

彼が居るからこそ士気が上がり、彼がいるからこそ勝機が見えてくる。と多大な信頼を寄せ。その信用に足る働きを見せながら騎士道を歩む。

──が。その迎撃戦で百数名居る、騎士団員の中での唯一の死者がフィリア=マクス。

正確な事実を、あの戦乱の中で目撃した者は居らず、様々な見解が投げ掛けられたが。

その中で一番有力だったのは、他の誰も死なずにフィリアだけが命を失ったのは、皆を守る為に強敵の相手をしていた。というものだった。確かに、怪物にも強き弱きがあり、簡単に倒せる物、三人がかりでやっと倒せる物と多種多様なのは事実。

しかし、フィリアの死因に対しての事実では無く、あくまでも推測。怪物達が居なくなった頃に遺体として出てきたと言う事実だけが本当の意味で残ったのだ。

その曖昧のまま、命を懸け皆を救った英雄フィリア=マクスとして名を馳せる事になる。

「──うん。お父さんが、騎士としての最期を遂げて五年……死んだら何も残らないのにね……」

「何も残らない……か。なんで、そう思うんだ? セレーネ」

「何でって、時が経てば救われた街ですら、お父さんを忘れる。英雄だの勇者だの騒ぐだけ騒いで……。それで、自分達の気分が晴れたら、用無しのように誰もお父さんを見ようとしない。それなら、もっと私達と一緒に居てくれた方が嬉しかったよ」

真上に登る太陽を眺めるかのようにセレーネは寝転びながら口にした。
父に対して抱いた嫌悪か、はたまた父が守ったと言う人々に対しての嫌悪か。それとも、一緒に居れなかったと言う後悔の表れなのか。その力が無い細めた瞳・半開きな小さい口が表す切なく暗い表情からは、哀情というものを訴えているかのように感じさえしてしまう。
吹く風は、それらをまるで慰めるかのように、優しく全身を撫でる。

「でも、親父が居たから、今の俺達が居るんだよ?」

「何を言っているの?? 私達は、街に住めないから人里離れた場所で暮らしているんだよ!? そのせいで、お父さんは、なかなか家に帰って来ないし……。

それにっ! 皆が、お母さんを不気味がって忌み嫌うから……!! そんな人達を救って、私達は救われないよ……」

「──耳が痛いな……」

過去を思い出し、語りながら人差し指・中指・薬指を空に掲げると、それを静かに折り曲げ胸に置いた。

セレーネが言った自論に言い返せず渋い顔を眉を寄せ作るイロアスは、それが瞋恚であり正論だと分かっているからなのか。

しかし『でも』と、イロアスは口走る。

「親父は、俺達を愛していた。だから、俺は親父に説かれたように家族を守る剣を磨く、親父が俺に残してくれたものだから……」

「それは、分かるよ? 今日だって、本当はオジサンと剣の稽古があるって知ってたもん……。

でも私は……私わね? お兄ちゃん。騎士としての誇らしく逞しい父では無く、安心感があって優しい父をもっと見ていたかった……」

「……さびし……いか? セレーネ」

「────うん……寂しい。もっと遊びたかった、肩車して欲しかった……キャンプだって……行く約束してたのに……」


父の愛を語り、父との約束を語る。その偽り無い事実に、氷が溶けていくかのように、強ばった表情が解れはじめる。そして、寝そべるセレーネのオデコに、優しく、剣タコが出来た少しごつい手を優しく置く。

セレーネはその温もりを感じるかのように目尻から涙を流しながら目を瞑る。零れ落ちた切ない雫は小さい花を揺らし、心を表すかのように静かに弾けた。



「……今度行こう……三人で、親父の写真も持ってさ」

「……うん。お兄ちゃんは、何処にも行かないよね?」

「ぁあ、行かない。親父が居れなかった分、俺が傍に居てやる」

「ほんとーにほんとう?」

「ぁあ、本当の本当にだ」

「そっかっ……へへへ」

頭を撫でられ、まるで猫のように身を委ねるセレーネが浮かべる小さい笑。まるで、散りゆく花びらのような儚さを残しつつ、愛に満たされたような表情をしていた。

それを横目に、イロアスは思いを正すかのように高い空を力強い視線で見つめる。まるで、空に居るであろう父と対話をするかのように。

「じゃあ、俺はワイロも渡したし、素振りでもするかなっ?」

両手を地に付け、勢いよく跳び上がると木刀を構え、剣先を見据える。

その姿を、何処か愛おしげにセレーネは見蕩れているように見えた。が、直ぐに首を左右に振ると、花を黙々と積み始める。

イロアスが、踏み込み、風を作る度に花びらが舞い散ってゆく。少し残酷にも見えるが、しかし、その花びらが風に舞いセレーネを包む風景と言うのは女神の如く美しいものだった。

──それから、数時間が過ぎ真上に止まっていた太陽は寝そべるかのように西に落ちていた。

茜色に染まる原っぱは白い花をオレンジ色に染め上げ、鳥達が日暮れを知らせるかのように色々な音色を奏で歌う。

「……そろそろ、帰るか?」

「うーん、そうだねっ!! 遅くなるとお母さん心配するし!!」

木刀で肩を叩き、汗ばんだ顔を白いTシャツの裾で、割れた腹筋を覗かせながら拭く。

その、達成感に満ち満ちたような清々しい表情は疲れを全く思わせないものだった。

セレーネは、両手一杯に花を積み。そこから香る色々な甘く優しい匂いに包まれている。
時折、顔を花束の近くまで持っていき、匂いを楽しむかのように目を瞑り大きい息を吸いながら満足気な表情を浮かべ。
それは、母に父に渡すのが楽しみと言うのが伝わってくるようだ。

「じゃー、行くかッ」

「はーいっ!」

鍛錬を熟している為か逞しい体のイロアスの隣にセレーネが立つと、細い体が目立つ。
それに加え、身長差が、顔一個分程違うとその後ろ姿は、まるで父と子にすら見える。

「今日は、飯なにつくんの??」

「イロアスは、いつもそればかりだね。だからいつも言ってるじゃん! 出来てからのお楽しみッ!!」

「また、呼び捨てにしたな! ふざけやがって!! 兄と呼べっつーの!!」

「……つーんッ」

「無視を言葉で表現すんな!!」

変わらないであろう日常の会話を、楽しそうな表情を浮かべながらする二人。

今、二人がどんな感情を用いて、どんな事を考えて笑顔で居るのかは分からないけれど。

きっと二人は強い絆で結ばれているのだろう。

そんな、雰囲気を二人は隠そうとせず振り撒くように花が咲き誇る茜色に染まる美しい原っぱを歩いていた。

そんな二人に手を振るかのように草木が揺れ、遠くなる二つの影を悲しむかのように虫の音が原っぱを包んだ。


「──ふう、着いたなッ!!」

その言葉を聞くまで、たった十五分程度の時間だったが、二人の足は力強く踏み止まる。

「イロアス、ありがとうね!!」

三歩前に出て、振り返り前屈みになると、見るだけで心からだと分かる程、驚喜の笑を浮かべるセレーネ。

「だから!! 俺は兄貴どぅあ!!」

その感謝の意に、多少なりとも照れているのか、少し上擦った説得力の無い荒らげた声を出し、セレーネの後を追うように、鎧張りで出来た木造の建物に入っていった。

まるで、森の一部を貸してもらっているかのように、申し訳なさ程度にこじんまりと佇む住まい。

白い外壁に空のように青い屋根。
家の外は、自然の中にあるという事を活かしてなのか、野菜が作られ疎らに実っていた。

だが、一つ難を上げれば、街頭も見当たらないこんな場所じゃ日が暮れたら、当然の様に暗闇に包まれてしまうだろう。しかし、そんな不安も感じさせないかのように元気な『ただいまっ』と言う二人の声が家の外からでも聞こえるほど大きな音で響き渡った。

「──あら、おかえり。今日は遅かったじゃない。と言うか、セレーネがお兄ちゃんの鍛錬に付き合うなんて珍しいわよね」

何処かで聞いたことがある声。それは、そう、二十年程前に地に落ちたリュカの声だった。容姿は長い月日が経ってるにも関わらず、何一つ変わっていない。それは、やはり神と人間の違いなのか。


「ふふふん。ねぇねぇ! お母さん、目を瞑って??」

心を踊らせているのだろう、とても声が高揚していた。
そのセレーネを視界に入れていたリュカは言われる通りに笑を浮かべながら目を瞑る。

それを見計らい、セレーネはイロアスに向かって、そそくさと手招きをすると、彼は良く出来た花束と二つの小さい花のリングを手渡す。

「目を開けていーよッ!! ──はい! プレゼントッ!!」

「……えっ?」

思わず、両手で、口を塞ぎ言葉に困るリュカ。

その手を取ると、一つの花のリングを薬指に付けて、もう一つは『お父さんの分』と口にして手渡した。

その二人のやり取りを見てイロアスは、愛でるかのように、小さく頷くと外に足を運ぶ。

「よぉー、イロアス。お前は親孝行しなくていいのか? セレーネちゃんみたいによ?」

ベランダに座り、自然を堪能しながら酒を嗜む男性が徐に、イロアスに語りかける。

「──俺は、ああ言うのキャラじゃないし。と言うか、ディーバさん居たんだね、気が付かなかったよ」

彼もまた、リュカを追い地に落ちた神の一人ディーバ=ファラットだった。

「そらぁー、今日はお前に付き合う約束だったしな? じゃー、外に出るかッ」


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