始まりの愉悦

文字数 9,988文字

「リュカ!! リュカ=マクスは居るか!?」

地上の大地と乖離したとは到底思えない、最初っから有るべくして有るように見える空に浮かぶ自然に満ちた神秘的で幻想的な大地。
そこに、白い装飾に負けない白く美しい。さながら、白鳥のような翼。それを羽ばたかし、図太く猛々しい声が更に上空で響く。

それは、数百は居るであろう隊列を成す一番先頭すら振り向くほどの大きい声。それでいて、焦りを感じざるを得ない緊迫感に溢れた声。

その声の持ち主は、隊列の更に上まで翼を羽ばたかせ隻眼を気にもしないかのように、眼光を光らせ辺りを“キョロキョロ”と見渡し。その逞しい筋肉質の大きい体では想像がつかない程の速い速度で隊列の先へと飛んで行く──。

「頼むから……居るなら返事をしろよ、リュカ。シカトは寂しいぜ、まったく」

「貴方みたいに、筋肉バカじゃないんだもの。そんな大きい声が出るわけ無いわよ。ディーバ」

焦ったような顔のディーバが、舞い降りた先頭。その隣に、至って冷静のような赴きのリュカと呼ばれる女性が居た。
その二人が並ぶと、ディーバが高い身長な為か・リュカが低い身長の為か、ディーバの肩にも満たない身長差が目立つが……。
他にもただならぬ違和感を感じてしまう。

何故なら、リュカは真っ赤な装飾に彩られ、その巫女服のような衣装から覗かす四肢は白く細いもの。風で靡かれる黒い髪を後ろで束ね結き見せる顔付きは、黒い瞳から多少刺々しいさを感じるが、潤んだピンク色の唇・高い鼻・ピンクががった艶やかな肌。そして、透き通るような、灰汁『あく』をまったく感じない声からは美女だと見て取れる。

一方、ディーバはと言うと、金色の短髪が、白い装飾と相まって悪目立ちをしていた。どこを取っても逞しいと言う一言で語る事が出来る程。居るだけで安心感すら与えてしまう容姿に潰れた左眼が過去の何かを残す。

その若々しい二人が、数百は居る隊列の前に飛び居る。と言う光景が、青く染まる空に邪魔されること無く真っ赤と真っ白が居るという光景が異彩でただならぬ違和感の原因を作り上げていた。

「──筋肉バカ言うなよ。日々の鍛錬が育んだ奇跡だよっこれは。──って、そんな事より……とうとう『空帝アステカ』の地が奴らに降ったよ」

『筋肉』と言う言葉には、軽快に自分の二頭筋を嗜むように触りながら答えたディーバだが、『アステカ』と言う言葉に至る時。その陽気な表情は既に忘れたと言うより消失してしまったと言える程に切り替わり、無念と、怒りに満ちているような表情を、顔を顰め下唇を噛み締めながら作っていた。

「……そうか。──と言う事は、オーディン様は……」

「俺は、その場に居合わせていないから何とも分からないが……だが、絶望的と考えて良いだろ。──まさか、ロキが堕神になるとはな……」


傷心したような赴きで目を瞑るリュカ。それを慰めようともせず、現実的な見解を口にする。


「愉悦に浸り快越を起こせば、もう戻れはしない。英神と呼ばれたロキですら、それには勝てなかったと言う事ね」

「──どうする? 大天使ミカエラ・ミカエル・ガブリエル率いる親衛隊に、留まらずオーディン様すら殺られたんじゃ、俺達に勝ち目はない……逃げるしかねぇと思うんだが……リュカ」

リュカとディーバは、睨み合いになっていると思われる、先に待ち構えた黒い集団を視野にいれながら小さく口を開く。

それは、後ろで構える兵と思われる武装した集団を配慮してか、小さい声でやっと聞き取れる程度の声量を使い言葉に出す。

その声には、もはや、意見を言い合うほどの力しか残っていない。違う言い方をすれば、この場においては既に諦めきったような声。

しかし、ディーバが口にした『逃げる』と言う言葉においては、思考よりも先に体が反応しているかのように、リュカの小さい耳と細い手先のみが“ピクリ”と動く。

数秒後、やっと思考を終えたかのように、遅れてリュカは口を開いた。

「──いや、逃げる事は民草を見守る神としてすべき判断ではないわ! 私は愉悦の材料になったとしても一矢報いたい」

「……はぁ、お前な? 俺達は兵長と言う位置づけだけれど、親衛隊の大天使にすら力負けするんだぞ? 天の使いである天使にすらだ。その大天使が負けた相手に、どう一矢報いるんだよ。その一本の矢すら届く可能性は限りなく低いんだぞ? 分かってんのか?」

次は、皆を鼓舞するかのように息を大きく吸い込み。その肺一杯に溜め込んだ空気を全て使い切る勢いで大きい声を出し高らかに口にした。それは、先に蠢く集団の牽制をも兼ねているのか目は、肉を削ぐ鋭い刃先のように先を睨み付けている。その細めた瞼から覗かす青い眼光は揺らぐことの無い思念を感じざるを得ない。

隣で直に“ヒシヒシ”と感じているだろうディーバは、それでもリュカの意思を汲み取ろうとはしなかった。寧ろ、諦めろと遠回しに言っているかのように、冷静に優しい口調で諭す。しかし、素直に『諦めろ』と言えないのは、彼女を身近で見て感じている、言い切れないのかもしれない。同じ神である以上、同情を否応なしにしてしまう部分が有るのも確かな部分でもあるのだろう。

「……分かっているわ。──それでも良いの。届く届かないの問題じゃないのよ。弓で射るか射ないか……。それこそが、今の私達に残された神としての有り様じゃないかしら?」
して、震えているのか。それとも武者震いという奴なのか。リュカの柄を携える手は小刻みに震えていた。が、それでも前へ前へと気持ちが進んでるように感じるのは神としての威厳というものが伝わるからなのだろうか。
それを横目に見た、バゼットは体を少し後ろに反らし口を開く。

「──カァァアッ!! 本当、お前は相変わらずだな。目の前の強敵に臆することなく自分の意思を貫ける凄味をもってやがる。……わぁったよ!! んじゃ、まぁ俺も付き合うは! 恋人としては振られたけど、これぐらいは付き合わせてくれよな!?」

「ちょっと! こんな時に、何年前の話を持ってきているのよ!? ふざけないでよ、この筋肉バカ!──でも、まぁ……お礼だけは言っておくわ。……ありがとう、ディーバ」

後頭部をわかり易く、大きい動作で掻きながら過去を語る。この緊迫した状況では明らかに浮いている行動だろう。

それに対し、冷ややかな視線と引き攣る顔をプレゼントしながらも、目を瞑り、手の震えを止める──リュカはもう一度先を見据えた。

「んーと、確か五十年と四十六日前だっけか?」

「『確か』ッて、貴方……正確に覚えすぎでしょ……正直引くわよ、ソレ……」

「そりゃー、覚えているよ、あんな振られ方をしたら、忘れるはずないだろ……悪い意味でな? ダーハッハッハ」


青ざめ下卑た者を見る目。毒々しい物言いに屈すること無く豪快に笑い飛ばす。

「はぁ──」

深い溜息をつきながら横に数回首を振り。吐いた以上の空気を再び吸い込みながら数百は居る仲間が待つ後方へと振り返る。

そして、柄を“ギュッ”と音が鳴る程強く握り、鞘から剣を振り抜く。そして、細い腕を一杯に伸ばし太陽に向け掲げた。

その刀身が視認出来ない透明の剣は、光を風景を遮ることもない。

故に、眩しげな表情を浮かべるリュカの目には太陽を宿していた。

「聞け!! 我が同胞よ!! お前達は何として存在している!? 理性の欠片も持たぬ獣のような生き物となる為か!? 否! 断じて否!! お前達は、善として、揺るぎ無い理性の元、悠久を生きなければならない!!

何が為にそうある事を望む!? それは、単『ひとえ』に我々が神だからだ!! 創造主オーディン様が創った人間『こ』。

そして、それは我々神の子供と言っても過言ではないだろう!! 我が子の為にも、我々は理性に忠実でなければならない!!

その為に、剣を持て、命を宿せ! 自分の死に場所は子の為にあり!! 敵は、愉悦に堕ちた度し難い堕神!! 全身全霊を賭け、その忌々しい羽を討ち果たさん! 我が極光に続けーッッ!!」

猛々しく、そして気高い声。それが先程、ディーバに無理だと言っていた声量以上で喉を震わしリュカの口から放たれる。

その声は、一番後方所か前方に蔓延る堕神の一番後方にも届いているんではないかと思ってしまうほどに迫力があり喧々たるものだった。

そして、その透明だった刀身は燦然『さんぜん』たる物に変わり、燐光を発する四尺程に見える刀身の周りさえも歪み映す。

その光に・声に続くかのように、青い鎧を羽織った兵は剣を掲げ陽を反射させつつ、鬨の声を大気すら揺らしながら咆哮し轟かせた。

「流石、持ち主の強い意に答え、意志があるとすら言われている、闇をも穿ち導く極光の剣、煌華『おうか』近くに居る俺の目が穿たれそうだぜ、こりゃー」


関心の念を込めつつもおちゃらけるディーバ。

しかし、彼が握る剣もそれに負けず劣らない物だ。

陽すらも反射せず、黒く燃ゆる歪みがその周りだけ生まれているような、禍々しいさすら感じる真っ黒い刀身。

並ぶ二本の剣は、さながら、陰と陽。

「貴方こそ、皆が噂する通りね。皆を根暗へと追いやる暗い残念な剣、黯華『えんか』。近くにいるだけで気病みしそうな思想になるわ……ちょっと、離れてくれないかしら? 私達同様にこの子達も双子の癖に相性が悪いのだから……」

「ちょ!? リュカ! お前幾ら何でも、道聴塗説に惑わされすぎだろ! と言うか、そこはかとなく俺達の相性が悪いと遠回しに言ってないか!?」

「ごめんごめん、冗談よ。それじゃー幾ら何でも黯華が可哀想だものね……心をも喰らう黒炎剣が。
──あら? ここまで言って、何となくしか分からないの? 流石ね? まぁ、頼りにしているわっ? 脳筋ディーバさん。ふふふっ」
訝しく、そして嘲笑いながら敵に向け剣を構え、腕をあげ肘を曲げ振りかぶるリュカ。
そして、風が切れる音のみが響く。号令のようにも見えたそれに対し、付き従い進む者は誰一人として居なかった。が、その数秒後、先に見える黒い集団から赤い血飛沫が噴水の如く噴き出した。それは、多少なり離れているであろう、リュカ・ディーバが居るこの場所からでも、明確に視認できる程の勢いで噴き出る血。

「やっぱ、あそこにはお前の光撃『こうげき』を見切れる奴ぁー居ねーみたいだな。大体の連中はやはり、良くも悪くもアステカに向かったって事か」

「──全くもって、見えなかった……しかし、リュカさんやディーバさんが居れば危惧する理由がない!」

「これが極光の刃と言われる由来か……すげぇ……」

ディーバが得意げな顔を作り口にする中、前衛の兵士はおどろおどろしい出来事に戦慄く。が、しかし、この一撃は間違いなく自軍の士気を凄い高める結果となる。

だが、敵軍も、その予期せぬ事態を垣間見て何もせずに呆然と死に行くはずが無く、蠢くソレは瞬く間に顔がハッキリと視認できる程までに近付いてきていた。

リュカは再び大きく息を吸い込み、剣を振りかぶりながら口を開く。

「全軍……ッ!! 敵を駆逐せよッッッ!!」

狼煙の代わり赤い血飛沫が噴き上がる。

白い羽を羽ばたかせ“バサバサ”と風を切りながらリュカは誰にも負けない速度で敵軍へと特攻。
それに続くかのように、ディーバ達も連なる。

戦場はすぐ様、乱戦へと移行するが、舞い上がる黒炎と、極光から放たれる光撃が異彩を放っていた。

「……オラオラオラッッ!! お前等も神を名乗るなら、この闘いの神・ディーバ=ファラット様に一太刀入れてみろやぁあッ!!」

その猛る声は、闘いの神と言うなに恥じぬ迫力を持っていた。

ディーバが振るう一振りは炎を纏った棒を振るうかのように“ヴォン”と鈍い音をたてる。
そして、リュカとは違く視認は出来るが、まるで剣先から黒炎が放たれるが如く。

その飛ぶ黒い刃に触れた途端、堕神は瞬く間に内面……そう、毛穴・耳の穴・目玉の隙間・穴と言う穴から黒い炎を吹き出し、悲鳴も血すら出ること無く燃え尽きる。
それは、心をも喰らうと言う異名に恥じぬ物。

「カッコ、自称でしょ? ディーバ」

「おまっ! 調子がいい時に、何言って!!」

死を迎えた、どちらの神も死体が地に落ちることなく、まるで砂煙のように痕跡を残すことなく消失していく。

しかし、戦局はたった数時間で黒い鎧が疎らになる程の優勢へと早変わる。

圧倒的な戦力である二人が居る神陣営が、主力の居ないであろう堕神陣営に劣る筈がない。

皆の表情は確信と自信に溢れた力強いものだった。

「──オラァッ!! 燃え尽きろ!!」

「……ッ!? これはまさかッ!?」

「……おいおい……嘘だよな? そんな……馬鹿なッ」

ディーバが放った一撃が、まるで見えない壁に遮られたかのように、弾け消えた。

そして、その場を目の当たりにして、二人は、言葉を詰まらし、鼻白む表情を浮かべる。

「やあやあやあ、頑張っているみたいだねぇー! こんな何も無い大地『ブリタニア』だと手を抜いていたら、まさかこんな事になっているとわぁーね!! 僕はこの惨憺たる状況に危殆を感じ、消えた皆を心痛し、これから先をどうするか痛心してしまうようだよ……」

真っ白い髪の毛・黒と白の翼・上半身は服の変わりと言わんばかりに血を塗りたくり真っ赤に染まる肌・下半身は白い服が紅白を彩っていた。

そんな倫理の欠片も感じる事の出来ない男性が、この場全てを揶揄した様な笑を浮かべ。邪推深く胡乱な悲痛の叫びと共に紫色と赤色の目をしたオッドアイを細め、眉を緩めながら両手を広げる。

忙しなく表情を変えながら、顔を赤らめ、舌を少し出す様はまるで、この状況にすら快楽を感じているようだ。

「……ロキッ!」

「……ロキ……」

そんな、不埒で奇々怪々な男性を見て、二人は声を揃えて口にした名前。

その名を聞いて、平然としていられる者が誰一人としてこの場には居らず。皆が自分勝手に騒ぎ出す。


「いやだーねっ! そんな美男美女揃って僕の名を呼び騒ぎ立て──おやおや、リュカとディーバ。一体全体どーして! どーうなって、ぼ、僕をそんな畏怖しているかのような表情で見つめてるんだい!? 止めてくれよ……恥ずかしいじゃないかッ」

「さっきの技……ミカエラの魔光壁だったはず。お前どうして……まさか──」


「ぶっぶー!! まだ最後まで言ってないけど、その回答は間違いなく外れ!! いや、答えを聞いてないのに断定とか回答者に失礼だけれど……ごめんねっ? ディーバ君ッ! 正解は──こちら!! どうかな、どうかな? 予想通りだったかな??」


「ミカエラ……!? それにミカエルもガブリエルもどうして……? まさか……裏切ったのか!?」


まるで、子供のようにはしゃぐロキ。しかし、ディーバの血の気の引いた表情が、その喧しい物言いに苛立ち怒る事はなかった。

それどころか、吐かれる言葉からは先程のような猛りは感じることが出来ない。

そして、加勢に来たロキに連なる黒い集団を縫う様に出てきた黄金に輝く羽を宿した三人の天使。

その三人を目の当たりにしてディーバはもはや、臆面していた。

「オーディン様の親衛隊がどうして!!」

ディーバに変わるかのように、リュカが前にでて感情に訴えるかのように必死に悲しい声を出す。

「……ごめんなさい、リュカ……。私達はもはや、意に背く事しか出来ないの……」

黄金の羽に負けない、腰程まで伸びた美しい金髪を靡かせ、白いローブを纏った赤い目をして細身で肌の白い女性。彼女は敵軍に居ながらもリュカ達を気に掛けるかのようにハープの様な美しい声で憂いているような表情を浮かべる。

「……ッ!! ミカエラ、それはどう言った……意味なのっ??」

「ボク等は、ロキの魔性の呪法により、彼の意に背く事が肉体的に出来ないんだ……喋るのすら、気力をかなり使……うから……」

今にも、何かを繰り出しかねない前に構えた両手を小刻みに震わし。
その、三人の中で一番背が低く、ショートカットで青い髪・赤い目をした彼女は、苦しいような表情を浮かべ。尚且つ、幼く・か細い声を、何かに抵抗しているかのように震わしながら口にする。


「ガブリエル!! 呪法ってなんだよ!!」

「呪法は、魔族の禁忌……。神々が手を出しては絶対にならない呪われた術……だよ」

「私も……お姉ちゃんも……ガブちゃんも……もう、自我を保つ事すらままならないんだよぅ……」

喉に何かをつっかえているかのように、濁しながら口にするガブリエルに続くように、代わりに答えるかのように、女性が口を開いた。

ミカエラにも似た容姿。少し違う点を上げるとするならば、ツインテールにしていると言う事ぐらいだろう。

変われど変われど、どちらにしろ三人の表情は緩和すること無く、荒らげた心苦しい吐息は虚しく響く。

「──助ける方法とかないのかッ!? それにまさか──オーディン様まで……」

「助ける方法は、もはや、無いかな? 術者を殺せば、なんて都合のいいものじゃない。心臓に印を結んだからねっ! それに安心して? あの欺き続けてきたアイツはちゃんとコレで殺したから!!」

「──その赤い神器……神殺しの槍『グングニル』それで射抜いたと言うことは……まさか!!」

「そう、この両端にある小さい返しが棘のようにある、この神殺しで射抜き抉れば、文字通り神は死ぬ。そして、此処で消えゆき、輪廻を繰り返す者達と違い、骸として永遠に朽ちること無く残るのさっ!! その時浴びた血がこれさ! どうだい? 美しいだろ?」


美酒に酔っているような表情を浮かべ、一本の槍を“クルクル”と回転させ淡々と口にした内容は、恐ろしいものだった。

その狂神のような狂気に満ちた表情でいくら笑顔をつくり、口にしても晴れることのない分厚い曇天の様に重たく伸し掛る。

「……狂ってやがる……」

「狂ってるだなんて、失敬だなあー。まぁ神殺しはもう要らないし……折りゃ! そしてポイッとな!」


否定しながらも、神器と言われる槍を半分に折り投げ捨て。そのうえ、道化師顔負けのふざけた表情と予測不可能な動作。それでも尚、放たれる身の毛がよだつような殺意に溢れた凶悪で不吉な眼光からは、殺気がおぞましいく吹き出していた。

「じゃー、僕は見ているから、大天使ちゃん達? 殺っちゃってねっ!! あー楽しみ。君達は一体どんな血を出すのかな??」

指を“パチン”と鳴らすと、まるで、何らかの合図のように胸を抑え、渋い顔を浮かべ息を荒らげ見るからに苦しみ始めた大天使達。それでも目だけは、ロキの元に落ちていないのか、歯向かうかの様に、細め潤みながらも優しい瞳が善の神達を写していた。

「……駄目っ!! お願い、私達から逃げてッ!!」

「もう、ボク達の精神じゃ抑え……きれないッ……」

「リュカ・ディーバ! それに皆も……言う事を聞いてッ……おね……が──」

ミカエラを挟み、三人が天に震えながら手を翳すとその周囲が七色で円形の形を成し始めた。まるで、色々な色が混ざっているかのように変わり続ける色の歪み、屈折した大気。それは、気味が悪く、それでいて、嫌な予感のみを胸の奥に打ち込む。

「……おいおいおい……リュカ……この光と、この三人で構成された魔法陣……逃げなきゃまずいぞ……」


「分かってるわよ!! けど、この大魔法は速攻魔法じゃないの! もう、ここまで形を構成されたら逃げ場なんか無いわよ……!!」

海辺の天気のように、“がらり”と表情を変えた、悪い方向へと変わってしまった戦局に、絶対的絶望に焦る二人が垂らした汗は冷や汗だろうか。
それに加え、ロキに留まらず、大天使まで出てこられたと言う信じ難い事実。

二人はもはや、手も足も出ない事をまるで認めてしまっているかのように構え上を向いていた剣先はいつの間にか下を向いていた。

「お願……ッ!! 今は何としても逃げ……て……そして……いつか、私達を殺……て……」

その焦ったような表情を、視野にいれ。頬から透明な雫を垂らしながらミカエラがやっとの思いで口にした言葉。

その、言葉に我に返ったかのようにリュカの瞳孔は狭まり大天使達を新しい気持ちで見るかのように怖い表情を浮かべながら見つめた。

「……こんな苦しいそうな顔して……分かったわッ!! いつか……いつか、必ず!! 貴女達を殺しに戻るから!! それ迄、絶対に堕ちないでいてっ!」

「……リュカッ!!」

「──ええ、逃げ延びるわ。此処で犬死しても私達所か大天使も救われないもの……総員!! 散開しつつ撤退ッ!!」

全ての主犯である、ロキを目の前に逃げると言う解に対し自分の本心は従っていないように、ディーバに向けた視線と言うのは悔やみや怒りに溢れたようなものだった。

その、瞳と視線を合わせたディーバは目を瞑り小さく頷いた。まるで、リュカが出した苦渋の決断を後押しするかのように穏やかな表情で。

「──煌天に集……ッいし数……多の魂」

「……我々が奏でるは、果てない夢夢を終わらす鎮魂歌」

「全てを終わらす交響詩……」

「──詠唱が、始まったぞ!! 早く逃げろッ!!」

善の神達は、ロキに背を向け振り返ること無く戦線を離脱し始める。

悔しい表情を浮かべるリュカですら、その詠唱を聞き、危機をかんじているようだった。

「リュカ……大丈夫か?」

「ええ……無力な自分が腹正しいけれど……今の私じゃ、彼女達を殺してあげれないもの……それに、皆の命だって大切よ……」


「全てを飲み込み……光って混ざれ……音無き調和の詩……サイレント……レクイエムッ……」


数百メートル後方から莫大で猛烈な燐光を発したのを確認すると、リュカは焦眉を感じさせるように口元を歪め、遥か先を睨む。

だが、光の速度は無慈悲にも襲い来る。

「此処で、ディーバさんや、リュカさんを失う訳にはいかねー!! 命を懸けて守り通せ!!」

「なっ!! お前達!! 何をやっている!! 私達の事なんか気にせずに、早く!!」

次々と、まるで壁になるかのように兵達はリュカとディーバを先に行かせると、立ち止まり盾を構えてる。
決死の覚悟であろう、その勇姿をリュカは目にし思わず立ち止まり逃げるようにと命を下す。が、誰一人としてその声に耳を傾けるものは居なかった。

それどころか、兵の表情はそれに逆らうかのように、リュカを見ては優しく微笑むばかり。

「リュカ!! アイツらの意思を汲み取ってやるんだ!! だから、今は……」

「──クソッ!! ぅわぁぁぁああああ!! 私は一体何なんだ、皆すら護れず背を向け逃げ……皆の犠牲の元に命を成り立たせ……ッ!!」

肩を叩きディーバは首を横に振るうと、手を掴み再び飛び出す。

光に飲まれて行く仲間の猛々しい声が鼓膜を刺激する中、リュカは口を大きく開き涙を流しながら自分を責め嘆き苦しんだ声を掠れるほど荒らげ騒ぐ。

「……ック!! 駄目……だ!! 逃げ切れ……っねぇ!!」

「──ッ!? 羽根がっ!!」


いつの間にか、暖かい光は数多の兵すらも飲み込み二人の背後に差し迫り。……そして直撃した。

リュカの左の羽は光の中に消失し、重力に逆らう事が出来ずに落下。

その後を追うように、ディーバは急降下する。

──────やれやれ、皆居なくなっちゃったねぇ。まあ、とても、とてつもなく、素晴らしく面白かったから良いけどさあ。

「……ロキ様。彼等を追いますか??」

「いーんやぁ。追わなくても構わないよ。寧ろ、そっちの方が楽しいじゃん?」

「──っは!! 仰せのままにッ!」

僕を騙し、自らの母すらも手に掛けさせた神には相応の報いを絶対に与えてやる。
この大地を掌握し、僕の意のままに神としての羞恥と醜態を晒させ続けてやるんだ。


「これより、民が居る地上に魔族を放て。……っあ! でも人でも何とか殺せるやつね? じゃなきゃ見応えがないからさっ!」

「……っは!!」

「……ロキッ……アンタって奴わっ……」

「──なあにかな? そんな鋭い目つきで。可愛い目が可哀想だよっ? ミカエラ? それーに──こんな白く美しい肌をしときながら、愉悦にも浸れないなんて……もったいないなぁ……」

「……ッ!? や……やめっ……ンッ……!!」

「あひゃひゃ!! どうしたんだいそんな顔を赤らめて……? まさか、もうハマりそうなのかな?? なーに、僕は君達に興味なんか無いから安心してくれていいからねッ」

そう、いくら、顔を赤らめ、甘い吐息をもらそうが、僕の快楽はそこに無い。命を乞う姿・意思に反して従わなきゃいけないという恥辱にまみれた顔。それこそが、僕の愉悦であり、快越する瞬間ッ。『征服』『独裁』こそが、僕の至福。

──さぁ、始めよう。僕の僕だけの為の物語を。

「役者は、力無き者達よ。さぁ!! 抗い・恨み。そして嫌悪を僕に抱き、刃を向けるがいい!! その殺意に満ちた目が絶望に変わる時、僕は自分の本能に従い支配するであろう!!」

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