あの日の決意

文字数 10,730文字

──二十一年前。

「リュカッ!! リュカァア!! 手を伸ばせッッ!!」

叫び猛るディーバの声。しかし、急降下する時に生じる轟音がその音すら遮断する。

きっと、その声が届いているのは実際声に出しているディーバが感覚として認識できているぐらいではないだろうか。

羽と言っても、生えている以上、常識として神経は通っているもの。その片側を消失してしまったリュカが、気を失うのも、有り得ない話では無い。

実際の所、現にリュカは目を閉じ、頭から真っ逆さまに落ちている。

ディーバはなるべく風の抵抗を無くす為か、羽を折りたたみ、手足を真っ直ぐに伸ばしリュカの後を追う。

「届け! 届け! 届け! 追いつけッークソッタレぇ!!」

風圧で、皮膚と言う皮膚は後方へ下がり、歯茎も目も剥き出し状態になりながらも、決して目を閉じること無く、ディーバの片目は常にリュカを捉えていた。戦いの友であり、愛した女を。

「あ……っとぉ……すぅーこ……ッ!!」

手を伸ばし、リュカの細い足首を掴むまで後数センチ。と、同様に広い視野で見れていた地上は大きく間近に迫っていた。

“ドッバッシャーン”。鈍く激しい音が森の中で響く。

そして、次は雲一つない晴天の空にも関わらず、葉や地面を大粒で“バタバタ”と叩く音。

そう、ディーバはリュカを庇うかのように抱えると背中から森の中にある湖中央に落ちたのだ。

「──ふぁあ……危ねぇ……背中に防御壁展開したから良かったものの……死にかけたぜ本当にッ……しかし、びちょび──ッ!!」

ディーバが言葉に詰まる理由は、水で濡れ服の上からでも浮き出るリュカの四肢のせいだろう。

水で濡れるうなじ・唇から垂れる水滴・くっきりとした胸元や脚。惚れている女性のあられもない姿がそこにはあるのだ。

「愉悦に浸るな・愉悦に浸るなッ……俺は善の神。気を失った女性に下心を……俺は善の神だぁあ!!」

痛々しい自問自答をしながら、最後は高らかに叫ぶ。

「ッハ!! まずは火を起こそう。体を暖めなくてはッ!!」

気を逸らすかのように、やるべき事を見つける。
落ちた先が、森と言うだけあり、辺りには乾燥した落ち枝が散乱していた。

ディーバは、それを黙々と拾い掻き集める。

しかし、防御壁を展開したと言っても、水柱が空高くまで立ち上がるほどの降下力があったにも関わらず。ディーバの足は震えること無くシッカリと地に足を付け踏みしめていた。

リュカが口にした『筋肉バカ』と言うのは存外凄いのかもしれない。


「──これぐらいで、いいかな??」


その集められた量は十分すぎる、いや充分以上の量だった。
まるで、キャンプファイヤーを一人でするんではないかと言う程に積み上げられた落ち枝。

それを見つめ、満足したような表情を浮かべ、歯を出し豪快に笑を浮かべる。


「……っゲホッ!! ──ッグッ……」

その、濁り掠れた苦しそうな咳にディーバは咄嗟にふりむく。多少、鼻の下を伸ばしてしまったようにも見える、その表情を正すかのようにを頬を叩き。

「大丈夫かっ?! 今、火を作るから! 待ってろッ」


「……火って……アンタ……まさか、それを燃やすき??」
小さく弱々しい声を呼吸を正しながら表に出す。そして、薄らと瞼を開き虚ろな青い瞳を覗かし腕を震わしながら、蒼白な細い指で指す。
盛に盛られた落ち枝の山を。

それに対し、ディーバは腕を組み『当たり前だろ』とでも言いたいかのような表情を浮かべながら口を開く。

「──」

「馬鹿じゃないの? ……アンタ……森を燃やすつもりなの?」

ディーバが、何を言い出すか分かったていた、かのように先制を取るリュカ。

その冷めた刺々しい突っ込みは気を失う前、つまりは天界に居た時と何ら変わらないものだった。

その、変わらない突っ込みに一番敏感に反応出来るのもまた、ディーバだけなのだろう。

「──良かった。落ち着いているようだなッ」

深いため息をつきながら口にする。安心した、と言う感情のようなものがディーバの落ち着いた表情から見てとれた。

その、若干大人びた物言いに嫌悪を抱いたのか『……うわっ……』と、口にしながら、害虫を見るような下卑た目で睨む。

「ちょっ!! なんで、そんな目で睨むんだよっ!! 仮にも俺はお前を救ったんだぞっ!?」

必死に、自分の勇姿をアピールするが、一向にリュカの表情が綻ぶことは無い。

「──じゃあ、何で私達は水に濡れてるの??」

「そりゃあ、後ろ見て分かるだろ? 広く深い湖に落ちたからだよっ!」

「じゃあ、何で私達は高度がある場所から落ちて無傷なの??」

「それは、俺が防御壁を羽に展開して防いだ……か……ら……」

淡々と、平坦な口調で疑問を投げかけるリュカに対して、段々表情の赴きが危うい感じにディーバはなっていた。

「じゃー、なんで魔法を使えるのに事前に防げなかったの??」

「えっと……」

完璧に、尋問誘導をされ言葉に困るディーバ。

「それに……貴方は何で、私を、そんな汚い目でジロジロみているの? 死ぬの?」

「ちがっ!! えっと!! ほら! 火を、火を!!」

「──これだから、脳筋は……でも、まぁ助かったわ。ありがとうッ」

「……ッ! おっおう!! 仲間だし当たり前だっつーの!! それより、この先どうする??」

冷めた殺し文句に、かなりの怯み様をみせるディーバ。それを楽しむかのように、笑を浮かべるリュカ。
しかし、彼女に感謝されるのに弱いのか『ありがとう』と聞くなり焦ってるような表情は消え去り、嬉しそうな表情を浮かべた。が、そのディーバが真面目に提示した未来についての議題に対しては、流石のリュカも顔を歪める。

「──私は、見事に羽が亡失してしまって、魔力を練る繊細な事が出来なくなってしまったし……。それに、姿を隠す所か、羽すら隠せないし……」


「だよなぁー。まあ、俺もいるし何とかなるだろっ!!」


「何とかって……ディーバがいた所で、心許ないのは変わらないわよ? 寧ろ、空恐ろしいすらあるわね」

励ますように、両手を叩きディーバは口にしたが。見事にカウンターを食らわせた。

その発言にディーバは肩を落とす。

「……そこまで言うかよ……」

「ふふふ──冗談よ。いつもの事じゃないのっ! とりあえず、服を乾かしたら少し歩きましょう。空の飛べない私は地をを這うしか出来ないものねっ」

「じゃあ、俺がリュカを抱いて飛べば!」

「じゃあ、どうやって姿を隠すの?」

「俺が隠せば!」

「じゃあ、私はどうやって姿を隠すのよ?」

「……っあ……」

頭を抱え、左右に頭を振りながら溜息を吐くリュカ。
その呆れた様な表情を視界に入れながらディーバは、“チマチマ”と木の枝で小さい山を作っていた。その縮こまった姿は、でかい図体とは思えない程に丸まっていた。

自称戦いの神もリュカの前では形無しのようだ。

リュカは、その姿に微笑しつつも薄暗くなりつつある高い空を見上げる。

その、何かを憂いたような瞳は何を思っているのか。
その、強く地面を握った手は、何を表しているのか。
リュカの内情は少なからず色々な思いが錯綜していのだろう。

その点で言えば、何も考えていないような。別の言い方をすれば前向きなディーバは、凄いのかもしれない。

「──よっとっ!!」

人差し指から、小さい火の玉を出し真ん中をトンネルの様に開けた落ち枝の山の穴に火を点す。

それから、大して時間が掛からないうちに“パキパチ”と沈静な空間に暖かい音が響く。

「んー、紅葉が目立つし、空気が乾燥しているのも重なって燃えるのが早いのかッ」

「だから、言ったじゃない。森を燃やすきって」

赤やオレンジが混ざった揺蕩う炎に手を翳し、白い湯気を出しながら洋服を乾かす二人。

「私達……天界に戻れるのかしら……と言うより、使命を全うできるのかしらね」

「使命……か。だけれど、堕神が見守る世界だなんて洒落にならねーだろ。俺達がやらねーと……」

「──驚いたわ。ディーバからそんな言葉……もとい、語彙が備わっているだなんて……」

この、ディーバの腑抜けた顔をもう、何度みたかしら。それでも、彼の前向きさに少なからず私は救われてきた。

それは、揺るぎない事実で、私が彼に感謝の意を評するに値する事。

今回の事だって、ディーバが私を色々な面で助けてくれたからこそ、息をできている。

「……おまっ! 人が真面目に言っているにも関わらずッ!!」

変わらず、何に対しても必死に答えるディーバ。

だからこそ私はこう口にする。揶揄いと言う気持ちを込めて──。

「貴方に真面目なんて似合わないでしょ? 脳筋なんだからっ」

「クッソ!!」

「クッソじゃないわよ、でもとりあえず、本当に考えなきゃ駄目ね。これからの事を……」

正直この先の事を考えると、ディーバが居るからとかではなく。実際、空恐ろしい。何がどうなり、何がどう起こり、何が始まるのか。
考えれば考えた分だけの疑問が頭を駆け巡る。

ディーバにばかり、頼る訳にもいかない。私は私の今出来ることを探さなくちゃ。

「これから……とりあえず、住む家を探さなきゃだよな」

──まるっきり、巫山戯ていないような表情を、浮かべながら口にするのよね、この人。
馬鹿にしてるのかしら。

それに私は──。

「住む家があったとしても、貴方と床を一緒にするぐらいなら、野宿を選ぶわよ?」

本心を冷静に伝えた。つまるところ、私は最低限の交友関係しか持ちたくない。

イビキはうるさい、ご飯は一杯美味しい美味しいと食べ──あれっ、私、結構ディーバの事を深く知ってしまっているんじゃないのかしら、これって──間違い無く不快だわッ。

「まて! そんな鋭い眼光で睨むなッ!! 殺意を感じるって!!」
「殺意は流石に、今は無いわよ。悪意はあるけれど……」

「『今は』かよ!! それに悪意はあっちゃうのかよ!」

本当に必死。身振り手振りをそんな大袈裟にする必要がらあるのかしら。

疲れを知らない彼だからなせる技という奴ね。そういう面ではこの、脳筋を感心せざるを得ないというもの。
私には無理。と言うか見ているこっちが不愉快な気分にすらなる。

「それはそうと、野宿だろうが、なんだろうが、天界に戻っても俺達二人じゃ意味が全くないぞ? 今頃は」
ディーバが、言い出したんじゃない、先に。それに、
「──分かってるわよ、そんな事」

そう、今の私達は水の上に浮かぶ蟻みたいなもの。スグにでも溺れてしまう、そんな危機的状況。天界に戻ったとしても──。それに恐らくはロキの支柱に収まったと考えていいと思う。

故に──、
「あの、呪法が厄介……」

「厄介と言うか、解呪も出来ないんだろ??」

「そう、ロキが言っていたわね」

「となると、その点においてはやる事は決まってるんじゃねーか? あんまこんな事言いたくねぇーんだけどさ……」

目を伏せ、顔を顰めながらディーバが言いたい言葉。仲間思いだからこそ、誰よりもきっと辛い筈。私は彼じゃないから彼の気持ちは分からないけれど、誰よりも彼と居た年数が長いからこそ少しは分かる。
だから、
「言わなくても分かってるわよ。私は貴方より、頭も良いのよ??」

──そう、最悪皆を殺してあげなければいけない。善の神で居るために、居させるために。

「なっ!! お前、本当ーに酷い奴だよな? 人が真面目に考えてんのによぉー。それに少しは表情を変えろよッ! 冷やかしの表情とかしか持ち合わせねぇのかよ! まぁ……たまに可愛い笑顔あるけど……さ」

「真面目? もしかして、だから貴方の一張羅が煤で汚れているのにも気が付かないのかしら? それに次、気持ち悪いこと言ったら殺すわよ」

恥ずかしげもなく、良くもまぁ、言えるわよね。前に告白された時だって、あんな大衆の面前でするかしら普通。思い出しただけで鳥肌がッ……。


と言うか、陽もすっかり暮れてしまったようだし。

服も多少なりとも乾きもした。

「わぁぁあ!! 俺の大事なぁぁあ!! つか! 殺すって、そん──」

「な事どうでもいいから、服も乾いたし歩きましょう、街に向けて」

リュカは、そう口にすると立ち上がり、赤い巫女服を“パンパン”と叩く。

それに、続けど、立ち上がるディーバの目は一張羅の白い法服から離れずにいた。

辛そうな表情を浮かべるディーバに対して、凍りつきそうな表情を浮かべながら、リュカは口を開く。

「……じゃあ、お先にッ」

ディーバに見向きもせず、逆方向から森に向かって早々と歩き出す。
その速さに、ディーバは思わず言葉すら忘れてしまったか。さながら鯉のように、口を“パクパク”とさせていた。

そして、赤い色が森の中に溶け込み始める頃、やっと我に返ったのか、躓きながらリュカを追うように森の中へと足を運ぶ。

そこは、日が暮れたのも重なって暗闇と言う物を作り上げていた。

鳴く鳥や獣の声はおどろおどろしいく鳴り響き、草木を揺らす生暖かい風は不気味に吹き揺らす。加え、陽をそんな通さない為か、泥濘を踏み鳴る“べチョリ”と言う音が相まって余計に気味が悪い。

そんな中を、躊躇なしに進むリュカの足の速さには、今日出来る事は全てやり終えたいと言う気持ちの表れを思わせるものだ。

「リュカッ……はえーって!! 少しゆっくり歩いてくれよッ」

木に手を付きながら、前屈みに時折なり、大きく深呼吸しながらリュカの後を追い掛けるディーバ。
そんな彼を少し振り返り見るなり微笑する。

しかし、この二人に関しては会話が無い時間ですら、ぎこちないとは思えない。あるべくしてある、と言えばいいだろうか。

それは、きっと互いに気を使ってないからこそ、傍から見ても感じられるものなのかもしれない。

──森を一時間程歩き、二人の足は満足そうな達成感に溢れるような表情を浮かべつつ止まる。

二人の視界に入るのは一軒の建物。決して見栄えが良い訳でもなく、当然新しい訳でもない。

玄関には蜘蛛の巣すら張っており、もう長い年月を誰にも愛されず、寂しく過ごしてきたとも思える建物。

鎧張りで出来た木造。色は、まるっきりの茶色で、ベランダに続く庭は雑草が生い茂っていた。

しかし、二人は嫌そうな表情を一切見せること無く足は建物内へと進む。

「なかなか良いよな、こう……なんつーか、うまく言えねーけどさ」

「あら? 上手く言えないのに難しい言葉を考えようとするからじゃない? 普通に心地よいとでも言っておけばいいじゃないの」

「……うーるせっ!!」

「ともあれ、貴方は外よね??」

「ちょ! 何でだよ!!」

「さっき言ったじゃないのッ」

リュカはやはり、いくらツンケンな態度を取ろうが、何をしようが一人の女性。男性と一夜を過ごすと言う行為はやはり恥ずかしいと言う気持ちがあるのだろう。ディーバと同じ部屋で寝るのを頑なに拒み続けていた。

肩を落とし、狭い歩幅でディーバは部屋を出て、ベランダに座る。


そして、腰に携えた黯華を手に取り月夜に照らす。

隻眼で何を見ているのか、何を思っているのか、ディーバは空に剣先を向ける。

それを、少し離れた場所でリュカは視界に入れていた。

「──何を考えてるのよ、脳筋」

「……ん? ぁあ……ちょっとな」

「どうせ、私の濡れた姿を思い出していたんでしょ? 下衆ね……でも、良いわ。今日は特別に考える事を許してあげるわ」


「ははは──流石だな。……ぁあ、ありがとう」

憂いたような表情を浮かべていたディーバに対して、些か言い過ぎでは無いかとすら思えてしまう程、刺々しい言い方。
だが、それでもディーバは湖に居た時のように喧しい程の態度を取ることはなく。
何方かと言えば、力がないような表情にも見えた。

「──俺達、あいつら救えるよな?」

「……そうね」

「俺に、出来るだろうか……」

「アンタが、出来なくても私がやるわ。約束したのは私なんだから」

静黙で覆われた空間に、ディーバの弱音が独り歩きする。その、後を追うようにリュカが拾い歩く。顔を見合うことも無く、隣に背を向け座りながら。

「今すぐに……今すぐに、解決策を見定めなきゃイケナイ訳じゃないのだから。ゆっくり、ディーバの考えを固めればいいわ」

「……そう……だよな」

「そうよ──じゃあ、私は寝るわ。……寝込み襲ったら殺すわよ」

「ばっ! おそわねーよ!!」

無理して、声を荒らげたのだろうか、気を使わせない為にあるべき自分に戻ろうとしたのか。

しかし、ディーバの口から零れた言葉と言うのは覇気を感じられない弱々しいものだった。

そして、その無力さを噛み締めるかのようにディーバは両手で頭を抱える。

「……はぁ、駄目だな俺。いざと言う時に、いつも立ち竦んでしまう」

──俺にとって、リュカは大事。だけれど、天界の仲間達だって大事なんだ。

そんな仲間達があんな、苦しそうな表情を浮かべ。自ら死を乞う姿を間近でみて、俺は──、

「リュカ……お前は強いな。いいや、優しいな本当に」

俺には何が出来るだろう。法力を練るのも下手で、唯一あるとしたら負ける気のしない腕力。

だけど、そんなんじゃ今の状況を変える所か天界に帰る事自体が無謀だよな。

俺に出来ること……今、俺がすべき事。それは、仲間であり、力を発揮出来なくなったリュカを守る事なんじゃねーか。

きっと、あいつの事だ、表には出さなくても心ん中じゃ色々考えている筈……。
なら──、
「俺は、リュカを守る。そして、あいつが答えを出した時。それを全力で手伝う!」

それが、今俺に出来る最優先事項だ。

来るべき日の為に。

と言うかだ、本当に俺野宿決定なのかよ。

「本当容赦ねぇーんだよなあいつ」

前に告白した時は、何故だか知らねぇけど凄い形相で振られたし。
あの時のセリフ……若干トラウマなんだよな。確か……『近寄るな、お前誰だっけ?』だったような。まさか、赤の他人のフリされるとは思わなかったな。
何でだろーか……。くっそ、思い出したら傷口がひどい事なりそうなかんじだ。あの、冷酷冷血女め。アイツの視線に何回殺されたかッ。

「今日は、俺も寝てやるッ! 畜生ッ!!」

そう息巻くと、ベランダに思い切り寝転ぶ。
まるで、何かが吹っ切れたかのように、先程の弱々しい、憂いたような表情ではなく。どちらかとゆえば、ただ単に不貞腐れたように腕を組みながら。

そんな、二人が波乱と言う一日を、命を持って終える事ができた。それは、単に二人だからこそ成しえた事なのかもしれない。

月が、登り降る中、二人の目には共通して涙が流れ光る。
どんな、夢を見ているのか、それとも夢ではなく情緒そのものがそうさせているのか。
どちらにしろ、二人にとって辛い出来事があり過ぎたが故の証なのではないのだろうか。

そんな事は露知らずと言うかのように、暗い世界は徐々に明るさを取り戻す。

そして、寝ていた獣達も次第に起き出し、静まり返っていた落ち葉は“カシャカシャ”と鳴り。その音が目覚ましとなり鳥もまた、曲を奏で始める。

「……起きろ、脳筋」

朝が弱いのか、リュカは目を垂らしながら面倒くさそうに、足でディーバの背中を蹴る。

「おっま……えなぁ……蹴るのやめろよ……」

“ノソッ”とでかい図体を縦に起こし、欠伸がてらに苦情をリュカに伝える。が、その頃には既に背後には居なかった。

「おま……行動早すぎんだよッ……」

「アンタが、遅いだけでしょ? 早くしなさいよ」

玄関に立つリュカの顔は、水で洗われたのか少しテカリながらも、リュカ自身は清々しいまでの気持ちよさそうな表情を浮かべていた。

「はぁはぁ……ったっく……よし、良いぞッ」

方や、ディーバは息が上がり、顔から滴る雫はもはや、汗か水かすらも分からない。

よっぽど急いだに違いない。

その頑張りを知ってか知らずか『はぁ』と、何故かリュカが溜息を付き歩き出す。その姿を見て、ディーバは頭を掻きながら後ろを追う。

「何処行くんだっ??」

「とりあえず、開けた場所に出ましょう」

ディーバの何気ない問に、間を開けること無く解してみせた。

そして、まるっきり人気の無い、だだっ広い原っぱを突っ切り、街道らしき場所に出る。

しかし、それでも尚、人の気配を感じることが出来ない。変な言い方をすれば人自体がこの世界に存在していない。と錯覚してしまいそうな程に静寂。

その状況に、何か違和感を感じているかのように、険しい表情を浮かべ、リュカは目を瞑る。

「……ダメだわ、私じゃ察知できない。ディーバ、第三ノ目、使ってくれないかしら?
疲れるのは承知で……ちょっと嫌な感じするのよね」

力が出せない事に歯がゆさを感じているのか、ディーバに対して命令では無く、気を使いながら頼むと言う行動にでたリュカ。

その素直さに、若干驚いたような表情を後ろに半歩下がると言う行動で作り上げた。が、すぐさま眉間にシワを寄せ、遠くを睨むような鋭い眼光をぎらつかせて黯華を鞘ごと手に取る。

そして、目を瞑るとディーバの周りだけ風が右往左往するかのように、法服の裾は色んな揺れ方をし始める。

数分が経ち目を開くと、まるで盲目になってしまったかのように、真っ白い瞳になっていた。

「……ふぅ……。──波ッ!!」

ディーバが気合いを入れたであろう力強い声を黯華の剣先で地面を叩くのと同時に出した途端。
まるで、ディーバ自身が水面に落ちた葉のように中心から風圧の波紋を描く。

汗と荒々しい息使いが、尋常じゃない体力の消耗を見せつける。そんな中、ディーバがもう一度瞳を閉じると波紋が止まる。心配そうな表情を浮かべるリュカに膝を笑わせながら口を開く。

「──魔族が……街の方向に……」

「何だって!? 魔族って、我々が……」

不吉な何かを思いついてしまったかのように、瞳孔を狭めながらディーバを見つめた。

そして、また、ディーバもリュカが何を言いたいのか分かっているかのようにその目を逸らすことなく頷く。

「ぁあ、今天界を治めているのは間違いなくロキだ」

「……クッソ!! 何でこんな事までッ……!!」

剣を携え、今にも走り出しそうなリュカの肩を掴み、振り向かせディーバは口を開く。

「こーゆ時こそ、俺の役目だろ??」

そう言うと、見せ場はここしか無い。と言わんばかりに、美しい白い羽を一杯に広げた。その姿は陽の光で白く反射するのもあり神秘的。
すると、いつものように睨んだりもせずにディーバの首に手を掛ける。
そのいつも見せないであろう素直さからは、ただならぬ緊張感のようなものを感じざるを得ない。

リュカを抱え、猛スピードで羽ばたき進む。そんな中、リュカは口を開く。

「決めたわ。ロキの好きにはさせない。考えが見つかるまで、私はこの大陸を守る為にあるわッ」

「……それでいいんだな? 何かに務めると言うことは、何かが疎かになるって事だぞ?」

「分かっているわよ。でも、子を放っておける分けないじゃないッ」

「そうか、なら俺もリュカについて行こう」

風の音に、負けない大きい声で決意を表す。その揺るぎない瞳は、敵意よりも正義に溢れたような強い力を感じた。

ディーバが察知した、と言うより見た場所に近づくにつれ、魔族という物の形が露となってくる。それを視認出来るようになりはじめると、リュカの食いしばる歯が“ギリッ”と音を立てる。

数にして五体程だろう。しかし、その周りには赤い水溜りが何箇所も出来ていた。

その湧き水の源泉とでもいうかの如く、その中心には顔や腹が潰れた骸が、死後硬直も重なり歪な形で水を湧かしている。

そして、何故、死屍累々が皆そんな状況なのかと思えば、それは、赤い体をした三メートルはある横にも縦にもデカイ紫色の目をした魔族が手にしたマルタのような木刀故の結果なのだろう。

斬られたのではなく、ことごとく鈍い音を骨と肉を砕く“ニュチャッ”という音を立てながら撲殺をしたからこそに違いない。

そんな、光景を目の当たりにした、善の神が黙っていられるはずもない。

「お前等は、再び罪の無い者を手に掛け、殺……許さない、赦さない。絶対にぶち殺す」

リュカの剣が極光になり、それを見た、魔族もまたデカイ地響きと揺れる大地と共に襲いくる。

「くたばれぇ!!」

顔に似つかわしく無い荒々しい声を叫び。いつかみた光の刃が、魔族の腹を直撃する。が、分厚い肉という事、それと羽を失った事も重なってなのか、真っ二つになることは無かった。
しかし、人間の致死量の倍以上は血が吹き出し、太く長い腸が地べたを這う。それでも、傷みを全く感じてすらいないのか。
鳴き声も無く、歩幅も狭まることなく、大きい一歩は次第にリュカの元へ近づく。

その姿を眉間に皺を寄せ青い瞳を光らせながら睨みつけ、髪は逆立つ。その、一歩も後ろに下がろうとしない覇気は、殺意か、はたまた子を無くした傷みか。

どちらにしろ、リュカのそれは、尋常じゃない程の迫力があった。

巨体の魔族も負けじと、遅い速度で木刀を振るうが、その何十倍も早い速度でそれを斬る。

力の反動で一歩下がる巨体に対しリュカは一歩踏み込む。その度に足元の土は砂埃を立て逃げる。
そして、煌華を裂けた腹に突き刺し口を開いた。

「──レイ」

次の瞬間、鋭く細い針が巨体の至る所から血潮と共に眩い光を出しながら飛び出した。

目をぶち抜かれ、本来より目玉が遠くにある巨体は何が起きたのか分からず、歩きながら崩れ落ちる。

ディーバは、と言うと、リュカが一体を根絶し終える時には既に三体を駆逐していた。

そして、今まさに最後の一体に唾を付けたところだ。

しかし、凄い形相を浮かべていたリュカに相反し、ディーバの表情は非常に緩いものだった。

余裕の表れなのか、それともそう言ったスタンスなのか。どちらにしろ、ディーバはディーバで別の気迫を醸し出していた。

「じゃー、いっちょ、燃え尽きてもらおーか! 」

振るった一振りは巨体に当たること無くそのまま地に刺さる。

だが、ディーバはそのまま抜くこと無く射し込む。

「獄鳳炎火ッ!!」

大木のような黒く赤い火柱が巨体を包む。

その場から逃れようと、火柱の外へと手を伸ばすとそこからまた燃え始める。逃れることのない地獄になす術なく、肉の焦げ爛れた匂いのみを残し塵もなく消え去った。

「歯応えねーよな。やっぱあの、トードみたいな知能がない魔族なんかさ……って大丈夫か?」

「──え? ……ぇえ、平気よ……」

誰が見ても嘘だと分かるほど隠しきれない辛そうな表情は、ディーバの手を自然とリュカの首元へと回した。

しかし、それは正しい判断出はあるのだろう。何故なら、『やめろ』と言い抵抗しても、いつもの様な抵抗力が無いからこそ、ディーバの腕に抱かれ空を飛んでいるのだから。

「リュカ……今日から、俺達は二人で過酷を分かちあわなきゃいけない。だから、せめて今だけはゆっくりおやすみ」

汗粒をおでこから浮かばせ時折、呻き声のようなものを上げながら眠るリュカに、ディーバは優しい口調で呟いた。
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