第60話 主催者の挨拶

文字数 1,632文字

 城前の広場に降りると膜は消えて解放される。
 大量に並ぶ外灯により昼間のように照らされた空間に次々と客人たちは降ろされ、集い、口々に先ほど起きた事に対する称賛の言葉を並べたてていた。それは誰が最も素晴らしい誉め言葉を思いつくか競い合っているようにも見え、興奮は本物ながら口から吐き出されるものは空虚に感じられた。
 広々とした広場は半円形で眼下に雲の流れる端が丸く曲線を描き、平らな方が城の方を向いている。
 どうやって植えたのか左右には立派な樹木が整然と並び、ブロックのように形を整えられた低木が草地と石畳とを分ける境界を担う。明かりにより咲き乱れる花も見て取れるが、その色とりどりであろう姿は光が強すぎるため逆に色あせて見えた。
 リオンが周囲へ視線を巡らしている間にも次々に客人たちは広場に降り立つ。
「ようこそいらっしゃいました皆さま!」
 最後の一人が到着したのを見計らって、それまで暗くされていた広場奥の城へ続く道がパッと明かりで照らされる。
 そこに立つのは非常に腹の出た、もとい恰幅の素晴らしい男だった。
 黒の正装に青いシャツは張り出した腹に圧迫されて苦しそうに皺を作り、ぐるりと首を取り巻く脂肪を隠すようにマフラーを巻いている。帽子を乗せている頭はテカテカと光を反射するほどにノリで固められており、毛というよりは石のような光沢を見せていた。
 ステッキをクルリと回して石突で石畳をカツンと叩く様は、自らの容姿を無視して見栄を張っているようにしか見えない。
 彼こそがこの場の主役、第29代ビリアン商会会長フンブル・ロフドエスクである。
「この素晴らしき日、素晴らしき方々を迎えることができ、私は感激の至りでございます」
 そこから長々と世辞と自慢話が続く。
 自分の生い立ちから始まり、どんな苦難を乗り越えて来たか。自らの才覚を誇り、そして父親である先代、レンバレン・ロフドエスクを過剰な修飾語を持って飾り自慢し感謝の言葉を述べる。また父の先代に当たるオーベル・リファドスに対しては苛烈な批判を行った。
 曰く、かの才無き嫉妬深い男が如何に父と自分を不当に扱い私腹を肥やしたかというものだ。
 その中にどれ程の真実が混ぜられているかは知らないが、こういった場での言葉は鵜呑みにしていけないくらいの事くらいは、リオンも度々呼び出された学院の祝祭で経験済みである。
 いくら暗くなっているとはいえ、夏の空気はそうそう引くものではなくジワジワとした熱を持つ。
 弁の熱さもあってフンブルは気がつけば汗だくであり、シャツは吸い込んだ水分によって色を変えて肌にピッタリと張り付き、顔を拭いていた手ぬぐいは絞れそうなほど重くなり、耐えかねたようにポタポタと液体を落としていた。
 流石にそれは格好がつかないと気がついたのか、フンブルはようやく長話を締めくくる。
 もしかしたら客人たちの笑顔から漏れ始めていた、立たされ続けている事への苛立ちに気がついただけかもしれないが。
「では、最後に。この場の設計におけるレクシロン様の多大な貢献に感謝を述べ、締めくくりとさせていただきます」
 フンブルが一礼する。
 無数の拍手が送られる。
 レクシロンもそれに参加するが、リオンは内心それどころではなかった。
「え、ここの設計はレクシロン君がやったんですか?」
「はい、その通りです」
 得意げに口端を釣り上げる元教え子。
 ここまで巨大な構造物を浮かべている事、それに深くかかわっている事、リオンは驚きに間抜けな顔を作ってレクシロンを見ていた。
「さて、詳しい話はまたあとで。取りあえず中に入ってしまいましょう」
 そういってレクシロンは客人たちの流れに合わせて歩き出す。
 その足取りは何だか軽いような気がしたが、きっと気のせいだろう。
 リオンは慌ててその後を追いかける。
 服装含め場違いな自分では、はぐれたら侵入者としてつまみ出されるかもしれない。
 周囲から奇異の視線を向けられていたが、気にしている余裕はなかった。
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