第49話 覚悟
文字数 2,102文字
馬鹿だ。救いようのない大馬鹿だ。
あまりの失態、あまりの不甲斐なさ、あまりの情けなさに自己嫌悪に陥る。
吐き気すら込み上げてこない。
元から不測の事態が起きることくらいは覚悟していたというのに!
この世界にある全ての存在には内包できる魔力の量に限界値がある。
これは物質的な限界ではなく、法則としての限界であると言うのが常識だった。
小動物や特定の鉱石に対して本来持ちえないほどの魔力を投入した時、ある一定の量に達すると途端に反発力が急上昇し始め、最終的にはどれだけの力でもって魔力を込めようとしても、それ以上は絶対に入らない。
それが魔力付与限界と呼ばれるものだった。
それを知っているからこそ、リオンは自らを栓として竜との間に魔力を溜めるというアイデアを実行に移したのだ。
……だが、現実は甘くはなかった。
魔力量の限界がある?
いいや、そんなのは“その程度の魔力しか込められる力しかない”だけだったのだ。
あの時リオンの中で確かに魔力は限界を超えた。
それ以上は注ぎ込むことができないという限界量を確かに感じ、しかし留まる事を知らない圧力上昇の結果として“それ”は壊れたのだ。
結果は凄まじい物だった。
それまでの息苦しさや頭痛などは可愛い物である。
体の内から外に何かが出ようと暴れまわっている感覚、血管という血管が沸騰した血により無理矢理に膨張しているかのような感覚、脳が膨れ頭蓋骨を風船のように割ろうとする感覚。
突如として襲われたその激痛に困惑し、混乱し、そして臆病風が吹いて来た。
それを受けて考えてしまった。
これからクリフたちの元へ駆けつけ活躍するために余力は残しておくべきでは?
という無意味な欲望を。
別にこのくらいで良いんじゃないか?
という無責任な誘惑を。
まだ不十分だと、本当は心の奥で分かっていながらそうやって甘言に“逃げた”のだ。
なんと恥ずかしい事だろうか。
研究者の端くれの癖に、絶対に成功させてみせると意気込んで挑んだくせに。
何よりも気高きドラゴンにこれほど悲しむ姿を作らせた事が許せない。
一人の失敗であれば別に構わないのだ。
今度は万全の準備をすればそれでいいだけなのだから。
しかし今は違う。
村には、冒険者にはクリフがいるが、ここには自分しかいない。
今この場に、自分しか目の前のドラゴンの力になれる者はいないのだ。
なのに何をやっている? あの沈痛な姿を見て耐えられずに残った癖にどうして逃げた!
クリフは怒る。
期待を裏切ってしまった己に。
利己的な選択を選らんでしまった臆病で不甲斐ない自分に。
故にその口は叫んだ。
心折れ、諦めたドラゴンへ向けて叫んだ。
喉が悲鳴を上げて声を拒む。体も思うようには動かせない。
でもその瞳に怒りを燃料とし、覚悟の光を称え、しわがれた声で訴えた。
「もう一度ですっ!」
ドラゴンが驚きに固まる。しかしそれも少しの時間であり、その美しき臙脂の瞳に光が戻った。
まるでリオンの炎が燃え移ったかのように、再び赤々とした光を宿した。
二人は向きなおる。
そして再び魔力は流れ始めた。
リオンは意識の全てを凪いだ湖面のように静める。
自らを栓として先ほどとは比べ物にならない勢いで集まってくる魔力を受け止める。
あっという間に魔力付与限界を迎え、少しの時間だけ流れが止まった後に今度は鉄砲水のように膨大な魔力が押し寄せてきた。
体の中へ押し込まれていく魔力は暴れまわり、肉と皮による牢獄を力づくで破壊せんと全身を駆け回る。
吹き荒れる嵐に歯を食いしばり、リオンはその身の内にその力を抑え込んだ。
すでに一度経験しているのだから、心に受ける衝撃は先ほどよりずっと小さい。
リオンは次から次へと頭の中に浮かんでくる誘惑と言い訳を無視する。
臆病風に吹かれた自分の言葉を「だからどうした!」と切り捨て、ちっぽけな決意のみで自らの命の削られていく恐怖を耐え続ける。
血が沸騰している。
――血管が圧迫され、耐えきれなくなり、破け、腹の中が血で満たされていくように感じる。
はらわたが引き裂かれる。
――溢れ出した血はそのまま込み上げ口より吐き出される。
ドラゴンが僅かに動揺したのを感じたがその目で訴え続行させる。
目の前が真っ赤に染まる。
――膨張留まる事を知らぬ脳が自壊を始めた。
膨れ上がった左の目が遂に限界を迎えて破裂した。
そこから溢れる血を魔力を止めようと無理矢理に手で押さえる。
意識が遠のく。
――もはや痛みすら感じられない程に壊れた肉体。
かろうじて意志により繋ぎ止めていた現実の世界がどんどんと遠のいていく。
――そして肉体は限界を超えた。
リオンは力尽き倒れ伏す。
遂に暗き世界へと落ちていく最中、真っ赤なボヤケタ右の目で見た。
無理矢理に押し止めていた栓を壊して流れだした力は一瞬にして魔法陣をを駆け巡り、放たれ荒れ狂う光は太陽の輝きすらをも凌駕して天を染め上げる。
その光の洪水に呼応するように振るえ揺れる大地を。
ああ、上手くいったんだ。
安堵と共にリオンは落ちていく。何処までも果ての無い深淵の底へ。
あまりの失態、あまりの不甲斐なさ、あまりの情けなさに自己嫌悪に陥る。
吐き気すら込み上げてこない。
元から不測の事態が起きることくらいは覚悟していたというのに!
この世界にある全ての存在には内包できる魔力の量に限界値がある。
これは物質的な限界ではなく、法則としての限界であると言うのが常識だった。
小動物や特定の鉱石に対して本来持ちえないほどの魔力を投入した時、ある一定の量に達すると途端に反発力が急上昇し始め、最終的にはどれだけの力でもって魔力を込めようとしても、それ以上は絶対に入らない。
それが魔力付与限界と呼ばれるものだった。
それを知っているからこそ、リオンは自らを栓として竜との間に魔力を溜めるというアイデアを実行に移したのだ。
……だが、現実は甘くはなかった。
魔力量の限界がある?
いいや、そんなのは“その程度の魔力しか込められる力しかない”だけだったのだ。
あの時リオンの中で確かに魔力は限界を超えた。
それ以上は注ぎ込むことができないという限界量を確かに感じ、しかし留まる事を知らない圧力上昇の結果として“それ”は壊れたのだ。
結果は凄まじい物だった。
それまでの息苦しさや頭痛などは可愛い物である。
体の内から外に何かが出ようと暴れまわっている感覚、血管という血管が沸騰した血により無理矢理に膨張しているかのような感覚、脳が膨れ頭蓋骨を風船のように割ろうとする感覚。
突如として襲われたその激痛に困惑し、混乱し、そして臆病風が吹いて来た。
それを受けて考えてしまった。
これからクリフたちの元へ駆けつけ活躍するために余力は残しておくべきでは?
という無意味な欲望を。
別にこのくらいで良いんじゃないか?
という無責任な誘惑を。
まだ不十分だと、本当は心の奥で分かっていながらそうやって甘言に“逃げた”のだ。
なんと恥ずかしい事だろうか。
研究者の端くれの癖に、絶対に成功させてみせると意気込んで挑んだくせに。
何よりも気高きドラゴンにこれほど悲しむ姿を作らせた事が許せない。
一人の失敗であれば別に構わないのだ。
今度は万全の準備をすればそれでいいだけなのだから。
しかし今は違う。
村には、冒険者にはクリフがいるが、ここには自分しかいない。
今この場に、自分しか目の前のドラゴンの力になれる者はいないのだ。
なのに何をやっている? あの沈痛な姿を見て耐えられずに残った癖にどうして逃げた!
クリフは怒る。
期待を裏切ってしまった己に。
利己的な選択を選らんでしまった臆病で不甲斐ない自分に。
故にその口は叫んだ。
心折れ、諦めたドラゴンへ向けて叫んだ。
喉が悲鳴を上げて声を拒む。体も思うようには動かせない。
でもその瞳に怒りを燃料とし、覚悟の光を称え、しわがれた声で訴えた。
「もう一度ですっ!」
ドラゴンが驚きに固まる。しかしそれも少しの時間であり、その美しき臙脂の瞳に光が戻った。
まるでリオンの炎が燃え移ったかのように、再び赤々とした光を宿した。
二人は向きなおる。
そして再び魔力は流れ始めた。
リオンは意識の全てを凪いだ湖面のように静める。
自らを栓として先ほどとは比べ物にならない勢いで集まってくる魔力を受け止める。
あっという間に魔力付与限界を迎え、少しの時間だけ流れが止まった後に今度は鉄砲水のように膨大な魔力が押し寄せてきた。
体の中へ押し込まれていく魔力は暴れまわり、肉と皮による牢獄を力づくで破壊せんと全身を駆け回る。
吹き荒れる嵐に歯を食いしばり、リオンはその身の内にその力を抑え込んだ。
すでに一度経験しているのだから、心に受ける衝撃は先ほどよりずっと小さい。
リオンは次から次へと頭の中に浮かんでくる誘惑と言い訳を無視する。
臆病風に吹かれた自分の言葉を「だからどうした!」と切り捨て、ちっぽけな決意のみで自らの命の削られていく恐怖を耐え続ける。
血が沸騰している。
――血管が圧迫され、耐えきれなくなり、破け、腹の中が血で満たされていくように感じる。
はらわたが引き裂かれる。
――溢れ出した血はそのまま込み上げ口より吐き出される。
ドラゴンが僅かに動揺したのを感じたがその目で訴え続行させる。
目の前が真っ赤に染まる。
――膨張留まる事を知らぬ脳が自壊を始めた。
膨れ上がった左の目が遂に限界を迎えて破裂した。
そこから溢れる血を魔力を止めようと無理矢理に手で押さえる。
意識が遠のく。
――もはや痛みすら感じられない程に壊れた肉体。
かろうじて意志により繋ぎ止めていた現実の世界がどんどんと遠のいていく。
――そして肉体は限界を超えた。
リオンは力尽き倒れ伏す。
遂に暗き世界へと落ちていく最中、真っ赤なボヤケタ右の目で見た。
無理矢理に押し止めていた栓を壊して流れだした力は一瞬にして魔法陣をを駆け巡り、放たれ荒れ狂う光は太陽の輝きすらをも凌駕して天を染め上げる。
その光の洪水に呼応するように振るえ揺れる大地を。
ああ、上手くいったんだ。
安堵と共にリオンは落ちていく。何処までも果ての無い深淵の底へ。