第62話 謎は隠された

文字数 3,431文字

 再びあのギラギラに晒されるものと身構えていたリオンは、控えめな明かりの灯る通路に拍子抜けする。
 壁際や天井に凝った装飾の類もあまり見られないとなると、入り口のあの光景は見栄のために作られたものなのかもしれない。
「さて、まずはここがどのようにして浮かんでいるかの説明をしたいところですが……ここは直接関わられた方にお任せした方が良いですかね?」
 フンブルはチラリとリオンを見てから隣を歩くレクシロンに尋ねる。
 当然と言うように語り始めた。
「まず既にお気づきかと思いますが、この巨大構造物を浮かべる力は風の精霊魔法を利用しています」
「まあ、他の属性はこういうのにあまり向きませんからね」
「はい。それで具体的な方法としては先生が以前にかかれた精霊石の力の調整法に関する論文を利用させていただきました」
「え、まさかアレですか?!」
 それは三年ほど前に書いたものだ。
 要約すれば、“隆起した精霊の力は一度精霊石の形を取る事で、魔法回路を利用し魔法石のように扱う事が可能である”というものである。
 一般的に精霊石は荒れ狂う力をそのまま精晶石に押し込めたものであるが、これに決まった回路を用いることで魔法石ほどではないが任意の力の調整ができるようになるのだ。
 ただ問題として、この回路があまりにも複雑であり現在に至ってもクリフとリオン以外でまともに構築できた者の報告が上がっていない。また回路そのものも無駄な部分が多くあり、クリフからの度重なる指摘を受けて現在も改善の真っただ中にある技術だ。
 新しい改善版の発表がいつになるかは未定である。
 つまり、その複雑怪奇にして面倒極まりない代物を使って見せたというのだ。
 レクシロンは誇らしげに「苦労しましたよ」と胸を張る。
「容量に余裕のある精霊石への力の入力と、精霊石からの出力を同時に行っているんです。高純度の精晶石かつ、数を十分に用意し一つ当たりの出力量を減らすことによって出力による結晶構造の変質と、それによる自壊の比率を極限まで下げているんです」
「それを一人で設計したわけですよね? それは何と言うか」
 とても気の遠くなる話だ。
「私にはとても理解の及ばない話ですが、それがとても凄い事だという事はよく分かります」
「それほどでもありません。何しろ設計図を完成させるだけで一年もかかってしまいましたからね。先生ならもっと早く終わらせられたでしょう」
「それは買いかぶりですよ」
「先生が謙遜しすぎなんです」
 どうにもレクシロンは自分の事を過大評価し過ぎているようだ。
 ただの平らな地面なら兎も角、こういった複雑な構造物ともなればただ魔法回路を考えればいいというものではない。精霊石の配置は勿論ながら、この城や土台の建造において邪魔にならないよう線の引き方や配置を考えなければいけないわけで、その上で正しく機能する魔法回路を完成させるわけだから気の遠くなる話だ。
 はたして自分ならどれほどの失敗を積み重ね、時間をかけることになるか想像もつかない。
 末恐ろしい教え子を持ってしまった者だと今更ながら感じつつ、リオンたちはフンブルの案内のもと城の奥深く件の土台の方へ下っていく階段を降りていく。
 やがて辿り着くのは四角く、人が擦れ違うのはやっとの幅である通路。
 あまり人が通るようには作られていないのであろうが、注目すべきは両壁と頭上に浮かぶ薄緑色の紋様であろう。それらは常に一定の明るさを保っているが流石に明かりとして使うには弱々し過ぎる。
「ここは別な回路が干渉しないように、他の精霊石なんかは使わないようになっているんです」
 上のような光源が無い理由をレクシロンが説明する間、フンブルが何処からかランタンを取り出し明かりをつけた。原始的な燃料を使用するタイプで、時折中の火が揺れる。
「驚くのはまだ早いですよ」
 ジッと壁を見てその引かれた線の一つ一つの意味を分析していたリオンに、レクシロンはそう言うと先へ向かうように促した。
 まだ十分に目の前にあるものの機能を理解したわけではないが、二人に向かわれては仕方がないのでリオンは思考を中断して後を追う。
 次に足を止めた場所は半球状の広間。天井は曲面で通路より伸びた線が描かれている陣と合流しており、周囲にも同じような通路が多数あってやはり線が走っていた。
 ここでは床にも紋様が描かれている。こちらには壁から伸びた線が繋がっている。
「ここが心臓部、各ポイントでの精霊石の状態で出力のバランスを計っている場所です。ここでの計測を元に核精霊石の力が調整される仕組みですね」
「これはまた随分と複雑に作りましたね」
「やっぱりそう思いますか?」
「あ、いや別にこれが悪いという意味では無くて……」
「構いませんよ。俺自身この出来には満足していないんです。もっと効率の良い線の引き方があったんじゃないかって思い出すたびに頭抱えてますから」
 自嘲気味にレクシロンは笑うが、これほどのものを作り上げた人間を笑える者など世界には作り上げた本人しかいないだろう。
 それほどの、偉業と言ってよいほどの功績だ。
 リオンは改めて空間全体に走る線の一つ一つに視線を向ける。
 全て掘り込みによって作られたものであり、そこに見て取れる癖は一人の人間だからこそ許容され流れる力を乱さずに済む。余程の実力者か或いは止むを得ない状況でない限り、複数人で一つの回路を構築するのは摩擦を生みかねないため推奨されないものなのだ。
 一人でこれを掘り切る体力と精神力、それを思うとレクシロンに末恐ろしさを感じずにいられない。
「――ん?」
 まじまじと見ていたリオンはふと違和感を感じる。
 これは以前に見たことがある光景だ。
「確か――」
 すぐ最近、銀行の天井を見上げた時だったか。
 あの時に感じた光の歪み、あれほどクッキリとしたものではないが確かに感じる。場所は床に描かれた回路の中心近く、そのあたりに何かがあるのだろうか。
「どうかしましたか?」
「え? ああ、少し気になったのですが、あそこの回路は少し変では?」
「んー? いや、大丈夫なはずですけど……」
 そう言ってレクシロンは近寄って行き、しゃがみ込んでリオンの指さした部分を確認する。
 正常に起動しているからこそ今この城は安定した状態で浮いていられるわけであるから、普通に考えればリオンの気のせいという事になるだろう。
 二度、三度と繰り返しレクシロンは確認を行う。
 リオンはその線の組み合わせが何か変だなと思うも、具体的に何が変なのかという事が分からず何も言う事が出来ない。
 沈黙が重苦しくなるなか、もっとも緊張していたのはフンブルだろう。
 滝のような汗を流しているのは恐怖と不安からだ。
 新しくしたのであろう手拭いが徐々に汗を吸いきれなくなる中、レクシロンは立ち上がり結果を言う。
「やっぱり問題は見当たりませんよ」
「そっか。じゃあ多分見間違いかな?」
「一応、設計図は自宅にあるんで戻って再確認してみます」
 とりあえずは安全であろうと二人の専門家が出した事でフンブルはホーッと大きく息を吐いた。
「あまり不安にさせないでくださいよ」
「すみません」
「まあ、何かがあればセーフティも起動しますから大丈夫でしょう!」
「セーフティとは?」
 始めて聞いた話だ。
「実は領主さまからの命令で、こんな大きなものを浮かせるんだから万が一の場合を想定した機構を積み込んでいるんだろうな、と脅かされましてね」
「もしここの力が失われても、一流の魔法使いたちに作らせた緊急浮遊魔法が発動することになっています。それでゆっくりと降下しながら町の外に不時着する仕組みなんですよ」
 チラリと見るリオンに「俺はそっちには関わってません」とレクシロンが首を振る。
 その魔法もどういう風に組まれているのか気になるが、頼んだ本人が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
「ではそろそろ上に戻りましょう。ここは空気が籠るので新鮮な空気が恋しくなってきました」
「籠る?」
「何か気になる事でも?」
 再び、何か引っかかるが分からない。
 ここに来てから喉の奥に物が詰まったような気分になる事が多い気がする。まだそんな歳ではないのだが、復元時に記憶の混濁でも起きてしまったのだろうか。
 結局リオンは何でもありません、と誤魔化して二人と共にもと来た道を戻る。
 ただミュールだけは完全に立ち去るまでリオンの肩の上で、明るく灯る緑の紋様をジッと見ていた。
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