第16話 桜子-4
文字数 1,692文字
家に入り、3階の自分の部屋に行った。引っ越してまだ半月足らずなのに、もう懐かしいような気がする。とりあえず窓を開けて、空気を入れ替えた。
キャリーバッグを開けて、夏服を詰め込む。最近急に気温が上がってきたので、引っ越しの時に持っていった服では暑かったのだ。
溜まっていたダイレクトメールも、バッグに放り込む。必要なものではないが、ここではゴミ出しもできないし。
服を詰め終わって、一応それぞれの部屋もチェックする。どの部屋も異常はなかったが、ふと両親の部屋で足が止まった。
ママのベッドのサイドテーブルに、写真が飾られている。某テーマパークに遊びに行った時の写真だ。ママとパパが、シンデレラのお城をバックにいい笑顔で写っている。
何か違和感を覚えて、じっくりと見て気づいた。この写真には、あたしも写っていたはずだ。
某テーマパークに行ったのは、あたしが5歳のときだ。その頃はまだパパと一緒に暮らせていなかったから、旅行中ずっと一緒にいられてとても嬉しかった。
それはママも同じだった。あたしがアトラクションに乗っている間、パパにべったりだった。今にして思えば、普通にカレシとデートしている感覚だったんだろう。あの時のママは、確か24歳くらい。今の綾女 より若い。
この写真はふたりのバストショットだけど、足元であたしもピースサインをしていたはず。わざわざその部分をカットしてまで、ふたりきりの思い出にしたかったんだろうか。
ママは、パパを捕まえるのに必死だった。あたしを産んだのだって、たくさんいたパパのカノジョたちを出し抜いて正妻と張り合うためには、子どもが必要だったからだ。
それがはっきりわかったのは、3年前。パパの出張中に、ママの友達が泊まりに来た時のことだ。
「可南子 もうまいことやったよねえ。こんなきれいな家で専業主婦なんてさ」
「そりゃあ努力したもん。今日は絶対安全日だからって、ごまかしてさあ」
ママと友達は、2階のリビングでべろべろに酔っぱらっていた。あたしがキッチンにお茶を取りにきてるのも気づいていない。テーブルの上にはピザの残骸と、缶ビールの空き缶が散乱している。
「あたしが子ども産んだのもたいがい早かったけどさ、まさかあんたが未成年で親になるとは思ってなかったよね」
「修司 さん捕まえるには、どうしても子どもが必要だったからさ。それでも籍入れるまで10年もかかるのは想定外だったよ」
「前の奥さんが反対してたの?」
「ううん。奥さんも恋人いたみたいなんだけど、修司さんがね、子どもが一人前になるまでは待っててくれってさ」
「なにそれ。桜子 ちゃんのことはほったらかしだったわけ?」
「そんなことないよお。毎日うちでごはん食べてたし、旅行も行ったし。むしろあっちの子のほうが、ほったらかされてたんじゃないかな。ま、あたしが修司さんが居心地よくしていられるように頑張ったからね」
「ふふ。じゃ、今は瑕ひとつない完璧な家族だね」
「うーん……贅沢言うとさ、もっとふたりっきりでイチャイチャしたかったなあ……なんてさ。さすがに子どもの前では親の顔してなきゃだし」
「子どもなんて、カレシでもできれば親のことなんて見向きもしなくなるよ。あとちょっとの辛抱だって」
そのあたりで、あたしはキッチンを出た。
部屋でひとりきりになって、ママたちの会話を思い出していたら、涙がボロボロ出てきた。
パパとママが不倫の略奪婚だったのは、その時初めて知った。ママがパパを捕まえるために、なにをしたのかも。もう中学生だったから、安全日の意味はわかる。
あたしは、ママがパパの居心地をよくするために作られたパーツみたいなものだったんだ。あたしがいたおかげでパパと結婚できたようなものなのに、今のママはパパとふたりきりになるためには、あたしが邪魔なんだ。
ママとパパが仲良くするのは当たり前で嬉しいことだったはずなのに、ママの「母より女」な部分を知ってしまうと、もうひたすらキモかった。
それ以来あたしの成績は下がったし、こっそり夜遊びに行くことも増えたけど、ママもパパも単なる反抗期と思っていたみたいだった。
キャリーバッグを開けて、夏服を詰め込む。最近急に気温が上がってきたので、引っ越しの時に持っていった服では暑かったのだ。
溜まっていたダイレクトメールも、バッグに放り込む。必要なものではないが、ここではゴミ出しもできないし。
服を詰め終わって、一応それぞれの部屋もチェックする。どの部屋も異常はなかったが、ふと両親の部屋で足が止まった。
ママのベッドのサイドテーブルに、写真が飾られている。某テーマパークに遊びに行った時の写真だ。ママとパパが、シンデレラのお城をバックにいい笑顔で写っている。
何か違和感を覚えて、じっくりと見て気づいた。この写真には、あたしも写っていたはずだ。
某テーマパークに行ったのは、あたしが5歳のときだ。その頃はまだパパと一緒に暮らせていなかったから、旅行中ずっと一緒にいられてとても嬉しかった。
それはママも同じだった。あたしがアトラクションに乗っている間、パパにべったりだった。今にして思えば、普通にカレシとデートしている感覚だったんだろう。あの時のママは、確か24歳くらい。今の
この写真はふたりのバストショットだけど、足元であたしもピースサインをしていたはず。わざわざその部分をカットしてまで、ふたりきりの思い出にしたかったんだろうか。
ママは、パパを捕まえるのに必死だった。あたしを産んだのだって、たくさんいたパパのカノジョたちを出し抜いて正妻と張り合うためには、子どもが必要だったからだ。
それがはっきりわかったのは、3年前。パパの出張中に、ママの友達が泊まりに来た時のことだ。
「
「そりゃあ努力したもん。今日は絶対安全日だからって、ごまかしてさあ」
ママと友達は、2階のリビングでべろべろに酔っぱらっていた。あたしがキッチンにお茶を取りにきてるのも気づいていない。テーブルの上にはピザの残骸と、缶ビールの空き缶が散乱している。
「あたしが子ども産んだのもたいがい早かったけどさ、まさかあんたが未成年で親になるとは思ってなかったよね」
「
「前の奥さんが反対してたの?」
「ううん。奥さんも恋人いたみたいなんだけど、修司さんがね、子どもが一人前になるまでは待っててくれってさ」
「なにそれ。
「そんなことないよお。毎日うちでごはん食べてたし、旅行も行ったし。むしろあっちの子のほうが、ほったらかされてたんじゃないかな。ま、あたしが修司さんが居心地よくしていられるように頑張ったからね」
「ふふ。じゃ、今は瑕ひとつない完璧な家族だね」
「うーん……贅沢言うとさ、もっとふたりっきりでイチャイチャしたかったなあ……なんてさ。さすがに子どもの前では親の顔してなきゃだし」
「子どもなんて、カレシでもできれば親のことなんて見向きもしなくなるよ。あとちょっとの辛抱だって」
そのあたりで、あたしはキッチンを出た。
部屋でひとりきりになって、ママたちの会話を思い出していたら、涙がボロボロ出てきた。
パパとママが不倫の略奪婚だったのは、その時初めて知った。ママがパパを捕まえるために、なにをしたのかも。もう中学生だったから、安全日の意味はわかる。
あたしは、ママがパパの居心地をよくするために作られたパーツみたいなものだったんだ。あたしがいたおかげでパパと結婚できたようなものなのに、今のママはパパとふたりきりになるためには、あたしが邪魔なんだ。
ママとパパが仲良くするのは当たり前で嬉しいことだったはずなのに、ママの「母より女」な部分を知ってしまうと、もうひたすらキモかった。
それ以来あたしの成績は下がったし、こっそり夜遊びに行くことも増えたけど、ママもパパも単なる反抗期と思っていたみたいだった。