第22話 桜子-10
文字数 2,336文字
「さーくーらーこー⁈」
月曜日、学校の昇降口であたしを発見した紗英 が、思いっきり駆け寄ってきて抱きついてきた。
「あんた、あんた、あんなに大切にしていた髪をバッサリと! つまり、そういうことなのね!」
綾女 のカットが意外に上手だったので、結局美容室には行かなかった。今は前下がりのショートボブで、いい感じに仕上がってる。
「うぇ、桜子 ?」
紗英の後についてきていた颯馬 が、ヘンな声を上げる。
「おい、それってつまり、そういうことなのか?」
「そうよ、そういうことなのよ。放課後、桜子を慰める会開催するよ。コタくんも呼んで」
いや、ちょっと待て。そういうこと、って勝手に話を進めんな! と言いたいが、口を挟む隙がない。
「だから工藤なんてやめとけって言ったんだよ。大丈夫、ショートも似合ってるよ」
「うん。長い髪も綺麗だったけど、ちょっと貞子 入ってたしな」
紗英が颯馬に蹴りを入れていると、琥太郎 も昇降口にやってきた。来る途中で会ったのか、例の後輩ちゃんと一緒だ。あたしたちに気づくと、口をポカンと開けて固まっている。
「えー、嘘ぉ、江口先輩? やだ可愛い!」
後輩ちゃんは叫ぶと、駆け寄ってきた。こないだ会った時と態度が違う。なんか、目がキラキラしている。
「素敵です! めっちゃ似合ってますよ。あんなに頑張って伸ばしてたのに、よく決断しましたね。大丈夫、きっと次は素敵な恋ができますよ」
褒められたんだか、慰められたんだか。後輩ちゃんは言いたいだけ言うと、にこやかに1年の教室へと去っていった。
「……あれ? なんで後輩ちゃん、あたしの名前知ってんの?」
琥太郎と颯馬が目を合わすと、薄っすらと笑った。
「あいつ、桜子のことライバルだと認識してたから」
「ライバル? なんで?」
「工藤にガチ恋してるからだよ」
この情報には、紗英も目を丸くしている。
「センパイ♡じゃなくて、センセイ♡のほうか」
「ちょっと待って。なんで後輩ちゃん、あたしが里見 のこと好きだって知ってんのよ?」
「何を今更。全校生徒が知ってるぞ」
「は?」
颯馬が当然のことのように言うので、顔が真っ赤になる。
「全校生徒は言い過ぎ。でも、結構知られてるし、そのことで工藤は竹山にチクチクやられてるよ」
琥太郎が颯馬の訂正をしつつ、気の毒そうに言った。
「噓ぉ、全然知らなかった!」
思わず頭を抱える。
そういえば、進路の話のときに、竹山に目をつけられたくないみたいなこと言ってったっけ。とっくに目をつけられてたんじゃん。ごめん、里見。
教室についても、あたしの髪は「そういうこと」の結果として大騒ぎされ、竹山には気持ち悪いくらい優しくされた。放課後までに3人に告白され、「そういう気分になれないから」と全部断った。
「なんか、超絶疲れた……」
学校帰りに4人でカラオケボックスに入ったときには、もうぐったりだった。
「おう、これ飲んで元気出せ」
先にドリンクバーに行っていた颯馬が、怪しい色のコップを差し出してくる。
「なにさ、これ?」
「山ぶどうジュースとグレープフルーツジュースとデカビタのミックス」
「……自分で飲んで」
「えー、マジで美味いんだけどな」
颯馬は美味しそうに飲むが、あたしは遠慮して琥太郎の持ってきたウーロン茶をもらう。
「で、事情聞いてもいい? 今日は歌うだけにしとく?」
そう琥太郎に言われて、あたしは話すことにした。この3人には素直でいたい。葵 ちゃんのことや、葬儀の日のこと、里見と葵ちゃんと婚約者の三角関係。ただ、キスしたことと、同居のこと、そして里見が葵ちゃんと寝ていたことは話せなかった。
「そんな昔から知り合いだったんだ、桜子と工藤って」
「知り合いってか、あたしが一方的に覚えていただけなんだ。葵ちゃんが、里見と婚約者の彼のこと意味深に言ってたから」
「それで、いとこの真似っこしてロングヘアにこだわってたんだ」
「でもさ、仮に葵さんに似てるからって桜子とつきあうことになったとしても、それは桜子自身を好きになったわけじゃないよな。単なる身代りってだけで」
琥太郎の指摘はビンゴだった。あたしは思わず立ち上がり、宣言するように言った。
「そーなのよ、あたしもそれに気づいたわけ。これからは、あたし自身の魅力で勝負するから!」
3人は、「え?」という表情で固まった。
「失恋じゃなかったの?」
「そういうこと、じゃねーじゃんよ」
「まあ、諦めの悪いところが、桜子の取り柄でもあるしね」
あたしは「へへ」っと笑うと、すとんと座り、ウーロン茶をひと口飲んだ。
「……ただし、それは卒業してから」
3人は、また「え?」という顔になる。
「なんかね、里見って絶対生徒には手を出さないって思ったんだ。そこは先生としてめっちゃ真面目。だから、卒業して生徒じゃなくなってから勝負する」
「勝負って。その間にお姉さんに取られたらどうするのさ」
「その時はその時さ。あたしだって、絶対気持ちが変わらないとは断言できないし」
綾女の気持ちはよくわからないけど、もしも里見を好きになっていたとしても、あたしが卒業して対等になるまでは待っててくれるような気がする。
本当は、その間にあたしに別に好きな人ができて、綾女と里見が上手くいくなら、それがいちばんいいのかもしれない。そうしたら、ママとあたしで綾女からパパを取り上げたことの罪滅ぼしができるかもしれないから。
でも、まだ里見のことは好きだし、急にいい子にはなれないから、もう少しあがいてみる。
「それじゃ、『桜子を慰める会』はなしってことで、割り勘な」
「えー、『桜子ちゃんのイメージチェンジを愛でる会』に変更してもよろしくてよ」
「馬鹿な事言ってないで、ほら、歌決めろよ」
あとはいつも通り、楽しく4人で遊んだ。
月曜日、学校の昇降口であたしを発見した
「あんた、あんた、あんなに大切にしていた髪をバッサリと! つまり、そういうことなのね!」
「うぇ、
紗英の後についてきていた
「おい、それってつまり、そういうことなのか?」
「そうよ、そういうことなのよ。放課後、桜子を慰める会開催するよ。コタくんも呼んで」
いや、ちょっと待て。そういうこと、って勝手に話を進めんな! と言いたいが、口を挟む隙がない。
「だから工藤なんてやめとけって言ったんだよ。大丈夫、ショートも似合ってるよ」
「うん。長い髪も綺麗だったけど、ちょっと
紗英が颯馬に蹴りを入れていると、
「えー、嘘ぉ、江口先輩? やだ可愛い!」
後輩ちゃんは叫ぶと、駆け寄ってきた。こないだ会った時と態度が違う。なんか、目がキラキラしている。
「素敵です! めっちゃ似合ってますよ。あんなに頑張って伸ばしてたのに、よく決断しましたね。大丈夫、きっと次は素敵な恋ができますよ」
褒められたんだか、慰められたんだか。後輩ちゃんは言いたいだけ言うと、にこやかに1年の教室へと去っていった。
「……あれ? なんで後輩ちゃん、あたしの名前知ってんの?」
琥太郎と颯馬が目を合わすと、薄っすらと笑った。
「あいつ、桜子のことライバルだと認識してたから」
「ライバル? なんで?」
「工藤にガチ恋してるからだよ」
この情報には、紗英も目を丸くしている。
「センパイ♡じゃなくて、センセイ♡のほうか」
「ちょっと待って。なんで後輩ちゃん、あたしが
「何を今更。全校生徒が知ってるぞ」
「は?」
颯馬が当然のことのように言うので、顔が真っ赤になる。
「全校生徒は言い過ぎ。でも、結構知られてるし、そのことで工藤は竹山にチクチクやられてるよ」
琥太郎が颯馬の訂正をしつつ、気の毒そうに言った。
「噓ぉ、全然知らなかった!」
思わず頭を抱える。
そういえば、進路の話のときに、竹山に目をつけられたくないみたいなこと言ってったっけ。とっくに目をつけられてたんじゃん。ごめん、里見。
教室についても、あたしの髪は「そういうこと」の結果として大騒ぎされ、竹山には気持ち悪いくらい優しくされた。放課後までに3人に告白され、「そういう気分になれないから」と全部断った。
「なんか、超絶疲れた……」
学校帰りに4人でカラオケボックスに入ったときには、もうぐったりだった。
「おう、これ飲んで元気出せ」
先にドリンクバーに行っていた颯馬が、怪しい色のコップを差し出してくる。
「なにさ、これ?」
「山ぶどうジュースとグレープフルーツジュースとデカビタのミックス」
「……自分で飲んで」
「えー、マジで美味いんだけどな」
颯馬は美味しそうに飲むが、あたしは遠慮して琥太郎の持ってきたウーロン茶をもらう。
「で、事情聞いてもいい? 今日は歌うだけにしとく?」
そう琥太郎に言われて、あたしは話すことにした。この3人には素直でいたい。
「そんな昔から知り合いだったんだ、桜子と工藤って」
「知り合いってか、あたしが一方的に覚えていただけなんだ。葵ちゃんが、里見と婚約者の彼のこと意味深に言ってたから」
「それで、いとこの真似っこしてロングヘアにこだわってたんだ」
「でもさ、仮に葵さんに似てるからって桜子とつきあうことになったとしても、それは桜子自身を好きになったわけじゃないよな。単なる身代りってだけで」
琥太郎の指摘はビンゴだった。あたしは思わず立ち上がり、宣言するように言った。
「そーなのよ、あたしもそれに気づいたわけ。これからは、あたし自身の魅力で勝負するから!」
3人は、「え?」という表情で固まった。
「失恋じゃなかったの?」
「そういうこと、じゃねーじゃんよ」
「まあ、諦めの悪いところが、桜子の取り柄でもあるしね」
あたしは「へへ」っと笑うと、すとんと座り、ウーロン茶をひと口飲んだ。
「……ただし、それは卒業してから」
3人は、また「え?」という顔になる。
「なんかね、里見って絶対生徒には手を出さないって思ったんだ。そこは先生としてめっちゃ真面目。だから、卒業して生徒じゃなくなってから勝負する」
「勝負って。その間にお姉さんに取られたらどうするのさ」
「その時はその時さ。あたしだって、絶対気持ちが変わらないとは断言できないし」
綾女の気持ちはよくわからないけど、もしも里見を好きになっていたとしても、あたしが卒業して対等になるまでは待っててくれるような気がする。
本当は、その間にあたしに別に好きな人ができて、綾女と里見が上手くいくなら、それがいちばんいいのかもしれない。そうしたら、ママとあたしで綾女からパパを取り上げたことの罪滅ぼしができるかもしれないから。
でも、まだ里見のことは好きだし、急にいい子にはなれないから、もう少しあがいてみる。
「それじゃ、『桜子を慰める会』はなしってことで、割り勘な」
「えー、『桜子ちゃんのイメージチェンジを愛でる会』に変更してもよろしくてよ」
「馬鹿な事言ってないで、ほら、歌決めろよ」
あとはいつも通り、楽しく4人で遊んだ。