第17話 桜子-5
文字数 1,900文字
キャリーバッグを引きずりながら、綾女 のマンションに着いた。
いろいろ昔のこと思い出して、冷静に考えると、あたしってずいぶん綾女に酷いことしてる。
綾女のせいで、あたしは長いことパパと暮らせなかったんだって、ずっと自分のこと被害者だと思っていた。
でも綾女から見れば、ママが執念であたしを産んだせいで、結局ひとりぼっちになってしまったんだ。綾女こそが被害者だった。
それなのに、あたしの我儘をきいて一緒に暮らしてくれている。
「なした? 入らんの?」
マンションの入り口で立ちすくんでいたら、ポンと肩を叩かれた。里見 だ。
「……あー、うん、いや」
「どっちだよ」
里見は笑いかけたが、あたしの顔を見ると表情を引き締めた。
「進路相談でもする? それとも人生相談?」
「人生相談のほうで」
あたしたちはマンションの前から離れ、近くのコーヒーショップに入った。あたしはカフェオレ、里見はブレンドを注文する。
「なんかあったん?」
置かれたコーヒーを一口飲んで、里見が言った。
「あったわけではないんだけど」
「けど?」
「ちょっと、考えちゃって」
「実家に帰って、パパとママが恋しくなったかい?」
キャリーバッグを見ながら、里見が言う。今日夏服を取りに帰ることは、里見にも綾女にも伝えてあった。
「そういうのじゃなくて」
あたしもカフェオレを飲んだ。そして、話を変えた。
「なんか懐かしいね。『人生相談』、去年はよくのってもらった」
「入学早々退学しそうな雰囲気だったからな、おまえ」
そうなのだ。あの頃はまだ『反抗期』を引きずっていて、無断欠席や夜遊びも多かった。でも、琥太郎 は毎朝迎えに来てくれたし、隣の席だった紗英 とはめっちゃ気が合ったし、なによりも里見が葵 ちゃんの葬式で号泣していたあの人だと気づいてからは、学校行くのがめちゃくちゃ楽しみになって、あたしの『反抗期』は終わったのだ。
ふと、奥のボックス席にいるカップルに目がいった。
「ん?」
「なした?」
「あのね……」
小声で話しかけようとしたので、里見があたしの口元に耳を寄せた。里見の形のいい耳が目の前にあって、シャンプーのいい匂いがして、思わず顔が赤くなる。
ヤバい。キスしたい。
「なに?」
里見が不審そうに聞いてくる。あたしはへらっと笑って、自分の気持ちごとごまかした。
「壁際のカップルの女の子が泣いてるからさ、別れ話してんのかと思って……」
「へー」
里見が後ろを向いてカップルを確認しようとしたので、あたしは慌てた。
「ダメだよ、のぞいちゃ」
「先に見たのはお前だろうが」
里見はむくれてたが、振り向くのはやめた。
「で、人生相談は?」
改めて聞かれたが、さっきまでのシリアスな気持ちは消えていた。
「えーとね、たいしたことじゃなかった」
「なんじゃ、そりゃ」
「里見とデートしてたら、気分上がった」
「デートじゃねーよ」
里見は呆れたような顔をして、でもあたしの表情を見て問題なしと判断したのだろう、伝票を持つと立ち上がった。
マンションに帰ると、綾女がキーマカレーを作っていた。
「たくさん作ったから食べる? 今から作るのめんどいっしょ」
「食べるー!」
「おー、悪いな」
綾女は普段は総菜が多くてあまり料理しないけど、作るときはやたら凝ったものを作る。今日もカレー粉じゃなくて、スパイスを調合して作っている。
「うまいな」
ひと口食べて、里見が言った。あたしの料理は食べてくれなかったのにと思うと悔しいけど、実際美味しい。
食べ始めてすぐに、インターホンが鳴った。綾女が出ると、困惑した顔であたしを見た。
「桜子 の友達の坂口くんって男の子が来てるんだけど。エントランスじゃなくて、ドアの前にいる」
「は? コタが?」
なんでここがわかったんだろう? もしかして尾行された? そしてオートロック、仕事しろ。
ドアを開けてみると、やはり琥太郎が立っていた。
「おま、お前、工藤と一緒に住んでるのかよ!」
開口一番、怒鳴られた。琥太郎がこんなに怒るのは珍しい。
言い訳しようかと思ったが、琥太郎の目は、しっかりと玄関に置かれたリーガルの靴を捉えていた。
「……坂口くん、初めまして。桜子の姉です」
また琥太郎が怒鳴ろうとしたタイミングで、綾女がリビングから出てきた。
「あ、初めまして。桜子の幼なじみの坂口琥太郎です」
怒っていても、根が礼儀正しい琥太郎は、綾女にきちんと挨拶している。
「よかったら、上がって。カレーあるから食べていきなよ」
「あ、ども」
戸惑いつつも、琥太郎は素直に従って靴を脱いで上がってきた。綾女がこっそりあたしに目配せをしてくる。その目は「余計なことを喋るな」と言っていた。
いろいろ昔のこと思い出して、冷静に考えると、あたしってずいぶん綾女に酷いことしてる。
綾女のせいで、あたしは長いことパパと暮らせなかったんだって、ずっと自分のこと被害者だと思っていた。
でも綾女から見れば、ママが執念であたしを産んだせいで、結局ひとりぼっちになってしまったんだ。綾女こそが被害者だった。
それなのに、あたしの我儘をきいて一緒に暮らしてくれている。
「なした? 入らんの?」
マンションの入り口で立ちすくんでいたら、ポンと肩を叩かれた。
「……あー、うん、いや」
「どっちだよ」
里見は笑いかけたが、あたしの顔を見ると表情を引き締めた。
「進路相談でもする? それとも人生相談?」
「人生相談のほうで」
あたしたちはマンションの前から離れ、近くのコーヒーショップに入った。あたしはカフェオレ、里見はブレンドを注文する。
「なんかあったん?」
置かれたコーヒーを一口飲んで、里見が言った。
「あったわけではないんだけど」
「けど?」
「ちょっと、考えちゃって」
「実家に帰って、パパとママが恋しくなったかい?」
キャリーバッグを見ながら、里見が言う。今日夏服を取りに帰ることは、里見にも綾女にも伝えてあった。
「そういうのじゃなくて」
あたしもカフェオレを飲んだ。そして、話を変えた。
「なんか懐かしいね。『人生相談』、去年はよくのってもらった」
「入学早々退学しそうな雰囲気だったからな、おまえ」
そうなのだ。あの頃はまだ『反抗期』を引きずっていて、無断欠席や夜遊びも多かった。でも、
ふと、奥のボックス席にいるカップルに目がいった。
「ん?」
「なした?」
「あのね……」
小声で話しかけようとしたので、里見があたしの口元に耳を寄せた。里見の形のいい耳が目の前にあって、シャンプーのいい匂いがして、思わず顔が赤くなる。
ヤバい。キスしたい。
「なに?」
里見が不審そうに聞いてくる。あたしはへらっと笑って、自分の気持ちごとごまかした。
「壁際のカップルの女の子が泣いてるからさ、別れ話してんのかと思って……」
「へー」
里見が後ろを向いてカップルを確認しようとしたので、あたしは慌てた。
「ダメだよ、のぞいちゃ」
「先に見たのはお前だろうが」
里見はむくれてたが、振り向くのはやめた。
「で、人生相談は?」
改めて聞かれたが、さっきまでのシリアスな気持ちは消えていた。
「えーとね、たいしたことじゃなかった」
「なんじゃ、そりゃ」
「里見とデートしてたら、気分上がった」
「デートじゃねーよ」
里見は呆れたような顔をして、でもあたしの表情を見て問題なしと判断したのだろう、伝票を持つと立ち上がった。
マンションに帰ると、綾女がキーマカレーを作っていた。
「たくさん作ったから食べる? 今から作るのめんどいっしょ」
「食べるー!」
「おー、悪いな」
綾女は普段は総菜が多くてあまり料理しないけど、作るときはやたら凝ったものを作る。今日もカレー粉じゃなくて、スパイスを調合して作っている。
「うまいな」
ひと口食べて、里見が言った。あたしの料理は食べてくれなかったのにと思うと悔しいけど、実際美味しい。
食べ始めてすぐに、インターホンが鳴った。綾女が出ると、困惑した顔であたしを見た。
「
「は? コタが?」
なんでここがわかったんだろう? もしかして尾行された? そしてオートロック、仕事しろ。
ドアを開けてみると、やはり琥太郎が立っていた。
「おま、お前、工藤と一緒に住んでるのかよ!」
開口一番、怒鳴られた。琥太郎がこんなに怒るのは珍しい。
言い訳しようかと思ったが、琥太郎の目は、しっかりと玄関に置かれたリーガルの靴を捉えていた。
「……坂口くん、初めまして。桜子の姉です」
また琥太郎が怒鳴ろうとしたタイミングで、綾女がリビングから出てきた。
「あ、初めまして。桜子の幼なじみの坂口琥太郎です」
怒っていても、根が礼儀正しい琥太郎は、綾女にきちんと挨拶している。
「よかったら、上がって。カレーあるから食べていきなよ」
「あ、ども」
戸惑いつつも、琥太郎は素直に従って靴を脱いで上がってきた。綾女がこっそりあたしに目配せをしてくる。その目は「余計なことを喋るな」と言っていた。