第24話 桜子-12

文字数 1,753文字

 雪菜(ゆきな)さんは、あたしをゆっくり泣かせておいてくれた。日が傾くころ、ようやく落ち着いたけど、落ち着いてみると恥ずかしさがこみあげてくる。最近のあたしは情緒不安定だ。
 雪菜さんが渡してくれたタオルで顔を拭きながら、ぽつぽつと今までの事情を話した。雪菜さんは、綾女(あやめ)からは親が離婚したとしか聞いていなかったようだった。
「あの子、あんまり自分の話しないからね。あっさりしててつきあいやすいし、お酒入ると面白い子だから気にしてなかったけど」
 それは、話せないほどショックが大きかったからかもしれない。あたしが、里見(さとみ)(あおい)ちゃんが寝ていたことを紗英(さえ)たちに話せなかったみたいに。
 雪菜さんは、あたしの頭を優しくポンポンと叩いてくれた。
桜子(さくらこ)ちゃんが気にすることはないんだよ。大学生になってひとり暮らし始める子なんて、珍しくもないし。それに、そのことは桜子ちゃんのパパとママと、あと綾女のママで決めたことなんでしょ。桜子ちゃんが責任感じる必要なんてないんだよ」
「そうかな?」
「そうだよ!」
 雪菜さんが力強く言ってくれたので、なんとか気持ちを切り替えることにした。ここで雪菜さんに心配をかけるのも、申し訳ない。
 綾女にこれからどう接したらいいのか、後でしっかり考えよう。
 雪菜さんのいれてくれたハーブティーを飲みながらまったりしていると、玄関のドアが開いた音がした。
「あれ? 今日は早いなー」
 雪菜さんが玄関まで出迎えに行き、旦那さんである佐伯(さえき)さんと戻ってきた。
「お邪魔してます」
 挨拶すると、佐伯さんはぎょっとした顔をして、あたしを見た。その表情で、この人は葵ちゃんを知っているんだなってわかった。里見の大学の先輩だから、葵ちゃんにとっても先輩だったはずだ。
「……ああ、君が綾女の妹さん? 今日来るって聞いていたから、これ食べてもらおうと思って」
 佐伯さんは、きのとやのケーキの箱を軽く持ち上げた。
「それ、私の分もある?」
「もちろん! フルーツカップケーキなら食べられるだろ。ベビちゃんのためにも、しっかり食べるんだぞ」
 佐伯さんは、雪菜さんのお腹をさすりながらデレデレしている。あたしの視線に気づくと、ふたりとも真っ赤になって離れた。
 ああ、いいなあ。こういう新婚生活って憧れだ。
 3人でケーキを食べながらも、佐伯さんはあたしの顔をチラチラ見てくる。あたしは、思い切って言った。
「あの、実はあたし、小泉葵のいとこです。葵ちゃんのこと、知ってますよね? 同じ大学でしたし」
「ええ? いや、道理で。よく似てるから、びっくりしたよ」
「あはは、幽霊かと思っちゃいました?」
 雪菜さんが不思議そうな顔をしていたので、簡単に事情を説明した。もちろん、里見と婚約者との三角関係までは言わなかったけど。
「そうなんだ。そんな若くして、しかも結婚を目前にしてたのに、心残りだったでしょうね」
 新婚の自分と重ねたのか、雪菜さんは涙ぐんでいる。葵ちゃんのお腹に赤ちゃんがいたことまで話さなくてよかった。今の雪菜さんには、刺激が強すぎるだろう。
「じゃ、綾女も小泉葵といとこだったのか」
「あ、それは違います。葵ちゃんは、あたしの母方のいとこで、あたしと綾女は腹違いの姉妹なので」
「あー、なんか複雑なんだね」
 そうしみじみ言われると、苦笑いするしかなかった。
 ふと、佐伯さんの視線が雪菜さんの卒業アルバムに止まった。
「桜子ちゃんに、綾女の高校時代の写真見せてたのよ」
「あの、いかにも陰キャに写ってるやつ?」
 前にも見せてもらったのか、佐伯さんがニヤニヤしている。今の綾女を知っているから、あの写真は意外過ぎて面白かったんだろう。
「そうそう。でも、別の写真もあったのよ」
 雪菜さんはそう言うと、チェキの写真を見せた。
「え?」
 写真を見た佐伯さんは、ケーキを食べていたフォークを取り落とした。
「どうしたの?」
「いや、知り合いに似てる気がして。でも、よく見たら全然違った」
 あたしも、もう一度写真をじっくりと見てみた。言われてみれば、似ているような気もしなくもない。
 葵ちゃんの部屋で見た、3人で笑っていた写真。
 そして、あの葬儀の日の遺影。
 よく見れば、全然別人だとわかる。性別も違うし。でも、綾女は葵ちゃんの婚約者の瑛士(えいじ)さんと、雰囲気がとてもよく似ていた。
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