序章3 勤め
文字数 1,267文字
黒髪に角を生やした少女は、町で見かけた時のような質素な衣を着ていた。
頭の中には、あの肌が透けるような薄手の衣の姿が浮かぶ。汗を含んだ衣が急激に重さを増した。
「貴方は、何者ですか」
少女は、黒い瞳を音鼓に向けて、そう問いかけた。感情を抑えた小さい声であったが、しかしハッキリと聞こえた。
音鼓は沈黙した。この状況が理解出来ず、口を開くことをためらった。汗が床に垂れる。
少女は、身動きせずに、音鼓の回答を待っている。その様子は、およそ少女のものとは思えなかった。
少女の漆黒の瞳に吸い込まれるような錯覚に陥った。
息が荒くなっているのが、自分でも分かった。
少女は、口を開いた。
「貴方は、公家になろうとしている。それは、貴方の意思ですか。貴方は、貴方自身の事を知らない。」
音鼓は、否定も肯定も出来ず、そうかも知れないと呟いた。
「私と一緒になりますか。」
少女の言葉は、誘惑にも、悪魔の囁きにも、聖女の救いにも聞こえた。
すぐに少女の胸に飛び込みたい。悪魔でも、聖女でも、何でもいい。鬼でも。
衝動を抑え、音鼓はかろうじて問い掛けた。
「私は、貴女の事を知らない。どんな目的で、ここに来たのですか。」
その問いには応えずに、少女は1本の紅色の紐を音鼓に渡した。
「私と一緒になりたくなったら、その紐を軒先に縛って下さい。いつでも。」
そして、音鼓の横を通り過ぎ、部屋を出ていった。
音鼓は、立ち尽くしていた。
夢か幻か。ただ、手元には、1本の紅色の紐があった。
翌日、音鼓は天皇の宮で祝詞を承った。祝詞は、天皇の代わりの者により行われた。半刻(1時間)ほどの、その内容はこの世の創造主である宗家を讃え、宗家に忠誠を誓うというものであった。
数千も前から続く祝詞で、自ら宗家を滅ぼした後でさえも、内容は変わっていなかった。
その後に分かった事であるが、政府としては、宗家は滅んだという見解ではないという。
宗家は、不在。 あくまでも宗家自体は存在しており、今は人がいないだけ、という事である。
実際に、朝廷の中には、宗家の殿が今もある。
音鼓の公家としての配属が決まった。
第二皇子への勤めである。
現在公家は、天皇を元首として、その跡継ぎの第一皇子、第二皇子、第三皇子、
前天皇の上皇の5名を中心に置く組織である。
第二皇子は、次期天皇候補の1人であるが、野心がないことで有名である。
「音鼓、久しいのう。息災であったか。」と第二皇子は親しく声を掛けた。
第二皇子と音鼓は従兄弟にあたる。
音鼓の義理の母(父の正室)の姉の娘が、第二皇子に嫁いでいるのだ。
公家にしては珍しく、第二皇子は側室を持たず、正室のみを寵愛した。
「不束者ですが、身命をとして、お仕えさせて頂きます。」と心にもない決まり文句で挨拶をした。
私は、地家の嫡子を守る使命がある。今は、その為の通過点だ。
「では、詳しい事は側近に聞いてくれ」
第二皇子の一番の側近は、目を疑うほどの醜女であった。
序章3 終わり
頭の中には、あの肌が透けるような薄手の衣の姿が浮かぶ。汗を含んだ衣が急激に重さを増した。
「貴方は、何者ですか」
少女は、黒い瞳を音鼓に向けて、そう問いかけた。感情を抑えた小さい声であったが、しかしハッキリと聞こえた。
音鼓は沈黙した。この状況が理解出来ず、口を開くことをためらった。汗が床に垂れる。
少女は、身動きせずに、音鼓の回答を待っている。その様子は、およそ少女のものとは思えなかった。
少女の漆黒の瞳に吸い込まれるような錯覚に陥った。
息が荒くなっているのが、自分でも分かった。
少女は、口を開いた。
「貴方は、公家になろうとしている。それは、貴方の意思ですか。貴方は、貴方自身の事を知らない。」
音鼓は、否定も肯定も出来ず、そうかも知れないと呟いた。
「私と一緒になりますか。」
少女の言葉は、誘惑にも、悪魔の囁きにも、聖女の救いにも聞こえた。
すぐに少女の胸に飛び込みたい。悪魔でも、聖女でも、何でもいい。鬼でも。
衝動を抑え、音鼓はかろうじて問い掛けた。
「私は、貴女の事を知らない。どんな目的で、ここに来たのですか。」
その問いには応えずに、少女は1本の紅色の紐を音鼓に渡した。
「私と一緒になりたくなったら、その紐を軒先に縛って下さい。いつでも。」
そして、音鼓の横を通り過ぎ、部屋を出ていった。
音鼓は、立ち尽くしていた。
夢か幻か。ただ、手元には、1本の紅色の紐があった。
翌日、音鼓は天皇の宮で祝詞を承った。祝詞は、天皇の代わりの者により行われた。半刻(1時間)ほどの、その内容はこの世の創造主である宗家を讃え、宗家に忠誠を誓うというものであった。
数千も前から続く祝詞で、自ら宗家を滅ぼした後でさえも、内容は変わっていなかった。
その後に分かった事であるが、政府としては、宗家は滅んだという見解ではないという。
宗家は、不在。 あくまでも宗家自体は存在しており、今は人がいないだけ、という事である。
実際に、朝廷の中には、宗家の殿が今もある。
音鼓の公家としての配属が決まった。
第二皇子への勤めである。
現在公家は、天皇を元首として、その跡継ぎの第一皇子、第二皇子、第三皇子、
前天皇の上皇の5名を中心に置く組織である。
第二皇子は、次期天皇候補の1人であるが、野心がないことで有名である。
「音鼓、久しいのう。息災であったか。」と第二皇子は親しく声を掛けた。
第二皇子と音鼓は従兄弟にあたる。
音鼓の義理の母(父の正室)の姉の娘が、第二皇子に嫁いでいるのだ。
公家にしては珍しく、第二皇子は側室を持たず、正室のみを寵愛した。
「不束者ですが、身命をとして、お仕えさせて頂きます。」と心にもない決まり文句で挨拶をした。
私は、地家の嫡子を守る使命がある。今は、その為の通過点だ。
「では、詳しい事は側近に聞いてくれ」
第二皇子の一番の側近は、目を疑うほどの醜女であった。
序章3 終わり