第二章1 七夕(前編)

文字数 1,068文字

公家の長である、天皇が主宰する七夕の宴が開かれた。公家のみならず、武家と法家も招かれる大規模な宴である。
宴は、一年前から準備を始め、担当する公家は百名以上、下働きを含めれば数千名がこの日に備えた。宴の会場となる山水の庭造りは、樹齢三千年と言われる松や二千貫(約8トン)を越える岩を山から運び、百里離れた湧水を川へ引いている。清い水の中では、玉虫色に輝く鱒が泳ぎ、蛍光を発する貝が川底を這っている。腰掛けや桟橋は全て螺鈿細工が施され、光彩を放っている。鳳凰を型どった氷細工の周りには、珍しい食材が適度な余白を取りながら並べられている。氷細工の氷は、特殊な洞窟から取ってきたもので、一週間は融けずにクリスタルの様な澄んだ透明感を保つ。そして、何よりも優雅な雅楽は、聞く者の気持ちを高揚させ、この世と天界の境目をふわふわと浮遊させる音色を奏でる。

音鼓は、すっかり太ももの傷が癒え、第二皇子の護衛として供をした。醜女の側近も一緒にいたが、特に気まずい雰囲気もなく、自然に接している。ただ、胸の奥にやや苦いものが込み上げる瞬間がある。
「毎年、本当に素晴らしいですな」
第二皇子に声を掛けたのは、武家の長である将軍である。将軍には、三人の息子がおり、家督は長男に継ぐとすでに宣言している。しかし、ここのところ、三男(三才)への偏愛が、正確にはその母である若い側室への偏愛が露骨に現れている。家臣達も長男派、三男派の派閥を形成し、日々小競合いが絶えない。
将軍は、何かと第二皇子に目を掛けており、幼少の時には、乗馬を自ら教えた程である。そんな将軍を第二皇子も慕っており、月に数回は挨拶に行っている。

武家の主な役割は、都内の警護と、外敵からの防衛である。というのも、都の北には、雪の世界が広がり蝦夷民族が支配する国があり、南の熱帯には南蛮民族、西の山岳地帯には山の民、東は海であるが時々、海賊からの襲撃を受ける。都は、極限られた中央都市であり、その周りの詳しい地形などは不明な部分ばかりである。現将軍は、戦略に優れた智将であり、南の領土を25里(約100㎞)ほど広げた功績がある。普段は温厚な顔をしているが、外敵を前にすると鬼の様になることは有名である。

「お父上ー」と嬉しそうに駆け寄ってくるのは、将軍の三男である。母親に似て整った顔に如何にも利発さも滲んでいる。将軍は、三男を抱き抱え満面の笑みで応えた。
「この子を支えて、貰えないか」と、将軍は第二皇子を眼差しを向けた。その眼差しは、音鼓の父が音鼓に向けるそれと似ていた。

終わり
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登場人物紹介

主人公:音鼓。公家の側室の子ども。第二皇子の護衛。

???:黒髪の美少女。角が生えた鬼の子。巫女。

【主人公の家族】

・父:公家。法家との折衝担当。

・義母:父の正室。

・嫡子:正室の子。

・じいや:主人公を別邸にて育てた。

【公家】

・天皇:公家の元首

・第一皇子

・第二皇子:主人公が仕える。正室が従兄弟(義母の姪)

・第二皇子の側近:醜女。

・第三皇子

・上皇

【武家】

・将軍:武家の元首。第二皇子と仲が良い。

・大納言:将軍の長男。

・中納言:将軍の次男。

・小納言:将軍の三男。幼少。側室の子。

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