文集 「ランナーズ」1.幸運の黒猫

文字数 2,589文字

1.幸運の黒猫

昔、国の中心にある都市から遠く離れたところに小さな村がありました。
村には十数人ほどの村人だけが生活しており、村の周囲を大きな森が生い茂る自然に富んだ場所でした。
この村はド田舎でしたから、都市部ではもう見られない古めの宗教がそれまでも信仰されてきました。
その信仰は一言で言えば『魔女狩り』。中世から続くその考えがこの村でも引き継がれてきていたのです。
そして、この村では黒を嫌っていました。黒は魔女を連想させるから、という至極簡単な理由で。
故にこの村は見渡す限り黒は一切なく、真逆の白やカラフルで明るい色が好んで使われていました。
家の外観はもちろん、家具、衣服、文字まで、全てにおいて黒は認められませんでした。
そんな村で、事件が起こりました。
一人の、少女が産まれてしまったのです。
しかし、もちろん両親はどちらも黒の髪なんて持っておらず、なぜこの少女が産まれたのか分かりません。
村人たちがみんな頭を悩ませていたとき、村で唯一の神父が少女をしてこう言いました。
「魔女の子に違いない」と。
村人たちは『魔女狩り』を信じていますから、当然この考えに疑問なんて持ちません。
それどころか、そうに違いないと、口々に同調し始め、彼女を排除することを提案しました。
村全体が少女を捨てることに同意しそうな雰囲気の中、ある二人が声を上げました。
彼女の両親でした。
当たり前です。両親が子を捨てることにそう簡単に同意するはずがありません。例えそれが自分たちの信仰する宗教に反したとしても、自分たちが忌み嫌うものだったとしても、何よりも大切な子供の命がなくなるのを傍観してるだけなわけがありませんから。
だけど、村側もこれを聞いてはいそうですかと引き下がるわけにはいきません。
黒を持ったものは例外なく、全てを排除しなければいけませんから。
そこで、両親は一つの案を提案しました。彼女が成長して一人で生きれるようになるまで森の奥に家を建て、そこで人目に触れないように暮らす、という妥協案でした。
それなら、と村人たちも同意し、森の中で彼女と両親は10数年程の歳月を過ごしました。

早朝。東から登る球体から発する光は木々の隙間を通り、森の中の小さな広場と周囲の色とりどりな花々を照らす。
その広場には、腰下まで伸び切った美麗な黒髪を風にたなびかせながら、お気に入りの白と水色のワンピースに身を包み、木漏れ日の中心で大きな丸太の上に座り、ベージュ色のローファーに入れた足をぷらぷらと揺らして、小鳥たちの囀りに相槌を打つ少女が一人。
少女——フォルナは物心ついた時から森の中で暮らし、動物という友だちと日々を過ごしていました。
ヒトは今まで両親しか見たことがありません。もちろん、森を抜けた先に村があることも、知りません。
フォルナは毎日幸せでした。
雨の日は家で読書に耽り、晴れた日は朝から森で動物たちと遊んで家に帰れば優しい両親と温かいご飯が自分を出迎えてくれる、そんな毎日がとても嬉しかったのです。
しかし、幸せな毎日なんて、ずっと続くことはありません。ある日、フォルナの周囲にかげりが見えてきました。
それはフォルナが十三歳の誕生日、村に居れたならば成人の扱いとなるその日に起こりました。
いつもと同じように森の広場で遊ぶフォルナの前に彼は現れたのです。
フォルナの髪と同じように暗くて深い黒色の体毛に覆われた、両眼が月のような黄色に輝く黒猫が、フォルナの前に現れたのです。
フォルナはそんな彼を見て、大変、喜びました。それはもう、体が飛び上がるくらいには喜びました。
なぜなら、フォルナは以前本で黒猫は『幸運の象徴』だと、記されていたのを見ていたからです。
フォルナが喜んでいると、足元にフワッとした感覚が当たりました。
黒猫が近づいてきて、顔を擦り付けてきていたのです。どうやら、初対面でもうフォルナに懐いているような様子でした。フォルナはそんな黒猫の様子に顔を綻ばせ、屈んで黒猫の体をゆっくりと撫でました。そのまま時間を忘れて撫でていると、後ろから母親がフォルナを呼ぶ声が聞こえました。どうやら夕ご飯ができたようでした。立ち上がって母親の方を向き、返事をして、振り返った時にはもう、黒猫のその姿はありませんでした。
「ばいばい、またね」
と、先ほどまで黒猫がいたはずの場所にフォルナは呼びかけて、家に戻っていきました。
それからというもの、黒猫は毎日のように広場に来てはフォルナと遊びました。
一週間、一ヶ月、一年と、どんどんと月日は流れ、黒猫にあった時からフォルナはちょうど二歳老けたある日のことでした。
声が聞こえてきたのです。耳の中で響くような、あるいは脳まで直接届いているかのような、不思議な感覚のする声でした。
しかし、その声は鮮明なようで聞きづらく、言葉は分かるのに意味が分からなかったため、フォルナの心の中にはモヤモヤとした感情が残りました。
また、その声が聞こえた時から黒猫の姿が見えなくなっていたのです。二年間、一度も会わなかったことのないあの黒猫がどうなったのかとフォルナは疑念を抱いていました。
モヤモヤと疑念に悩んでいたフォルナでしたが、それでもやっぱり毎日森に通い続けました。
黒猫に会えると信じて。声の意味がわかると信じて。
結果、フォルナの願いは一つだけ叶いました。
声が、聞こえたのです。初めよりもずっと分かる形で、フォルナの耳へと届いたのです。
その内容は——。
「僕と、友だちになってください」
両親を除いて、初めて聞いたヒトの声。それはフォルナの心を躍らせるには十分で、フォルナの冷静さを失わせるのにも十分でした。
フォルナは二つ返事でこの『お願い』を了承しました。了承してしまいました。

この森には魔女が生まれました。
艶びやかで大人な雰囲気の長い黒髪に乗った大きなとんがり帽子が風で浮かび上がり、少女のようなあどけなさの残る水色のワンピースに体を包んだ彼女は空飛ぶホウキに乗って帽子を拾い、そのまま青い空に止まってはブーツに入った足で空気を蹴るようにして動き出す。
肩には、幾千もの付き合いになる、友だちの黒猫を乗せて。

黒猫ってどういうイメージがありますか。本当に、『幸福の象徴』でしょうか。
きっと、それも間違いじゃないんでしょう。けれど、もっと普遍的にあるイメージとして。
黒猫は、『使い魔』——ですから。

作:かりんとう
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