7.夏と氷菓子

文字数 1,922文字

7.夏と氷菓子

青い青い空の中一際輝く丸がギラギラとアスファルトの表面を照らす。
道の端に等間隔で並べられた木々たちはそよ風のリズムに乗ってその大きな体を揺らす。
季節は夏。遠目には綿飴のような入道雲。
ジリジリと焼けるようなこの日も、僕は灰色に侵食された街を歩く。
目的地は高校、のはずだったが。
何故だか今日は学校なんて行きたくない気分だ。
けれど、足を前に出すことは止めない。僕の思考を全て無視、あるいは否定するように体は勝手に進んでいく。
「学校を休んではいけない」と僕の中の僕が圧力をかけている。ゆっくりと、けれど急かすように体を動かす。
対抗心が生まれた。僕の中の僕は、感情を押し殺すようにぐっと背中を押す。
億劫になった。僕の中の僕は、鞭を打つように歩く速度を上げた。
虚しくなった。僕の中の僕は、心の穴を埋めるためにまた心に蓋をした。
馬鹿馬鹿しくなった。僕の中の僕が何かする前に道中のコンビニに踏み入れた。
ふわっと、心地よさが体を襲った。炎天下で熱せられた僕の体は液体窒素が蒸発するように熱を放出する。
そのまま身を心地よさに委ね、ぶらぶらと店内を回った。
僕はただ自分の潜在意識に反抗するためにここへ来ただけで、特段目的があるわけでないことに気づいた。
けれどコンビニに入って何も買わずに出るのはそれはそれで気が引けた。
パッと、アイスコーナーが目に入った。
この時期のアイスはすなわち、無性に食べたくなるようなもので。欲のままに僕は雑に一個アイスを取り出し、レジへと向かった。
店員さんの事務的な感謝を背にしながら外へと出た。忘れていた暑さがそこにはあった。

今度は近くの公園に向かった。もはや僕を止める人は誰もいなかった。
朝の公園は人影がない、なんてことはなく、普通に人はいた。
散歩に来ていたらしい老夫婦、日陰になったベンチの上に寝転がるスーツ姿の男性、砂場で遊ぶ楽しそうな親子、そしてついさっき入ってきた僕。
どこか座れるところを探すと、寝ていた男性の隣にもう一つベンチがあることに気づいた。
一目散にそこへ向かってゆっくりと腰掛けた。
レジ袋から先ほど買ったばかりのアイスを取り出し、流れのまま包装紙を縦に破った。
出てきたのはよくある棒付きアイス。少しだけ懐かしさを感じるデザインだった。
口に入れた瞬間、溜まった熱がアイスへと移る。コンビニに入った時とはまた違った気持ちよさだった。
ゆったりと、アイスを口に運んだ。うんざりするほどの熱気は、今ではアイスとの相乗効果による快適な空間を生み出す1つのピースとなっていた。
ぼうっと、空を眺める。
青い空には少しばかり白い雲が浮かんでいた。
学校を休んだ僕の胸には罪悪感や背徳感といった感情はない。
あるのは加工された木の板の感触、口に広がる冷気、太陽が照りつけ明るい光、葉が擦れる音。
そして、隣の男性の寝息。
アイスが口の中で溶けて、跡形も無くなった。木の棒が残ったから、口から取り出してみた。
うっすらとアタリの文字が見えた。少し目を見開いた。
でもここから立ち上がってもう一度あそこのコンビニに行く気力は湧かなかった。
かといって周辺にこのアタリ棒を渡せるような人はいない。
そのまましばらく空を眺めた。気づいたらもう、学校の始業時間はとっくに過ぎていた。
そういえば、随分昔に同じようなことをした覚えがある。何年も前に一度だけ。小学生の頃とかに、たったの一度だけ。
あの時はどうしたっけ。親にめられて渋々行ったんだっけ。
今思えばあの頃の僕はちょっと、いやだいぶ、ワガママだった気がする。
晴れやかな朝の空気に乾いた笑みが溢れる。ぎゅうぎゅうだった箱の中身が取り除かれるような、そんな感じ。随分と心地いい。

突然、何もしていないはずの僕の体は疲れを訴えてくる。
今帰ったら、親は僕のことを心配してくるだろうか。それは少し嫌な感じだ。
もう少しどこかで時間を潰そうか。しかし、そんな資金は生憎持ち合わせていない。向かう場所もない。
八方塞がりというやつだ。僕の中にいた彼ももういない。
ふと横を見ると、隣の男性が起きた。左腕の腕時計を確認し、焦った様子で走り出した。
その直前、彼がユウトと母さんが、といているのが聞こえた。子供と奥さんのことだろうか。
全然なかったはずの罪悪感が沸々と出てきた。
やっぱり帰ろう。今日はもう家でゆるく過ごそう。
自分がやりたいようにやってみよう。もしかしたら、親とか自分自身とか周りの人とか。誰かにまれるかもしれないけど。少しでも頑張ってみよう。もう少しだけ、ワガママになろう。
そうして僕は帰路についた。子供の頃のような期待を胸に秘めて、スキップしたくなる心を必死に抑えて。
今日は、初めてのズル休み記念日。

作:かりんとう
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