2.Poteto chips war

文字数 2,802文字

2.Potato chips war

今日は日曜日。
とある一家には、毎週日曜日の夜は家族四人で映画を見て楽しく過ごすべし、というある種の掟のようなものがある。
そしてその裏では、熾烈な"戦争"が繰り広げられているという──。

「お菓子用意できたよ〜!」
母が例のモノを持ってきた。今まさに戦の狼煙が上がったと言っていいだろう。
例のモノ……何を隠そう、それは"ポテチ"だ。
ポテチの袋が登場したその時、僕、弟、父の三人の空気は一変した。
お互いに睨み合い、牽制を繰り広げる。
「じゃあ、俺袋開けるね」
先陣を切ったのは弟──
僕は今から弟が行う作戦を知っている。
こいつは車の中でも、ソファでもいつも真ん中に座る……!
そして、袋を開けた後に中央に向けて置けば、自分が最も食べやすい角度で多くの量を食べれるという訳だ……!
だがしかし、僕だって馬鹿じゃない。その作戦は既に見切っているぞ……!
「いやいいよ、僕が開けちゃうから座っときな」
そう、母がポテチを持ってくるのは台所から──
ならば、台所からまっすぐ来た場合にはソファの右側に母が来るのは必然!
わざわざ立ち上がって袋を受け取らないといけない弟よりも、僕が袋をそのまま受け取って開封するほうが自然と言えるだろう。
ここまで予測していた僕の作戦勝ちさ、悪いな弟よ、兄に勝る弟なんて居ないのさ。
そうして僕は袋を開け、悠々と自分の座っている方向に向けてポテチを置いた。
だがその時、沈黙を保っていた父が動いた!
「おいおい、みんなで食べるんだから、普段みたいに開けちゃだめだろう?」
何……!?僕がまるで"一家団欒の時間なのに気遣いができていない"というような言い草をしつつ、ポテチの袋を背から開いたぞ!?
これは、いわゆるパーティー開けか……!
なるほど、父にとって、僕と弟のどちらが袋を開けるかだなんてどうでも良かったのか!
どちらかが開けた袋を奪い、パーティー開けの形にしてしまえば全員平等に取ることができる……
父は自分で独占することなんて、ハナから考えていなかったというのか……!
第一ラウンド、ポテチの袋の開け方に関しては父さんの勝ちだと言えるだろう。仕方がない。
しかし、ここからは僕ももう手加減は無しだ……本気で行くぞ!
まずはポテチをひとつまみ。
最初に飛び込んでくるのは安価なポテトチップスだからこそのバタついた油の風味とじゃがいもの芋感。
そして程よい塩味と塩の粒の食感が合わさり、非常に美味である。
これにはみんなの手が止まらないのも仕方ないだろう。僕はもう一度袋に手を伸ばす。
うん?袋は弟の手で塞がっている。やれやれ、早く取ってくれよ……
……いや、おかしい。やけに弟の手が袋を占領している時間が長いぞ!
これは間違いない、弟はわざと袋を自らの手で抑えている……!
少しでも自分以外がポテチを取る時間を減らし、自分が多く取ろうとしているのか……小癪なやつめ……
しかし、ポテチを取る時間が減ったとしても僕には何の損害もないのだ。
何故ならば……秘技【二枚取り】を用いるからだ!
おっと、ただ二枚同時に取るだけじゃないかなんて言わないでくれよ?
僕はしっかりと大きいポテチと小さいポテチを重ねて取ることで、一見すると一枚だけ取っているようにしか見えないように工夫している。
更に二つ取っていることに気づかれても「小さいのも一緒に取っちゃった」と言い訳の余地を残しておいてあるという非常に高度なテクニック……それが【二枚取り】なのだ。
弟の目線が厳しいものになった。ほう、僕のこの技を見破るとは、なかなか侮れないな。
しかし、依然としてポテチを取っている量は僕の方が多いぞ。
ふふふ……やはり弟より僕の方が一枚上手、というわけだな。
そんな状態が続く中、またしても父によって戦況をかき乱す一手が打たれた。
「おいタロー。テレビの音量上げてくれないか?音が小さくてな」
うん?テレビの音量はいつも通りに聞こえるし、リモコンだって普段僕が座っている位置からは遠いは……ず……!?
いや、僕は今……!母からすぐにポテチを受け取るために!台所から最も近いソファの右端に座っている……!
そしてその位置は、リモコンに最も近い位置でもある!
この時点で僕はリモコンを取る時間と、一度手を拭ってきれいにする時間を失った……!
まさか作戦が裏目に出るとは……
だが僕も黙ってやられてばかりじゃいられない。反撃開始だ。
「うーん、どんくらいの音量が良いかわかんないや、父さんが変えてよ」
さあ!これで父もまた手をきれいにしてからリモコンを受け取り、更に普段通りの音量をどうにかして自然に少しだけ上げなければいけないという手間もかかる……!
鮮やかなカウンターを決めてみせた。そんな僕の目論見は一瞬にして破られた。
いいや待てよ……父は……父は!
お箸を使ってポテチを食べている!
これなら手を拭く必要はないし、今までも手で食べている僕たちよりも素早く、効率的に食べることが出来ていたはずだ。
僕の目の前は真っ暗になった。完全なる敗北だ……
そんなときだった。
「父さんはもう十分食べたからいいかな」
え…?ポテチの袋に目をやる。
どう見てもポテチは半分程度残っている……まさか。
父は僕たちと違って、今日はポテチを巡って争う気なんて無かったんじゃないのか……?
最初のパーティー開けも、音量も。正真正銘、父は素直に思ったことを言っているだけなのではないか。
そんな当たり前のことに、僕は気付かされた。
思い返すとなんて情けないことだろう。
見ると弟も少ししょぼくれた表情をしている。
愚かだったのは僕たちだった……この時間は、家族で楽しくお菓子を食べながら映画を見て楽しむ、そんな時間だというのに……
そして僕と弟二人はポテチを分け合う。
これからの週末は、あまり気を張らずに純粋に楽しめる。そう思いながら。
僕と弟の目線の厳しさは氷点下に達していた。
出せる限りの怒りを眼力に込めている僕たちを尻目に、素知らぬ顔で父はドーナツを頬張る。
聞いていないぞ……今日はポテチの後に母の手作りドーナツも用意されていたなんて!
母の作るドーナツは専門店顔負けの絶品だ。
しかし母がドーナツを作ってくれることは非常に稀だし、何より事前に一言もなく出てくる。
ポテチを二人でほぼ食べ尽くした結果、お腹が膨れドーナツを断念した僕たち。
そして悠々とドーナツを食べる父。今や二つ目に手を伸ばしている。
母は「明日に残りを食べたら?」なんて言うが、できたてほやほやの今食べれない時点で僕たちの敗北だ……
僕は弟と目配せしながら誓った。
もう父には負けない!僕たちは共同戦線を組み、必ずや邪智暴虐の父を来週こそ打ち負かす!と。
そう思いながらも、ドーナツの甘い匂いは漂っているというのに、胃が受け付けようとしない現状がどうしようもなく恨めしいのであった。

作:RyoT
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