November,1987

文字数 1,470文字

 今日は、わたしにとって特別な日だった。でも、彼にとってはどうでも良かったみたい。とにかく、この手の「特別の日」みたいなのをハズすのが、彼は大の得意だったりする。今年のわたしの誕生日だって、すっかり忘れていたのか、忘れたフリしてたのか。去年のクリスマスは、さっさと帰省しちゃうしね。今回だってわたしは二週間も前から、予約入れといたのに、当日になってキャンセルなんてあんまりじゃない!しかも、すっかり忘れて、迎えに行ったわたしに
「なんの用だったの?」
 なんて酷すぎる。グレてやる。不良になってやる。シティ号のフロントが曇ってる。ワイパーを動かしてもダメ。曇ってるのは、わたしの目の方なんだから。バイト先の宴会と、恋人と、どっちが大切なの?「宴会」って言いそうだ。ああいう人とよくも一年間も続いたもんだわ。
 わたしは彼と付き合いだしてから、すっかり自分のペースを崩していた。彼とわたしを知る人たちが見たら、絶対逆に見えるんだろう。わたしが彼を振り回しているように。実際、男に振り回されるのなんて初めてだった。彼はわたしにとって不思議だらけの人だった。付き合えば、付き合うほど、彼という人間がわからなくなっていく。実際、そんな自分にときどき腹が立つ。わたしは今まで、自分中心に地球を回してきたのに。
 アパートの近所の酒屋でビールのロング缶を買った。今夜はグデングデンになるまで飲んでやるんだという決意の割に、半分も空かないうちに気持ち悪くなってきた。


「そんな男、別れちゃえ、別れちゃえ。」
「だって」
 まだ十一月だというのに、木澤の部屋はやけに寒かった。他に暖房器具がないからと、木澤はわたしにベッドを貸してくれた。わたしは他人のベッドを涙でグショグショにしていた。
「じゃ、泣くな。」
「だって、今日はいっしょに居たかったんだもん。」
 わたしは小さな女の子のように声をあげて泣いた。
「木澤の部屋、寒い。」
「じゃ、帰るか?」
「やだ」
 木澤は入学当時から、わたしがSOS 信号を発すると、いつでも駆けつけてくれた。まぁ、わたしも経済的ピンチを何度か救ってあげたけど。今夜は年上の恋人ハルちゃんとのデートをキャンセルさせてしまったらしい。ハルちゃん、ごめんね。
「別れろ、別れろ。さっちゃんを泣かすような男。もっと良い相手が見つかるから。」
「やだ」
「じゃ、どうしろっての?」
「ワカンナイ。」
「もう、おまえ寝ろ。泊まってっていいから。」
「日付が変わっちゃう。今日が終わっちゃうよぉ。」
 わたしはなぜか、とってもそのことに執着していた。自分でもわからない。
「アタマイタイ」
 涙と鼻水ってどうしていっしょに出てくるんでしょう。
「バファリン飲むか?」
「うん」
 木澤を選んでいたら、こんな想いをしなくても済んだに違いない。でも、わたしは彼を選んだ。木澤を傷つけてまでも。
「さっちゃんが幸せになってくれなきゃ、オレが浮かばれないでしょ。泣きながら諦めたのに。」
「ゴメンネ。」
「いいから、おまえもう寝ろ。そばにいてやるから。」
「やだ。もうちょっとしたら帰る。」
 こんな時に木澤に頼ってしまうのは、かなりズルいことだってわかってる。でも誰かに愚痴を聞いてもらいたかった。わたしと彼のことを知っているのは、木澤くらいしかいない。何しろ隠しているんだから。
 とにかく、木澤には申し訳ないけど、わたしは一人では居られなかった。一人で日付が変わるのを見守ることが出来なかった。


 部屋に帰ると、電灯の消えた部屋に、テレビの光とわたしのベッドで眠っている酔っ払いドライバーが待っていた。

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登場人物紹介

河相 語り手

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