September,1986

文字数 708文字

 自分の力では、どうにもならないことほど、悔しくて、悲しいことってないね。わたしは自分じゃどうにも出来ない悔しさを、この時ほど強く感じたことはない。高校にどうしても通うことができなくて、退学した時でも、これほど悔やんだりしなかった。
 ジャズ研の九月定期演奏会。わたしたちのフュージョンコピーバンドは、トリ前だった。キーボードの音が出ない。五秒ほどの間隔で音が途絶えてしまう。こんな状態じゃ何を弾いたところで、演奏になんかなりっこなかった。キーボードに問題はない。三台の違う楽器が同時に同じ状態に故障するなんてことは考えられない。今回はキーボードがテーマを取る曲が、五曲中三曲もある。お話しにならない。その上、演奏中にキーボードスタンドが壊れ、一台落下。コンピュータ内蔵の精密機器が地上一メートルの地点から床に叩きつけられたのだ。わたしの頭の中でガラガラと崩れていく音がした。
 その際、電源になっているコンセントが一つ外れた。タップと接続されギターアンプとベースアンプに電力を供給している電源である。ドラム以外の音がすべて消えた。
 さんざんな演奏の後、真鍋さんはボーゼンとしているわたしの頭を撫でた。ニッコリ顔を作って。「こんな時もあるさ。」と言うように。瞬間、わたしは涙が溢れそうになって、トイレに駆け込んだ。
 会場の外の電話ボックスから、斉藤さんのアパートに電話すると、自分がいかに悔しいかを捲し立てながら、さんざん泣いた。
 大学に引き上げると真鍋さんの車の助手席で、わたしは何も言えなかった。窓の外を向いたまま、声を立てずに泣いた。真鍋さんは無言で運転していた。涙を流せる場所があることが、わたしはうれしかった。
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登場人物紹介

河相 語り手

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