April,1987

文字数 1,329文字

「オレ、軽音辞める。新歓ライブもでない。」
 早朝の電話で木澤が言った。
「何、言ってるの。幹事長が。」
「幹事長なんか出来ない。おまえとあいつがいるクラブで。」
「ゴメン。そのことは許してくれなんて言わないよ。でも、そんなプライベートなことで、パブリックな仕事、投げ出したりしないで。そんな情けない男になって欲しくない。」
「さっちゃん、信じてる人間は、裏切らないって言っただろう。」
 確かに言いました。「人間って、自分を絶対的に信じてくれてる人を、そうそう裏切れるもんじゃない。だから信ずる者は救われる」っていうのがわたしの信念なんだ。でも、木澤がわたしのことを、そんな風に思ってるなんて知らなかったんだから仕方ないじゃない。わたし、「何があろうと木澤が一番。」なんて言った覚えない。言ってもいないわたしの気持ちを勝手に解釈されて信じてくれても、それってムチャ振りなんじゃない?
 とりあえず、誤解させたわたしがいけないんだろう。要するに、どういうことにしろ、木澤にとって、わたしは裏切り者なわけだ。
 とにかく、わたしにも、反省すべき点は多々ある。それは認める。木澤がなんでもわたしの言いなりになっているってことすら気付かなかった。いつもそばにいて、力になってくれるのを当然みたいに考えてた。そんな便利な人間がいるはずないのに。「木澤ってば、結構モテるみたいなのに、どうして恋人がいないんだろ?」とか呑気に考えてた。木澤がわたしのことを「カノジョ」だと思ってるなんて、夢にも思っていなかった。
 嘘。
 気付かないフリをしてただけかもしれない。
 その方が、自分にとって都合が良かったから。木澤という居心地の良い人間を失いたくなかったから、無理矢理にでも、「これって友情よね」なんて勝手なこと言ってたんだ。
 ところが木澤は馬鹿じゃない。あれだけ、わたしのそばに居たんだから、わたしの変化に気付かないはずがない。ひょっとすると、わたしよりも早く、彼の存在に気付いていたかもしれない。木澤は自分の立場を確立しようと焦った。それで、わたしはやっと、木澤の気持ちに回答せざるを得なくなったのだ。つまり、彼のことを打ち明ける。それで今日の早朝電話になるわけだ。
 彼の方も、木澤の存在は気にしていた。多分、わたし以上に。軽音楽部では、木澤とわたしは公認のカップルとされていることさえ、わたしは気付いてなかった。木澤の信頼の根拠も、この状況だったらしい。わたしは、木澤がこの噂を否定していないってことさえ、知らなかった。わたしがこの手の話が話題になった時に、否定してみたところで「照れてる」と片付けられていたわけ。
 とにかく、わたしたちは、年中いっしょに居た。周りの目には恋人同士に映っても無理ないくらいに。わたしにとって木澤は、そばにいるのが当然みたいな、腹違いの双子のような存在だった。思い返せば、入学直後に見かけた瞬間から。
 彼の存在が、木澤の立場を危うくした。わたしは時間の許す限り、彼と居たかったし、出来れば、二人きりで過ごしたかった。木澤にしてみれば冗談じゃないだろう。

 わたしは、「時間が解決するわ。」と、タカを括ることにした。木澤が執着するほど、わたしはイイ女じゃない。

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登場人物紹介

河相 語り手

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