November,1986

文字数 1,018文字

 午前零時四十分頃、ドアにノックの音。バイト帰りの真鍋さんに違いない。大学祭が終わってから、わたしの部屋に訪ねてくる人は多い。今夜も山田さんとひとしきり音楽談義めいた話をしていたところだ。山田さんは高専を卒業後、技術職に就いている地元の人だ。九月からアルバイトを始めたレンタルレコード店のOBで、カメラを趣味にしている。音楽が大好きで、個人的に我が軽音楽部の代表的なバンド『オランダ』のヴォーカルの崇拝者でもある。彼、武田さんは、留年で五年目を迎えている。『オランダ』は過去のバンドになってしまったが、武田さんはまだそれを引きずっているようにも見える。
 真鍋さんと山田さんはひとしきり挨拶を交わすと、車の話かなんかを始めている。この部屋で知り合った二人は、対照的な性格だが機械いじりが大好きな点が共通している。もっともその道のプロである山田さんに、真鍋さんが敵うわけもなく、そのことに関して嫉妬を隠せない真鍋さんが、なかなか可愛い。その上、山田さんもギターを志して挫折していたりするから可笑しい。わたしは空腹を訴える真鍋さんのリクエストにお応えして、軽い夜食をこさえていた。
 あたりさわりのない会話。二人とも大人なんだね。わたしたちは三人とも同い歳だが、わたしが真鍋さんに後輩として、山田さんに社会人としての敬意から、敬語らしき敬語らしき言葉遣いをするもんだから、二人とも、お互いにどう話して良いものか、ぎこちなくなっている。それに、これはわたしの勘で、外れているかもしれないけど、二人とも、お互いに相手のことを気に入ってはいないみたいだ。男同士ってなんか複雑。
 なんとなく二人とも居心地が悪そう。わたしと二人だけだと、二人ともすっかりくつろいで、長居を決め込む癖に。もっとも真鍋さんは、もともとそれほど人懐っこい人じゃない。とりあえず、誰が相手でも、穏やかな笑顔を絶やさない人だけど。
「じゃあ、わたしは明日も仕事なんで、これで帰ります。」
 山田さんが腰を上げた。普段は腰の重い人なのに。
「さて、オレは赤城でも走りに行くかな。」
 山田さんが帰ると、真鍋さんも、普段は重い腰を上げた。この人は、山道とかを走るのが大好きなのだ。タイアを鳴かせながら。
「おまえも行くか?」
 真鍋さんの笑顔につられて、ついつい「うん」と元気に言ってしまった。わたしだって明日は早いのに。

 赤城山の頂上で、満天の星の中、わたしは生まれて初めて流れ星を見た。感激。
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登場人物紹介

河相 語り手

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