第14話 メタルヘッドまる蔵

文字数 1,649文字

 この土地に引っ越してきたばかりのときから、おちひが家に不在のとき、まる蔵は自室のステレオで音楽を聴くことがある。「ほかの家が隣接していないからこその特権」とばかりに窓を開けるうえ、音量も上げて聞くために、家屋の外に音が漏れる。わたくしは「むむむっ」と思い、耳をそばだてた。このくだらない男は一体どんなくだらない音楽を聴くものかと、少々興味がわいたのだった。

 漏れ聞こえる音楽は、重く、激しいものが多い。わたくしは当初、こんな「騒音」を聴いて何がおもしろいのかと訝ったものである。

 この男には二つ年上の兄がいる。仲もよく、まる蔵にとって一番近くにいる「人生のお手本」であったという。その兄が中学に入学し、まる蔵が小学高学年になったタイミングで、二人は洋楽(いわゆるハード・ロックの類)を聴きだした。時代は西暦でいうと九十年代初頭である。
 当時の中学生あたりで洋楽に目覚めた者なら必ず通ってきた道を、二人はともに歩んだ。その道への入り口は「ガンズ」に「スキッド・ロウ」であった。それらをとっかかりとして、その周辺のバンドをいろいろと聴いていたのである。

 さらに、まる蔵が高校入学と同時にエレキギターとベースを手に入れたことで、その道はさらなる「悪路」となった。ハード・ロックでは物足りなくなり、より「ファストでヘヴィでアグレッシヴな音楽」を求め、メタル(スラッシュ・デス・パワー・グルーヴなど全スタイル)、ハードコア(ニュースクール・オールドスクール両刀使いで口直しにメロコア)、グランジ/オルタナティブ、ミクスチャーなど、ありとあらゆる「極悪スタイル」のバンドに手を伸ばし始めたのである。

 当時はまだインターネットなるものはなかった。情報源は深夜のラジオ番組(当時はメタル系の番組が二つあった)と、ギター・バンド雑誌である。この「激音兄弟」、当時は二人で月刊誌を毎月四~五冊は買っていたという。それらで放送・掲載される「新譜情報」に基づき音源を集め、中古盤屋に通い、コピー譜を見ながらリフを刻み、バンドスコアを買って兄弟二人でギターとベースに分かれて遊んだ。気づけば「極悪スタイル」の音源のみで二百枚を超えて所有していたというから、何とも救いがたい。気に入りのバンドを挙げればキリがないのでよしておこう。そんなものをここに列挙しても、何の役にも立たぬのは自明の理である。悪趣味である。

  年齢を重ね、まる蔵はジャズ・ヒップホップやクラブ・ジャズ、エロクトロニカなどの「メロウ系」も「揺らぎ系」も嗜むようになり、聴く音楽のジャンルが増えた。
 が、しかし。
 大人になっても、かつて浴び続けた「轟音」からは離れられぬと見える。「極悪スタイル」内で新たに台頭してきたジャンル(メタルコアやニューメタルなど)をも貪欲に聴き漁り、変わらずにまる蔵は独り、頭を振り続けた。某メタル・フェスに出向いた際は、頭を振りすぎて軽いむち打ちにまでなったというから、もはや末期状態である。とてもまっとうな大人のすることではない。

 現在でもまる蔵は、それらのバンドの音源を聴く。
 もちろん、おちひの繊細な耳を汚すわけにはいかぬということはわきまえておる。聴くのはもっぱら、おちひ不在時か、通勤時の自動車内で一人でいるときのみである。ヘッドフォンの類が嫌いなこの男。聴くときは必ずオープンエアと決まっているのである。

 おちひからの好影響で、クラシック音楽も大変に好きになった。それでもまる蔵の体内には、十代から引き継がれる「メタルヘッド」の血が、静かに、ときには凶暴なるくらいに激しく流れているのであった。

 わたくしもこの男に関わるようになってから、その分野の音楽にだいぶん詳しくなってしまった。「世界一ヘヴィ・ミュージックに詳しい猫」であると、わたくしは自負している。今日は久しぶりに、PANTERA(「パンテラ」。「ぱんたーえー」ではない)の「FU☆KING HOSTILE」でも聴いて、思う存分しっぽを振りたい気分である。
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