第9話 まる蔵の無駄能力 弐

文字数 907文字

 先日、こんなことがあった。
 
 まる蔵とおちひがあるテレビ番組を見ていたときのこと。わたくしたち猫には関係がないが、内閣というものが新しくなり、新たに入閣した政治家が、男は燕尾服、女は「コンサバドレス」に身を包んで気取っておった。絨毯敷きの階段で整列しているそれら新大臣の中の一人を指しながら、まる蔵が口を開いたのであった。
 「こいつ、そのうち悪いことしていなくなるから見ててみれ。」
 何を根拠に、とそのときは思ったのだが、その後しばらくするとその政治家に「きな臭い」ウワサが立ち始めた。
 そしてほどなくして、実際に大臣更迭に追い込まれ、最終的に議員辞職したのであった。

 まる蔵はこのように、「悪いことをする」人間をちょくちょく予想するようだ。そしてなぜか、それがかなりの確率で当たるのだった。
 いわく、「面構えにすべてが出てる」ということらしいが、わたくしにはよく分からぬ。この男なりの根拠があるのだろうが、「なんとなく」ということで済まして、具体的な根拠の説明はない。ただ、おちひはそんなまる蔵のことを「鋭い人」として認識している。おちひがそういうのであれば仕方がない。わたくしもそう解釈しよう。
 
 この妙な能力は、この男が「人間不信で神経症な臆病者」ゆえの、いわば護身術のようなものだろう。悪人を見抜かねば、自分が害を被ることになる。ペテン師・詐欺師・人非人の類がそこらじゅうにたむろし、常に獲物を探しているような、反吐が出るほど醜い社会なのだ。人間社会というものは。
 そんな社会に生まれ、幼少期から無意識のうちに、目の前にいる人間の心理や裏の顔を探るということを己に課してきた「小心男」の、いわば修練の賜物である。なんとも鬱屈とした、ひたすら自意識過剰な、つまらぬ男である。
 
 まる蔵は、「心理カウンセラー」やら「プロのサイキッカー」やらになろうとは毛頭思っておらんという。にもかかわらず、銭にもならん能力に磨きをかけてなんとするつもりか。
 そう、すべては自己防衛のために、である。それほどまでに、「人間」というものを恐れているということか。
 
 自らも「人間」であるくせに、と、わたくしは思うのだが。

 

 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み