【第6話】貞女、現る。

文字数 3,184文字

――夢を見ていた。愛しいヒトと、仲間と共に草原を駆ける夢だった。大好きな彼が木の棒を手に駆けていく。どこまでも、私達の前を走っていく。 
なのに、彼は大きな岩を前に立ち尽くした。木の棒は岩の大地を割る事が出来ない。仲間が、彼が大地に潰され飲み込まれていく――。 
気が付くと大きな瞳の少女が私を見ていた。ひどく悲しそうな眼差しで私を見つめている。
おはようでしゅ、我が主。
ベッドから腰を下ろす。愛用のPCを枕脇へ退かし地に足を付ける。未だこの足に神経は通っていない。 
ずいぶんうなされてましたけど、怖い夢でも見たんでしゅか?
その通りなのだが首を振る。この少女に気を遣わせたくなかった。 
主。ボクは思うんでしゅ。
少女は、部屋の天面から除く赤い陽を見て言った。
この世の中は汚い。キレイな地球もキレイな想いも、醜いサル共に全てが穢されていく。
少女は、悲しそうな眼差しで私に問いかけた。 
もう、……こんな世界、滅ぼしちゃいましぇんか? この人間の世界にアナタの望む未来はありましぇん。
部屋へと続くフードをまくり、初老の男が歩み寄った。 
一概にそうとは言い切れないんじゃないかい。
貞女(さだめ)、茶々入れないでほしいでしゅ。お前の汚い顔が、醜い声が際立ってしかたない。
真紅(まあか)、貴女も口が汚い。早々に縫い付けないといけないのかね?
2人は私の両腕を担っている。私が生み出した住人だった。動けない私の代わりにこの世界へ、この時代へ『メス』を入れるものだ。 
真紅。貞女。寝起きに騒がしくしないでください。
はいでしゅ。
了解しました。
2人は地に膝を着いて傅く。 
貞女(さだめ)、なら貴方の採る選択とはなんです? 行動を命じます。
了解しました。偉大なる我が主。
私の命を受け、貞女(さだめ)はフードの先へと消えていった。真紅は地に膝を付けている。 その姿は変わらぬものだった。

――まるでただの『ぬいぐるみ』のように、それは見えた。
――この様子じゃ『笑うっきゃない24時』今年は観れそうにないな……。
仕方ないだろう。芸能界のベテランが2人同時に重度の怪我を負った、となれば、ね。
2人とも、無事退院出来るといいな。
いつになく言葉の多い相棒の肩を叩く。その背は怒りの為か強く震えていた。 
『ククリコ』の2人が瀕死の重傷を負ったことで、世間の話題はそれ一色だった。付けるチャンネル全てが『ククリコ』襲撃を報道している。それを防げなかった自分が恨めしい。歯がゆさに壁を打ちつける。 
風都の風が強く、俺達の事務所を叩いている。嘆き震えている。

あれから事情徴収、事後処理、多々の出来事に追われた。照井の名を出すことで許されたことも1つや2つじゃ済まない。今は居ない照井に、俺達事務所は救われていた。 

風が強い午後の日だった。西からの風が事務所の窓を叩いていた。 
それは前触れも無く起こった。事務所の光と言う光が落ち、ククリコを映していたテレビが暗闇を映し出す。そこに、同じ黒色の仮面が映った。 
【テレビの中からこんにちは。鳴海探偵事務所の皆さん】
だ、誰だ!
そいつは、テレビの中から這いだした。あまりのおぞましさに後ずさる。 
仮面、黒いマントのそいつは白い杖を振り上げ語った。
私、名乗るの大好きなんですが、とりあえずこの場は『貞女(さだめ)』とでも言っておきましょうか?
ブラウン管から出てきた。実体を持たないというのか? キミは一体。
質問が多いね。私、そういうツッコミが大嫌いでね。早々にだがご退場願いますよ。
クリムゾンの仲間か! そうはいくかよ! 行くぜフィリップ!
ああ。
俺達はΣドライバを巻き付け、メモリを構える。CとJのメモリをスロットへ差し込んだ。 
変身!
変身!
【サイクロン×ジョーカー】 
話を聞かない若者は嫌いですよ?
その男は緑色のメモリをかち鳴らす。いやらしい笑みを浮かべていた。
【『C』セル】 
行きなさい。我が細胞から生まれた怪人たち。
メモリのサウンドと共に鳴海事務所の床という床から、緑色の怪人が湧きだしてくる。 
その数は優に30を超えて居た。 
うわあ! た、助けてくれー!!
こ、殺されるーっ!!
一般人にも被害が! させねぇ! 行くぞ!
当然だ。
事務所から飛び出した怪人たちが一般市民にも襲い掛かる。その1人1人を助け、向き合った怪人を倒していく。助けた1人が腰を抜かして蹲った。 
おい、兄ちゃん。ここは危ない! 早くこの場から離れるんだ!
あ、アナタ、仮面ライダーですよね? この風都の!
頷く。正直1人1人に返答する余裕は無い。それでもしがみ付こうとする彼を、フィリップは拒まなかった。 
握手してください! ファンなんです! ずっと、ずっと応援してます!
俺も!
私もファンなんです! ライトさん♪
騒ぎに紛れて、何人ものフィリップのファンが、握手を求め、そして去っていく。 
握手を交わした俺たちへ、その中の1人が言った。うやうやしく再び俺たちの手を取った。
この日の為に、手をキレイに『汚して』おきました!
Σライダーの変身が解ける! 
Σライダーの上半身を司るフィリップが、倒れ、口から泡を噴き出す。慌てて抱きおこそうとしたが電気のような痺れに弾かれた。 
いやいや、人気者はツライね。『ライト』君、いや『フィリップ』君、だったかい?
杖を手に歩み寄る貞女(さだめ)を蹴りで追い払う。ここは1人で闘うしかなかった。 
歩! フィリップを頼む!
ち、近づけない。フィリップさん、『何か』に感染してる!
何だと! こ、こいつら、全員グルか!
ひらり、ひらりと攻撃をかわす貞女が杖で俺の脚をすくう。転倒を辛うじて受け身で凌ぐ。 
自称『ファン』の1人が笑いながら俺達へ指を向けた。
まぁ、そういう事です。あ、俺達『ライト』さんのファンなんかじゃありませんから。むしろスカシててこういうキャラ嫌いってゆーかぁ! なぁ、みんな!
握手を求めた1人目が周りの仲間に呼びかけ笑いあう。各々の手で黄土色のメモリを晒して、その音を高々と鳴らした。 
【『V』ヴァイラス】 
【『V』ウィルス】 
【『V』ビールス】
貞女は、頭に被った帽子を指でつまみ、埃を払いながら言う。さも悠々と快活に語ってくれやがった。 
まずはライダーの『ブレイン(脳)』を潰す。もう片方はいつでも殺(や)れますから。
ゴミを眺めるように指差して、貞女はくつくつ、笑い続けた。 
彼が死ぬまで残り48時間あまり。それまでに『V』のメモリを、3つ完全に壊しましょうね。じゃないと助かりませんよ、彼。
追いかけようとする俺を怪人が足止めする。振り払い蹴り飛ばすも数が多すぎる。 

去ろうとしていた貞女が振り向きざまに言い放った。 
あ、私、一応名前があるんですよ。主からもらった名前がね。
赤い夕日に背を向けて一礼する。彼はその『クチバシの付いた仮面』からぎらついた目を覗かせ俺達へ語った。
私、『歯車貞女(はぐるま さだめ)』って言います。ちなみに、『V』の彼らには名前なんてありません。所詮『細胞の塊』ですからご容赦願いますね。
逃げ惑う人々の中へその黒いスーツが消えていく。あふれ出た緑色の怪人は蹴り倒すと肉塊となって地の中へ溶けていった。俺と歩の二人でようやく全ての怪人を打ち倒した時、『V』の彼らと『歯車貞女』その全ては見つけられなくなっていた。 
風都の大型スクリーンへ一瞬の画像の乱れの後に、貞女の仮面が映っていた。スクリーンから3D映像よろしくと顔を付きだし貞女が俺たちを見下した。
【それではあと、47時間48分後に。Σライダーが生き残っていたら、お会いしましょう】
止めようとする歩を押しやり、スクリーンの柱へ拳を叩き込む。血に塗れても俺は叩き続けた。背後で横たわる相棒を地に膝を着け抱きしめる。 
……許さねぇ。
歯を食いしばる。相棒の心臓は、強く、強くその鼓動を俺に伝えていた。 
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登場人物紹介

左翔太郎(ひだり しょうたろう)。


30歳。男性。


【J】のガイアメモリを扱う風都の仮面ライダー。

半熟野郎(ハーフボイルド)だが、心に芯のあるモノを持っている。

サングラスを愛用し、整った顎髭が自慢。

歩に『おっさんライダー』と呼ばれている。


フィリップ(園咲来人)。


24歳。男性。


【C】のガイアメモリを扱う翔太郎の相棒。

地球(ほし)の本棚と呼ばれる情報の塊にアクセスする事が出来る、仮面ライダーWのブレイン。

融通が利かない性格だったが、アイドル業を経て、多少の冗談が言えるくらいには成長した。


風渡歩(かぜわたり あゆ)。


18歳。女性。


翔太郎の窮地に現れた謎の高校生。自称、科学者。

翔太郎とフィリップに、Σドライバを渡し、2人を最強の仮面ライダーΣに変身させた。


照井亜樹子(てるい あきこ)。


27歳。女性。


鳴海探偵事務所の所長。仮面ライダーアクセル・照井竜の妻。

翔太郎達の雇い主。今は2児の母として、次男、大河(たいが)の世話をしている。


クリムゾン。


19歳? 女性?


謎の少女。

【C】のガイアメモリを扱う。


歯車貞女(はぐるま さだめ)。


?歳。男性。


クリムゾンの仲間である謎の男。

クリムゾンに強く嫌悪されている。


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