最低の教え子、極限の学び手

文字数 1,285文字

 良き教え子であろうとする事が苦しみだとすれば、悪しき教え子にも苦しみは有る。悪しき教え子というのはなろうとしてそうなる物では無いが、反感を抱く故に孤独で苦労するのだ。

 ロクな指導を受けないまま夏休みになってしまったその休みさえも終わった頃、私は作り直した実験計画を、殆ど叩き付ける様にして提出した。机上の検討において問題は無かったし、協力者が友人一人だけとはいえ予備実験も形だけは実施した事になっていた。そして提出した資料には、尽く透かしという名の落書きを背景に添えていた。印刷物は自分で用意するという強い決意の証拠として、相当に濃度を落とさなければ消せない灰色で描いた物だった。後にUSBメモリの破損でデータは全て吹っ飛んだが、ファイアアルパカにマウスで書き殴った間抜けな動物達は、極限の怒りの中で捻り出したユーモアでも有った。
 そんな壮絶な不信感と僅かな協力の中で滑り出した実験だったが、此処で事件が起こる。同じ様に実験を選んだ同級生の一人が、実験の不備でデータが使えないという問題に直面してしまったのだ。恐ろしく蒼褪めていた彼は可哀想だったし、もう少しでも指導が充実していれば、確認にも注意が向いたのではなかろうかと思う。そして私はこの事に激怒した。私の事では無かったが、私だって同じ目に遭っていたかもしれないのだ、辛うじて協力してくれた後輩の分しかサンプルが無い状況にもかかわらず。

 ロクな指導の無さに絶望し、強制退学さえも見えてきていたある日には、フリーの求人誌を部屋に抛った事も有った。それでも私は、極限の学び手としてそれまでの知識を総動員した。統計上の質問を一度しただけが唯一の相談であり個別指導という有様だったし、休み明けに統計学の本を先生に返していた女学生に呆れ返りもした。私にとって統計の教材は一年生と二年生で学んだ教科書とレジュメしかなかったが、それでもメジャーな事象は全てクリア出来ていた。質問した内容は、稀にしか起こらない事象が起こったのが原因だった。
 教師を信頼せず、自力でなんとかしようというのは最低の教え子だ。しかし、まともな文章を作るにも手がかかる学生と比べたら、どちらがマシなのだろうか。それは教える側によって評価が異なるだろうが、ただ一つ言える事は、私の様な悪しき教え子は極限で学んでいたのだという事。悪しき教え子は教師を頼らない以上、自力でどうにかするしかないのだ。

 ……卒論提出を半ばに挟む最後の学期、当日になってゼミの講義が無い事を告げられ、乗り継ぎの駅で絶望する事が二回あった。もう少し早く分かっていれば、もっと後の電車でよかったのだから。一度は早い段階で分かったと言えど、既にお弁当を作って貰った後に分かった物だから、家で弁当を食べるというカオスを味わったりもした。そして二回は自宅で昼食を食べてから、午後遅い時間の講義の為に学校に行った。その内一回は、卒論の執筆に没頭しすぎて、危うく電車に乗りそびれるところだった。
 こんな三分の一が休みの様なゼミで私が学んだ事は、必要な事は自力で学べ、という事だったのかもしれない。
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