第5話

文字数 7,975文字


 すると、3人の宇宙人は栗原をじっと見つめた後、
「何もしていないのにその成果があなたのものになると言う事は、あなたにその成果を譲渡すると言う事でしょうか」と、益々意味不明な事を言うのでどうすれば良いのかわからなくなった。

 考えても理解するのは不可能と開き直った栗原が、
「地球では自分の成果を譲渡することが他人の為に何かをしてあげることで、それが愛情というものなんです」そう言うと、
「私達の社会では全ての物事を詳細についてまで明確にし、検証して合理性に欠ける部分を排除していきます。誰もがうやむやにしておく事は良くないと考えますが、うやむやなことが愛情というものならそう理解して進めます」細身の宇宙人がそう言って3人はあっさりと作業に戻った。

 価値観のあまりの違いを目の当たりにした栗原は再び雑草取りを始めた3人の宇宙人を見て、その間にどうやっても埋められない溝があるように感じていた。
 そして、雑草取りを手伝う事で誰かの為に何かをしてあげるという愛情を理解し、協力して何かをやり遂げたという仲間意識や友情が芽生えることを期待した自分の考えが浅はかだったことに気付かされた。


 雑草取りは栗原が思っていたより大変な作業で1時間もすると腰が痛くなってきた。

 身体を反らすように大きく伸びをしながら3人の姿を探すと、遠くの方で地面に寝ている年長者を見下ろしながら2人で何か話している。
 離れた所にいた栗原にはその声が届かなかったが、少し前からそうやって話していたようだった。

「どうしました?」その場所まで行って栗原が訊ねると、
「3人で引っ張った雑草が急に抜けたので、後ろに倒れて頭を打ったのです。『フィジカルモニター』によると脳震盪の警告が表示されています」
 背の低い宇宙人が年長者の腕に付けられたスマートウォッチのような画面を見ながら言った。

「大丈夫ですか?」前屈みになり倒れている年長者の宇宙人の様子を伺うと、大きな目を瞑ったまま動かない。

「警告が消えれば雑草取りを再開できます」再び背の低い宇宙人が答えたが
「作業の事はどうでもイイんです。それより、この人意識がないようですが…」慌てた栗原はそう言うとすぐに倒れている年長者を抱き上げ、「縁側に寝かせましょう」と2人を見て言う。

 立っている2人は要領を得ない顔でその栗原の事を見ている。

 気を失っている年長者を必死で縁側まで運ぶと日陰にそっと寝かせ、リビングから持ってきたクッションを頭の下に敷いて元の場所に立ったままでいる2人をそこへ呼びよせた。

 栗原のその行動を不思議そうに見ている宇宙人達に
「どうですか? 警告の表示は変わりませんか?」と訊いてみると細身の宇宙人が再びスマートウォッチの画面を確認して、
「回復傾向と出ていますのですぐに意識が戻るでしょう」と言った。

 目の前の未だに意識の戻らない年長者を見て責任を感じた栗原は
「愛情の勉強はもう終わりにします」すっかり元気をなくして告げた。


 やがて年長者の意識は戻り、ここへ来た時のように元気になった。
「雑草取りを再開します」と3人が言うので、
「先程言った通り、今日の勉強は終わりです。後は僕が1人でやります」元気なく栗原が答えると、
「では、また来ます」そう細身の宇宙人が言い、全員で後ろを向いた。

 感情がない彼らが残念だと思ったのかわからないが、ガッカリさせてしまったように感じた栗原は
「少し話しませんか? お互いに自己紹介もしていませんでしたね」と3人の背中に声を掛けた。

 皆が振り返ったのを見て、
「私は栗原、栗原辰則と言います」笑顔で言うと続けて、「あなた達には名前があるんですか?」と訊いてみる。

 すぐに、元気になった年長者が
「くりはらたつのりさん、私は43233-21-32223号で、この人は41232-25-32223号、でこちらが55155-52-32223号です」自分の名前ではなく番号を言った後、両側に立つ2人を順番に指差しながら番号を言った。

「名前ではなく番号なんですか。しかも、そんな長い番号じゃとても覚えられない」困ったように栗原が応えると、
「頭の20桁は省略しておきました」すぐに年長者が返した。

「僕が呼べる名前になりませんか? 友達になれそうな感じの…」3人を見ながら訊くと、
「昨日も友達と言いましたが、それは何ですか」そんな質問を投げかけてくる。

「あなた達には友達という関係も無いんですね…」そう言った後、栗原は少し考えて、「友情という愛情に似たものをあげる人を友達と呼ぶんです」と言うと3人共その言葉に反応したのか大きな目でパチパチと2回瞬きをした。

「友情と愛情の両方を勉強させてください」背の低い人が言うので、
「じゃあ、僕が親しみやすいニックネームを考えましょう!」栗原はそれぞれに名前を付ける事にした。

 そして、1人ずつ手で示しながら、
「あなたが一番年上に見えるので…『シニア』、少し背の低いあなたは『ジュニア』でスリムなあなたは…そのまま『スリム』でどうですか?」思い付いた名前を伝えていく。

 すると、それぞれの宇宙人が
「シ・ニ・ア」
「ジュ・ニ・ア」
「ス・リ・ム」
 言われたニックネームを復唱した後、「では、我々のことをその名前で呼んでください」年長者が言うとすぐに後ろを向き、3倍速の早口で何か話しながら藪の中へ帰ってしまった。

 気のせいだろうが、3人の宇宙人が名前を貰った事を喜びながら帰っていくように見え、ガッカリさせてしまったと思っていた栗原の心を軽くした。


 由起子から到着時刻の連絡がタブレットに入ったのは午後になってからで、すでに栗原は庭の雑草取りを終えていた。

 部屋の時計が3時を示し、到着の1時間前になると栗原はじっとしていられなくなり、軽トラックに乗り込んだ。
 船着き場へは5分しか掛からないのでそんなに早く出掛ける必要はなかったが、家にいるより時間が早く過ぎるような気がしてそこで待つことにしたのだった。

 船着き場に着くと車を海の方へ向けて停め、エンジンを切るといつものように辺りは静まり返った。

 空を見上げると、夕方になって少し多くなった雲を背景に数羽のトンビが旋回している。
 時折、左右から海上に現れて通り過ぎて行く船を軽トラックのウインドウ越しにボーッと眺めていると今日、初めて触れた宇宙人の感触が腕に蘇ってきた。

 その140センチ位の身体は見た目からは想像できない程ずっしりしていて、太っていなかったのに60キロ程の重さがあるように感じた。
着ていたウエットスーツの表面はサメ皮のように少しザラザラしてどんな素材で出来ているのかはわからず、体臭のような匂いがあったかについては何も思い出せないので恐らく無臭だったのだろう。

 両腕で抱き上げていたので顔をすぐ近くから見たがその皮膚は自分と変わらないものに透明な薄皮が被っているような感じで、身体全体の硬さというか柔らかさの感触も人間と同じだった。
 子供の頃からテレビや映画などで見ていたイメージとは大きく違い、地球人と共通する部分を沢山持っているその宇宙人が別の銀河にある知らない星から来た人達とは思えなかった。

 そんな事を思い返していると、遥か遠くの海に光って見える小さな点を栗原は見つけた。

 左右に動かないその点に目を凝らしているとやがてそれが小さな白い物体になりその後、フェリーの船影となった。
 由紀子が乗ったフェリーだと思った栗原ははやる気持ちを抑えて車のシートに座ったままじっとそれを見ていたが、中々大きくならない船影にじれったくなると車を降りて桟橋の方へ歩き出した。

 少しずつ大きさを増し始めたフェリーをよく見てみると、涼しい風が吹いていたせいかデッキに人は見当たらない。

 やがて、グオオォーとスクリューが逆回転する大きな音を響かせながらフェリーが目の前に迫ると船首のゲートが下がり始め、間もなく桟橋に接岸した。
 ゲートから数台の車が走り出て目の前を通り過ぎていくと歩いて下船する人の列がそれに続き、制服を着た高校生の後ろにボストンバックを片手に歩く由紀子を見つけた栗原は手を振りながら近づいていく。
 スプリングコートを着てブランド物のバッグを持つその姿がやけに都会的に見え、栗原は歩きながら由紀子が少し遠い存在になったように感じていた。

 実際は栗原の方が変わったのであって、違和感を抱くのは由紀子の筈だったのに、
「迎えに来てくれてありがとう。いい所ね!」と、いつもの調子で声を掛けてきた。

「うん、何もないけど静かな所だよ」考ながら応えたせいか返事が不自然になってしまうと、
「何もないから静かなんでしょ!」由紀子は笑いながら栗原の肩を叩いた。

「ホントに何もないん…」そう言掛けて、ムキになっている自分に気付いた栗原はそれ以上言わずに微笑んだ。


「こういう所で毎日を平和に暮らすのもイイかもね。何もなくても…」由紀子は海の方を向いて両腕を上げるように伸びをしながら言う。

 栗原は夕日に照らされたその横顔を見て由紀子がそこにいる事を実感し、2人でいる幸せを久しぶりに味わった。
 満足するまで海を眺めてから船着き場の売店に行き、店主の田口に由紀子を紹介してから自宅へ向かう。

 栗原は自宅に着いて初めて、食事の事を何も考えていなかった事に気付いた。

「ごめん。食べるもの、考えていなかったよ」申し訳なさそうに謝ると、
「何か別の事に夢中になって忘れていたんでしょう? 作ってくれるなら私は何でも良いわ」由紀子は笑いながらいつもの事のように言った。

 いつものように買い置きの乾そばを茹でてざるに取り、庭で採った大葉を天ぷらにして添えると縁側に用意したテーブルの上に運び、
「今日はこっちで食べよう!」栗原はリビングの窓から夕日が沈む海を眺めていた由紀子を呼んだ。

 縁側の椅子に腰かけた由紀子は腹が減っていたのか、
「美味しそうね。いただきまーす!」そばを見るなりすぐに箸を手に取って食べ始めた。

 少し食べ飽きていた栗原はテーブルの向かい側に座り、飲みかけの冷めたカフェオレを飲んでいたが由起子がそばを美味しそうに何度も口へ運ぶのを見て、飽きていた筈のそばが食べたくなってくる。

 箸を手に取るとそばを1口食べて味わい、
「やっぱり、2人で食べると何でも美味いな~」由紀子を見てしみじみと言った。

 すると、目の前にある庭を見回した後、
「こうして縁側で近所に気兼ねなく食事が出来る家って良いわね!」と建築の仕事をしている由紀子らしい事を言った。

 それを聞いて栗原も同じように庭を見回したが、由紀子とは全く別の事を考えていた。

 今日、ここで宇宙人にあった事を思い返し、こうしている間にも彼らがやってくるかも知れないと思った。
 由起子が驚かないように事前に話しておく必要があったが、宇宙人との出会いという現実離れした出来事を栗原はどう説明したら信じてもらえるのかわからずにいた。

 しかし、由紀子と向かい合ってそばを食べていると、ずっと誰にも話せずにいたものを吐き出したい気持ちになってきて夜にしようと思っていた話を切り出すことにした。

「この島にカラス天狗の伝説があると、軽トラを譲ってくれた横井さんから聞いたんだ」話があまり深刻に聞こえないようにそばを口に運びながら言うと、
「へえー、そうなの? 都会じゃ、伝説があっても都市伝説みたいな新しいものばかりだけど、ここには古いものがあるのね!」由紀子は感心したように応えた。

「うん、山の守り神で頂上辺りに住んでいると話してくれたんだ。見た人も何人かいたらしいよ」と続けると
「会えるなら、私も会ってみたいわ。今はもういないのかしら?」目を細めて冗談っぽく言う。

「人間みたいな姿で、黒いウエットスーツみたいなものを着ているんだ」栗原がその疑問には答えずに箸を持った手を止めて話すと、
「着ているんだ…って、まるで会ったみたいに言わないでよ」由紀子は呆れたような顔をして再び目を細めた。

 栗原はその由紀子をじっと見つめたまま、
「遭ったんだ…、山で粘土を探している時に…」声を落として真剣な表情で続けた。

「えっ、…」と由起子は一瞬、固まったようになったがその後、声を出して笑い始めた。

 栗原は真剣な表情を変えずに由紀子を見つめ、それ以上何も言わずにいた。

 何も言わず、真剣な顔のままの栗原を見てそれが冗談じゃないと判ったのか、
「本当…なの?」と声を落として訊く。

「うん、山のどこかで陶芸に向いた粘土が採れると前に話したけど、それを頂上の辺りで見つけたんだ。その後、どう運ぼうかと調査に行った時、初めてそこで目撃した…」
 静かな声でわかり易いようにゆっくりと話したが、由起子はそれが信じられないのか頷くこともせず目を丸くしているだけだった。

「そして次の日、また同じ場所へ行ってみると今度は出遭ってしまったんだ、その黒い人に…」
そこで話を止め、紀子の反応を見たがその先を聞きたいようにしているので栗原は再び話し出す。

「向こうもこちらに気付き、目が合ってしまったけどそれ以上は何も起こらなかったよ…。僕はその後、軽トラの代金を横井さんの家に届けた時、それとなく黒い人について訊いてみたんだ。すると、それはカラス天狗で山の守り神だと言ったんだ」

 栗原は少しの間、記憶を整理するようにして
「カラス天狗の話を聞いた翌日、再びその広場へ行ってみると今度は銀色のUFOがあり、中からその黒い人が出てきて驚いたことに『何か用ですか』と、日本語で訊いてきた。不思議と全く恐怖を感じず、話をしてみるとその人達は別の銀河から来たと言って宇宙について地球人が知らない事を沢山教えてくれたよ。僕はその黒い人達こそ横井さんが話したカラス天狗で大昔に目撃した人がその伝説を創ったんだとその時に思った。もしそれが正しければ、彼らはずっと昔からこの島に来ていたことになるんだ」と話し終えた。

 その後、ここで宇宙人と3回会った事や2回目にアトリエで会った時、芸術や愛情を学びたいと言われたこと、それに対して栗原が愛情は学ぶものではなくて愛情を受け取ることで芽生えるものだと説明したことなどを詳しく話した。

「僕は彼らに愛情を与える自信がなかったから、友達にならなってもイイと言っておいたんだ。そうしたら今朝、ここへやって来て雑草取りを一緒にやってくれたよ」奇麗になった庭を指差して言った。

 ずっと黙っていた由起子が今まで見たことのない表情で見つめるので頭がどうかしてしまったと心配し始めたのだと思った栗原は、
「簡単には信じられないだろうが、またここへ来るかもしれないから驚かないように話しておくつもりだったんだ」そう言った後、宇宙人の容姿についてさらに詳しい説明をした。

 すると、ようやくその非現実的な話を現実として受け止められるようになったのか、
「そんな事がここで起きていたなんて…。私は忙し過ぎて何も聞いてあげられなかったのね…、ごめんなさい」そう呟いて下を向いた。

 しばらくの間、黙って何かを考えていたが由紀子はおもむろに顔を上げると、
「詳しく話を聞いたらその宇宙人は怖くないと思えてきて、私も彼らに会って話をしてみたくなったわ」とその目を輝かせた。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 栗原は敢えて、いつまでいられるのかと聞かなかったが想像していた通り、由紀子は連休の最終日になると帰り支度を始めた。

「私にいつまでいるのかと、聞かずにいてくれてありがとう。ずっとここにいてもイイんだって思えたら、とても気が楽になったわ」
 荷物をまとめた由紀子が嬉しそうに言う。

「ここは君の場所でもあるんだ。来たい時に来て、好きなだけ居ればイイ。たとえ腹ペコで来たって、心配ないよ。そばなら沢山買ってあるからね!」
 由紀子が帰ってしまうのは寂しかったが、余計な気を遣わせたくなかった栗原はそう言ってわざと暢気に見せた。

 由紀子はそうやって微笑む栗原に
「さあ、仕事があるから帰らなくちゃ!」と、何かを振り切るように言った後、「カラス天狗さんに会えなかったのが心残りだけど…」その顔を山の方に向けて呟いた。

 理由はわからないが由起子といた3日間、宇宙人達は姿を見せなかった。
 3人を由紀子に会わせて、自分の話は本当だと証明したい気持ちもあったが2人だけでゆっくり過ごせたので、それで良かったのだと栗原は思った。

 午後1時のフェリーに乗る由起子を船着き場で見送り、再び1人になってしまった栗原は軽トラで自宅に戻ると山を見上げてふと思う。

 由起子と普通の日々を過ごした今、あの宇宙人達との交流を思い返すとそれがいかに現実離れしているものだったか良くわかり、この島で友達と呼べるのはあの3人だけだと何の違和感も持たずに思っていた事が不思議だった。

 1人になった栗原は寂しさを紛らわそうと庭の隅に移動して山積みにしておいた粘土をアトリエの軒下に運んで乾かす事にする。
 猫車を粘土の山へ押して行き、スコップで積み込んでいると目の前の藪からジュニアと名付けた宇宙人が顔を出した。

「あ、久しぶりですね。皆、元気にしてましたか?」栗原が挨拶代わりにそう声を掛けると、
「勉強できますか」いつものように挨拶には応えず、訊いてくる。

「由紀子がいる間はここに来ないよう、気を遣ってくれたのですね。会っても問題ない事を伝えておけば良かった…」久しぶりに友達に会えた感じがして嬉しそうに言うと、
「姿を見せても問題ないのですね」栗原を見て大きな目で2度瞬きをした。

「由紀子は3人に会いたがっていましたよ。次に由紀子が来る時は会いにきてくださいね」そう言うと、
「愛情をくれますか」ジュニアはなぜか頭を傾げて訊いてきた。

「由紀子は優しいから僕より愛情をくれると思いますよ。会えばきっとわかります」初めて見たその仕草がとても自然で、ジュニアには感情があるように思えた栗原がそう言うと、
「由紀子さん、次はいつ来ますか」すぐに訊いてきた。

「いつになるかは僕にもわかりません。仕事が忙しくて休みが取れないと来られませんから…」栗原が考えながら答えると、
「じゃ、由起子さんが来たら愛情の勉強をします」そう言ってすぐに踵を返し、さっさと藪の中に消えてしまった。

「あ、ジュニア…」
 栗原はジュニアが消えた藪に向かって呟きながら、『由紀子は優しいから僕より愛情をくれる』と言った事を後悔していた。

 ジュニアは栗原の言葉を彼らの合理的な考え方によって理解し、愛情は由紀子から貰う方が効率良く得られてより効果的な勉強が出来ると判断して帰ってしまったのだろう。
 つまり、愛情の勉強に栗原は必要なくなったのだ。

 久しぶりに友達に会えたと喜んだのもつかの間、用済みの烙印を押されてしまったように感じた栗原は粘土の事はもうどうでも良くなり、猫車をそこに置いたまま軽トラックに乗り込むと乱暴に車を出した。
 敷地のスロープから海沿いの道路に出るやいなや思いっきりアクセルを踏み込んだが、すぐにエンジンが息継ぎするような音をさせて力なくスピードを落とした。

 ノロノロと惰性で走るだけになった車の中でガソリンメーターに目をやると一番右、つまりタンクが空だと示している。
 横井から譲り受けてから1度もガソリンを入れておらず、そろそろ給油しようと思っていたのに由紀子が来たことですっかり忘れていたのだった。

 島に2か所あるガソリンスタンドの1つは車で10分程の所にあると知っていたが道路に出て200メートルの所で止まってしまったので自宅へ戻る方が早かった。
 車を押しながらUターンし、ようやく自宅まで辿り着いた栗原は身体だけでなく心までへとへとになっていた。
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