第10話

文字数 8,411文字


 次の日、船着き場の売店でもあるおばあさんの家で葬式が行われた。

 棺が閉じられる時、由起子は一輪のガーベラをおばあさんのその胸にそっと置く。
 オレンジ色のその花は昨夜、山の広場で託されたものでジュニアがそこに咲いているのを一輪だけ摘んだものだった。

「売店の事は心配しないで、ちゃんと私が続けますから…」おばあさんの顔を見て小さく呟いた後、手を合わせて祈った。
 笛を教わったのがジュニアだと判ると由紀子とってそのおばあさんがもう他人ではなくなり、店を継ぐことも自然だと思えていた。

 ヨシ坊が運転する霊柩車がフェリーに乗るのを船着き場で見送った後、2人で自宅に戻ると、
「3人が来るのはいつも夕方だから4時ぐらいまでしか売店を開けられないけど、誰もやる人がいないなら仕方ないわね」由紀子が喪服を着替えながら言ったが栗原の頭には気掛かりな事がよぎり、
「そうだね…」と短い返事をしただけだった。

 栗原はいつか3人が感情を理解出来るようになりジュシスへ帰ってしまったら、由紀子はこの島ですることがなくなってしまうと以前から心配していた。
 売店を引き継いだ事でその心配は無くなったが昨日、シニアが言っていたようにジュシスへの帰還が早まればジュニアとの別れはそう遠い話ではなく、栗原はそれが気掛かりだった。

「宅配便と郵便は朝一番のフェリーで島に来て配達したら、昼の船で帰っちゃうのよね。売店はその時不在だった人の荷物を預かるのと島の人から要望される物や日用品を仕入れるのが主な仕事で、それ以外は高速船の手配くらいね!」葬儀の後、横井夫妻から聞かされた売店の役割みたいなものを確認しながら由紀子は独り言のように話し、「ねえ。聞いてるの?」あまりに短かった栗原の返事を不満そうに訊いてくる。

 ずっと黙っていた栗原は
「重要な事は午前中に済ませるようにすれば、4時に閉めても問題ないと思うよ」今度はきちんと答えて由紀子を安心させた。


 その日の夕方、2人が食事を終えた頃に3人がやって来た。
「こんばんはー!」そう言って皆より先に縁側から上がったジュニアは由紀子を探してすぐに走り寄り、抱き付くようにしてその顔を腕の中に埋めた。

 シニアとスリムがそれに続き、同じ挨拶をして上がり込んだが「こんばんは」と言ったその口調と表情が栗原には前回あった時のものと明らかに違って見えた。

「あら、2人共ずいぶん表情が豊かになってきたわね」由紀子もそれに気付き、感心したように言うと2人が栗原の方を見るので、
「昨日のジュニアの涙で、2人は大きく感情を動かされたらしんだ」代わりに説明すると由紀子は納得したように頷いた。

 その後、ジュニアの頭をポンッと軽く叩き、
「今日はおばあさんから笛を教わったことを話して貰わないとね!」と言ったが腕の中に顔を埋めたままで何も話そうとはしない。

「ジュニアは小さいころから感情の片鱗を見せていた為、早くから地球に連れて来られて感情について勉強していたんです」何も言わないジュニアに代わりシニアがそう説明する。

 ジュニアが悲しそうな表情で由紀子を見上げ、
「66年前に僕と同じ歳の子と山で会ったんだ。奇麗な音が出る笛をくれて、その吹き方を教えてくれたんだよ!」と話し、再び腕の中に顔を埋めた。

「そうだったのね。ジュニアちゃん、あのおばあさんと気が合ったのね…」あまり語りたがらないジュニアを不思議に思いながら言うと、
「うん、そうだよ。由紀子さんとおなじだよ」顔を上げて由紀子を見て言った。

 由紀子はそれがどういう意味なのか分からなかったが再び顔を埋めるジュニアをそっと抱きしめた。

 何も言わずにそれを見ていた2人だったがおもむろに
「わたし達の帰還についてなんですが…」と、口籠りながらシニアの方が切り出した。

 栗原は口籠るようなその話し方に驚いたがシニアが話そうとしていることは由紀子がまだ知らない、ジュシスへの帰還の事だとすぐに気付いて続く言葉が心配になった。
 隣のスリムを見るとやはり、悲しそうな複雑な表情をしているので3人の帰還が早まったのかも知れないと益々心配になったが由紀子はそれに気付かず、
「口籠ったりして、益々話し方が上手になったわ。きっと、ジュニアの涙でシニアとスリムも感情が開花しつつあるのね」と嬉しそうにした。

 シニアが決心したように小さく頷くと、
「わたし達は明日の夜、ジュシスに帰還することになりました」少し大きな声で言った。

「……えっ、どういう事なの…。シニア、帰還するってどういうこと!」すぐに由紀子が反応してそう訊くと、
「汚染浄化のチームは今まで通りここで活動を続けます…」答え辛いのかシニアが別の事を言った。

「そんな事はどうでもイイの、あなた達が明日の夜に帰還するってどういう事なのか聞いているのよ!!」怒るようにしてシニアに迫った。

 あまりの激しさに見かねた栗原が割って入り、
「彼らの地球での仕事が終わるって事さ。おばあさんや君のお陰で皆、感情を理解出来るようになったんだ」由紀子をなだめるように静かに言った。

「まだまだ、教えたい事が沢山あるのに…。どうして…」由紀子は崩れるように膝をついて涙を流す。
「2人も一緒にジュシスに来ればイイよ! 僕の家に住めばイイよ!」そうジュニアが言うと由起子は涙で濡れた顔を上げ、何も言わずにジュニアを抱き寄せた。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 次の日、由起子は朝から船着き場の売店で横井夫妻と会っていた。

「まあ、気楽にやってください。時々、様子を見に来るんで、わからん事があったら何でも訊いてくれたらイイです」売店での仕事について打ち合わせを終えると武史が言った。

「私も手伝いに来ますから、忙しい時は遠慮なく言ってくださいね。おばあさんの荷物も片付けなくてはならないから…」弘子がそう言って寂しそうにする。

それを聞いた由紀子が
「私でも良ければ、空いた時間に片づけますよ」気遣って言うと、
「整理しても処分するだけだから急いでやる必要もないし、お願いしたらどうだろ? 誰も文句言うもんはおらんし、使えるもんがあれば由起子さんが使ったらイイ」と武史が笑いながら弘子を見る。

「じゃあ、よろしくお願いします。ここは店主の由紀子さんが使いやすいよう片づけてもらって構いませんから」と弘子は素直にその申し出を受け入れた。


 由紀子が昼食前に売店から戻ってきて、
「宅配便や郵便は待ってくれないから、明日から売店を開ける事になったわ!」元気よく笑顔で栗原に言ったがその後すぐに「今夜、3人とはお別れね…」と下を向いて寂しそうにした。

「いつかジュシスに行って3人と再会しよう。そこがどんな星なのか見てみたいしね!」
 由紀子を慰めようと留守の間に考えておいたことを栗原が言うと、
「そうね。一生会えないと言うわけではないわ…。ジュニアはジュシスで生きているのだから…」生まれてくる事の無かった子を思い出したのか、自分に言い聞かせるように言った。

 由紀子は何かを振り切るように少し大きな声で、
「さあ、はおばあさんと約束した通り、明日から島の為に働くわ。ここにいれば3人がまた会いに来てくれるかも知れないしね!」と元気よく言った。

 3人が望む通りその夜は見送りには行かず、栗原と由紀子は彼らが無事にジュシスへ辿り着けるように自宅から祈る事にした。
 電気釜で焼いた彼らの作品を縁側に並べ、夜空を眺めているとひときわ明るい星が長い尾を引いて流れた。

 それが彼らの旅立ちのように思えた2人は星が消えた空に旅の無事を祈り、そして再会を願った。


 売店の仕事にもようやく慣れてきた由紀子は午前中の忙しい時間が過ぎると、おばあさんの荷物の片付けを始める事にした。

 売店は亡くなったおばあさんの自宅でもあったがその家の造りは平屋で、店の部分と繋がるように造られた居間と奥にある寝室の他にはトイレと風呂、そして納戸しかない小さなものだった。
 おばあさんがそう望んで住んでいたのか全てのものは奇麗に整頓され、どの部屋も整然としていたから片付けと言っても種類別に物を分けておくだけだった。

 由起子はどこから始めるか考えて先ず、大事なものからまとめる事にした。

 その大事なものがどこにあるのかを捜して居間の押し入れを開けてみるとそこに小さな引出付きの棚があり、アルバムと本のようなものが数冊あるのが見えた。
 葬式の日に高橋と横井がその引出から預金通帳や印鑑と共に貴金属類を取り出して弁護士に渡していたのを思い出した由紀子はそこから始める事にした。

 棚の一番下に濃い緑色の細長い布製の袋を見付け、中のものを取り出してみるとそれは茶とクリームの2色で出来たリコーダーだった。

 そのリコーダーは艶々していて数十年前のものとは思えない程新しく、それを見つめながら少女だったおばあさんがジュニアと出会い、吹き方を教えている姿を想像した由起子は今ここにいることに不思議な運命のようなものを感じていた。

 笛の横にあった古びた音楽の教科書を取り出すと隣にあった単行本のようなものがパタンッと音をたてて倒れた。

 その本に目をやると表紙に『夢日記』と手書きの文字がある。

 教科書を横に置いて厚い表紙をめくってみると、それはおばあさんが寝ている間に見た夢を日記として書き綴ったもののようだった。

 最初のページには『9月13日に見た夢』という日付のタイトルに続き、夢の内容が詳しく書いてあるようだったがずっと閉じられていたからか、表紙の裏に貼られた青い紙の色が写り込んでいて内容が読めなくなっている。

 ページをめくると『9月14日に見た夢』というタイトルがあり、それに続く夢の内容に由紀子は驚愕した。

 そこには、山でカラス天狗に笛を教えたことが書いてあったのだ。

 おばあさんがカラス天狗に会ったのは中学生の頃だと聞いていたから、その大人びた文字を見た由紀子はそれがもっと成長してから書かれたものだと思った。
 ページの最後には、天狗は宇宙から来た人で名前がないので『坊や』と呼ぶことにした、とも書いてある。

 おばあさんが笛を教えたのはジュニアだとわかっているから、日記の中の『坊や』は60年以上前の若いジュニアという事になる。

 ページを前に戻し、もう1度よく見てみると染み込んだ青い色の中に「大きい目」、「短い前髪」や「黒い服」の文字が微かに読めた。
 どうやらそこには宇宙人の容姿が書かれているらしく、その日記帳はおばあさんが宇宙人と過ごした日々を後年、寝ている時に見た夢としてまとめたものだとわかった。

 全ての日付を確認してみるとその期間は3ヶ月に渡っており、どんな会話をしたのかなどが詳細に書かれていて当時の状況が手に取るように分かった。
 60年以上も前のことだからか「坊や」、つまりジュニアはこれまで見てきたのとは違ってもっと幼い印象を由紀子に抱かせ、自分が知らない別の一面が垣間見れるその日記を夢中になって読んだ。

 そうして、おばあさんの日記を勝手に読みながらも由起子には他人のプライバシーを覗き見しているという罪悪感はなかった。
なぜなら、おばあさんの他に感情を持たないジュニアと心を通わせることが出来たのは自分だけで、その思い出を特別なものとして大切に出来るのも自分の他にいないと思っていたからだった。

 日記の中の文字や文章ごとにその景色が頭の中に浮かび、まるで古いアルバムの中にあるおばあさんとジュニアの幼い頃の写真を見ているようで、その時代の事を全く知らない由紀子に懐かしさを感じさせて心を和ませた。

 数年以上経って書いたものだから全てが正確ではないだろうが、おばあさんはジュニアとの日々を特別な思い出として残しておきたかったのだと由紀子は思った。
 しかし、何かに書き残せば宇宙人が来ていた事実を後世に伝える事になり、将来どんな危険がジュニアに及ぶか分からない。
 おばあさんは考えた挙句にそれを『夢日記』と題して夢だか現実だかわからない形にして残したのかも知れなかった。
 優しかったあのおばあさんの、そんな不安を想像した由起子はその日記を自分だけのものにしておこうと決め、誰にも明かさない事にした。

 細かい字で書かれたその日記を読んでいるとおばあさんが14歳だった頃の、田口博美という少女にジュニアが恋しているように思えてきて、その思いは日記を読み進めると益々強くなっていった。
 そして、半分程を読み終えた頃にはおばあさんが初恋の相手だったと確信し、ジュニアが小さい頃から愛情のようなものを持っていた事を由紀子は知った。
 初恋の人だからその死を悲しんで涙を流し、思い出の笛で鎮魂の曲を奏でたのだとわかり、ジュニアが多くを語りたがらなかったその理由もわかった気がした。


 翌日の午後、売店での忙しい仕事が終わると昨日、栗原が迎えに来て中断した『夢日記』の続きを由起子は読み始めた。

 日記の内容によると、以前おばあさんが話したように「笛の吹き方を教えた」という事だけでなく、学校でその日に習ったことも色々教えていたことがわかった。
 その上、論理的な思考の「坊や」が得意とする算数や理科などの科目については逆におばあさんがジュニアから教わっていた事もわかってきた。

 2人は山のどこかに、誰にも見つからず誰にも聞かれない秘密の場所を持って勉強していたらしく、会わない日が珍しい位頻繁に会っていたようだった。

 栗原と由紀子が3人と過ごした時のような、若しくはそれ以上濃厚な日々を送っていたが、その頃のジュニアは感情を学ぶ任務を負っていたわけではなく、環境保全の作業チームと共に地球へ遊びに来ていたようだった。

 日記の残りがあと数ページになるとジュニアは作業チームの交代に伴って自分の星に帰る事になったと書かれていたが、その後に続く文章から由紀子は目が離せなくなった。

 そこには自分の星で一緒に住もうとジュニアに誘われたことと、学校へ通わねばならないからそれは無理だと断ったこと、そして1日だけでもとせがまれてその星を訪れたことが書かれていたのだ。

 乗り込んだ宇宙船の中や途中で見た宇宙の様子が詳細に書かれていて、そのすばらしさや美しさが読んでいる由紀子にも良く理解出来た。
 そして、ジュニアが住む星を宇宙から見た様子や「坊や」の家の外観と内部の造りが書かれていて、スリムが粘土で作って説明した内容と一致していた。

 その星は地球より遥かに生物の多様性に富み、そこに住む人は合理的で決して自然を破壊することなく大切に守っていると記され、その星の美しさは筆舌に尽くしがたいほどだと締めくくられていた。

 それを読み終わった由紀子はジュニアがいる「その星」つまり、ジュシスを具体的に思い描けるようになり、今までどこかの知らない世界だと思っていた場所がそんなに遠くない気がしていた。

 そして、その美しい世界へ行ってみたいと心から思った。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ようやく売店でもある田口の自宅の片づけを終えた由紀子はその日記以外の物品を種類別にまとめ、弁護士と共にやってきた区長の高橋に引き渡した。
 家族も親戚もおらずほとんどの物は処分されることになっていた為、由起子がリコーダーと音楽の教科書を引き取りたいと伝えると、二つ返事で許可された。

 ことある毎におばあさんを手伝っていた横井夫妻やヨシ坊も後からやって来て、自分に関係があるものを思い出の品として引き取っていった。
 貯金については生前本人が言い残した通り、売店の運営資金と自分が納められる島の共同墓地の管理費として高橋が預かることになった。

 その後、処分する品を引き取りに来た業者が全ての物をトラックに積んで去ると、売店は来年から町が運営することになると言い残して高橋は帰っていった。


 全ての荷物が運び出され、ガランとした部屋でリコーダーを袋から取り出した由紀子はそっと唇を添えると小さく息を吹き込んでみる。

 とても奇麗で澄んだ音が鳴った。

 一緒に引き取った音楽の教科書を手に取り、適当に開いたそのページに『夢で見た星』というどこかの国の曲の楽譜がその歌詞と共にある。

 偶然開いたページにあった由起子が知らない曲は、おばあさんが「坊や」に教えたと夢日記に書かれていたものでその音符を1つずつ追いながらゆっくりリコーダーで奏ででみると、通夜の日にジュニアが鎮魂の為に吹いていた曲だった。


【 夢で見た星 】

夢で見た星どんな星
宝石のように光る星
どこにあるのかわからない
とおくて知らないとこにある
2人だけの美しい星

夢で見た星どんな星
緑豊かなやさしい星
行ってみたいとおもうけど
なかなか行けないとこにある
あなたと私の小さな星

 『夢で見た星』の歌詞が由紀子にはまるで、おばあさんが日記の中で「その星の美しさは筆舌に尽くしがたい」と書いたジュシスのことを歌ったものに思えてならなかった。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 由起子が売店を引き継いでからあっという間に5ヶ月が過ぎ、次の春がやってきていた。

 今年から町営となった売店を休日は休みにして自宅でゆっくりすれば良いと区長の高橋が気遣ってくれたが、由起子はおばあさんがそうしていたように日曜日の午前中も開けることにしていた。

 ジュニア、シニア、スリムの3人が旅立ってしまってからアトリエに籠って本格的に作品創りを始めていた栗原が空いた時間を見つけては売店にやってきて手伝ってくれるので大変だと思っていなかったし、何よりその売店にいることでおばあさんとジュニアの昔の思い出に触れられる気がして心が安らいだのだ。
 3人が地球を旅立って以来、寂しさを感じない日はなかった由紀子にとって、売店は彼らを身近に感じられる唯一の場所でもあった。


 時計の針が5時を指すといつものように店の前に軽トラックがやってきて停車し、プッと短くクラクションを鳴らす。
 その運転席から降りた栗原が「お疲れー!」と声をかけながら店の入口にある冷蔵ケースからアイスクリームを1つ取り出してそこに代金を置く。
 由起子はその代金を手に取ると店の奥に行って手提げ金庫に入れ、そのまま各所を廻って戸締りを始める。

 その一連の動作が店仕舞いのルーティンになっていて2人は毎日、まるで決められた役を演じるかのように振舞った。
 そうして戸締りを終える由起子を待つ間、栗原は運転席でそのアイスクリームを食べるので最近体重が気になりだしていた。
 少し控えようかとも考えたが甘いものが好きな栗原は売り上げに貢献できるという理由を付けて今も毎日食べている。

 助手席のドアを開けて由紀子が乗り込むと残りのアイスを口に投げ入れ、空袋を手渡して車を出す。

 自宅に到着するまでの5分間、由紀子は帳面を見ながら翌朝一番にやらねばならない仕事を確認するので無口だったが、栗原もアトリエで1日作業した疲れを癒す為に使っていたので送迎で海沿いを走る静かな時間が好きだった。

 道路から敷地のスロープを上がった時、視線の先の藪に何か黒いものが動いて見えた。

 由起子がそれに気付いてそちらを指差し、
「あっ、ジュニ…?」そう言い掛けたがすぐにやめる。

 それを聞いて栗原も藪の中で動いたものがウエットスーツを着た宇宙人だと判ったが、雰囲気があの3人とは違って見える。

 栗原が運転席から降り、そこに立ったまま観察すると宇宙人の表情は硬直しているように見え、彼ら3人の誰でもないようだった。
 1分ほどそのまま様子を伺っていたが相手もただこちらをじっと見ていて何も進展がないので、勇気を出してゆっくりその藪に近づいていく。

 少し近づくとハッキリその顔が見え、ジュシス人だとわかった栗原はそこから普通の速さで薮まで行って立ち止まり、
「こんにちは」と、言ってみたが思った通り挨拶が返ってくる事はなかった。

「えーと、星の名前は長くて忘れてしまいましたが、別の銀河の星で私達がジュシスと呼ぶ星から来られたのですよね?」今度はそう訊ねて見ると、
「はい、その通りです」普通の返事が返って来た。

「3人は皆、元気に暮らしていますか?」と微笑みながら訊くと、
「はい、その3人からこちらにお住いの栗原さんに相談するように言われて来ました」
 事務的な口調でそのジュシス人が言った。

 3人に何か起きたのかと心配になった栗原は
「どうぞ、こちらで話しましょう」そう言うと手の平でアトリエの入り口の方を示して歩き出した。

 歩きながら由起子の姿を探すと、まだ車の中から様子を伺っていたので栗原はアトリエを指差し、ジュシス人とそこで話すことを知らせた。
 そのジュシス人はすぐには後を追ってこなかったが栗原がアトリエに入って少し待つと入り口に現れ、不思議そうに内部を見回した後、ゆっくり近づいて来た。
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