第15話

文字数 9,439文字

 ヨシ坊はそのままタンクローリーに乗り込むとエンジンを掛けた。
 どこかへ逃がしてくるのだと思った栗原が車の揺れに備えてタンクの中で両手つくと、ゆっくり動き出してソフトに加速していく。

 ようやくスピードが乗ってきたと思った途端、ブレーキが掛かって停車した。
「こんなとこに停められたら、通れないよー!」ヨシ坊が怒鳴るのと同時にドアが開く音がして、
「小さいのトラック、あなた隠しましたね。彼が行ったのはどこですか?」先程のたどたどしい日本語が聞こえてきた。

「何だよ、知らねーって言ったじゃん!」ヨシ坊はそう言うとすぐに、「ああぁ、なにすんだよ! やめろ!」と叫び始めた。

 その声を聞いた栗原はタンクの中で立ち上がって男達に上半身を見せ、
「僕はここです。その人に乱暴するのはやめてください」そう言うとハッチから出て、タンクの後ろに付いているはしごをゆっくり降りる。

 スーツ姿の男達はすぐにヨシ坊から手を放して、
「栗原さん、私たち乱暴ないです。一緒に行ってください」そう言うと、黒いワンボックスのドアを開けた。

 心配そうに見ているヨシ坊に
「大丈夫、訊きたい事があるだけですぐ解放してくれるでしょう。見た所皆、紳士のようだし…」栗原は男達の言葉を信じてそう言った。

 栗原を乗せた黒いワンボックスは島の北側に回って林道に入ると閉鎖されたキャンプ場のゲートを開けて進み、古くなって苔むしたログハウスの前で停車した。

 先に降りたスーツの男が外からドアを開けたので栗原が車から出るとすぐに、ログハウスの玄関から浅黒い肌をしたアジア人風の男が出てきて、
「栗原さん、驚かしてすみません。決して乱暴な事はしませんからご安心ください」と流暢な日本語で告げた。

「何が目的なのか知りませんが妻を探さなくてはならないので、早く帰してください」栗原がそう演じると、
「その由紀子さんの行方についてですが…」
 アジア人風の男は顎の髭を左手で撫でながら意味ありげに笑みを浮かべる。

「由紀子がどこへ行ったのか知ってるんですか?」栗原がそう言って男に近づくと、
「ここで話すのもなんですから、中で詳しくご説明しますよ」アジア人風の男は背中を向けてログハウスに入っていった。

 栗原がスーツ姿の男達を伴ってログハウスの中に入ると、そこはボロボロになった食堂のような部屋で中央に真新しい椅子が1脚とそれに向かい合うように6脚置かれている。

 アジア人風の男が手の平で1脚だけの椅子を指したが栗原は立ったまま、
「由紀子の事を何か知ってるんですね?」と話の続きをせがむようにして訊く。

「単刀直入に言った方がわかり易いですかね…」とアジア人風の男が真顔になって、「由紀子さんは宇宙船に乗り、宇宙人と行ってしまったのではないですか?」と栗原の顔をまじまじと見ながら言った。

 全てがバレてしまったのかも知れないと思った栗原は
「宇宙人? 由起子がなんで宇宙人と…、そんな事があるはずがない。どこへ、僕を置いてどこへ行くと言うんです…」かなり焦って白々しい演技をしてしまう。

 それを見たアジア人風の男は疑いが確証に変わったのか不気味な笑みを浮かべ、
「すでに証拠を手に入れているのですが、まさか知らないとでも?」1冊の単行本のようなものを取り出してその表紙を見せる。

 その表紙には『夢日記』と、手書きの文字が書かれていたがそれが何だか分からない栗原は
「それが由紀子の失踪とどう関係しているのですか? そんなものを見た事がないし、その手書きの文字も由紀子のものではありませんよ」と演技ではなく本当に困惑して言う。

「ご存じでしょうが…、この『夢日記』は田口さんというおばあさんが数十年前に書いたのもらしく、現実に経験した事を夢で見た事のように書いた日記なのです」その男が栗原の表情を観察しながらゆっくり話した。
 栗原はその話を聞いても何故そんなものが宇宙人や宇宙船、そして由紀子にまで関係するのか全く見当が付かず、一体何を言おうとしているのかわからなかった。

 アジア人風の男はそんな栗原の表情を見て、本当に知らないと思ったらしく、
「ご存じなかったのですか?」少し驚きながら言い、「あのおばあさんも宇宙人に遭遇していたようなのです。60年以上前に…。さらにその星にも行った事があるようです」真面目な顔でその内容を説明した。

「宇宙人の星に行ったと?…」その言葉に本当に驚きながら栗原が訊くと、
「その星の美しさが『夢日記』に詳しく書かれているから恐らく真実でしょう。由紀子さんはおばあさんからこれを見せられ、その星に行きたくなったのかも知れないです。日記に付いた指紋の数から、おばあさん亡き後も引き継いだ売店で隠れて何度も読んでいたようです」
 男はその日記を手渡して、
「読みたければどうぞ。そのおばあさんの日記がもとであなたは捨てられてしまったのですから、読む権利くらいはあるでしょう」と、まるで由紀子が栗原を捨て、家を出ていってしまったように言って同情を見せた。

 別の星へ行くからと妻に捨てられてしまうような男が小細工など出来る筈ないと思ったのか、それ以上は何も訊かずに栗原が日記を読み終えるのを待った。


「信じなくても結構ですが我々の目的は宇宙人と交戦する事ではなく、彼らの高度な科学技術を借りて地球温暖化を食い止める事なのです。資本主義社会では現在のやり方が限界で温暖化のスピードがさらに加速すれば、宇宙人が示した通り50年で地球が滅亡してしまうと多くの科学者が言っています。あなたがその星の場所か彼らとのコンタクト方法を知っていれば、地球を滅亡から救うことが出来たかもしれないのです…」肩を落としたアジア人風の男は心底から残念がっているようだった。

「突然、こんな場所へお連れして申し訳ありませんでした。我々の地球を救いたい気持ちをご理解頂き、数々のご無礼をお許しください。これからご自宅までお送りします」アジア人風の男はそう言うと栗原に深く頭を下げ、スーツ姿の男達に合図した。

 午後8時頃、自宅に送ってもらった栗原は身も心も疲れ切っていたが先ず、無事解放された事をヨシ坊へ伝える為にガソリンスタンドに電話をかける。

 呼び出し音が鳴るとすぐにヨシ坊が出て、解放されたことを伝えると、
「無事で良かったっすねー!。駐在さんへ相談したら誰にも言わずに様子を見た方がイイって言われ、ここで一緒に連絡を待ってたんす」と少し疲れた声で応えた。

 電話を終えた栗原はソファに腰掛けてため息をつくと、由紀子を探すフリを演じる為に一晩中車で走り回りその後、自衛隊に連行され、ようやく家に帰してもらうと今度はヨシ坊を巻き込んで逃走劇を演じた挙句、外国の機関に拘束されてしまうという、人生で最も長くて異常な1日を思い返していた。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 部屋が明るくなって目覚めた栗原は自分がソファで寝てしまった事に気付いた。
 そしてすぐに、静まり返ったリビングで何時もなら「おはよう」と、声を掛けてくる筈の由起子がいない現実を知り、2日前に再び会うことが出来ない別れをした由紀子は今頃ジュシスでどんな朝を迎え、誰に「おはよう」を言うのだろうかと思った。
 ジュシスと地球で離れ離れになってしまった心の痛みをじっくり味わうことが出来ずに過ぎたこの2日間が自分にとって幸運なのか不運なのかなどと無意味な事を考えていると遠くからヘリコプターの音が聞える。

 ここにいれば再び拘束されてしまうかも知れないがこうして朝まで無事に眠れたのなら、何かを訊きだそうと企む組織はもうないか、若しくはその必要がなくなったのだと栗原は思った。
 もしかしたら、あのスーツ姿の外国人達は国連のような国際機関に組織されていて、すべての国に昨日の情報が伝わったのかも知れない。

 栗原は逃げ回るのをやめ、車に積み込んだ荷物を降ろそうとして自分の軽トラックはスタンドのガレージの中だという事に気付いた。
 時計を見ると午前5時を示していたが由紀子の捜索の演技を兼ねてガソリンスタンドまで歩いて行く。

 海岸沿いの道路を時々、砂浜や岩場へ寄り道しながら歩いているとバイクに乗った駐在所の警察官と出会った。

「栗原さん、ご無事で良かった」遠くから大声で言いながら近づき、「誘拐するなんて一体、どんな組織が…」とバイクを停めて訊く。

「何の組織か分かりませんでしたが、誘拐と言うより僕から訊きたい事があっただけのようでした。紳士的な対応で乱暴される事もなく解放してくれましたので被害届を出す必要はありません」栗原はそう話し、「それより由紀子を探さないと…」と困った表情になる。

「そうですか、とにかく今後も十分に気を付けてください。由紀子さんの方は応援が来て捜索することになりましたので何かわかったらすぐにお知らせします」警察官は敬礼をして走り去った。

 海岸のあちこちにある大きな岩を登ったり降りたりしながら歩いていたのでガソリンスタンドが見えてくるまで3時間掛かってしまった。

 ようやく辿り着いて栗原が事務所を覗くとヨシ坊はそこに居らず、ガレージへ行ってみると軽トラックの助手席から身体を入れて何かしていた。

「ヨシ坊さん、昨日はご迷惑を掛けました」栗原がその背中に声を掛けると、
「あー、栗原さん。無事で良かったー」そう言いながら両手で握手を求めてくる。

 栗原はそれに応えながら、
「僕の軽トラに何か問題がありましたか?」真ん中にあるシートが上げられてエンジンがむき出しなのを見て言うと、
「アイドリングの音がバラついていたので調整してたんっす。そう言うの、放っておけないんっす…」照れ臭そうに言い、「あ、これはサービスだからお代は要りませんよ」と爽やかな笑顔を見せた。

「ところで本当に何もされなかったんっすか? 奴らに…」ヨシ坊が心配そうに訊くので、
「ええ、訊かれた事について話したら、あっさりと帰してくれましたよ。ちゃんと自宅まで送ってくれました」栗原が笑って言うと、
「じゃあ、悪い奴らではないんっすね。またここに来たらと思うと怖くて…」肩をすくめるようにした。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 1年後、島は以前の静けさを取り戻していた。

 栗原はスーツの男達による拘束以降、何事もなく平和な日常を過ごしていたが由起子がいない寂しさは日に日に募るばかりで何もする気が起きず夜もほとんど眠れなかった。
 天気が悪くなければ山の広場に行き、シニア、スリム、ジュニアそして由紀子の事を思い出し、せめて夢の中で会えたらと草の上に寝転んでうたた寝する毎日を過ごしていた。

 応援に来た警察官はすでに本土へ戻り、駐在所の警察官が1人で捜索を続けていたが島の人達は皆、由紀子が海で自殺したと思っていた。
 そんな栗原を可哀想に思って島の行事に誘ってくれる人もいたが、由紀子が失踪したと嘘をついている事が申し訳なくてそんな気にならず、全て断って1人でいる事を望んだ。

 シニアとスリム、そして由紀子がどうしているか知りたかった栗原はもしかしたらそれを使って連絡を取ってくれるかも知れないと、出掛ける時はいつもラジオを携帯していた。

 山の広場に着くと何時ものようにラジオのスイッチを入れた後、青い空と白い雲だけが見えるように草の上で仰向けに寝転んだ。

 由起子の笑顔を思い出しながらうとうとし始めた時、突然ラジオが臨時ニュースのチャイムを流し、過激な戦争支持派の組織によってどこかの国の首相官邸が占拠されそうだと伝えた。
 その過激な組織はついに宇宙人がどこから来たのか突き止めたと言っているらしく、首相官邸に小さな軍隊の装備でやってくると地球防衛用の核ミサイルをその星へ向けて発射するよう首相に迫ったようだった。
 首相が自ら対応して断ると核ミサイルの発射ボタンがある部屋を占拠しようとして、官邸の警備隊と攻防戦を始めてしまったのだと現場の音声と共に中継で伝えている。

 栗原は半身を起こし、ラジオを見詰めてその音声に耳を澄ます。

 時折、パンパンパン、パラパラッ、パラパラパラッと銃声が聞こえ、その中でバスンッと何かが爆発するような音も響いている。
 もし、その部屋が占拠されて戦争支持派が核ミサイルを発射してしまったら、栗原と由紀子を迎えに来た時にシニアが告げた、「報復の連鎖が始まり、地球上のすべてのミサイルが飛び交う事になってしまう」という事が現実になってしまうかも知れない。

 発射されるミサイルが本当に地球防衛用で宇宙人を迎え撃つためのものなら大気圏外のどこかへ飛び去り、何も問題は起こらない筈だ。
 しかし、地球防衛用と称しながらもそのミサイルの何割かは地球上の国からの攻撃に対する報復用に配備されていると言われ、仮にそれが5割だとすれば2分の1の確率で地球上に向けたミサイルが発射されてしまうのだ。

 通常、核ミサイルは迎撃されにくいように目標の真上から降下するようにコントロールされていて標的の間近になって初めて真下へ進路を変える為、大気圏を航行中にどの国に向けて発射されたのかを知る事は出来ない。
 確実に下向きに進路を変えたのを確認してからでは迎撃が間に合わなくなる為、航行中のミサイルが少しでも向きを変えればその時点で真下にある国は攻撃と判断し、迎撃ミサイルと同時に攻撃した国へ向けて報復用核ミサイルを発射する事になっているのだ。

 速さが求められる現代の迎撃は「判断」、「迎撃」そして「報復」というその一連の動作を自動化されたシステムが瞬時に行うので人の判断が割り込む余地はなく、迎撃システムが作動してしまえばそれを止めることは出来ない。
 1発の核ミサイルが世界中の迎撃システムを作動させ地球を滅亡に導いてしまうことを知っているから、これまでどの国も決して発射に踏み切ることはなかった。
 人類は世界中から伸びて複雑に絡み合うロープのどれか1つでも切れれば真っ逆さまに落ちてしまうような、そんな綱渡りを日々繰り返しているのだ。

 50年も経たずに地球に終わりが訪れるかも知れないと覚悟はしていたが、こんなに早いとは思っていなかった栗原は焦った。
 中継が危険で続けられなくなったのかラジオはスタジオの解説に変わり、これまでの経緯と今後の展開について話し始める。

 栗原は立ち上がって広場の端まで歩いて行く。

 そこからの景色を眺めながらもし、報復の連鎖が始まったら自分は何が出来るかと考えてみるがすぐに答えが出た、というか考えるのが無駄だとわかった。
 核ミサイルが世界中を飛び交うのだから1人の人間が何か出来る筈がない。
 逃げる事も隠れることも出来ずにただ、地球と共に死に行くしかないのだろうが願わくは、この景色だけは残って欲しいと思った。

 栗原はこの場所から見る景色が一番好きだった。
 なぜなら、この景色がこの島のイメージとして記憶の中に深く刻まれていたからで、ここで起きた様々事や出会った人の思い出と共にあるからだった。

 景色を見ながらここに来た最初の日のことを思い出していると、ラジオの解説者が慌てたように何かを叫び出した。

 広場の真ん中に置き去りにしていたラジオへ近づいていくが音が割れんばかりに叫んでいるその解説者が一体、何を言っているのか栗原は理解できなかった。
 何度も繰り返しているその叫び声を聞いているうちに、
「発射されてしまいました! もう、お終いです! 避難してください!」と繰り返しているのがようやく理解出来た。
 ラジオは核ミサイルの発射ボタンがある部屋が占拠され、過激な戦争支持派がついに核ミサイルを発射してしまったと言っていたのだ。

 もし、発射された核ミサイルが宇宙へ向かわずに地球上の何処かに向かえば、ついに世界中が恐れていた地球滅亡のシナリオが動き出し、数日と掛からずに人類と地球は滅亡するだろう。
 栗原はもう驚いたり焦ったりはせず、ラジオのスイッチを切るといつもの通り、草の上に寝転んで目を瞑った。



 草を踏む足音に気付いて栗原は目を開けた。
 視界の端に人影が見えて近づいてくるのが見え、急いで起き上がるとウエットスーツを着た宇宙人が目の前にやって来た。

「栗原辰則さん、脱出しましょう」事務的な口調で言う。

 久しぶりに見たその姿にに驚いていると、
「急いで宇宙船に乗ってください」そのジュシス人が栗原の腕を引っ張る。

 その手に引かれ広場の端に停まっている宇宙船のスロープを上がった栗原はそのまま白いゴム毬の壁に押し込まれ、プニュッという感触と共に内側に押し出された。
 その後、続いてジュシス人が乗り込むと宇宙船はあっという間に上昇していく。

「これから1週間でジュシスへ帰還します」広場で栗原に声を掛けた人が相変わらずの事務的な口調で栗原に告げる。

「どうしてこんなに早く私を助けに来られたんですか?」
 遠い銀河の星に住むジュシス人が何故こんなに早く地球へ来られたのだろうと不思議に思った栗原が訊くと、
「我々は由紀子さんの指示で月の裏側に待機していました。地球が滅亡の危機を迎えた時、あなたを救出する為に交代で派遣されていたのです。あなたが名付けたシニアとスリムもこうなる事を非常に心配していました」そのジュシス人は感情の無い口調で話した。

「由紀子がですか…でも、とにかく助かりました」頭を下げて礼を言った。
 栗原はそんな会話をしながら初めて乗り込んだ宇宙船の内部がとてもシンプルなことに驚いていた。

 10人程のジュシス人が乗る、長さが30メートル位のカプセル型のボディーは内側から見ると殆ど透明で外の景色が透けていた。
 宇宙船の中央には直径が10センチ、長さが20メートル位の透明な筒がテーブル位の高さで水平に設置されていて、手前側にはモーターとそれに繋がれたピストンが見える。
 筒の向こうの端が宇宙船の前方でそこには水平と垂直の2つのリングを持つ透明な地球儀のようなものがあり、その中心に黒い色をした円錐形のものが見える。
 床は真っ白い艶のあるプラスチックのような見た目で継ぎ目はどこにもなく、透明な筒以外はクッション性のある白くて四角い椅子のようなものがいくつか置いてあるだけだった。

 再び前方に視線をやると外は白い煙のようなものがすごい速さで前から後ろへ動いていて、雲の中を進んでいるように見えたがその後、宇宙空間に出たのか暗くなった。
 振り返るとそこから見える地球はまるで自身が光を放っているかのように青く美しく、核ミサイルが発射されたというニュースが嘘のように思えた。
 宇宙船がどんどん加速しているので地球はみるみる小さくなって行き、やがてただの真っ暗な空間になると栗原は再び内部に視線を戻した。
 きょろきょろしながら、内部にあるものを不思議そうに見ていると、
「説明しましょうか?」先程とは別の人が透明の筒を手で示しながら事務的な口調で訊いてきた。

「僕に理解出来ますか?」不安になって栗原がそう言うと、
「ダークマターはご存じですか?」表情を変えずに質問してきた。

 栗原は山の広場で初めて3人に会った時の話を思い出しながら、
「固有引力を持っているんでしたっけ?」そう答えると、
「ご存じなら話は早いです」と早口で説明を始めた。

 その人の説明によると宇宙船の動力は山の広場で3人から聞いた通り、ダークマター特有の同じもの同士でしか引き合わない固有引力を利用したものだと話した。
 20メートル位の長さの透明な筒は無色透明なダークマターで満たされていて、それをモーターに繋がれたピストンが圧縮していき長さ40センチ程の円錐形の容器へ封入する。
 ダークマターは極限まで圧縮されると無色透明から黒い色に変わり、強力な固有引力を発生するようになるのだが円錐形の固まりにする事でその底面の方向に引かれる指向性のある固有引力を発生させることが出来、それを宇宙のあちこちにあるダークマターの塊に向ければそちらに強い力で引き寄せられるようだ。

 円錐形の容器が固有引力を発生するようになると透明な地球儀の中に移動してその向きをコントロールされ、それが宇宙船の動力と進路になるということらしい。
 つまり、地球儀のような部分がこの宇宙船の「エンジンと舵」になっていて円錐形の底面を進みたい方に向けるだけで宇宙船は宇宙空間を自由に航行できるという事だった。
 その地球儀を見ていると確かに中にある黒い円錐形が時折、向きを変えるように動いている。

 スピードについては宇宙船を引き寄せようとするダークマターの塊が大きければ大きい程、近ければ近い程早くなり、最大で光の1000万倍程度になるそうだ。
 栗原が乗る宇宙船は光の500万倍のスピードでジュシスまで移動するがその速さでは時間が歪み、乗員の老化を速めてしまうのでそれを防ぐ為に宇宙船の操縦はコンピューターに任せ、生命維持カプセルの中で仮死状態になるという事だった。
 真っ白な床からカプセルが一斉にせり上がり透明なハッチが開くと、皆がそこに入るので栗原もカプセルの1つに寝そべった。
 1つだけ空いていたカプセルに自動操縦をセットした人が収まると全てのハッチが閉まり、すぐに強烈な眠気が襲ってきて栗原は意識がなくなった。

   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 栗原がカプセルの中で目を開けると宇宙船のボディーが赤く輝いていた。
 やがてカプセルの透明なハッチが開くと他のハッチも同時に開き、栗原とジュシス人は1週間ぶりに宇宙船の床に立った。

 外を見ると赤い太陽に照らされたジュシスが大きくゆっくり迫り、宇宙船は自然豊かな森にある芝生の広場へとゆっくり降下していった。

 着陸するのは飛行場の発着場みたいなものを想像していた栗原はまるで地球の裏山にあった広場のような場所を見て驚いていたが、そこにシニアとスリムが立っているのに気付いて宇宙船のスロープを駆け下りる。

「ご無事で良かった。ジュシスへようこそ!」シニアが先ず口を開き、
「また会えて良かったです。残念ながら危惧していた通り、地球の人類は4日前に滅亡しました」続けてスリムが無念そうに言った。

 地球のとは違い完全な赤い色の夕日に照らされた2人の顔はその無念さを滲ませ、栗原が思っていたより遥かに重大な事として受け止めているのがわかった。

「そうですか…。山の上を飛ぶトンビの鳴き声やいつも自宅から見えた夕日に光る海、そして、あの広場も…。すべてが無くなってしまったのですね…」栗原はそう言うと下を向いて黙った。

 シニアとスリムもあの島の景色を思い出したのか3人がしばらく沈黙した後、
「ご自宅に案内しましょう!」その重い空気を振り払うようにスリムが明るく言った。

「自宅? もしかして、僕の家があるんですか?」下を向いていた栗原が思わず顔を上げて言うと、
「はい、この山やこの広場もご自宅の一部です」スリムはそう言うと笑った。

 山が丸ごと自宅だと言われた栗原が辺りを見回すと、その景色はあの島のものと似ている事に気付いた。
 本当の赤色をした夕日のせいでわからなかったが別の星に来たというのに殆ど違和感がなかったのはこの景色が見慣れたものだったからだと思った。

「じゃあ、自宅というのはもしかして…」栗原がそこまで言うと、
「はい、今まで住んでいたのと全く同じです!」今度はシニアが嬉しそうに答えた。
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