人魚の唄

文字数 872文字

 月夜の晩、私は静かで暗い海底からぐんぐんと上昇して、水面へと出てきた。海は月の光を浴びてきらきらと輝いている。大きな岩の上に座ると、隣に佇む船を見る。
 人間が今宵も宴を開いていたのか。船上パーティーってどんなものなのだろう? 興味はあるけど、私は人間になりたいとは思わない。だって、人間は私の仲間を食べる野蛮な生き物だもの。
 昔、人魚の姫が人間に憧れて魔女のところに行った話。声と引き換えに脚をもらったけど……結局最後は泡になってまた海に戻って行った。人間に恋なんてするものじゃない。でも、人間が興味深い生き物であることは変わらなくて。
 私の知っている人間の一部は、たまに船で海の真ん中まで来て、パーティーを開いている。多くの船が仲間の魚たちを獲りに来る中、この船だけは別だった。船上にはお星さまみたいな小さな明かりがたくさんついていて、暗い海を明るくしている。パーティーなんて、何のためにしているのだろう? やっぱり人間の考えていることなんて、わからないわ。
 でも、船から聞こえる音楽は海にないものだ。思わず私も歌いたくなる。きっと誰も見ていないし、聞いていないよね? 船の人間はみんな酒に酔っているもの。
 音楽に合わせて口ずさんでみる。――楽しい。海の中で歌うことなんてほとんどないのに、曲に合わせて自然に体が揺れる。海底に音楽なんてないのだから。私の住んでいる場所は、沈黙と静寂に包まれた深海だ。
 私が歌っていると、黒い影が見えた。私はさっと身を隠す。……子ども? 人間の男の子だ。まだ小さい。
 男の子は私と同じように船の端っこで歌いだす。私の歌、聞いていたのかしら。私も姿を隠したまま、男の子と一緒に歌う。
 会話はなかったが、しばらくの間私と男の子は音楽に合わせて歌のセッションをした。音楽が止むと、男の子が船から身を乗り出してこちらに手を振った。私も岩陰から手を振り返すと、また海の奥底へと戻っていく。
 今夜は楽しかったな。またあの子とセッションできたらいいな……。私はほんの少しだけ、人魚の姫が人間に憧れた理由が分かった気がした。
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