俺は赤ちゃんだ

文字数 928文字

 辺りが暗くなり、静かになった。四角い枠の外には、丸くて光っているものが浮いている。そして横には、でかい俺と同じやつがいる。この『やつ』とは『にんげん』というものだろうか。俺はこの『にんげん』から生まれ出た。『にんげん』は自分を『ママ』と名乗った。
 生まれ出る前から、なんか変な音を聞かされたり、なでなでされたりと不快だった。だから俺は腹を蹴った。しかし、そうすると余計なでなでされた。外では「ふふっ、蹴ってる」と俺を格下のように扱う声がした。だが生まれ出てきてさらに不快なことは続いた。俺は、この『ママ』たちがいなければ、まったく何もできないのだ。
 外の世界に出てきてからは、何から何まで不安だった。今までと環境が違う。腹もへる。尻も湿れば、すぐ眠くなる。そして目が覚めてはまた腹がへる。この繰り返しで忙しいし、何よりそんな忙しい中、また『ママ』たち以外のにんげんが交互に俺の顔を見に現れては、不審な行動を取っていく。
 「べろべろばー」ってなんだ。「いないいないばぁ」ってなんだ。俺に向かってひとこと目に必ず「かわいい」と言うにんげんども。「かわいい」ってなんだ。俺は「かわいい」というものなのか? 「かわいい」しかにんげんは言えないのか? 「かわいい」しか言わないにんげんどもが何故だか滑稽に思えてきて、けらけらと笑ってしまう。そしてまた「かわいい」と言われる。
 ――静かだ。静かだとつまらない。もう何十回か暗闇を経験しているが、今は『ママ』しか隣にいない。『ママ』以外の見慣れた人間は遠くで眠っている。『ママ』もあいつも眠るのか。しかし、腹がへってきたような気もする。尻は湿っていないが。 
 ただ、『ママ』は温かい。ぬくもりというものを感じる。俺が今泣きわめき、この『ママ』を起こすことは楽勝だ。だが……それも心が痛い。俺がやっと寝たのを確認して、『ママ』も眠りについたのだろう。それをまた起こすのは、ちょっと気が引ける。
 俺はあと少しだけ我慢することにした。しばらくこのそばにいてくれる『ママ』の寝顔を観察してみたい。
 さて、俺はこれからどういうにんげんになるのだろうか? そんなことを暗闇の中で考えながら、カチカチと何かが動く音を聞いていた――。

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