第二話 大して甘くない固いクッキー

文字数 797文字

 僕は、学校から帰ってきた少女の行動も、大体のことは把握していました。例えば、少女はお腹が空くと、縁側から台所に戻って一人でオヤツを食べるのです。冷蔵庫には、いつも麦茶が入っていることも知っています。
 少女は、僕が観察するようになってから、一度もジュースなんて飲んだことはありません。オヤツも、お母さんが作り置きしているクッキーだけです。いつも沢山作って、無くなるまで毎日同じオヤツが続くのです。

 僕の知る限り、少女は、チョコレートとかケーキとかプリンとかアイスクリームなんて、滅多に食べられないようです。時々、食べたい! と口にすることもありましたが、決まってお母さんは、ほんの一瞬だけ、とても悲しい顔になります。
 しかし、すぐに笑顔になって、今度一緒に食べようね、と言いました。今度っていつ? と聞く少女に、そうねぇ……少し考えさせてね、と言葉を濁すのです。

 少女は、薄々分かっていたのです。自分が貧しい環境にいることを。
 いつしか、お母さんを困らせてはいけない、お母さんを悲しませてはいけない、と考えるようになったのでしょうか、少女は贅沢な要求を口にしなくなりました。
 だから、毎日のように、大して甘くない固いクッキーを食べていました。でも、それに不満を持つこともなくなりました。

 オヤツを食べ終えると、少女はまた空想の世界に戻ります。本の中、空想の中は、きっと誰にも邪魔されない自分だけの世界なのです。
 いつも、夢中になって読み耽っています。多分、少女は本の世界で、好きな物を好きなだけ食べ、綺麗なお洋服を着て、ステキな王子様と舞踏会で踊るのです。誰からも慕われ、優しいお父さん、お母さんから沢山の愛情を受け、カラフルに咲きほこるお花畑で可愛い動物達に囲まれて、立派なお屋敷で暮らすのです。
 とても温かく、とても幸せな毎日……
 でも、それは、少女が生きる厳しい現実の裏返しに過ぎません。
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