第四話 笑顔を見ることが出来たのです

文字数 1,020文字

 少女は、大急ぎで台所に来たものの、さてどうしたものか? と悩んでいました。
 冷蔵庫に牛乳はありましたが、手にすることを躊躇っているようです。きっと、勝手に使ったことがバレると、お母さんに……怒られはしないでしょうけど、不思議に思われるからでしょう。今まで、そんなことは一度もなかったのですから。それが使い掛けの牛乳だったなら、少しぐらい減ったところで気付かないでしょうが、あいにく、買って来たばかりの未開封の牛乳だったのです。
 開けるか否か迷っている時、ふと調味料などを収納している戸棚に目をやった少女は、小麦粉や片栗粉などと一緒に、スキンミルクがあることに気付いたようです。

 おそらく、少女はスキンミルクが何なのかはよく分かっていません。ただ、お母さんがパンを焼く時に、牛乳の代わりに使っていることは知っているはず。
(これなら、少し減ってもバレないはず!)
 少女はどうやらそう思ったのでしょうか、スキンミルクの粉末を少しお椀に入れ、水で溶かしました。割合とか分量は、勘に頼るのみです。
 そうして出来た怪しいミルクっぽい液体に、オヤツのクッキーを二〜三枚、粉々に割りながら入れました。そして、レンジで少し温めて、スプーンでグルグルと掻き混ぜていると、クッキーはミルクでふやけて柔らかくなりました。

 少女が、特製の「離乳食」を手に急いで縁側に戻った時、仔猫はまだお庭で待っていました。
「ほら、お食べ、シロちゃん」
 少女がそっとお椀を差し出すと、仔猫は少しだけクンクンと匂いを嗅ぎました。そして、慎重にペロリと表面を舐めると、それで安心したのでしょうか、美味しそうにムシャムシャと食べ始め、あっという間に完食しました。
 その間に、少女はお庭に生えてる長い草をむしり取り、即席の猫じゃらしを作りました。すっかり気を許した仔猫は、少女が操る猫じゃらしを目掛け飛び付いてきました。

 しばらく、少女と仔猫は、二人っきりで楽しく遊びました。
 やがて、暗くなってくると、仔猫は茂みの方に駆け込んだまま、出てこなくてなりました。
(また明日、遊びに来てね、シロちゃん)
 少女も深追いはせず、独り言のようにそう呟いて、家の中に入っていきました。でも、心なしか、少女は少しだけ笑顔が溢れていました。空想の世界ではなく、現実の世界にも仲間を見つけ、楽しいことがあると知ったのです。

 そう、不意に現れた仔猫のおかげで、僕ははじめて少女の笑顔を見ることが出来たのです。
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