その8

文字数 1,293文字

 二学期以後無視していた友達たちも、少しずつコウジと遊ぶようになり、タツヤとの関係も元通りになった。
 学校での平穏な生活が戻っても、コウジにはヒロミと過ごした夏休みの事が、眠る前などに、ふと思い出された。特に行方不明だと知ってからは、気になり、何回か夢にも見た。夢に出てくるヒロミは、いつも泣いていた。
 五年になると、ソフトボール部に入り、毎日遅くまで練習をするようになった。ソフトボールが大好きで、五年生からソフトボール部に入ることができるため、それを心待ちにしていたのである。
 夢中でソフトボールをしていると、あっという間に時が過ぎ、また夏休みになった。夏休み中も、毎日午前中はソフトボールの練習があった。 
 コウジは、去年の夏休みのように、隣町の川に行き、エビ付きをしようと、ずっと心に決めていた。ヒロミが川に来ているような気がしたからだ。
 一年ぶりに来た川は、深い緑の山に挟まれ、真上に灼熱の太陽が輝き、川面に映る陽の光が、ユラユラと揺れている。
 十字架のある川岸に来て、勢いよく飛び込んだ。ヒヤッとした感触が気持ち良かった。
 コウジは、エビ突きを始めるといつも夢中になる。やっぱりエビ突きは面白い。水中に潜った時の静けさが好きだった。
 エビを突いているうち、去年ヒロミと探した大きな手長エビのことを思い出し、今度こそ突いてやろうと思った。しかし結局大きな手長エビには遭遇しなかった。
 川原の草の繁みに、大の字に仰向けに寝て、空を見上げる。綿菓子のような入道雲があちらこちらにポッカリ浮かんでいる。その空を見ていると、去年の事が走馬灯のように蘇ってくる。ヒロミはどこで何をしているのだろう、今にも、コウジ元気だった、とか言って、スッとここにあらわれるような気がして仕方なかった。
 しばらくヒロミのことをボーっと考えていると、去年神社の境内に、十年後の誓いをそれぞれ紙に書き、空きビンに入れ、埋めたことを思い出した。
「十年後に二人で一緒にあけるまで、絶対あけたらダメよ」
 と、ヒロミはコウジに念を押して、含み笑いをした。
 コウジはそれを今から掘り起こそうと、神社の境内に上った。境内は、蝉時雨が四方八方から降り注いでいる。 
 少し掘ると、空きビンが元のまま出てきた。コウジは、ドキドキしながら四角に折りたたんであるヒロミの紙片を開いた。
 そこには丸い文字で「十年後、コウジのお嫁さんになってあげる ヒロミ」と書いてある。
 コウジは、長い間その文字を見続けたまま、音の無い過去の時間の中に、溶け込んでいった。
 やがて、ヒロミがこの境内から走り去る、最後の場面が浮かび上がってきた。
 この時ヒロミは、コウジが追いかけてくるのを待つように、石段の前で立ち止まり、上半身だけ振り返った。
 ヒロミは、手を振りながら、何かを言っている。しかし、コウジにはその声が届かない。
「ヒロミ、ヒロミ、行ったらいかん」
 コウジが、叫びながら、慌てて追いかけると、ヒロミはまっすぐ天に向かって、駆け上っていった。
    
                                        (了)

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