その3

文字数 1,308文字

 次の日の午後、川にやってくると、ヒロミが先に来ていた。
「アンタ今日はおそかったね」
 十字架のところに立ち、コウジに向って大きな声で言った。
 この川の遊泳区域は、十字架より川上に百メートルほどいったところにあり、十字架で泳ぐ小中学生はほとんどいない。
「はやくきて、さっき、こんなに大きいエビを見たよ」
 ヒロミは、十五センチほどの間隔に両手を広げて見せた。
「うそつけ」
「うそやないって」
 興奮さめやらぬ顔でヒロミが言った。
「メガネでみると、ざまにふとうみえるけんど、本当は、五センチくらいやったがやろう」 
 コウジが、からかうように言った。
「本当だって、うそやないよ」
 ヒロミが、真顔になって言う。
「ほら、あの大きな岩のとこ」
 ヒロミが指差した場所は、十字架の真中あたりの少し深くなっているところだった。大きな岩の一部が川面から顔を出している。
 半信半疑のまま、岩の周辺をコウジは覗いて見た。何度か注意深く見ているうちに、その手長エビを発見した。たしかに、水中メガネ越しに見ると、十五センチくらいに見えた。今まで見たどの手長エビよりも大きかった。岩かげに身をひそめている手長エビの背後からそっと近づき、プッシュンの狙いを定め、人差し指を手前に引いた。プッシュンのハガネの矢が手長エビからはずれて、川底に突きささり、砂塵が舞い上がる。川底が濁り、手長エビは大慌てに逃げた。
「でっかいにや」
 水中から顔を出して、コウジが興奮した顔で言った。
「やろう」
 ヒロミが、得意気な顔で言った。二人は、その後大きな手長エビを探し続けたが、ついに見つけることはできなかった。
「アンタ、鉄板でエビ焼いて食べない?」
 と、ヒロミが気持ちをきりかえるみたいに言った。
「鉄板、どこにあるが?」
「ワタシ、家から持ってきた」
 川原の繁みから、ヒロミが鉄板を下げてきた。
「アンタ、はやく、たきぎひろってきてよ」 
 コウジは、川原にころがっている流木をひろい集めた。
 手長エビは、鉄板で焼くと、透明がかった茶色からピンク色になり、やがて赤くなる。ヒロミが家から持ってきた塩をふりかけ、焼いた。二人は、赤く変色した手長エビを皮ごと手づかみで食べた。
「おいしいね」
 ヒロミが言う。熱い手長エビをかじりながら、「うまい」とコウジもうなずいた。
「名前教えてくれないと、ワタシ、やっぱりアンタのこと、アンタって呼ばないといけないから、はやく教えてよ」
 すっかりうちとけた感じで、ヒロミが言った。
「コウジや」
 と、照れくさそうに言った。
「オレ四年や、オマエ、五年ゆうたろう」
「そうよ、五年よ」
「どうして女ながに、エビ突きするが、オラの姉やんも五年やけんぞ、エビ突きなんかせん。ほんで、どうしち、いっつも、ここへきようが、なし、友達と遊ばんが?」
「ワタシがエビ突き好きなのは、名人と言われるおじいちゃんの影響。最初は全然突けなくて、おじいちゃんに石のはぐり方から教わって、毎日突いているうちに段々突けるようになってきたの。そしたら面白くなってきて、それにエビ突きって一人でできるしね」
 こうして夏休みの前半、コウジとヒロミは、毎日この川に来てエビ突きをして過ごした。
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