その5
文字数 1,950文字
盆踊りは、いつもエビ突きをしている十字架より川下の、河川改修のために広くなっている川原で行われた。
組まれたやぐらの角から、四方に紐が張られ、その紐には多くの提灯が吊らされている。出店も並び賑やかで、近隣の町から多くの人が集まった。
コウジは自転車で、夜、隣町まで行くのは初めての経験であり、何だか胸がときめいた。
人混みの中しばらく歩くうち、ヒロミを見つけた。ヒロミもコウジに気付き、大きく片手を上げて近づいてきた。
浴衣姿のヒロミは、いつも三つ編みにしている長い髪をストレートに垂らしており、女らしく大人びて見える。
コウジは妙に照れくさく、しばらくはヒロミの後に隠れるように歩いた。知り合いに会うことも恥ずかしかった。
出店をしばらく見て回っているうちに、段々と恥ずかしさも消えた。金魚すくいをしている時、ヒロミの体と何回か当たって顔が赤くなったが、ヒロミは金魚すくいに夢中で気づかれずにすんだ。
「あの土手のところで休もう」
ヒロミにさそわれて、土手に座った。
「ここなら落ちついて話ができるでしょう。で、家の人に何か言われなかった」
「べつになんちゃ言われらったけんど、夜一人でここまで来たが、はじめてやけん、途中の峠のところで、幽霊出んか思うて、怖かった」
「あっそれ、ワタシもおばあちゃんから聞いたことある。あの峠の竹やぶで女の人が首つり自殺して、それ以来、女の人の幽霊出るんでしょう」
「ほんなことゆうたら、オラ帰れんなるけん」
ヒロミはゴメンゴメンと言って、両手を顔の前で合わせて笑った。
やぐらの上で打たれる太鼓の音が、ドドンドドンコと小気味良く響き、周辺の山々に木霊している。川面を滑るように渡ってくる風が涼しく、秋の気配が感じられた。
コウジは今日のヒロミが、いつもとちがって見えた。並んで座っていると、ドキドキした。
好きなテレビ番組や歌手のこと等話すうち、お互いの好みが共通していることがわかった。二人ともプロ野球とプロレスが大好きで、ヒロミが「読売ジャイアンツ」、コウジが「阪急ブレーブス」のファンだった。コウジは、いつも日本シリーズで対戦して負けるジャイアンツが嫌いだったが、長嶋だけは別だった。プロレスではヒロミもコウジも、シャープな技を繰り出す「ドリー・ファンク・ジュニア」が好きだった。コウジは小学校低学年までは、年子の姉とよく遊んだが、最近はテレビ番組の取り合い等喧嘩ばかりして、ほとんど話しもしなかった。だから、女の子とこうして長く話すのは、久しぶりだった。
「コウジはどうして、いつも、一人でこの川へくるの。友達とは、遊ばないの?」
「オレ、今、学校で友達から仲間外れにされちょるけん、遊ぶもんがおらん」
コウジは満天の星空の下の開放感から、素直になれる自分を感じた。
「どうして、仲間外れになったの?」
「オラ仲良かった友達んちへ泊まりに行って、オネショしたけん、それがばれて、みんなから、ばかにされだして、ほんで、いつのまにか、友達おらんようになって……」
コウジは明るく言おうとしたが、つい涙声になってしまった。それが恥ずかしくてうつむいた。
ヒロミは嫌なことを聞いてゴメンと言うように、自分のことを話し出した。
「ワタシの家ね、東京のM市っていうところにあるの。小三の時に両親が離婚して、それから、お母さんと暮らしていたんだけど、五年になったばかりの時、お母さんが再婚して、今の男と暮らしだしたの……。その男にも小二の娘がいて、何かあるとワタシがお姉ちゃんなんだからちゃんとしろとうるさいの、オマエは本当にだらしない子だと言って殴るし、お母さんにも、お前の躾が悪いからだと言って暴力を振るうし……。そして、おまけにワタシのお父さんの悪口まで言うのね、だから、ワタシはそいつが許せなくて、親の金盗んで、おじいちゃん、おばあちゃんがいるこの町に家出してきたの」
ここまで話すと、ヒロミは大きく肩で息をした。
「けんど、家出言うたち、すぐばれるろう?」
「おじいちゃん、おばあちゃんにそのことを話したら、お母さんに電話をしてくれて、しばらくここにいてもいいことになったの。だけどワタシ、もう家には帰らない」
ヒロミは、夜空を見上げながら、決意を固めるように言った。
いつのまにか踊りは終り、やぐらを片付けた後に、にわか作りの土俵ができ、ちびっこ相撲が始まっていた。
ヒロミの口から、思わぬ事実を聞かされて、ヒロミのことが、また少し大人びて見えた。
「ワタシもコウジも一人ぼっちだから、ワタシ達これからもずっと友達でいようね」
ヒロミが重くなった空気をかき消すかのように、笑って言った。そして、右手を差し出し、握手を求めた。恥ずかしがっているコウジの手を、ヒロミが強引に握った。
組まれたやぐらの角から、四方に紐が張られ、その紐には多くの提灯が吊らされている。出店も並び賑やかで、近隣の町から多くの人が集まった。
コウジは自転車で、夜、隣町まで行くのは初めての経験であり、何だか胸がときめいた。
人混みの中しばらく歩くうち、ヒロミを見つけた。ヒロミもコウジに気付き、大きく片手を上げて近づいてきた。
浴衣姿のヒロミは、いつも三つ編みにしている長い髪をストレートに垂らしており、女らしく大人びて見える。
コウジは妙に照れくさく、しばらくはヒロミの後に隠れるように歩いた。知り合いに会うことも恥ずかしかった。
出店をしばらく見て回っているうちに、段々と恥ずかしさも消えた。金魚すくいをしている時、ヒロミの体と何回か当たって顔が赤くなったが、ヒロミは金魚すくいに夢中で気づかれずにすんだ。
「あの土手のところで休もう」
ヒロミにさそわれて、土手に座った。
「ここなら落ちついて話ができるでしょう。で、家の人に何か言われなかった」
「べつになんちゃ言われらったけんど、夜一人でここまで来たが、はじめてやけん、途中の峠のところで、幽霊出んか思うて、怖かった」
「あっそれ、ワタシもおばあちゃんから聞いたことある。あの峠の竹やぶで女の人が首つり自殺して、それ以来、女の人の幽霊出るんでしょう」
「ほんなことゆうたら、オラ帰れんなるけん」
ヒロミはゴメンゴメンと言って、両手を顔の前で合わせて笑った。
やぐらの上で打たれる太鼓の音が、ドドンドドンコと小気味良く響き、周辺の山々に木霊している。川面を滑るように渡ってくる風が涼しく、秋の気配が感じられた。
コウジは今日のヒロミが、いつもとちがって見えた。並んで座っていると、ドキドキした。
好きなテレビ番組や歌手のこと等話すうち、お互いの好みが共通していることがわかった。二人ともプロ野球とプロレスが大好きで、ヒロミが「読売ジャイアンツ」、コウジが「阪急ブレーブス」のファンだった。コウジは、いつも日本シリーズで対戦して負けるジャイアンツが嫌いだったが、長嶋だけは別だった。プロレスではヒロミもコウジも、シャープな技を繰り出す「ドリー・ファンク・ジュニア」が好きだった。コウジは小学校低学年までは、年子の姉とよく遊んだが、最近はテレビ番組の取り合い等喧嘩ばかりして、ほとんど話しもしなかった。だから、女の子とこうして長く話すのは、久しぶりだった。
「コウジはどうして、いつも、一人でこの川へくるの。友達とは、遊ばないの?」
「オレ、今、学校で友達から仲間外れにされちょるけん、遊ぶもんがおらん」
コウジは満天の星空の下の開放感から、素直になれる自分を感じた。
「どうして、仲間外れになったの?」
「オラ仲良かった友達んちへ泊まりに行って、オネショしたけん、それがばれて、みんなから、ばかにされだして、ほんで、いつのまにか、友達おらんようになって……」
コウジは明るく言おうとしたが、つい涙声になってしまった。それが恥ずかしくてうつむいた。
ヒロミは嫌なことを聞いてゴメンと言うように、自分のことを話し出した。
「ワタシの家ね、東京のM市っていうところにあるの。小三の時に両親が離婚して、それから、お母さんと暮らしていたんだけど、五年になったばかりの時、お母さんが再婚して、今の男と暮らしだしたの……。その男にも小二の娘がいて、何かあるとワタシがお姉ちゃんなんだからちゃんとしろとうるさいの、オマエは本当にだらしない子だと言って殴るし、お母さんにも、お前の躾が悪いからだと言って暴力を振るうし……。そして、おまけにワタシのお父さんの悪口まで言うのね、だから、ワタシはそいつが許せなくて、親の金盗んで、おじいちゃん、おばあちゃんがいるこの町に家出してきたの」
ここまで話すと、ヒロミは大きく肩で息をした。
「けんど、家出言うたち、すぐばれるろう?」
「おじいちゃん、おばあちゃんにそのことを話したら、お母さんに電話をしてくれて、しばらくここにいてもいいことになったの。だけどワタシ、もう家には帰らない」
ヒロミは、夜空を見上げながら、決意を固めるように言った。
いつのまにか踊りは終り、やぐらを片付けた後に、にわか作りの土俵ができ、ちびっこ相撲が始まっていた。
ヒロミの口から、思わぬ事実を聞かされて、ヒロミのことが、また少し大人びて見えた。
「ワタシもコウジも一人ぼっちだから、ワタシ達これからもずっと友達でいようね」
ヒロミが重くなった空気をかき消すかのように、笑って言った。そして、右手を差し出し、握手を求めた。恥ずかしがっているコウジの手を、ヒロミが強引に握った。
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