第4話 接触

文字数 2,170文字

 ナイは、俺が事務所を訪れた時から協力姿勢を見せていた。コンタクトを取ってきたのは、向こうから。互いの利害が一致し、司門には伏せて、俺たちは手を結ぶことになった。

 同一個体といえど、ナイの方が邪神の力が強く、一定時間なら司門の意識を強制的に閉ざせる。普段ナイがそれをしないのは、人間に感化されたゆえか。まあ、ただの気まぐれという線もあり得るが。

 無論司門も元邪神の片割れであり、完全に封じ込めるのは不可能だ。抑えておける時間は限られている。仮にナイが独断で暴走することがあったとしても、司門がストッパーになる。

 密談の場所は、高神と一番縁のなさそうな区立図書館を指定した。高神には遠方区域の警戒を言い渡したので、見つかる可能性は低い。
 館内は平日ということもあり、人影もまばらで、声を潜めて話すにはちょうど良かった。

 俺はTFCの極秘事項をナイに流し、ナイは俺の目的に手を貸す。ノルウェーに姿を見せたあの邪神とTFCの出方については、ナイも気に掛けている。しかし、まだ表立って動くべき時期じゃない。

「そういえば、キミのターゲットが事務所の周囲うろついてたよ」

 話を終え、図書館の出入り口に向かう途中、元邪神がふと口にした。

「姿を見せたのか」
「近くには来ない。離れた場所から、様子を窺ってる感じかな」

 面倒くさい、と言外に告げられ、苦笑してしまう。こちらから話すまでもなく、ナイは俺とあいつの関係を知っている。

 先日、あいつは観月のアパートにも現れた。事務所の連中を探るのは、何のためなのか。
 ナイアーラトテップは土の神性、ハスターは風、クトゥグアは炎、クトゥルフは水。司門、高神、九流弥生、そしてあいつ。事務所を中心に、四神性に関わる連中が集まっている。

「もし、小夜を襲うなら承知しないよ。悪いけど」
「あいつだって、ナイアーラトテップは怖いさ」

 観月に手を出せば、誰が相手だろうと元邪神は容赦しない。事務所に探りを入れたなら、それぐらいはあいつも承知だろう。

「あ、噂してたら……」

 妙に楽し気な声音でナイが呟く。建物から出たちょうどその時、図書館沿いの歩道に、見知った若い女の姿が見えた。
 図書館の方を眺めながら歩いていた彼女は、俺たちに目を留めるや、慌てて街路樹の後ろに身を隠した。図書館側からだと木々に遮られているため、まだ見つかっていないと思っているらしい。
 こちらはとうに観月だと分かっていたものの、あえて気付かないふりを決め込む。

「この時間、まだ事務所で仕事中じゃないのか」
「買い物に出たんでしょ。今夜は、小夜の手料理が食べられそう」

 ナイは目を輝かせ、無邪気に笑った。そんな場合ではないというのに。

「まずいことになったな」
「小夜に問い詰められたら、誤魔化せる自信ないよ、ボク」

 大袈裟に肩を竦める元邪神の言葉に溜息が漏れた。だが確かにその通り。なぜ俺たちがここで会っていたのか、観月は訝しんで尋ねるに違いない。見られた以上、全てを黙秘するのは無理だ。
 彼女に追及された場合、何を告げ、何を隠すか。

「訓練施設の件なら、話してくれて構わない」

 少し考え、俺は無難な案を示した。段階を踏む予定だったが、会ったばかりの人間から伝えるより、ナイを通した方がいいかもしれない。

 俺と元邪神の共通の目的は、観月に破魔の力を強めてもらうこと。ノルウェーのTFC本部には、特殊能力を引き出すための訓練施設がある。手っ取り早く鍛えるには、彼女にそこへ行ってもらうのが一番いい。
 もっとも、簡単に「はい」と言える話でないのは分かっている。

 彼女に自身の力を自覚させ、能力を引き出す方法があると知ってもらえれば十分。ノルウェーでの訓練が最善とはいえ、唯一絶対ではない。『導師(グル)』の俺なら、日本でも指導はしてやれる。

「ノルウェーね。確実、それ?」
「一応、TFCの極秘情報」

 樹木の後ろで聞き耳を立てる観月に聞こえるよう、ナイはノルウェーという語を殊更強調した。そうすることで、彼女に問われた際、訓練施設の話に誘導しやすくなる。
 元邪神の狡猾さは昔と変わらず。こちらも自然な態度で口裏を合わせた。

 ナイに破魔の力の訓練を提案されれば、おそらく観月は司門に伺いを立てるはず。
 ノルウェーでなく日本で俺が観月の力を鍛える、と譲歩したところで、事務所の連中にとっては言語道断。司門や高神が猛反対するのは目に見えている。彼女自身の気持ちがどうであれ、許可するとは思えない。

 となると、司門たちが了承せざるを得ない状況にもっていく必要がある。餌を撒いて、罠に掛ける。
 使う罠はそれなりに有益な情報なので、連中にとって損にはなるまい。

 頭の中で策を巡らし、観月が隠れている傍を素知らぬ顔で通り過ぎる。図書館を出た俺は駐車場へ向かい、ナイの方は曲がり角で彼女を驚かせようしていた。

(相当だ、あいつも)

 観月が来るのを待ち構える様子は子供のようで、セレナを殺した当時の残忍な面影はどこにもない。それほど執心されている観月に同情しつつ、俺は停めてあった車に乗り込んだ。

 司門にTFCの機密データをハッキングさせ、水の従者に関する情報の一部を流す。俺が日本に戻った経緯を不審がっていたし、餌に食いついてくるのは確実。ナイが誘導してくれる間に、こちらで仕込みができるというものだ。
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