〇リロードレコーズ MITSUKI

文字数 9,002文字

「あ、MITSUKIさんっ! おはようございます」
「MUGIちゃん、おはよう」
「今日は事務所なんですね!」
「うん、まーね」

MUGIちゃんは僕の事務所の後輩。
かわいい女の子だ。
ちょっと前にコラボした関係もあって、
僕のことを慕ってくれているみたい。

しばらく日本から離れていて海外でライブをしていたけど、
少しの間はまた、ゆっくりやろうと思っている。

そんな僕にMUGIちゃんは泣きついてきた。

「MITSUKIさん、聞いてくださいよ~!
最近なぜかKUROさんがわたしのことを振り回すんです!」

KUROというのは、ゾンビスクラップ……現3+のドラマーだ。
彼がMUGIちゃんを?
言っちゃなんだけど、KUROは女好きで何人もファンを食ってるっていう
悪い噂もある。
でも、ひとりの女の子を追いかけるってタイプじゃなくて、
来るもの拒まずって感じなやつだ。
そのKUROが?

「振り回すって?」
「『メシ行くぞ』とか『酒付き合え』とか……KUROさん、わたしのこと
嫌ってたはずなのに……っていうか、現在進行形で嫌ってるんですよ!
ご飯でもお酒の席でもわたしにダメ出しばっかりするし!
文句を言うために私を誘うんです! 私はサンドバッグじゃありません!」

へぇ、KUROがねぇ……。
これは意外だけど、MUGIちゃんかなり気に入られてるっぽいな。
ふたりで話していると、ちょうど噂の本人KUROが現れた。

「おい、こんなところにいたのか。メシ行くぞ、お花畑」
「お花畑じゃありません! MUGIですってば!」
「あ、MITSUKIさん、おはようございます」
「うん、おはよう」

KUROは僕に挨拶すると、MUGIちゃんの腕を
引っ張っていく。

「ほら、さっさと歩け」
「あ~、MITSUKIさ~ん!」

僕は笑顔でふたりに手を振る。

MUGIちゃんは嫌がってるけど、KUROもいい加減落ち着いてもいいと思うし……。
案外ふたりはお似合いなのかもしれない。
ふふっ、かわいいなぁ。
それとちょっとだけ……うらやましい。

「なに笑ってるの? 充希」
「カナタ!」

カナタは僕の所属しているリロードレコーズの社長だ。
それに、もともと彼は僕と高校時代にバンドを組んでいた間柄だ。
カナタは兄貴とも軽音部でバンドを組んでいたんだけど、
メンバー全員が卒業。
そして卒業生たちに声をかけられていた僕たち新入生が、
今度はカナタと一緒にバンドをやることになったんだ。

カナタが卒業してからも、僕らはインディーズで音楽をずっと一緒にやっていた。
一時期メジャーにならないかっていう話もあったんだけど……
それはよくある話だ。
バンドの誰かだけ、目に留まったってアレ。
そのことがきっかけでバンドは解散した。
解散、というか、それぞれが新しい道に進んだっていうのかな。
やりたいことをやろうってことになったんだ。

そのとき僕にはやっぱり歌しかないって思って、
今、ここにいる。

「若いっていいな~って思っちゃって」
「お前もまだまだ若いって」
「アラサーに向かってそれはナイ。
ほら、KUROとMUGIちゃんのことだよ。カナタ、気づいてない?」
「あいつらが? また面白い組み合わせだな」

カナタは意外そうな顔をした。
ま、一応芸能人同士だし、ゴシップは困るんだけど
ふたりもそこそこいい年齢だ。
僕にくらべて若いけど、ふたりが付き合ってても異論をいうようなファンは
いないだろう。
あ……MUGIちゃんの方はちょっといるか。
厄介な男性ファンが。
でも俺様なKUROが相手だったら、そんなの簡単に蹴散らしてしまいそうだ。

「……僕も恋愛ってしてみたかったなぁ」
「したことないのか? っていうか、お前……恋愛って意識、なかったの?」
「え?」

なぜかカナタが頭を抱える。
……なんで?
不思議そうな顔で見つめていると、カナタは僕を会議室へ連れて行った。

「あのさ、充希。俺とお前の関係って、なんだと思ってる?」
「うーんと、切っても切れない大事な存在だよ? ずっと一緒に音楽やってるし」
「キスとかしてるよね」
「まぁ」
「いや、まぁじゃないだろ、そこは! というか、他の男に抱かれたりしてない?」
「まさか! しないよ、だってみんな僕のこと男だと思ってるし」
「……それでも俺は恋愛対象じゃない?」
「だから言ってるじゃん。切っても切れない大事な存在って」
「はぁ、もういい」

カナタはひとりで会議室から出て行く。
何をあんなにへこんでるんだろ。
僕は最初から言ってるのに。『大事な存在って』。
そんなに僕の言葉って伝わらないのかな。
歌にすれば伝わるのに……なんで?

「あの雨の日、カナタは僕をすべて受け入れてくれたと思ってたのに……」


「僕、実は女なんだよ」
「え……」
大雨が降る夜。
僕はカナタに自分の秘密を告げた。

僕らの通っていた高校は男子校。
なのに、僕だけは女子。
普通は入学なんて当然できない場所だ。
だけど、僕をボーカリストにしたがっていた母さんが、
バカなことに事務方へ賄賂を渡して無理矢理入学させたんだ。
僕と入れ替わりで卒業した兄貴は、
母さんに期待されていなかった。
それでも母さんの気を自分に向けるために、
音楽で有名なここの男子校に奨学金で入学したんだ。
自分のためじゃなく、僕のために……。
でも、母さんは僕しか見ていなかった。
僕はアメリカでバンドをしていた父さんに声がそっくりだった。
誰にも真似できないほどのハイトーンボイスは、
父さんの武器だった。そのおかげでバンドも大人気。
母さんは当初大学生で、偶然留学したときに父さんのバンドに出会った。
そして、しばらくして母さんは大学を辞めて、
父さんのバンドの追っかけを始めたんだ。
……そして結婚。できたのが兄貴と僕。
そのあとは簡単に離婚した。
男の子が欲しかった母さんは兄貴を、
父さんは仕方なく僕を育てることになったんだけど……
しばらくしてクスリで逮捕され、僕も結局母さんに引き取られ
日本に住むことになった。

結局ふたりの子どもを育てることになった母さんは、
男だからというだけで兄貴をひいきしていた。
水商売をしながら養育費や学費を捻出し、余った金は
全部兄貴のボイトレ代に消えて行った。
しかし、声変わりした兄貴の声は父さんの声とはかけ離れていて、
母さんは絶望した。
その代わり、父さんと同じ声を出せるのが僕だとわかってからは
兄貴と僕の立場は反転。
僕を溺愛し始めた。
兄貴と同じ高校に入学までさせて……。

そんな母も、僕が入学してしばらく。
勝手に男と蒸発してしまった。
僕は兄貴に高校を辞めて働くつもりだと訴えた。
なのに兄貴は……。

「お前には俺と違って才能があるみたいだからな。せっかくのチャンスだ。
ちょっとチートだけど……。俺が学費とボイトレ代を稼ぐから、
お前は今まで通り、レッスンやバンド、頑張れ。
きっとカナタがお前の支えになってくれる」

兄貴が、なぜカナタが僕の力になってくれると言ったのかはわからなかった。
だけどそれはきっと、カナタの音が僕の声を支えてくれるって
知ってたんだ。

歌いたいだけ大声で歌って、ギターを乱暴にかき鳴らして、しばらく。
秘密を暴露すると、カナタは笑った。

「そりゃそうだよな。いくら小柄だからって、育ち盛りの男子高生で
こんなちっこいやつなんてそうそういない」
「なんだよ、それ!」

僕がカナタに飛びかかると、カナタは僕をぎゅっと抱きしめた。
何これ。
……すごくドキドキする!

「ちょ、カナタ。なんか変な感じするから、離して」
「やだ。しばらくこうしてたい。いいじゃん、別に」
「照れくさいんだってば!」
「だからわざとしてるんだけど?」

わざとって……どんな意地悪だよ!
僕のこと、小さいからってからかってるの?

顔を上げると、余計に嬉しそうにカナタは笑った。

「うわ、すごい真っ赤だ。やっぱり充希も女の子なんだな」
「そ、そういう言い方やめろよ! 僕はほとんど男として育てられてきた
ものだし……」
「じゃ、俺だけだな。お前のこと女の子扱いできるの。学校じゃ秘密だから」

女の子扱い~!?
そんなことされたことない……。

僕がどぎまぎしているうちに、カナタに軽く唇を奪われてしまった。


あの雨の日から数日後――。

「大雨の日に学校に忍び込んで、
音楽室で籠城してただと!?
風邪はひいてないか? 熱は!?」

青く髪を染めて立たせているアストが僕らを心配する。

「はは、大丈夫。それよりもアスト、明日再試だよね。
勉強大丈夫なの?」

カナタは何事もなかったかのように返すけど、
僕たちキス……したんだよね。

これって挨拶の意味なのかな。
でも日本ではほとんどしないよね。
うーん、カナタは一体何考えてるっていうんだ。

「お前たちが心配で勉強できなかったんだっ!!」
「それ、言い訳にしないでよね?」

一見ヤンキーのキーボード担当アストはおかん体質。
若干神経質でもあるくらいだ。
メンバーの心配を色々してくれるイイヤツだけど、
勉強がまったくと言っていいほどできない。
この間も古典1点、数学2点、英語3点……と僕よりも
ひどい点をたたき出していた。

「一体学校でなにしてたの?
俺にも一枚かませてほしかったな~!」
「バカいうな」

環とレンは相変らず仲がいい。
もしかして、このふたりならわかるかも。
幼馴染だっていうし。

「ねぇねぇ、ふたりってさ、キスとかする?」
「……は?」

レンがぽかんと口を開ける。
その間に僕の頭をバシンと叩いたのが環だった。

「お前、何言ってんだ? するわけねーだろ!
俺がいつも女の子に飢えてるからって、
男のこいつに手を出すことはぜ~ったいにないっ!」

そうか。女の子に飢えてる……。

「カナタも女の子に飢えてると思う?」
「ないな。それは」
「そーなの?」
「近くの女子高の子に告白されてたからな。それもひとりじゃない。何人もだ」
「ふうん」

だったらやっぱりなんでなんだろう。
ま、でもあんまり気にすることでもないか。
きっとからかったついでとか、
これからもよろしくって挨拶程度だったのかもな。

ちらりとカナタを見ると、やっぱりいつも通りだし。
変に意識するのもおかしいし、いつも通りに音楽、頑張ろう。

秘密を打ち明けてから、
カナタは家によく遊びに来るようになった。
というか、最初の方は兄貴の見舞いで。
その後は、兄貴や僕が大変だろうからと、どういうわけか
家事を手伝ってくれるようになった。
嬉しいけど、同じバンドメンバーにここまでされるのは
さすがに申し訳ないから……と断った日もあったけど、
カナタは「行く場所がないから、ここにしばらく置いてくれ」と
泊まっていったこともあった。
カナタも家のことで大変だったみたいだからな。
もしかしたら逃げていたのかもしれない。

そして数年後のクリスマス――。

僕たち軽音部は、カナタが卒業した後も
同じバンドで演奏をしていた。
僕はその後、兄貴に背中を押され、音楽専門学校に進んだ。
カナタと同じ学校だ。
カナタは僕にずっと曲を作ってくれている。
僕の歌に曲をつけるのは自分の役目だからって。

このクリスマスライブも3マンだけど
トップバッターだ。
全力で行くしかない。

「よし、今日はクリスマスだ! 最高の夜にしよう!」

円陣を組むとカナタが声を出す。
僕たちは大声で「おうっ!」と気合いを入れた。
そのクリスマスの夜に、奇跡どころか一波乱あるとは
知らずに――。

僕たちの歌で観客がわく。
ここに今いるお客は、きっとトリのバンドがお目当てだ。
それでも僕らの曲に喜んでくれている。
それだけで最高だった。

「ふう、つっかれた~!」

僕が楽屋でドリンクを飲んでいると、ドアをノックする音がした。

「は~い?」
「君だな、SODのボーカルの少女は」
「少女って……」

高校を卒業した僕は、普通に女として専門学校に入学していた。
今も一応は女性ボーカルとしての出演だった。
身長もある程度伸びた。160cmはやっと越えたかな。
だけどどうしても見た目は男。
まだ自分が女性だってことはあまり知られていない。
それなのに、『少女』?
このスーツの男、一体何の用なんだ?

「ああ、すまないね。私はこういうものだよ」

スーツの男性は、ポケットから名刺入れを取り出すと
1枚私にくれた。

「ミストXの向島さんって……有名なレーベルの社長さん!?
なんでこんなところに!」
「本当はトリのバンドを見に来たんだが……なかなか素晴らしい原石を
見つけたので声をかけにきたんだ」
「原石?」
「そう、君だよ。私は君の声が気に入った。ぜひ、うちのレーベルから
デビューしてほしい」
「でも、みんなの意見を聞かないと……」
「バンドは関係ないよ。デビューするのは君だけだ」

僕だけ……?
こういう話はよく聞いている。
だけど僕は……。

「すみません、僕は今のバンドから離れる気は……」
「君がイヤでも、私が決めたんだ。YESと言わなければ、君のこと……襲うよ?」
「えっ!?」
「既成事実を作ってしまえば、君は私のいう事を聞くしかなくなる。
欲しい女性ボーカルはこうして手に入れてきたから……な」

向島さんがじりじりと壁際へと僕を追い詰める。
こ、困ったな。
襲うって……僕を?
どうしよう……。

「おい、そいつから離れろっ!!」
「……カナタ?」

カナタは向島さんの肩をつかむと、思い切りドアの方へと
突き飛ばした。

「………」

カナタは笑顔のまま、向島さんを見つめる。
笑ってるけど、空気はピリピリしてる。
もしかしてカナタ、めっちゃ怒ってる!?

「カナタ、ちょっと待って! 僕はひとりでデビューなんてしないから!」
「……充希、お前はもっと男を意識しろよ!!」
「え……」
「くそっ、今の話はなしだ! SODはどこのレーベルからもデビューさせないっ!
女、お前もだ!」

向島さんは勢いよくドアを開けるとさっさと出て行く。
カナタは大きくため息をつくと、僕をきつく抱きしめた。

「な、なんだよ、カナタ!」
「お前はどんなに男のフリをしても女なんだよ。俺の腕から逃げ出すことができる?」
「できるよ、そのくらい! ん~っ!!」

僕が暴れる分、カナタは腕に力をこめる。
悔しいけど、確かに逃げられない。

「ほら、無理だろ。今の男に襲われてたらどうなってたか」

僕の肩に頭をおくカナタ。

「……お前の声が武器になることは、全員理解してる。
充希、お前はデビューしろ」
「でも、今の人は業界大手のミストXの……」
「関係ないし、問題もない。俺が会社を立ち上げる。ミストXよりも大きな会社をな。
お前は俺がそこからデビューさせる」

そう言い切ると、カナタは僕にキスをする。

――こうしてカナタは専門学校を卒業後、
そして本当に会社を作ってしまったんだ。

それを機に、バンドも解散した。
プロを目指していたのは僕とカナタくらいだったし、
アストは警察官になりたいという夢があったらしい。
環もレンも大学生だったけど、レンは卒業すると
そのままカナタと僕の補佐をしてくれると言って
リローズレコードに入社。
カナタもプレイヤーではなく、プロデューサーに回ることになった。

僕だけだ。
今もステージに立っているのは。

ずっとカナタは僕を支えてくれていた。
社長として、プロデューサーとして。
それを全部ひっくるめて、家族と同じくらい大切な人だ。
僕たちの縁は、切っても切れないって信じてる。
海外公演とかで場所が離れることがあっても、
心はいつもつながっている。
……でも、僕の言葉は伝わってない。
それなら歌うしかない。
僕の武器で、カナタが磨いてくれた、この声で。

「あ、レン! ちょうどよかった」
「どうした、充希」

廊下を通りかかったレンに声をかけると、
僕はどこか空いているスタジオはないかとたずねた。

「そうだな……Cスタなら誰も使ってないと思うぞ。
もう夕方だし、今から使うバンドもないだろう」
「さんきゅ!」

僕はオフィスからCスタの鍵を借りると、
ホワイトボードに自分の名前と使用時間を書く。

「え~と、MITSUKI。時間は……16:00~。
終わりはわからないから書かなくていいか」

鍵を手に入れると、ノートとペンを持って
さっそくCスタに籠る。

曲のイメージはないけど、詞はいつもMUGIちゃんが作るような
甘い感じにしたい。
僕が書く詞にそういう感じのものは少ない。
CMに使うときやすでにタイアップが決まっている場合で
甘いラブソングを求められれば書いていたけど……。
僕自身のラブソングっていうのはあまりない。
だって恥ずかしい。
曲をつけるのはいつもカナタだ。
カナタのことを考えながら書いた、なんてことがバレるのは
やっぱり照れくさい。
でも、僕には歌しかないから。
言葉にできないことを歌に変えていく。
それでも何か足りない。

「なんだよ、情けないな。ひとりじゃ書けないなんて」

並んでるのは誰もが口にしたことのあるような
陳腐な言葉。
耳にしたことがある空虚な愛の歌。
こんなものじゃないんだ。
僕がカナタに伝えたいのは。

……足りないのはカナタだ。
作詞するときは作曲も同時進行だった。
だからいつも僕が詞を書くとき、カナタがそばにいた。
今日はひとりでこもって詞を書いてるから……。

「それでも歌にしたいのにな。いつかカナタに僕のすべてを
わかってもらうために」
「それならとっくのとうにわかってるって」
「カナタ!?」

Cスタに入ってきたカナタは、ギターを取り出すと
チューニングを始める。
準備が済むと、僕を見つめた。

「……あの雨の日みたいに、お前の心の声を聴きたい。
俺はそれに曲をつけるから。
俺たちが本音で語り合う方法は……昔からこれだろ?」

「……うん」

恥ずかしい。照れくさい。
でも、伝えたい。
もっともっと知ってほしい。
僕のこと、全部。

真っ赤になりながら、僕は静かに歌い出す。
自分でも予想外の甘い声が出る。
それでも歌い続ける。
カナタのことがずっと好きで、これからも多分好きでいて、
もう二度と離れられないんだ。
僕は言葉足らずだから『愛してる』って言っても伝わらない。
そのかわりに、愛の歌を歌おう。

ギターの音が止むと、カナタはまた僕を抱きしめた。

「もう、なんだよ」
「なんだよ、じゃない。お前がそんな歌うたうから、演奏できなくなった」
「……ったく、しょうがないな」

今度は僕からキスをした。
恥ずかしいけどいつもされてばっかりだし、
たまには……ね。

昔はカナタが僕にキスする意味なんてないと
思ってた。
だけど本当は秘密を打ち明けた時点で、意味があるものになってたんだ。
僕はバカでマヌケなところがあるし、ちょっと鈍感だったから
なかなか気づかなかったけど、
ずっとバンドを組んでたら嫌でもわかるようになった。
カナタが僕のことを本気で愛してくれてるって。
――僕もカナタが大好きだ。


数日後、僕らの作ったラブソングは
きちんとした曲になった。
本当はふたりだけの曲にしたかったけど、カナタは
僕らの愛の結晶を世間に発表したいとか恥ずかしいことを抜かすし……。
本当に何考えてるんだか。

そして今日はジャケ写撮影の日。
現場に着いた僕は、驚いた。

「ちょ、ちょっと待ってよ! これって……」
「俺がオーダーしたんだけど?」

カナタもなぜか衣装に着替えている。
僕に用意されていた衣装……それはウェディングドレスだった。

「カナタ! 僕は一応男ってことになってるんだけど……」
「まぁ、いいじゃない。1枚くらいこういう格好のがあっても。
それに一緒に写る相手は俺だ。記念になるでしょ? 顔出しはしないけどね」

準備は着々と進んでしまっているから、今更嫌だなんて
文句は言えない。
僕は衣装さんにドレスを着せられ、メイクをする。

「わぁ、かわいいですね! MITSUKIさん。
本当の女の子以上ですよ!!」

「あ、あはは、ありがと……」
「……ちぇっ、俺が褒める前に、衣装さんに褒められたか」
「なにスネてるの? カナタ」
「いいや? でも、今日の花婿役は俺なんだからな? ほら、しっかりつかまってろ」
「うわっ!?」

カナタは僕をお姫様抱っこする。
僕は落ちないようにしっかりとカナタの首に抱きつく。
それを楽しそうに眺めるスタッフやカメラさん。

「あとは……これか」

カナタはポケットから箱を取り出すと、
僕の薬指にリングをはめた。

「これからも、ずっと一緒……な?」
「もう、どこからがどこまでが撮影なのかわかんないよ!」

なぜだか涙があふれてくる僕。
まさかこんな展開になるなんて……。
カナタのやつ、覚えてろよ。
いつか僕だってやり返してやる!
カナタのこと、感動で泣かせてやるんだから!

NEW SINGLのジャケットは、僕の満面の笑み。
音楽番組や朝のワイドショーでは、僕のウェディングドレス姿に
スポットが当てられた。
ファンのみんなからは『似合う』とか『かわいい』とか。
一応男ってことになってるんだけどな……。

「おっはよー」
「ああ、充希。ちょうどよかった」

オフィスへ出社すると、カナタがなぜか待っていた。

「僕に用事?」
「ああ。契約書にサイン、もらってなかったからな」

契約書?
一応事務所に所属することが決まったとき、
契約は交わしたはずなんだけど……。

「これは今回の新曲で、新たに交わさなくちゃいけなくなった分なんだ」
「あ、そうなの? どれどれ……って、これ!」

カナタが差し出したのは、契約書なんかじゃなくて
婚姻届だった。

「ヤマさんにも挨拶に行った。『妹をよろしく』ってね。
これからもずっと、俺は充希のことを支える。……サイン、してくれるよね?」

「ここまでされたら断れるわけないでしょ!」

カナタは強引すぎるよ。
まぁ……そんなところもカナタらしいか。

僕は笑いながらサインをする。
『MITSUKI』という男性アーティストではなくて、
『月見里充希』というひとりの女性として。

「これからもよろしくね? カナタ」
「もちろん、俺のMITSUKI」

「おはよー……って、えぇっ!?
ご、ごめんっ! カナタ!!」

「社長、失礼しました! 社長がゲイだとはっ……。
しかもMITSUKIさんと……」

「あ」

アキラと翔太が事務所から出て行く。

「結婚するのはいいけど……僕ら、世間ではゲイカップルってことになっちゃうね」
「あー、そこまでは考えてなかったけど、俺はそれでもいいよ?」

僕はカナタの正式な妻になってハッピーエンドを迎えたわけだけど……
どうも腑に落ちないんだよね。

これで本当にいいのかな?

それでもカナタはにこにこしている。
はぁ、今度苦労するのは僕の方なのか……。

思わず頭を抱えたこの日、
僕のNEW SINGL『彼方へ』は歴代アーティスト売上1位を獲得。
公私ともに記念する日となった――。

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