○世田谷ウォールウェイト304号室  畑九郎

文字数 8,287文字

手に入れた女は数知れず。
それは3+になる前……ゾンビスクラップのときからそうだった。
俺が声をかければ、大抵の女はついてくる。
それが普通になっていた。

だが、3+になった今、俺はそういう生活を変えようと思っていた。
まぁ大抵の女を食いつくして、悟ったっていうのもあるが……。
正直女には飽きた。
俺の興味をそそる女がいない。
ゾンビスクラップのときに近づいてきた女は、
俺を踏み台に上に行こうとしたやつばかりだった。
売れないアイドルやモデル、女優。
結局俺を踏み台にしようとした女はうまく行かなかったけどな。
今となってはくだらない。
しかも俺は最悪なことに、相手の顔を覚えていない。
責任を取ることもしない。
というか、知ったこっちゃない。

「ねぇ、ふたりともさ……最近どうなの?」

そんなときに3+のベースである耕平が俺たちに問いかけてきた。

「どうなのって?」

同じグループでリーダー兼ギターボーカルの琉成が首を傾げる。

「わかるでしょ? 女性関係」

これは俺に対しての質問なのか?
俺がビクビクしていると、耕平はいつも通り眠そうな顔で説明した。

「俺たち、『ゾンビスクラップ』から『3+』に改名したでしょ?
だからさ、身辺関係も整理した方がいいと思うんだ。
特に九郎」

やっぱり俺か。
耕平の質問に、俺は平然と答えた。

「今の俺に問題はない」
「へぇ? なんで」
「……しばらく女はいい。それよりもバンドを大事にするよ」
「九郎っ!!」
「のわっ!」

のしかかってきたのは、琉成だった。
……ぶっちゃけ重い。

「そうか! やっと真剣にバンド活動してくれるようになったんだな!」
「あのな、俺は音楽に関してはずっとまともだったぞ」

まあ、確かに俺はバンドに対して今まで不義理を重ねてきたところはある。
主に女関係でのスキャンダルで。
気持ちを入れ替えたことを喜んでくれるのは嬉しい。
いや、複雑っていうのが本音か。

俺は琉成をどかせると、今度はこいつにたずねた。

「そういう琉成、お前はどうなんだよ」
「僕は……」

琉成は、馬鹿正直に自分の近況を話しだした。

「実は……アパートの管理人さんが気になってるんだけど……
なんか彼女天然でさ」
「管理人さんって、ババアか?」
「違うよ! 静さんはまだ若いっ! 僕よりちょっと年上だけど」

年上の天然彼女か。それもまた大変そうだな。
どうやら琉成の話では、色々声はかけているが
恋愛にまではいかないらしかった。
話を聞いていたが、結構琉成はマジだ。
ふたりきりになったときにそれっぽい言葉をかけていたり、
偽のお見合いの席をぶっ壊したりと
かなりアグレッシブに活動している。
それでも気づいてもらえないって、どんだけ鈍い女だ。
琉成に少し同情する。

「……九郎も、本当に気になる人はいないの? 
別に前みたいに手当たり次第じゃなければ俺たちも文句はないけど」
「お、俺は……だから問題ねぇって」

……というのは少し嘘か。
気になっている女はいる。
ただ、好きとかそういうレベルではない。
あくまで『気になっている』だけだ。
そいつの名前はMUGI。
頭の中はお花畑。
作る曲はお花畑の妄想――男は王子様で、女はお姫様。
お姫様はいつか王子様に出会える、みたいなものばかりだ。
はっきりいって、こんな話あり得ない。
俺からしてみれば、どうしてこんな妄想ができるのか
知りたくてならないね。
こんな女が気になっているなんて、正直自分でも恥ずかしいが……
気になってしまったものはしょうがない。

「隠さなくていいよ。最近MUGIと一緒に食事に行ったりしてるみたいだよね」

耕平、それはどこから仕入れた情報だ。
と、問い詰めたいところだったが、必要はないだろう。
俺も目につくところで、MUGIを積極的にメシや飲みに誘っているからな。

「別にどうでもいいだろ」

MUGIをからかうのは面白い。だから俺は彼女を誘っている。
それだけと言えばそうだが……。

「九郎、MUGIさんのことも考えてあげなよ? 彼女だってアーティストなんだから」
「へいへい」

ヘタレな琉成には言われたくねーよ。
そう思いながら、ミニライブの打ち合わせは終わった。

その帰り道に、MUGIのいるはずのCスタがあった。

「お疲れ様でーす!」
「お疲れ。MUGIちゃん、なんだかかわいくなった?」
「いえ、特段変わりはないですって。シルさんったらお世辞がうまいんだから」

んあ?
なんだアイツ。
『シル』って呼ばれてたな……。
ああ、スタジオミュージシャンのシルか。

なーにが『かわいくなった?』だ。
こいつは特に変わっちゃいねえんだよ。
ただ、あまりにも影が薄くて、みんなが気づかなかっただけだ。
俺も含むけど。

ともかくムカつく。
ムカつくから、さらっちまおう。

「それで今日の曲なんですが……」
「おい、MUGI。メシ行くぞ」
「え、え!? KUROさん!? メシって……」
「メシはメシだ。ほら」
「ちょ、引っ張らないでくださいよ~!」

こうして俺は、いつも通りMUGIをゲットして
芸能人御用達のレストランへと連れてきた。

「とりあえず酒か。何がいい?」
「わたしお酒はちょっと……のどに悪いので」
「じゃ、俺だけだな」

MUGIは俺を目の前に、びくびくしている。
……なんだよ。なんでそんなに怯えてるんだ?
そういうところが無性にイラつく。
だが同時に、『もっと俺を怖がれ、びくびくしてる様を見せろ』とも
思ってしまうから、俺もダメだな。

「生中とウーロン茶。あと料理は適当に頼む」
「ま、待ってください! わたし、持ち合わせが……」
「関係ねぇよ。俺が払うんだから」
「そ、それは悪いですよ!」
「じゃあ、払ってくれるのか? 支払は身体になるけどな」
「っ!! 払えるわけないですよ……」
「じゃ、黙っておごられてろ」

出てきた料理に俺は舌鼓を打つが、MUGIのヤツは遠慮して
手を出さない。
仕方ねぇから俺は、皿に料理を乗せてやった。

「それ、ノルマだからな。全部食えよ」
「も、もう、KUROさんは意地悪なんだからっ!」

意地悪で結構。
俺はお前をいじめることが楽しくてしょうがない。
そうやって泣きべそをかいているのも、
俺の動向を見るために上目づかいするところも……。

この日はそんなMUGIを見て気分がよくなり、
生中9杯とピッチャー1杯を空にしてしまった。

「うーす……」
「遅いよ、九郎。飲み過ぎ?」

翌日の俺はグタグタな状態で現場に来ていた。
今日の現場は、トワレコ渋谷店。
ミニアルバムが出るので、その店舗内ライブを開催するのだ。

しかし琉成はそんな俺を心配していた。

「いつも通りに見えるけど、飲んだ後は体力消費するでしょ?
ましてや九郎はドラムなんだからさ」
「大丈夫だって。確かに飲んだけど、食べもしたから
スタミナに問題はなしっ!」
「昨日もMUGI?」

耕平の質問に、俺はそっぽを向いて誤魔化す。

「まぁ、俺たちと同期だし、飲みに行っても悪いことじゃないけどさ……。
正直MUGIのこと、俺たち何も知らないでしょ?
九郎は知ってるの? MUGIの素性とか」

耕平の言葉に、俺ははっとする。
俺はMUGIについて、何も知らなかった。

MUGIは俺たちと同期だが、脳内お花畑が考えるような
甘っちょろい恋愛ソングしか書けない。
演奏スタイルは基本的にアコギ一本。
見た目は今までステルスだったが、MITSUKIさんとの絡みで
ぐっと魅力を引きだされたって感じだ。

知っているのはその程度のこと。
調べれば誰でもわかるようなことばかりだ。

何度もメシや飲みに連れて行っても、
あいつは自分のことを話さない。
食事や飲みの席で話す内容は
俺が一方的にダメ出ししているか、
「お酒、飲めません!」とか
「今日は持ち合わせが……」とか
そんなことばかりだ。

ダメ出ししているときは、しゅんとなってお通夜状態。
それでも俺は懲りずに食事に誘っているんだから、
確かに周りから見たらおかしいかもしれない。
いじめてるようにも見えるかもな。

「あいつ……一体何者なんだろうな?」

「行くよ、九郎! ほら!」
「ああ」

琉成に促され、俺はスティックを持つと
ステージへと昇った。


「……で、KUROがボクに用事だなんて、珍しいね。何?」

俺は社長室の隣にあるオフィスで流行りの店のショートケーキを
食べていたレイさんに声をかけた。

レイさんは俺たちなんかよりも全然年下。
だけど、その天才的な勘と類まれなる運のよさで
声をかけたバンドは100%出世するという
ジンクスまで持っているスカウトマンだ。
……女の子だからスカウトレディ?
よくわからないけど、そんなところだ。

俺たちはレイさんに目をつけてもらい、デビューした。
聞くところによると、MUGIもそうらしい。
彼女だったらMUGIのことについて色々知っているんじゃないか。
そう思って声をかけたのだ。

「MUGIのことを知りたいの? KUROが? なんで?」
「なんでと言われても……なんつーか、気になったもんですから」
「聞いてるよ。最近仲いいみたいだけど。
でも、そう簡単にアーティストの個人情報は出せないな」

だよな。
いくら同期だからと言っても、話せることと話せないことがある。
でも、俺の目の前には今、大きなチャンスが転がっている。

「レイさん、そのチラシに丸がついているドゥーブルフロマージュ、
食べたいんですか?」
「なっ!? もしかして買収しようって言うんじゃ……」
「MUGIのことを知れるなら、アンタを買収くらいするよ」
「……ったく、そんなに知りたいの? しょうがないなぁ」

よっしゃ。
レイさんのスイーツ好きは、この事務所では有名なことだからな。
ドゥーブルフロマージュが手に入ると知って、
チラシを見ながらじゅるりとつばを飲み込んでいる。
……こんなに簡単に落ちるとは。
スイーツの力、凄まじいな。

レイさんはメモ帳にガジガジと文字を書くと、

「『八月朔日 環』? なんて読むんですか、これ」
「『ほずみ・たまき』。探偵をやっているんだって。彼に頼んでみたら?
MUGIの素性について」

探偵を紹介するってことは、会社はMUGIの素性について知る必要はないと
思ってるってことか。
もし会社もMUGIのことを知りたいのならば、
俺にもっと力を貸してくれるはずだ。
それか、MUGIには会社も秘密にしたい秘密があるのか……。
どちらにせよわからないが、とりあえず依頼をしてみよう。

俺は廊下に出ると、さっそく八月朔日探偵事務所に連絡することにした。

新宿にある雑居ビルの2階。
ホコリっぽいのとタバコのヤニくささが、階段のところまで匂ってくる。
ここには絶対琉成を連れてこれないな。
2階の探偵事務所につくと、インターフォンを押す。
1回、2回、3回。

「ふあ~い」

4回でやっと中から声がした。
鍵が開くと、中から両耳にピアスをした
金髪のチャラチャラした男が出てくる。

「ん~、あんた、依頼人?」
「あ、ああ、一応……」
「じゃ、入って」

タンクトップの男は俺を部屋へと案内すると、
これまたスプリングが壊れていそうなソファに座らせた。

「で? 何の用事? 浮気調査? ペット探し? それとも……」
「彼女のことを知りたい」

俺はすかさずMUGIの写真を取りだした。
それを見た探偵は、「ああ」と小さく声を上げた。

「彼女のデータなら、調べなくてもあるよ」
「え……? なんでだ?」
「あんたさぁ、リロレコのアーティストでしょ? 
俺はアーティストをリロレコに入社させる前に素行を調べる仕事をしてるの。
もちろんあんたのこともよく知ってるよ、畑九郎くん」

リロレコ……カナタ社長はそんなことをしていたのか!
驚いていると、探偵は茶封筒に入った資料をテーブルに置いた。

「これがMUGIの個人情報だ」
「いいのか? 言っちゃなんだがそう簡単に俺なんかに渡しても……」
「渡すとはまだ言ってない。俺の情報網舐めるな。最近3+のKUROはMUGIを口説いてる」

突然そんなことを言われ、びくりとする。

「当たり? ねぇ、KURO、MUGIに対して持ってる気持ちは本気?
本気ならこの資料を渡す。カナタからそういう風に言われてる。
アイツはなんでもわかってるんだよな~。そこが悔しいっていうか」

カナタ……社長? この探偵も社長とつながりがあるのか?
不思議に思っていると、探偵は俺に封筒を突きつけた。

「見たらMUGIを支えてあげてくれる?
彼女ほど苦労している人間、リロレコじゃいないと思うし。
それができないって自分で思ったら、ターンライトして帰ってくれる?」

探偵はのんびりとタバコに火を灯す。

MUGIのことは全部知りたい。
本当は彼女の口からすべて聞きたかった。
でも、俺は彼女にとっては悪人。
どんなに親身になろうとしても、俺の言葉なんて届かない。
こんなこと、ズルだってわかっている。
アイツの知らないところで、こっそりとアイツの秘密を知るのは
罪なのかもしれない。
だけど俺は……。
俺は、お前を知りたいんだ。
俺に引きずり回されて嫌な顔をする以外の、お前の本当の顔を。

「遊びじゃありません。あいつに関しては本気です」
「了解。今の言葉、忘れんじゃねーぞ」

探偵は俺に、封筒を渡してくれた。

数日後、俺はいつも通り無理矢理
MUGIを夢の国に連行して来ていた。

「なんですか! いきなり遊園地なんて……!」
「お花畑だったら嬉しいだろ、こういう夢の国。連れて来てやったんだから感謝しろ」
「え……感謝って、え!? ちょ、待って……!!」

俺はMUGIを連れて、ジェットコースターに乗り込む。
ここのジェットコースターは、最終的に滝に落下するという
かなり恐ろしい設計になっている。

「いやあああ!!」
「あの、お連れ様大丈夫でしょうか?」

乗る前から絶叫。
心配した係員にたずねられるが、俺は笑顔で返す。

「平気ですよ、このくらい」

俺はギャーギャー騒ぐMUGIの耳にささやく。

「黙らねぇと、キスすんぞ」
「……黙ります」

こうしてジェットコースターはすぐに発車した。

「も、もう! なんでわたしがこんな目に……」
「面白かっただろう?」
「面白くなんかないですよ! 
……でも、ジェットコースターに乗るのはちょっと夢だったので、
それは嬉しかったかな」
「そうか、そうか」
「や、やめてください! KUROさんっ!」

MUGIの髪の毛をわしゃわしゃとなでる。
こいつの髪……少し茶色くて柔らかくて、
うちの犬に似てるんだよな、感触が。

「KUROさんっ!」
「ああ、悪かったな」
「でも、突然でびっくりしました。なんで遊園地になんて連れてこられたのか
わからなくって……」

俺は閉口した。
MUGI。本名・国木田麦歩。
彼女は両親に捨てられ、施設で暮らしていたらしい。
残されたのはアコギ一本。
高校も途中でやめ、路頭に迷っていたところをレイさんに拾われたとのことだ。
そんな彼女の夢。
それは俺にとって意図もたやすく叶えられること。
――遊園地でたくさん遊ぶということだった。

「次、何乗りたいんだ?」
「わたしが選んでもいいんですか!? じゃあ……」

コーヒーカップを選ぶ麦歩。
俺もその列に並ぶ。
ったく……そりゃお花畑脳にもなるわな。
現実が厳しすぎたんだから、夢だけ見ていたいという気持ちは
痛いほどわかる。
麦歩の気持ちがわかればわかるほど、俺の胸は痛くなる。
こいつは確かに世間知らずだったり、ズレてたりするかもしれない。
だけど……普通に平平凡凡と生きている人間なんかより、
よっぽど苦労してるんだ。
俺はそんな麦歩と同じ事務所に所属できていて、
誇らしい。
気持ちはそれだけではないけど……。

「KUROさん、順番ですよ!」
「ああ、今行く」

ああ、麦歩。お前はやっぱりバカだよ。
こんな風に男の手を引っ張ったら、
簡単に落ちちまうだろう?
お前は本当に無防備だよ。
だから、俺みたいな悪者に目をつけられちまうんだ。

それからいくつかアトラクションに乗ると、
すでに時間は19:00を過ぎていた。
これから夜のパレードが始まる。

音楽とともに、きらきらと光る山車が
目の前を横切っていく。

「わぁ……」

ふん、麦歩のやつ、喜んでる……いや、な、泣いてる!?

「おい、どうした? なんで泣いてるんだよ」
「え? わたし泣いてますか? 気づかなかった」

気づかなかったって……どんだけ自分の気持ちに無頓着なんだよ。
俺は取り出したハンカチで、麦歩の目を拭いてやる。

「……KUROさんって、案外優しいんですね」
「案外ってなんだよ」
「いつもわたしにダメ出しばっかりしたりするのに、
今日はここへ連れてきてくれたじゃないですか」

お前の本当の姿を知ったからとは言えない。
ただ、お前と俺は違いすぎる。
違いすぎるが……だからこそわかるということもある。

俺の名前は畑九郎。
名前の通り、長野出身でレタス畑農家を営んでいる。
俺は九男坊だから『九郎』と名付けられた。
安直なネーミングだろう?
そんな普通な……都会の人間から見たら古い農家に俺は生まれた。
俺には上に8人の兄弟がいた。
休みの日には家の畑の手伝いが普通だったし、
ケンカもいつものことだった。
しかし、そんな兄弟たちは畑を継がずに、普通に会社員として就職した。
残されたのは俺ひとり。
なのに、その残されたひとりは一番ダメな人間だった。
友達とバンドをするなんて言って家を飛び出したんだからな。
だけど俺は家族や両親を恨んではいない。
むしろ感謝している。
みんなのおかげで、今ここにいるんだから。
でも麦歩は違う。
俺とは正反対に、人との付き合いがなかった。
本気でケンカする相手も、競い合う兄弟もいなかったんだ。
食事のときにおかずを取りあうこともない。
ただひとりで、話し相手もなく食事を済ますだけ。
そんなの空しいじゃないか。
でも、今は俺がいる。
寂しくなったら俺を呼んでくれ。
メシでも酒でも遊びでも、なんだって付き合ってやるから。

「今日はさ、お前がひとりじゃないって、教えたかったんだ」
「え……」
「MUGIとしての仕事はひとりかもしれねぇ。
でも、悩みがあったら相談できる相手なんていっぱいいるだろう?
MITSUKIさんとかもそうだけど、俺……とか」
「KUROさんにも、ですか?」

麦歩はわかってねーんだ。
俺の思いなんて。
でも、その方がいいのかもしれない。
俺は麦歩ともっと深い関係になりたいけど、
あいつの気持ちを優先させるべきだから。

「俺の両親は、畑をやっていて……亡くなった後継ぐ人間がいなくなった。
俺は音楽を取った自分を悔いたし、もし家を継いでいたらとも思った。でも……
音楽があるから、今の自分がいるんだ」

目の前を通り過ぎていくパレードを見ながら、
俺は俺らしくないことをつぶやいていた。
しかし、それは本音だ。
俺としたことが、こんなお花畑に本音を話すなんて……。
顔を赤らめていたら、お花畑が俺の服の裾をつかんだ。

「KUROさん。わたしが生きていくには、アコギしかなかったんです。
それ以外は……」

瞳を潤ませる麦歩に、俺は強く言った。

「それ以外にも、お前には勇気があったじゃねーか。
路上パフォーマンスなんて、そうそうできるもんじゃねーよ。
だから今、こうやって歌うことができているんだろう?
違うか?」

「KUROさん……」

パレードが通り去り、終了すると、麦歩は俺の手を取って
園内中心にある城の前へ連れて行く。
俺のことを嫌っていたはずの麦歩がなんで……?

「ここで歌わせてくれませんか? わたし、わかったんです。
KUROさんはわたしに意地悪してたんじゃないって。
だから、そのお礼を……」

麦歩はアカペラで歌い出す。
これはラブソング? それとも感謝の歌?

俺が不思議そうな顔をすると、歌い終わった麦歩が
意地悪そうに笑った。

「いつもわたしをいじめるから、そのお返しです!
どういう意味でこの歌を歌ったのか……たくさん考えてください!」

ちっ、麦歩のやつめ……。

何がお返しだ。
だけど自分でも思ったことがある。
麦歩と俺は、案外似た者同士なのかもしれないってことだ。
家庭環境も、生き方も何もかも違った。
でも、根本的なところは一緒だ。

「わっ!? KUROさん!?」

俺は人目もはばからず、麦歩を抱きあげた。

「何するんですか~!」
「これからも俺がお前を支えてやるよ! 落とされたくなかったら、
しがみついてなっ!!」
「もう、恥ずかしいですよ~!!」
「お花畑だったら、こういうシチュエーション大好きだろ?」

俺は笑いながら麦歩を振り回す。
周りの何人かが俺たちを見ていたけど、
どうせただのバカップルにしか見えないだろう。

ま、芸能人だとバレても、俺は構わない。
これからは俺が麦歩を守る。何があっても。
約束してやる。

そう胸に決めたとき、後ろの城の鐘が鳴る。
俺だけのお姫様、なんて呼んでやろうじゃねえの。
お前が喜ぶならな――。

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