小説 ラインの黄金ー4

文字数 8,929文字

  地上の駅に到着したころにはすでに日が傾いていた。ヴォータンとローゲは先を急いだ。夕方には巨人たちがやってくる。アルベリヒは厳重に縛って逃げられないようにした。隠れ兜はローゲが取り上げ、その代わりにアルベリヒの頭には麻袋を被せた。
 二人は仮住まいのテントが建つ場所へ戻ってきた。しかし、出迎えの姿はなかった。フリッカやフロー、ドンナーはフライアが寝泊まりしているキャンピングカーで休息していた。ヴォータンを出迎えたのはメタリックブルーに輝く巨大な城だった。それも靄に霞んで輪郭がぼんやりと見えるだけだった。
 ローゲはネオン看板の前にアルベリヒを転がした。『GOD』や『ABUK』のネオンは夕方になっても輝くことはなかった。
 麻袋の覆面を外しヴォータンと二人で見下ろした。
ローゲ    「さあ、ここが地上の世界だ、お前が手に入れようとした世界だ。私たちを閉じ込める牢獄は何処に作るつもりだったのか」
アルベリヒ  「恥知らずな盗賊ども、この縄を解け、さもないと報いを受けるぞ」
ヴォータン  「強がりはそこまでにしろ。お前は世界を支配しようと企んでいたが、今では我々の虜になった。自由になりたかったら身代金が必要だ」
アルベリヒ  「うかつだった、盗賊どもの罠にかかるとは。復讐を覚悟しろ」
ローゲ    「自由な身の我々が縛られているお前に復讐される恐れはない。復讐を考えるのなら、その前に身代金を用意した方がいいぞ」
アルベリヒ  「何が欲しいのだ」
ヴォータン  「黄金と財宝だ」
 ローゲの策略に嵌って捕虜にされてしまった。しかも、身代金として黄金と財宝を要求してきた。黄金も財宝も渡してなるものか。しかし、アルベリヒは縛られているのでは如何ともしがたい。
 ここは思案のしどころだ・・・
アルベリヒ  「(小さな声で)黄金も財宝も惜しくはない。指環さえあれば、幾らでも増やすことができる・・・ローゲ、腕の縄を緩めてくれ、そうしたら、ニーベルハイムの一族を呼び寄せよう」
 アルベリヒは身代金を差し出すことを認めるしかなかった。黄金は惜しくない。指環があれば身代金の分くらいは二日もあれば作れるだろう。
 ローゲが手を縛っていた縄を少しだけ緩める。片方の手が自由になったアルベリヒは指環に命じた。離れていても指環の効果は絶大だった。しばらくすると、ニーベルング族が地下から黄金と宝物を積んで運んできた。しかし、アルベリヒは囚われの身である。普段はこき使っている工夫たちに捕虜になった姿を見られて歯ぎしりをした。
アルベリヒ  「ニーベルハイムの者どもにみっともない姿を晒してしまった・・・さっさと宝を運べ、そこに積み重ねろ、こっちを見るな。仕事が終わったらすぐに帰れ」
 ニーベルングの工夫たちが続々と財宝を運んでくる。瞬く間に宝の山が出来上がった。もう身代金には十分の量だ。アルベリヒが睨み付けると、ニーベルング族は先を急いで逃げていった。
 黄金と財宝を招き寄せたので解放されると思ったのも束の間、アルベリヒは再び縛り上げられてしまった。
アルベリヒ  「言う通りに支払ったぞ。縄を解いて自由にしてくれ・・・ローゲ、お前が持っている隠れ兜は返せ」
ローゲ    「これも身代金のうちに入る」
アルベリヒ  「うむむ、ここは辛抱だ。悪賢いローゲに奪われたのは失敗だが、ミーメに新しい隠れ兜を作らせるとしよう」
ローゲ    「これでよろしいでしょうか。縄を解きますか」
 ヴォータンは首を振った。隠れ兜と財宝は手に入れたが、肝心かなめの指環はまだアルベリヒの指にある。腕ずくでも指環を取り上げなければならない。指環には世界を制覇できる力が籠っているのだ。
ヴォータン  「まだ指環が残っている」
アルベリヒ  「指環だと! 命はやっても、指環は渡さない。手も足も、わしの物だとは思ってないが、この指環だけは!」
ヴォータン  「指環はお前の物だと言うのか。お前が指環を作った黄金はラインの河底から奪ったんだろう。ラインの娘に訊いてみろ、お前に与えたとは言うまい」
アルベリヒ  「偽善も甚だしい。ヴォータンこそが盗賊だ。わしが盗まなければ、お前が黄金を盗んだに違いない。苦難の末に手に入れたというのに、指環の魔力はお前に微笑むことになるのか。ニーベルング族のわしが悪事を行うのは罪を作ったに過ぎないが、神であるヴォータンが盗めば過去、現在、未来にわたって罪を作ることになるぞ」
ヴォータン  「指環を寄こせ。お前には指環を持つ権利がない」

 いくら喚いても罵っても、アルベリヒはグルグル巻きに縛られているのでは分が悪い。ローゲが腕を押さえ付け、ヴォータンが強引に指環をもぎ取ろうとした。それでもアルベリヒは必死に抵抗を試みた。とうとうヴォータンが剣を抜いた。いっそ手首を切断しようというのである。
 アルベリヒの手首に剣の切っ先が当たった。
 ヴォータンは、アルベリヒが手も足も自分のものとは思っていないのなら、手首を切断してでも指環を奪おうとした。しかし、それでは人殺しの神と呼ばれかねない。剣は脅しである。剣を喉元に突き付けておいてアルベリヒの指を一本ずつ伸ばした。
 抵抗もそこまでだった。
 ヴォータンが指環を少しずつ引き抜いていく。そして、指環は指から離れた。アルベリヒはガックリと崩れ落ちた。
アルベリヒ  「ああ、わしは惨めな虫けら同然だ」
 ついにヴォータンは指環を奪い取った。
 その金色に輝く指環を天に向かって突き上げる。
ヴォータン  「今や偉大な支配者へと高める指環を手に入れたぞ」

 身代金と指環を取り上げたので、もはやアルベリヒに用はなくなった。ローゲは「勝手に帰るがいい」と言ってアルベリヒの縄を解いた。
 アルベリヒは一瞬、ヴォータンを睨み付けたが、すぐに視線を逸らした。黄金も指環も、すべて奪われてしまった。愛を断念してまで手にしたのだ。このままおめおめと引き下がれようか。誰に聞かせるということもなく恨み節を語りだした。
アルベリヒ  「自由になったのか・・・本当に自由の身か。では、お前たちに挨拶をするとしよう。その指環に呪いをかけてやる。わしに無限の力を与えた指環だが、それを持つ者には死を与えよ。指環を得たことを喜んではいけない。指環を所有する者は不安と妬みに苦しむのだ。臆病者は死へと運命づけられる。指環の持ち主は指環の奴隷になり、利益を得る者などいない。わしの手元に指環が戻るまで、そのように祝福してやる。指環を持つ者は決してこの呪いから逃れられないぞ」
 指環にアルベリヒの呪いが掛けられた。
 世界を手に入れられる指環は、今や呪いの指環となった。指環を持つ者には死が与えられるのだ。
 アルベリヒはやっとのことで立ち上がり、薄笑いを浮かべ、やがて立ち去った。
ローゲ    「愛情の籠った挨拶を聴きましたか」
ヴォータン  「好きにさせておけ」
 呪いのことなど単なる戯言だ。

 指環と黄金、財宝は手に入れたが、しかし、これですべて解決したわけではない。巨人たちがやってくる。フライアの解放交渉はこれからである。
ローゲ    「ファーゾルトとファーフナーが来るのが見えます」
 遠くから巨人たちが近づいてくるのが見えた。それより一足早く、ドンナー、フロー、フリッカたちが現れた。
ドンナー   「お帰りなさい」
フリッカ   「よい知らせはありましたか」
ローゲ    「策略は成功、フライアの身代金も用意できました」
 だが、無事に帰還したことを喜んでいる場合ではなかった。
ファーゾルトとファーフナーが勇んで姿を現した。今度も戦車を従えている。その戦車の大砲はこちらに向いており、いつでも攻撃できると脅しているのだった。
ドンナー   「フライアだ」
フロー    「心地よい風が吹く。フライアと離れていたのは悲しいことだった」
 ファーゾルトはフライアと繋いだ手をしっかり握っていた。フリッカがフライアに近寄ろうとするのを睨んで制止した。
ファーゾルト 「まだフライアには触れてならん。わしにとっては残念だがフライアを返しにきた。要求通りの身代金があれば引き渡す」
ヴォータン  「身代金は用意してある」
ファーゾルト 「この美しい女神を手放すのは辛い。彼女のことを忘れるため、フライアの姿が見えなくなるまで黄金を積んでくれ」
 ファーゾルトはいかにも未練たっぷりだ。フライアの姿が隠れるだけの黄金を差し出せと注文を付けた。
ヴォータン  「フライアの身体を目安にしよう」
ファーフナー 「背の高さに合わせて宝を積むのだ」
 身代金の引き渡しが始まった。交渉の結果、フライアを立たせて身体の前に財宝を積み上げることになった。フライアの背の高さの分だけ財宝を積むのである。これでは身代金で買われるのと同じことだ、フライアはブツブツ文句を言いながら真っ直ぐに立った。
 ローゲ、ドンナー、フローたちはフライアの身体が隠れるように財宝を積んでいく。巨人たちが横からあれこれ指示を出した。
ファーフナー 「ぎっしり積め、まだ隙間があるだろう」
フリッカ   「高貴なフライアが屈辱的な仕打ちを受けているではありませんか。女性をこんな目に遭わせるのは酷いわ、ヴォータン」
 フリッカが嘆いても容赦なく命令が飛んだ。フライアの脚、腰、それから胸が積み上げた財宝で見えなくなった。そして、フライアの肩、最後に顔も財宝で隠れた。あれだけたくさんあった財宝もすべて使い果たしてしまった。
ファーフナー 「もっと積め、もっとだ」
ドンナー   「恥知らずの巨人ども、このハンマーで打ち砕いてやるぞ」
ヴォータン  「静かにしろ! もう姿は隠れたようだが」
ローゲ    「宝は尽きてしまった」
ファーフナー 「まだ髪の毛が見えている、その細工物も積み上げろ」
ローゲ    「隠れ兜も取られるのか・・・これで満足しただろう」
 フライアの身体は財宝で覆いつくされ、見ることができなくなった。財宝はもう何一つ残っていなかった。だが、巨人たちはローゲが持っている隠れ兜にも目を付け、僅かに覗いている髪の毛も覆うように言った。ローゲは隠れ兜ではなく、フライアが大切にしていた縫いぐるみを差し出した。しかし、ファーフナーに撥ね付けられ、仕方なく、隠れ兜をフライアの頭に載せた。
 これでフライアの姿は完全に見えなくなった。だが、ファーゾルトは名残惜しそうにフライアの前から離れようとしない。じっと見つめるファーゾルトの目に、財宝の隙間から微かにフライアの瞳が輝くのが見えた。
ファーゾルト 「美しいフライアを見られなくなった・・・いや、フライアの目が見える、まだ手放したくない」
ファーフナー 「彼女の目が見えないよう隙間を塞げ」
ヴォータン  「もう宝はないと言っただろう」
ファーフナー 「ヴォータンの指には指環が残っているじゃないか」
ヴォータン  「なんだと、指環もか」
 巨人族の弟ファーフナーがヴォータンの指に光る指環を見つけた。指環でフライアの瞳を見えないようにしろと迫る。つい今しがた、アルベリヒから強奪した指環が、今度は巨人族に奪われようとしていた。
ローゲ    「巨人たちに言うが、その指環はラインの娘の物だ。ヴォータンが彼女たちに返すんだ」
ヴォータン  「苦労して手に入れた指環だ。私の手元に置いておく」
ローゲ    「それではラインの娘たちに約束した私が困ることになります」
ヴォータン  「そんな約束には拘束されない、ラインの娘など知ったことか。欲しい物を言ってみろ、何でもやるが、この指環だけは渡さん」
ファーゾルト 「指環を渡さないなら、フライアは永遠にわしのものだ」
フロー    「惜しんではいけない」
ドンナー   「指環をやってしまいなさい」
ヴォータン  「何と言おうと指環だけは渡さないぞ」
 フローとドンナーが指環を手放した方がいいと説得しても、ヴォータンは頑として譲らない。巨人たちはイライラが高じてきた。しびれを切らしたファーフナーがZの旗を手にして後方に待機する戦車隊を振り向いた。

 交渉は決裂し、武力衝突かという、その時だった。
 瓦礫の山が崩れ、知恵の神エルダが出現した。神々も巨人族もいったん矛を収めて後ろへ下がった。誰もが静まり返ってエルダの言葉を待った。
 エルダは厳かに言う。
エルダ    「おやめなさい、ヴォータン。呪いの指環から離れなさい」
ヴォータン  「私に警告するのは誰だ」
エルダ    「私は知っています。すべてがどうであったのか、どうなるのか。知恵の神であるエルダは、ノルンの娘たちから何もかも聞かされています。今日は重大な危機だと思い私自身が来たのです。よく聞いてください。今あるのものはすべて終わりを迎え、暗黒の日々が神々に近づいています。忠告します。指環は避けなさい」
 指は避けよ・・・エルダが繰り返した。
ヴォータン  「エルダの言葉は胸に響く・・・もっと聞かせてくれ」
エルダ    「私は警告しました。もう十分お判りでしょう、指環を放しなさい」
 指環を持ってはならぬと言い残し、知恵の神エルダは姿を消してしまった。ヴォータンはその後を追おうとしたがフリッカやフローに引き留められた。
フロー    「エルダの忠告をお聞きになったでしょう、ヴォータン、その言葉を尊重しなさい」
 世界を手に入れられる指環はヴォータンの指に輝いている。しかし、エルダはその呪われた指環を手放せ、暗黒の日々が神々に近づいていると言った。アルベリヒの掛けた呪いは信じたくもないが、エルダの言葉には真実味がある。
 ヴォータンは指環を見つめて考え込んだ。
 世界を支配できる指環。迫りくる神々の黄昏・・・
 ヴォータンは指環に指を添えた。
ドンナー   「巨人たちは下がって待て、指環はお前たちに与えられるだろう」
フライア   「私に身代金を払うだけの価値があると思ってくれるんですか」
 フライアの命は大切だが、それは建前であって、指環を手放したくないのがヴォータンの本音だ。
ヴォータン  「フライア、私の元に来なさい。お前は解放されたのだ。青春は買い戻されて戻ってきた。巨人ども、指環を受け取るがいい」
 ヴォータンは指環を抜き取ってローゲに投げて寄こした。ローゲがその指環を巨人族の弟ファーフナーに与えた。こうしてフライアは無事に解放されたのだった。フライアはフリッカの元へ駆け寄り、抱き合って喜んだ。
 アルベリヒから奪った指環と黄金だったが、ヴォータンの手元は素通りした格好で巨人族の所有となってしまった。

 これで一件落着のはずだったが、そうはいかなかった。
 指環にはアルベリヒの呪いが掛けられているのだった。
 愛を断念したアルベリヒの呪いが・・・
 欲に眼がくらんだ巨人たちはたちまち諍いを起こした。
 指環を手にしたファーフナーは黄金を鷲掴みにすると袋に詰めていった。指環も黄金もすべて独占する魂胆だ。これには兄のファーゾルトが怒りを露わにした。
ファーゾルト 「わしにも分けろ、公正に分配しろ」
ファーフナー 「愚かなお前には財宝よりもフライアの方が良かったんじゃないか。この宝の大部分はわしの物だ」
ファーゾルト 「神々よ、あなた方が裁判官になって公平に分けてくれ」
 ファーフナーが独り占めしようとするのでファーゾルトはヴォータンに仲裁を頼んだ。ヴォータンは兄弟喧嘩には関わりたくないという様子で傍観している。仕方なくローゲが巨人たちの仲を取り持った。
ローゲ    「ファーフナーは指環だけにして、宝はファーゾルトにやればいい」
ファーゾルト 「指環はわしが貰う、フライアの代償だ」
ファーフナー 「そうか・・・では、大事にしろ」
 ファーフナーはすんなりと指環を渡した。しかし、それはファーゾルトを油断させるためだった。兄のファーゾルトが指環に見惚れていると、ファーフナーは隙を狙って背後から襲いかかった。
 ガツン・・・ファーフナーがファーゾルトを殴った。
 ファーゾルトはフライアが抱えていたパンダの縫いぐるみの上に倒れ込んだ。打ち所が悪かったのかピクリともしない。
 すでにファーゾルトは息をしていなかった。心配したフライアが駆け寄ろうとした。ファーゾルトは、たとえいっときとはいえ、想いを寄せられた相手だ。だが、ファーフナーに睨まれて足がすくんだ。
ファーフナー 「せいぜいフライアの夢でも見ていろ、これでもう、指環には手を触れられないからな」
 ファーフナーは指環を指に嵌め、ありったけの財宝を担いで立ち去った。そして、Zの旗をなびかせ、装甲車に揺られてファーフナーは巨人の国へと向った。
 『指環を手にする者には死が与えられる』。アルベリヒの呪いが図らずも現実のものとなった。そして、エルダが警告した、『指環は避けなさい』の通りになったのだ。

 ヴォータンはエルダの忠告が的中したことに驚いた。そして、それ以上に、アルベリヒの呪いの力を思い知らされたのだった。
ヴォータン  「恐ろしい呪いの力を目の当たりにした」
ローゲ    「あなたの幸運は何に比べられましょう、ヴォータン。指環を得たことで多くのものを手に入れ、また、失ったことが役に立ったのです。巨人どもを見ましたか、呪いの掛かった指環のために殺し合ったのですよ」
ヴォータン  「しかし、私は不安でならないのだ。エルダに教えてもらおう、エルダの元へ行くぞ」
フリッカ   「ヴォータン、行ってはなりません。ご覧なさい、あの大きな城があなたを招いているではありませんか」
ヴォータン  「あの城のために悪い支払いをしたものだ」
 ヴォータンは深いため息をついた。
『終末が近づいている』、エルダの言葉がヴォータンの脳裏をよぎった。
 
 夜の闇が迫ってきた。ヴォータンは城に入るため、ドンナーとフローに清めの儀式をおこなうよう命じた。
 ドンナーがハンマーを振り回し、空に向かって呼びかける。
ドンナー    「靄が掛かって鬱陶しい。雷を呼び寄せて靄を追い払おう。湧き上がる雲よ、漂う霧よ、おおい、ドンナーが呼んでいるのだ、ここへ来い・・・」
 振り上げたハンマーで地面を叩いた。雷鳴が轟き、稲光が走る。辺り一帯が真昼のように明るくなった。
 ハンマーの衝撃で瓦礫の山から蓄音機のラッパ型スピーカーが転げ落ちた。  『GOD』の看板も傾いた。Dの後にはZの文字が続いていた。
 雷鳴と稲光が収まり、空が晴れ渡る。霞んでいたその城が神々の前に全貌を現した。城は雲を突き抜けどこまでも高く聳えていた。
ドンナー   「虹の橋を架けろ、フロー」
フロー    「城へと続く虹の橋を架けてご覧にいれましょう。軽いけれども、しっかりしています。恐れることなく城へと渡ってください」
 ヴォータンは満足そうに城を仰ぎ見た。空に架かる七色の虹の橋がヴォータンを城へと招いている。
ヴォータン  「夕べの空に太陽が輝いている。朝の光の中では、まだ住む人もおらず、私を誘うかのように神々しく建っていた。朝から夕方まで不安と心配ばかりで、決して楽に手に入れたわけではないのだ。夜の妬みから守るため隠れ場所を提供してくれ。今や、私は城に挨拶を送る。もはや、不安や恐怖に囚われることはない。妻よ、私と一緒にヴァルハラ城に住もうではないか」
 その城の名はヴァルハラという。
フリッカ   「その城の名前は初めて聞きましたが」
ヴォータン  「恐怖を克服した私の勇気が付けた名前だ。栄華を保ち続ければ、お前にもその意味が分かるだろう」

 ヴォータンと妻のフリッカ、ドンナー、フロー、フライアたちはヴァルハラ城へとゆっくり歩き出した。
 だが、ローゲは神々には付いていかずに立ち止まった。腕を組んで思いを巡らせる。
ローゲ    「神々は終末へと向かって急いでいる。彼らに従うのは恥さらしだ。神々と一緒に滅んでしまうよりは、彼らを燃やす炎に変身したくなった。それも悪くはなかろう。ここは考え物だ。私がすることなど誰が知ろう」
 ヴァルハラ城へ向かっていたヴォータンの足元にビラが飛んできた。拾い上げると、『指環を返せ』と書いてある。ヴォータンは苦々しくそのビラを捻り潰した。
 再び歩み始めた神々に、どこからか歌声が聞こえてきた。歌声は蓄音機のラッパ型のホーンスピーカーから流れてくるようだ。それは初めは微かであったが次第にハッキリと大きくなった。
 ラインの娘たちの声だった。
ラインの娘たち「ラインの黄金よ、純粋な黄金よ。何と明るく輝いていたことか。それが今は嘆くばかり。黄金を返して、黄金を返して」
ヴォータン  「何を嘆いているのだ」
ローゲ    「ラインの娘たちが、黄金が奪われたと泣いています」
ヴォータン  「忌々しい、むだ口はやめさせろ」
 ラインの娘たちの訴えなど聞きたくもない、ヴォータンは両手で耳を覆った。ローゲが呼びかける。
ローゲ    「水の中の娘たちよ、ヴォータンの言い付けだ。その黄金はお前たちには二度と輝かないだろう。これからは神々の新しい威光に浴して幸せに楽しむがいい」
 それでもラインの娘の嘆きは静まらない。
ラインの娘たち「ラインの黄金よ、気高い黄金よ。もう一度、河の底で輝いておくれ。誠実さと親しさは河の底だけ、地上では偽りと卑劣な行いが支配している・・・」
 ヴォータンはラインの娘たちの訴えには耳を傾けることなくヴァルハラ城へと向かうのだった。
 神々を見送ったローゲはどこかへと去って行った。

 神々がヴァルハラ城へと向かったのち、壊れていたはずのネオン看板が突如として点滅を始めた。
 一部分だけが見えていたネオンサインの『ABUK』、それは『KABUKITYOU』と書かれたアーケードの看板だった。『歌舞伎町』!
 そして、『GOD』の看板の続きにはZlLLAの文字があった。
『GODZlLLA』
 瓦礫の山が鳴動した。コンクリート片を押しのけてゴジラの頭部が顔を出す。瞑っていた眼がギロリと光り、ヴァルハラ城にも届くような咆哮が轟いた。

 終わり
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