小説 ラインの黄金ー3

文字数 5,251文字

 ここはニーベルハイムのカジノである。天井からはシャンデリアが下がり、眩いばかりに輝いている。床にはふかふかの絨毯が敷き詰められ、四方の壁は金色である。
ラインの黄金を手に入れたアルベリヒは地下のニーベルハイムにカジノを作った。
 カジノのフロアはルーレット、バカラ、ポーカーやスロットマシンに興じる客で賑わっていた。壁面の巨大なモニターには競馬レースも映し出されている。大当たりしてチップを山のように積み上げた客がいるかと思うと、ハズレ馬券をまき散らす客もいる。そんな客たちにバニーガールが笑顔を振りまいてドリンクを運んでいた。
 アルベリヒはニーベルハイムの帝王、カジノの帝王となった。薄汚れた一張羅の服は金ぴかのジャケットに代わり、シルバーのネックレスをじゃらじゃらさせて、成金趣味で全身コーデしていた。アルベリヒの指にラインの黄金から作った指環が嵌められているのは言うまでもない。
 しかし、華やかなカジノの裏手へ回ってみると、そこはニーベルング族の作業場になっていた。
 工夫たちは金槌で金属を叩き、細い鎖の細工をしたり、宝石を研磨している。ニーベルハイムに響き渡るカン、カンという音は金槌で叩く音だった。工夫たちの仕事ぶりは常に数台の監視カメラで監視されている。それゆえ誰もがわき目もふらず与えられた仕事をこなしているのだった。
 ミーメは腕のいい鍛冶屋だ。指環に宝石を取り付ける作業やネックレスの鎖を作るのはお手の物だった。
 最近では女性向けの装飾品に加え、子供用の玩具も手掛けていた。一つの胴体に頭が三つある巨大怪獣のフィギュアは大うけだった。金色に輝くその怪獣の名はキングギドラだ。
 ゴジラのフィギュアも子供に人気がある。ゴジラの上半身を大きなサイズにして建物の屋上に据え付けたらと考えた。それを見た者は本当に怪獣が襲ってきたと勘違いするだろう。びっくりするくらい真に迫った物を作る自信はある。
 ゴジラの頭部だけの被り物も作ったのだが、それを見た兄のアルベリヒが、隠れ兜を作れと言ってきた。ラインの黄金から指環を作ったアルベリヒは、人が変わったように威張り散らしている。隠れ兜にも、あれやこれやと細かい指示を出すので大変だった。何とか完成したが、まだ細部の手直しが必要だ。それに、この隠れ兜はどんな力があるのか、作ったミーメ本人には知らされていなかった。だいたい想像はつく。隠れ兜に魔力があるなら指環を奪うこともできるかもしれない。
 ミーメが隠れ兜の仕上げに取り掛かろうとしたところへアルベリヒが姿を見せた。

 アルベリヒが弟のミーメの首根っこを掴んで作業場に現れた。
アルベリヒ  「こっちへ来い、わしが注文した通りに仕上げたか」
ミーメ    「痛い、痛い。出来てはいるのだが、まだ、ここや、あそこが」
アルベリヒ  「グズグズ言うな、細工を寄こせ」
 細工を寄こせと、ミーメが作り上げた隠れ兜を強引にひったくっる。金の鎖で出来た隠れ兜だ。アルベリヒはそれを自分の頭にのせて寸法を合わせてみた。
アルベリヒ  「わしが教えてやったように、ちゃんと出来ているではないか。お前は独り占めしようとしたな。愚か者め。さて、魔法の力は現るかな・・・」
 サイズがピッタリなのは満足だが、隠れ兜の実力はどうだろうか。さっそくミーメで試すことにした。
 アルベリヒは隠れ兜を被り、呪文を唱える。すると、不思議なことにアルベリヒの姿が消えた。ミーメはきょろきょろと辺りを見回した。
アルベリヒ  「わしの姿が見えるか」
ミーメ    「どこだ・・・見えない」
アルベリヒ  「愚か者に思い知らせてやろう」
 隠れ兜の魔力で姿を隠したアルベリヒは、そっと忍び寄るとミーメの背中を叩いた。
ミーメ    「痛いっ」
アルベリヒ  「ハハハハハ、ありがとうよ、お前の仕事はたいしたもんだ。ニーベルングの者ども、わしのために働け、ニーベルングの帝王がいつでも見張っているぞ。黄金の財宝を造れ、怠けると叩くぞ」
 アルベリヒがミーメを蹴飛ばした。どこから襲われるか分からない、ミーメは見えない敵から逃れようと右往左往するだけだった。
 アルベリヒはカジノに響き渡るような高笑いを残して去っていった。

 ヴォータンとローゲがニーベルハイムに到着した。エレベーターを降りて、かつて知ったるローゲが案内に立った。ローゲは高い所や低い所、世界中を旅しているので、ニーベルハイムも知り尽くしている。
ローゲ    「ここがニーベルハイムです・・・霧の中で何かが光っている、誰かの呻き声がするようだ」
 声のする方へ行ってみると、カジノの入り口で鍛冶屋のミーメが頭を押さえていた。
ミーメ    「痛い、痛い」
ローゲ    「おい、ミーメ、どうした、誰にぶたれたんだ」
ミーメ    「構わんでくれ」
ローゲ    「いいとも、それどころか助けてやろう」
 また叩かれるのかと怯えていた鍛冶屋のミーメは、助けるという言葉を聞いて安堵の表情を浮かべた。
ミーメ    「助けるって? わしはアルベリヒに従わねばならんのだ」
ローゲ    「そんな力をどうやって持ったんだ、アルベリヒは」
ミーメ    「アルベリヒは悪知恵を働かせて黄金から指環を作り、その魔力でニーベルハイムを支配した。我々、鍛冶屋は女性が喜ぶ飾り物を作っていただけだ。アルベリヒは指環の力で鉱脈を探し出す。だから、工夫たちは来る日も来る日も働かせられているんだ。アルベリヒのために宝物を積み上げねばならなくなった」
ローゲ    「そこでアルベリヒはもっと働けと怒っているんだな」
ミーメ    「アルベリヒは隠れ兜も作れと命じた。わしはその細工物がどんな凄い力を持つのかうすうす気付いていた。そこで、隠れ兜の魔力で指環を奪おうとしたんだ」
ローゲ    「利口なミーメがなぜ失敗した?」
ミーメ    「隠れ兜を作ったこのわしが、兜の力を甘く見ていた。アルベリヒは兜を取り上げ、姿を隠して背後から襲ったんだ。バカなわしにはとんだお礼だった」
ヴォータン  「アルベリヒを捕まえるのは大変なようだな、ローゲの策略に任せるぞ」
ミーメ    「・・・アルベリヒが来ます。気を付けて」
 アルベリヒの気配を察知したミーメは頭を抱えて小さくなった。

 ニーベルハイムの帝王アルベリヒが姿を見せた。宝を運べと、工夫たちを怒鳴り付ける。ふと、ローゲともう一人、見慣れぬ男がいることに気付いた。悪知恵の働くローゲにはよくよく注意が必要だ。
アルベリヒ  「誰だ、ここへ侵入してきた者は。ミーメ、そこの二人に余計なことは喋らなかったろうな」
 ミーメが何とも言わないので、再び工夫たちに怒りの矛先が向けられた。
アルベリヒ  「そこだ、宝を積め、ほら、お前は向こうだ。ぐずぐずするな。仕事につけと言ったろう。坑道に行って金を採掘するんだ。早くしないと鞭をお見舞いするぞ。しっかり働け、指環のご主人様の命令に従うんだ」
 アルベリヒが指環をかざして威嚇した。工夫たちは黄金や財宝、それにカジノのチップを置いて転がるように逃げ去った。

 それからアルベリヒは侵入者を問い質した。
アルベリヒ  「ここで何をしている」
ヴォータン  「ニーベルハイムの夜の国について噂話を聞いた。アルベリヒが権力を振るっているそうだが、この目で見るために来たんだ」
アルベリヒ  「お前たちの妬みが招いたんだ、わしには分っている」
ローゲ    「分っているって? では言ってみろ、私が誰かを。お前たち鍛冶屋が火を使うとき、火の神ローゲが炉を熱しなければ仕事はできまい。私は身内のようなものではないか」
アルベリヒ  「ローゲは何時の間に神々の仲間になったんだ。お前なんか怖くないぞ」
 アルベリヒは入り口のドアを開け、お客で賑わうカジノの内部を見せた。ローゲはカジノの店内を覗いて目を見張った。スロットマシンで大当たりが出たとみえて金貨が床に溢れていた。
ローゲ    「たいそう羽振りがいいようだな、アルベリヒ」
アルベリヒ  「わしの軍勢が積み上げた財宝の山を見たか。これは今日の分だけだが、毎日どんどん増えていく」
 アルベリヒが積み上げられた黄金やチップを指差した。その指にはラインの黄金から作った指環が燦然と輝いている。ヴォータンは、黄金はフライアを解放する身代金に十分な分量があるとみた。早く黄金を持って帰りたいところだが指環もいただきたい。それにはアルベリヒの警戒心を解かなくてはならないだろう。
ヴォータン  「だが、楽しみの少ないニーベルハイムで、この宝はいったい何の役に立つというのか」
アルベリヒ  「ニーベルハイムの暗闇は財宝を隠すには好都合さ。わしは黄金で奇跡を起こし、世界を手に入れてみせる」
ヴォータン  「どうやって手に入れるんだ」
 それほど聞きたければ教えてやろうではないか、アルベリヒは得意満面な様子でそっくり返った。
アルベリヒ  「お前たちは爽やかな世界で楽しく暮らしているだろうよ。わしは天上世界で暮らす神々を残らずひっ捕らえる。わしが愛を断念したように誰もが愛を諦めなければならない。楽しい生活に浸っているがいい。暗黒の帝王を見くびるなよ。初めに男たちが、次に女性たちが、わしに従うときがくる。神々よ、せいぜい気を付けるんだな、ニーベルハイムの軍勢が襲いかかるぞ」
 愛を断念したアルベリヒにとって女性には何の価値を見いだせない。それよりも金だ。金があれば、指環があれば、愛はなくとも、この世のすべてを手に入れられる。
 アルベリヒはヴォータンに向かって指環を嵌めた指を突き出した。
 宣戦布告とも受け取れるアルベリヒの言葉を聞いてヴォータンが色を作して詰め寄る。ここはローゲが二人の間に割って入って事なきを得た。アルベリヒを怒らせてはますます警戒心が強くなるだろう。ローゲは任せておけとヴォータンに目配せした。いよいよ策士の出番である。
ローゲ    「この黄金を目の当たりにしては、誰もが驚かずにはいられない。黄金の力によって、お前の計画が成功すればさらに権力が増大するだろうよ。ニーベルハイムの一族はお前の指環を恐れている。しかし、眠っている間に、盗賊がこの財宝を盗もうとしたらどうするのだ。私が心配するのはそこだ」
 何を言い出すのかとアルベリヒは高笑いした。何といっても、こちらには指環もあれば隠れ兜もあるのだ。
アルベリヒ  「お前は自分が一番策略に富んでいると思っているな。忠告など聞きたくもない。わしがミーメに作らせた隠れ兜を被れば姿を消せる。それだけじゃない、どんなものにも姿を変えられるんだ。だから心配は無用さ」
ローゲ    「この目で見なければ信用できないね」
アルベリヒ  「疑い深いヤツだ、どんな姿になればいいんだ」
ローゲ    「驚くものなら何でもいい」
 ローゲの挑発に乗ったアルベリヒは隠れ兜を被った。驚かせるくらいは朝飯前だ。ローゲが思っているよりも遥かに凄い隠れ兜の魔力を見せつけてやろう。
アルベリヒ  「いいか、見ていろ。巨大な蛇よ、トグロを巻け・・・」
 巨大な蛇と唱え、アルベリヒは両手を広げて身体を伸ばした。足元から煙が沸いたかと思うとその姿は一瞬にして見えなくなり、代わって胴回りが二抱えもある大蛇が現れた。真っ赤な舌を出してローゲの周りを這いまわり、一飲みしようと大きな口を開けて挑みかる。ローゲはそれを見て大げさに驚いた。
ローゲ    「ひょえぇぇぇ、恐ろしい大蛇だ。ローゲの命は助けてくれ」
ヴォータン  「そんなに早く姿を変えられるとは驚いた」
 這いまわっていた大蛇は何処ともなく消え去った。変身を解いたアルベリヒは大きくなるのは簡単だと言わんばかりにステップを踏んでいる。ローゲはいかにも感心した様子だ。だが、これは油断させるためで、さっそく次の作戦に打って出た。
ローゲ    「お前の話を信じることにしよう。では、大きくなったのだから、反対に小さくなることもできるのか。危険なときには岩の隙間に入って隠れるのも賢明だと思うんだが、そっちの方が難しいだろうなあ」
アルベリヒ  「難しいと思うのは愚かな証拠だ。今度は小さくなればいいんだな。お安いことだ、カエルになってみせよう」
 まさかこれがローゲの罠だと知らず、アルベリヒは再び隠れ兜を頭にすっぽり被った。身体を屈めながら、「灰色のカエルよ、這い出せ」と念じた。すると、アルベリヒはたちまちに小さなカエルに変身した。
 ヴォータンとローゲが見逃すはずもない、この時だとカエルを取り押さえた。
ローゲ    「捕まえたぞ」
 アルベリヒは元の姿に戻ったものの、ローゲとヴォータンにがっちりと羽交い締めにされてしまった。
アルベリヒ  「無念だ、謀られた」
ローゲ    「さあ、動けないように縛って上に戻りましょう」
 こうしてニーベルハイムの帝王アルベリヒはあっけなく捕虜になった。
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