後書き

文字数 4,299文字

後書きー1

 「小説 ラインの黄金」をお読みいただきありがとうございました。この作品は、オペラの歌詞を引用したので、あらかじめ「」の歌詞・セリフが決まっていました。私が創作したのは「」の前後のト書きに相当する部分です。
 本作を書くにあたってはDVDやCDの歌詞カードを参考にしました。ところが、CDの歌詞カードの訳文はとてもぎごちない日本語になっていました。おそらく訳者の方が、ドイツ語には堪能だけど、オペラや演劇には無縁の方だったのかもしれません。またDVDの日本語字幕は表示時間の制約で簡略し過ぎる傾向がありました。
 そこで、歌詞は日本語らしく直し、地の文で状況や心理描写を描いてみました。「ラインの黄金」を観たことがない人でも楽しめるよう書いたつもりです。

 リヒャルト・ワーグナー(1823―1883)はドイツの作曲家です。おもにオペラを作曲し、「ローエングリン」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」「トリスタンとイゾルデ」などが知られています。
 「ニーベルングの指環」は構想から完成まで二十六年もかかったといわれています。その間、ワーグナーは革命に巻き込まれて亡命生活を送るなどしていました。ワーグナーは、「ニーベルングの指環」を上演するための専用の歌劇場、バイロイト祝祭劇場を建てました。正しくは、建てさせたと言うべきでしょう。建てたのは、ノイシュバンシュタイン城で知られるバイエルン国王ルードヴィヒ二世です。

「ニーベルングの指環」に関心を持たれた方は、
 Der Ring das Nibelungen ohne worte
 を聴いてください。
 これは「ニーベルングの指環」の中から、歌のない部分だけを繋ぎ合わせた編曲した器楽曲です。一時間ほどの楽曲で、気軽に聴くことができます。入門的には最適です。ヴァルハラ城への入場、ヴァルキューレの騎行も入っています。
 「ニーベルングの指環」の音楽について少しだけ書くと、随所に示導動機というものが使われています。示導動機とは、ある人物が登場するとき、または、ある事物や現象が現れるときに、決まった旋律が流れるというものです。分かりやすくいえばテーマソングみたいなものです。

参考文献 CD・DVD
CD
「ラインの黄金 ウィーンフィル 1958」
DVD
「ラインの黄金 メトロポリタン歌劇場 1990」
「魅惑のオペラ ニーベルングの指環 ラインの黄金」小学館 ほか
 Das Rheingold バイロイト音楽祭舞台など
 
・追記 拙作「番外編・くわしい探偵社」では、リヒャルト・シュトラウス作曲、オペラ「ナクソス島のアリアドネ」を取り上げておりますので合わせてお読みいただけると幸いです。 

後書きー2

 「ニーベルングの指環」は演出の可能なオペラです。演出とは、原作の時代や場所の設定などを変えて上演することです。演出は読み替えとも言われます。もちろん、どのように演出しても音楽と歌詞は原作そのままです。
 「小説 ラインの黄金」も、時代は近未来とし、場所は日本の新宿らしき所に変えてみました。最後に歌舞伎町が出てきます。また、原作のオペラではあまり目立たないフライアをかなり書き込んでみました。「ラインの黄金」は登場人物の多くが悪役なのですが、フライアだけは「か弱い女性」に描かれています。今回はフライアを悪っぽくしてみました。

 では、実際の上演にあたってはどのように演出しているのか、「ラインの黄金」の舞台から幾つか紹介します。
 最近のものでは、モーテルが舞台で、ライン河はプール、神々のいる場所はモーテルの一室になっている作品があります。巨人族が建築現場の作業員のような衣装だったり、ファーゾルトが車椅子に乗っているものもあります。あるいは、舞台が見世物小屋になっていて、神々も巨人族もニーベルング族もサーカスの一座という設定もありました。
 神であるヴォータンが現代の服を着て、生活感で満ち溢れているという演出では、神の威厳が失われ、矮小化されてしまうようにも思えます。
 演出するのは「ニーベルングの指環」の中の「ヴァルキューレ」や「神々の黄昏」でも同じことです。読み替えて上演することができるのも、「ニーベルングの指環」には時代を越えて現代に訴えかけるものがあるからでしょう。
 とはいえ、必ずしも演出が観客に受け入れられるとは限りません。幕が下りると拍手喝采とともにブーイングが巻き起こることがあります。

後書きー3
 ここでは、ローゲの登場シーンを取り上げて、舞台上の動きについて私が感じたことを書いてみます。

「小説 ラインの黄金」より
 そのとき、瓦礫の山から白い煙が噴き出した。いち早く気付いたのはヴォータンだった。
ヴォータン  「やっと来たか、ローゲ」
 火の神ローゲが煙の中から飛び出してきた。ジレに細身のスラックス、バーテンダーのような服に身を固めている。
ヴォータン  「お前が決めたまずい取り引きを解決しようと来たんだな」

 小説を書いているとき、この場面はどのように演じているのか、いろいろな動画を見て考えました。
 ヴォータンは巨人たちに早く報酬を出せと迫られます。人質の代わりを探すと約束したローゲはまだ来ません。イライラしているところへ、やっとローゲが現れます。このとき、ヴォータンだけがいち早くローゲが来たことに気が付きます。
 本来、ヴォータンの歌詞は一連の歌詞なのですが、私が見た動画では「やっと来たか、ローゲ」と言ったあと、辺りを見回し、一瞬の間があって「お前が決めた・・・」になっているものがほとんどでした。なので歌詞を二つに分けました。

 次にドイツ語の歌詞と英語訳された歌詞を見て見ます。

1―ドイツ語
Endlich Loge.
Eiltest du so, den du geschlossen, den schlimmen Handel zu schlichten?

2―英語字幕
Atlast Loge.
Is this how you hasten to resolve this ill-chosen bargain.

3―英語歌詞
Atlast Loge.
Now you are here, now you can mend it, this dreadful bargain you brokered.

 英語圏では「ラインの黄金」を英語で上演することもあって、その場合は、上記の、3―英語歌詞のようになります。これを、メロディに合わせて歌うと、英語でも違和感なく聴こえます。

 オペラでは舞台で歌手は立って歌うだけではなく、いろいろと演技しています。空中に吊るされたり、水の中に飛び込んだり、それでよく歌えるなと思うような演技もします
 ネットで様々な舞台を見ると、「ニーベルングの指環」では、歌手が動き過ぎだと思ってしまいます。意図が不明な、無駄な動きをしていると感じてしまうこともあります。
 オペラの上演方法に演奏会形式というのがあります。これは通常は舞台下のピットに入っているオーケストラが舞台上に上がり、その前、または後ろに歌手が立って歌う形式です。歌手の衣装はごく普通のスーツやドレスなどです。この形式の場合、歌手は演技せず、ただ立って歌うだけです。「ラインの黄金」を演奏会形式で見ましたが、これが意外と新鮮で、音楽と歌に集中することができました。指揮者や楽器の演奏もよく分かります。「ヴァルキューレ・第一幕」も面白いのでお勧めです。


後書きー4

「ニーベルングの指環」の二作目以降のあらすじです。

「ヴァルキューレ」・・・それから長い年月が経った。神々の時代から人間の時代に変わろうとしていていました。
 ある嵐の夜、一人の男が一軒の家にたどり着きます。男の名はジークムントといいます。その家はフンディングの館で、妻はジークリンデでした。館の居間には大きなトネリコの木が生えていて、太い幹に一本の剣が刺さっています。問われるままに語ったところによると、ジークムントとフンディングは仇同士であったことが判明しました。ジークリンデは夫に眠り薬を飲ませ、ジークムントに身の上話を聞かせす。実はこの二人、ヴォータンとエルダの間に生まれた双子なのでした。ヴォータンは指環を取り戻すために人間の力を借りることにしたのです。双子だと気付いたジークムントとジークリンデは抱き合って愛し合い、フンディングの館から立ち去りました。
 兄妹で愛し合うという禁を冒した二人には絶望しか残されていません。フンディングと決闘したジークムントは死んでしまい、身重のジークリンデはヴァルキューレたちに助けられて森へと逃げ込みます。ヴォータンは決闘の経緯を巡って、ヴァルキューレの長女ブリュンヒルデを炎の中に閉じ込めてしまいます。

「ジークフリート」・・・さらに二十年ほど経過します。
 ジークムントとジークリンデの息子ジークフリートは恐れを知らぬ野生児、英雄として育ちます。母のジークリンデは彼を生んで間もなく息を引き取り、代わってジークフリートを育てたのはニーベルング族の鍛冶屋ミーメでした。ジークフリートは森の外へ出ようとし、母の形見の剣、ノートングの剣を鍛え上げます。
 ジークフリートは大蛇の姿になって指環を守っていたファーフナーを斬り殺し、指環と隠れ兜を手に入れました。また、指環を狙って近づいたミーメをうち殺す。ジークフリートは炎に閉じ込められたブリュンヒルデを助け出します。

「神々の黄昏」・・・それから間もなく。
 指環と隠れ兜を手にしたジークフリートだったが、ブリュンヒルデを娶ったことにより、生活の問題に直面します。そこで世間に出たところ、たちまち騙されてしまいます。惚れ薬の影響で別の女性を好きになったり、ついには狩りの最中、アルベリヒの子孫のハーゲンに殺害されてしまいます。指環の行方はどうなるのか・・・

 「ラインの黄金」ではあまり長い歌詞はなかったのですが、「ヴァルキューレ」以降ではとてつもなく長い歌詞が出てきます。たとえば、「ヴァルキューレ」第二幕では、ヴォータンが延々と600文字ほど語り、ブリュンヒルデが一言返して、またヴォータンの長い語りが続きます。
 これは、叙事語りといって、舞台上では観客が知らないことになっている過去の出来事を語るというものです。「ジークフリート」でも「神々の黄昏」でも叙事語りは頻繁に出てきます。動きもほとんどなく、聴いていて眠くなるし、飽きてきます。これを小説に書くのは難しくて、面白みもないのではないと思います。




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