第58話
文字数 3,103文字
満ち足りたクリスマスの翌日は、結城の送別会を兼ねた売り場の忘年会だった。
居酒屋の一室を借りきって、賑やかに始まった。
席は何故か男女できっちりと分かれていた。
河嶋と和子の間を思いやった感じである。
この日も睦子はビールを頼まなかったが、河嶋は何も言わなかった。
さすがに、こんな時に場の雰囲気を壊しては、と思ったのかもしれない。
それとももう諦めたのか。
「一年間、今年も御苦労さまでした。色々ありましたが、みんなが頑張ってくれて、主任として感謝してます。来年もまた宜しくお願いします。それから、結城君の前途を祝して、乾杯!」
主任の掛け声に合わせて、みんなは唱和した。
こうして皆と飲むのは久しぶりな気がした。
結城がこの職場へ来てから、本当に色々な事があった。
彼の登場が、睦子にとっては一つの転機だったような気がする。
睦子は、あの夢を思いだした。
あの時に、もう睦子は結城に掴まっていたのだ。
あの時から結城を意識するようになり、彼はどんどん睦子に近づいて来た。
結城は主任と楽しそうに笑いながら話しをしている。何を話しているんだろう。
そう思いながら見ていたら、横に座っている浜田が耳元に口を寄せて来た。
「良かったわね。仲直りできたみたいで」
浜田は楽しそうに笑っている。
睦子は微かに頬を染めて、「ありがとうございました」と返した。
「でも、彼がいなくなると寂しくなるわよね。あなただって、毎日顔を見れなくなるんだから、寂しいでしょ?」
睦子は頷く。
彼がいてくれたお陰で、ハードな仕事でも精神的な負担が軽くなった。
ちょっとした会話や視線のやり取りがあるだけでも、気力が充実した。
これからは、それが無くなる。
だが、二人はマメに終業後に逢う事になっている。一緒に勉強する為だ。
そして睦子も、来年の三月までに新しい働き場所を探して、今の職場を退職する事にした。
大学の試験は日曜日に開催される。
日曜日に休みが取りにくい今の職場で働き続けるのは難しい。
スクーリングに参加するにも不具合がある。
「結城さんは、今度はどんな仕事なの?」
京子が結城に質問した。
「スポーツクラブのインストラクター」
「ええー?すごーい!でも、ピッタリ~」
睦子も同感だ。
聞いた時には驚いた。
今の職場へ就職する前に、インストラクターの資格は取得していたのだと言う。
ただ、空きが無かった。その空きが、やっと見つかったのだそうだ。
どうりで教えるのが上手なわけだ。
「いかにもって感じだよな」
河嶋が煙草を咥 えてそう言った。
最近、吸いだしたのだった。
どうも彼は最近、洵子よりもポップの久保メグミにご執心な様子で、新たな三角関係が生じつつある。そのストレス解消の為の喫煙か。
だが、その久保メグミは、どうやら結城に気があるようで、結城が退職すると聞くと、急に積極的に接近してきた。
それを妨害するように、河嶋はしきりに松本あかりをけし掛けて、あかりと結城がくっつくように画策しようとしていて、結城も困っていた。
クリスマスイブの日も、河嶋が主だった若い男女従業員の何人かに声をかけて、店を借り切ってのパーティを開催した。
当然、結城も誘われたが、結城は彼女と約束があるからと言って断ったのだった。
「ねぇ、むっちゃん。クリスマスはどうしたの?中川さんに誘われた?」
京子が睦子の袖を軽く引っ張って、小声でそう言った。
睦子は軽く溜息を洩らす。
「中川さんとあたしをくっつけようとするの、やめてね。この間は本当に迷惑だった」
「えぇ?じゃあ、上手くいかなかったの?」
「だからぁ。あたしには、その気ないから。大体あの人、全然好みのタイプじゃないし」
「そっかぁ。じゃぁ、しょうがないね。じゃぁさ、じゃぁ、むっちゃんの好みのタイプって?どんな人?前彼はスラッとしてて眼鏡かけてたけど、ああいう人が好みなの?」
また、誰かを紹介しようとでも言うのだろうか。
困っていたら、浜田が隣から口を挟んできた。
「石川さん。幾ら仲良しでも、限度ってものがあるわよ。いい加減にしたら?」
「でも……。いいじゃないですか、好みのタイプを聞くくらいは。別に聞いた後で、また紹介しようとかは、しませんから」
京子の言葉に、浜田は呆れた顔をした後、どうするの?と言った顔を睦子に向けた。
「恩田さんと工藤君は、付き合い始めるみたいだよ。クリスマスも一緒に食事に行ったんだって」
そう言われれば、さっきから楽しそうに二人で話している。
元々気が合う感じではあった。
その時、「こんばんはぁ~」と、いきなり女性の声がして、みんなで驚いて出入り口の方へ目をやると、松本あかりと久保メグミが入って来た。
「なんだよー。どうしたんだよー」
と、河嶋が嬉しそうに声を掛けたが、他の面々はみんな驚いて目を見張っていた。
「すみませーん。服地の忘年会に押しかけて来ちゃって。でも、結城さんの送別会も兼ねてるって聞いたので、ちょっとだけでも参加させて貰いたいと思って来ちゃいました~」
久保メグミが全く悪びれた様子も無く、明るい笑顔でそう言うと、結城の隣に腰かけた。それを見た松本あかりが、反対側の結城の隣に腰掛ける。
「ちょっと、何なのよ、あれは」
浜田が不愉快そうに言った。
「鮎川さん、いいの?」
睦子に顔を寄せてきた。
睦子は苦笑した。
良いわけでは無いが、しょうがない人達だな、と思う。
結城は困惑した表情を見せていた。
「結城さんもさ。彼女に義理だてしなくても、こんなに綺麗どころに人気があるんだから、こっちを選べばいいのに」
河嶋が不謹慎な言葉を口にした。それだけで、この男がどれだけ不誠実なのかが分かると言うものだ。
しかも、和子がこの場にいるのに。
「恩田さん、別れて良かったんじゃない?酷い男じゃん、あいつ」
軽蔑の眼差しだ。
京子の言葉に、和子は笑った。
「そうですよ。俺、大事にしますから」
工藤は真剣な顔つきだ。本気さが伝わってくる。
そんなこちらの気配に気づいたのか、河嶋が胡散臭そうな目つきでこっちを見た。
「アユちゃん、昨日は休みだったよな。日曜日に休むなんて、なんかあったの?」
不機嫌そうな顔で言われた。
なんで、あたしに絡んでくるんだろう。益々不愉快に思う。
睦子が何て答えようかと逡巡していたら、いきなり弓田主任が口を挟んで来た。
「昨日のアユちゃんの休みは、俺から結城君への餞別なんだよ」
「はぁ?」
主任の言葉に、河嶋が思いきり驚いた。
「何ですか、それ。全然言ってる事の意味が分からないんですけど」
睦子は主任の突然の言葉に驚いた。
まさか主任が二人の事を口にしてくるとは思ってもみなかった。
「しょうがないなぁ。結城君、今日、この場で、みんなに話すって言って無かったか?そろそろ話したらどうなんだ?グズグズしてるから、余計な子達まで入りこんで来ちゃったじゃないか」
「余計な子達って、私達の事ですか?」
あかりが納得できないような声をあげた。
「そうだよ。服地の忘年会なのに、部外者が入って来るんだからな」
どうやら主任も、快く思って無いようだ。
「ひどーい」
二人はむくれながら文句を言った。
「アユちゃん、こっちへ来なさい」
主任が睦子に向かってそう言った。
浜田が肘で睦子をつついた。
「ええ?むっちゃん、どういう事?」
京子が小声で睦子に問いかけた。睦子は微笑むと、立ちあがって主任のそばまで移動した。
それを見た結城が立ちあがって、睦子の隣に立った。
みんなが驚いた顔をして二人に注目した。
「俺の彼女です」
結城はそう言って、睦子の肩を抱き寄せた。
居酒屋の一室を借りきって、賑やかに始まった。
席は何故か男女できっちりと分かれていた。
河嶋と和子の間を思いやった感じである。
この日も睦子はビールを頼まなかったが、河嶋は何も言わなかった。
さすがに、こんな時に場の雰囲気を壊しては、と思ったのかもしれない。
それとももう諦めたのか。
「一年間、今年も御苦労さまでした。色々ありましたが、みんなが頑張ってくれて、主任として感謝してます。来年もまた宜しくお願いします。それから、結城君の前途を祝して、乾杯!」
主任の掛け声に合わせて、みんなは唱和した。
こうして皆と飲むのは久しぶりな気がした。
結城がこの職場へ来てから、本当に色々な事があった。
彼の登場が、睦子にとっては一つの転機だったような気がする。
睦子は、あの夢を思いだした。
あの時に、もう睦子は結城に掴まっていたのだ。
あの時から結城を意識するようになり、彼はどんどん睦子に近づいて来た。
結城は主任と楽しそうに笑いながら話しをしている。何を話しているんだろう。
そう思いながら見ていたら、横に座っている浜田が耳元に口を寄せて来た。
「良かったわね。仲直りできたみたいで」
浜田は楽しそうに笑っている。
睦子は微かに頬を染めて、「ありがとうございました」と返した。
「でも、彼がいなくなると寂しくなるわよね。あなただって、毎日顔を見れなくなるんだから、寂しいでしょ?」
睦子は頷く。
彼がいてくれたお陰で、ハードな仕事でも精神的な負担が軽くなった。
ちょっとした会話や視線のやり取りがあるだけでも、気力が充実した。
これからは、それが無くなる。
だが、二人はマメに終業後に逢う事になっている。一緒に勉強する為だ。
そして睦子も、来年の三月までに新しい働き場所を探して、今の職場を退職する事にした。
大学の試験は日曜日に開催される。
日曜日に休みが取りにくい今の職場で働き続けるのは難しい。
スクーリングに参加するにも不具合がある。
「結城さんは、今度はどんな仕事なの?」
京子が結城に質問した。
「スポーツクラブのインストラクター」
「ええー?すごーい!でも、ピッタリ~」
睦子も同感だ。
聞いた時には驚いた。
今の職場へ就職する前に、インストラクターの資格は取得していたのだと言う。
ただ、空きが無かった。その空きが、やっと見つかったのだそうだ。
どうりで教えるのが上手なわけだ。
「いかにもって感じだよな」
河嶋が煙草を
最近、吸いだしたのだった。
どうも彼は最近、洵子よりもポップの久保メグミにご執心な様子で、新たな三角関係が生じつつある。そのストレス解消の為の喫煙か。
だが、その久保メグミは、どうやら結城に気があるようで、結城が退職すると聞くと、急に積極的に接近してきた。
それを妨害するように、河嶋はしきりに松本あかりをけし掛けて、あかりと結城がくっつくように画策しようとしていて、結城も困っていた。
クリスマスイブの日も、河嶋が主だった若い男女従業員の何人かに声をかけて、店を借り切ってのパーティを開催した。
当然、結城も誘われたが、結城は彼女と約束があるからと言って断ったのだった。
「ねぇ、むっちゃん。クリスマスはどうしたの?中川さんに誘われた?」
京子が睦子の袖を軽く引っ張って、小声でそう言った。
睦子は軽く溜息を洩らす。
「中川さんとあたしをくっつけようとするの、やめてね。この間は本当に迷惑だった」
「えぇ?じゃあ、上手くいかなかったの?」
「だからぁ。あたしには、その気ないから。大体あの人、全然好みのタイプじゃないし」
「そっかぁ。じゃぁ、しょうがないね。じゃぁさ、じゃぁ、むっちゃんの好みのタイプって?どんな人?前彼はスラッとしてて眼鏡かけてたけど、ああいう人が好みなの?」
また、誰かを紹介しようとでも言うのだろうか。
困っていたら、浜田が隣から口を挟んできた。
「石川さん。幾ら仲良しでも、限度ってものがあるわよ。いい加減にしたら?」
「でも……。いいじゃないですか、好みのタイプを聞くくらいは。別に聞いた後で、また紹介しようとかは、しませんから」
京子の言葉に、浜田は呆れた顔をした後、どうするの?と言った顔を睦子に向けた。
「恩田さんと工藤君は、付き合い始めるみたいだよ。クリスマスも一緒に食事に行ったんだって」
そう言われれば、さっきから楽しそうに二人で話している。
元々気が合う感じではあった。
その時、「こんばんはぁ~」と、いきなり女性の声がして、みんなで驚いて出入り口の方へ目をやると、松本あかりと久保メグミが入って来た。
「なんだよー。どうしたんだよー」
と、河嶋が嬉しそうに声を掛けたが、他の面々はみんな驚いて目を見張っていた。
「すみませーん。服地の忘年会に押しかけて来ちゃって。でも、結城さんの送別会も兼ねてるって聞いたので、ちょっとだけでも参加させて貰いたいと思って来ちゃいました~」
久保メグミが全く悪びれた様子も無く、明るい笑顔でそう言うと、結城の隣に腰かけた。それを見た松本あかりが、反対側の結城の隣に腰掛ける。
「ちょっと、何なのよ、あれは」
浜田が不愉快そうに言った。
「鮎川さん、いいの?」
睦子に顔を寄せてきた。
睦子は苦笑した。
良いわけでは無いが、しょうがない人達だな、と思う。
結城は困惑した表情を見せていた。
「結城さんもさ。彼女に義理だてしなくても、こんなに綺麗どころに人気があるんだから、こっちを選べばいいのに」
河嶋が不謹慎な言葉を口にした。それだけで、この男がどれだけ不誠実なのかが分かると言うものだ。
しかも、和子がこの場にいるのに。
「恩田さん、別れて良かったんじゃない?酷い男じゃん、あいつ」
軽蔑の眼差しだ。
京子の言葉に、和子は笑った。
「そうですよ。俺、大事にしますから」
工藤は真剣な顔つきだ。本気さが伝わってくる。
そんなこちらの気配に気づいたのか、河嶋が胡散臭そうな目つきでこっちを見た。
「アユちゃん、昨日は休みだったよな。日曜日に休むなんて、なんかあったの?」
不機嫌そうな顔で言われた。
なんで、あたしに絡んでくるんだろう。益々不愉快に思う。
睦子が何て答えようかと逡巡していたら、いきなり弓田主任が口を挟んで来た。
「昨日のアユちゃんの休みは、俺から結城君への餞別なんだよ」
「はぁ?」
主任の言葉に、河嶋が思いきり驚いた。
「何ですか、それ。全然言ってる事の意味が分からないんですけど」
睦子は主任の突然の言葉に驚いた。
まさか主任が二人の事を口にしてくるとは思ってもみなかった。
「しょうがないなぁ。結城君、今日、この場で、みんなに話すって言って無かったか?そろそろ話したらどうなんだ?グズグズしてるから、余計な子達まで入りこんで来ちゃったじゃないか」
「余計な子達って、私達の事ですか?」
あかりが納得できないような声をあげた。
「そうだよ。服地の忘年会なのに、部外者が入って来るんだからな」
どうやら主任も、快く思って無いようだ。
「ひどーい」
二人はむくれながら文句を言った。
「アユちゃん、こっちへ来なさい」
主任が睦子に向かってそう言った。
浜田が肘で睦子をつついた。
「ええ?むっちゃん、どういう事?」
京子が小声で睦子に問いかけた。睦子は微笑むと、立ちあがって主任のそばまで移動した。
それを見た結城が立ちあがって、睦子の隣に立った。
みんなが驚いた顔をして二人に注目した。
「俺の彼女です」
結城はそう言って、睦子の肩を抱き寄せた。