第59話
文字数 2,954文字
結城の突然の言葉を受けて、場が騒然となった。
「ちょっと、結城さん、冗談はやめてくれよ~」
河嶋の声が尖 っている。
「なんでアユちゃんなんだよ。幾らなんでもお手軽過ぎるじゃん。彼女がいるって聞いてるけど、アユちゃんなんて、やめてよ」
河嶋の言葉に、ムッとした。
「ちょっと河嶋さん、それはいくらなんでも酷いんじゃない?むっちゃんに対して失礼じゃない」
京子は顔を怒らせている。
「悪い。別にアユちゃんがどうのって訳じゃ無くてさ。身を守る為にわざわざ身近にいるアユちゃんをダシに使わなくてもって意味だよ」
「同じ事じゃないの。やっぱり河嶋さんは酷いわよ」
と浜田が言った。
「だからぁ~」
尚も言葉を続けようとした河嶋を、主任が制した。
「河嶋君。言葉が過ぎるぞ。みんなが言う通り、アユちゃんに対して失礼だぞ」
主任の一声で、場が静かになった。
「二人とも、座ったらどうだ」
主任はそう言うと、隣にいる工藤にズレるように言って、自分の隣の席を勧めた。
二人は空いた場所へ腰をおろした。
「ねぇねぇ、本当なの?」
着席した途端、向かいに座っている京子が訊ねて来た。
恥じらう睦子の代わりに、結城が「本当だよ」と答えた。
「鮎川さんが昨日休んだのは、俺が主任に頼んだからなんです。どうしても、イブの晩を一緒に翌日まで過ごしたかったので、二人で休みが取れるように、頼みこみました」
結城が真っ赤な顔をしている。結城の言葉に睦子も赤くなった。
「本当なら、そんな頼みは却下なんだけど、結城君も今月で辞めるし、アユちゃんも、うちの仕事で故障したようなもんだから、結城君への餞別とアユちゃんへの罪滅ぼしと、俺からのクリスマスプレゼントって事で、休みあげたの」
「主任、粋な事をしますね」
浜田がにこやかに言った。
「ほんとー。主任、凄い!優しい人だったんだねー、主任って」
京子は心底感心したような顔だ。
「バカ、何言ってるんだ。俺はいつだって優しいだろうが」
大きな丸い目を更に見開いて、主任はそう言った。
「一体、いつからなんだい」
佐々木の質問に、「夏ごろだよね?」と結城が睦子に確認してきた。
睦子は黙って頷いた。
「じゃぁ、あたしの彼が大学の先輩を紹介しようって時には?」
「あの時は、まだ……」
だが、あの日だった。ゲーセンに誘われて、ニ人きりで遊んだのは。
「ねぇ、どうして鮎川さんなの?」
松本あかりが、不服そうな顔をして訊いてきた。
「そうだよ。アユちゃんをけなすわけじゃないけど、前から色んな女子からアプローチされてたじゃん。身近で一緒に仕事してるって言っても、他の子達との方が、随分多くの時間を過ごしてたと思うのに」
河嶋の言葉に、結城は思いきり笑顔になった。
「職場で一緒に過ごす時間が僅かでも、俺は彼女を好きになっちゃったんですよ。どうしてなのかって訊かれても困るけど、俺の好みは鮎川さんみたいな女性なんで」
八重歯を見せて照れたように笑う結城の顔を、睦子は可愛いと思った。
「結城さん、女性を見る目があるわね。前からどんなタイプが好みなのかしらって思ってたけど、見直したわぁ。ねぇ?主任?」
浜田がそう言って主任に振った。主任は、「おう」と答えた。
「俺も、結城君は見る目があると思うよ。アユちゃんは、いい子だよ。頭はいいし、優しいし、仕事はできるし、しっかりしてるし。それに、面白いよなぁ?どれだけ笑わせてもらったことか」
主任の言葉に、河嶋と部外者二人組以外の全員が爆笑した。
「むっちゃん。何か色々とごめんね。だってむっちゃん、何も言ってくれないから。彼氏がいるって分かってたら、余計な事しなかったのに」
京子の言葉に、睦子は首を振った。
「あたしこそ、ごめんね。同じ売り場だし、みんなに知られるのが恥ずかしくて」
「だけど、本当に二人とも、全然分からなかったよね。隠すの上手いと言うか…」
和子の言葉に、睦子は結城と二人で顔を見合わせて笑った。
「あたしはね。知ってたのよ、二人の事を」
浜田が威張るように言った。
「ええー?どうしてですかぁ?むっちゃん、浜田さんにだけ喋ってたの?」
睦子は首を振る。
「実はね。台風が来て、電車が止まっちゃった日があったでしょ」
浜田の話しに、そこにいた全員が耳を傾けた。
「あの時、あたしの兄貴の車で、鮎川さんは帰る予定だったんだけど、状況が芳 しく無くて、なかなか来なくてね。そしたら、結城さんから電話があって。結城さんってば、みんなを送り終えた後、会社へ戻って来たのよ。それで、鮎川さんは僕が送りますって」
「ええー?すごーい!あの嵐の中、会社まで戻って来たのぉ?むっちゃんの為にぃ?」
「そうなのよ。店長が、危険だからって止めるのにきかなくてね。どうして、そんなに送りたがるんだって問われて、『恋人だからです!自分が彼女を守りたいんです』って。もう、すっごい驚いちゃったわよ」
うわぁーっ!すごーーい!!カッコイイ!と、みんなが声を揃えて言った。
睦子は恥ずかしくて居たたまれない。結城も照れ笑いをしている。
「そう言う訳で、あたしはあの時から二人の事を知ってるって訳。でも店長に口止めされてね。二人もそうよね?社内では公にしないようにって」
京子が納得できないような顔で「どうして?」と訊いてきた。
「風紀が乱れるから、ですって。既に、誰かさんのせいで乱れてたからね」
浜田は横目で河嶋の方をチラッと見た。
河嶋はずっと不機嫌そうに水割りを飲んでいる。
「だから、彼女がいる、としか言わなかったんだ~」
和子の言葉に、結城は頷いた。
「本当は、言いたかったんだけどね。俺、こう見えても、結構照れ屋なんだよ。だから恥ずかしいのもあったし。でも、公言しなかったせいで、何か色んな噂が飛び交って、そのせいで彼女に不安な思いをさせちゃってさ。反省してるんだ」
「そっかぁ。凄かったもんねぇ、別の人との噂が」
京子がチラっとあかりの方に視線を飛ばして、そう言った。
あかりは、そんな場の雰囲気を察したのか、「もう帰りましょ?」とメグミに言うと立ち上がった。
「お邪魔しました。失礼します」
メグミも慌てて立ち上がって一礼すると、あかりを追うように出て行った。
「おい、待ってくれよ、おい!」
そんな二人を慌てて河嶋が追って行く。
浜田が、「あー、せいせいした」と言うと、みんなは笑った。
「大体、図々しいわよね、あの子たち。彼女がいるって分かってるのに積極的にアプローチしてくるんですものね。あたしならご免だわ。間違っても好きになんてならない」
「俺も同じです」
結城が浜田の言葉に同意した。
浜田はニッコリして、「それを聞いて安心したわ」と言った。
「浮気したら、駄目だぞぉ!」
京子の子言葉に、「しないよ、絶対に」と結城が強い口調で返した。
「アユちゃん、良かったね…」
「ありがとう。恩田さんも、工藤君といい感じで良かった」
二人は頷き合った。
色々あったけど、今は幸せだ。
「じゃぁ、もう一度乾杯するか」
主任の言葉に皆は賛成した。
「じゃぁ、二人の前途を祝して。そして皆の前途を祝して、カンパーイ!」
「カンパーーイ!」
再びグラスが重なり合い、前にも増して場が明るくなった。
睦子は結城の隣で皆と楽しく飲めるのがとても幸せだった。
「ちょっと、結城さん、冗談はやめてくれよ~」
河嶋の声が
「なんでアユちゃんなんだよ。幾らなんでもお手軽過ぎるじゃん。彼女がいるって聞いてるけど、アユちゃんなんて、やめてよ」
河嶋の言葉に、ムッとした。
「ちょっと河嶋さん、それはいくらなんでも酷いんじゃない?むっちゃんに対して失礼じゃない」
京子は顔を怒らせている。
「悪い。別にアユちゃんがどうのって訳じゃ無くてさ。身を守る為にわざわざ身近にいるアユちゃんをダシに使わなくてもって意味だよ」
「同じ事じゃないの。やっぱり河嶋さんは酷いわよ」
と浜田が言った。
「だからぁ~」
尚も言葉を続けようとした河嶋を、主任が制した。
「河嶋君。言葉が過ぎるぞ。みんなが言う通り、アユちゃんに対して失礼だぞ」
主任の一声で、場が静かになった。
「二人とも、座ったらどうだ」
主任はそう言うと、隣にいる工藤にズレるように言って、自分の隣の席を勧めた。
二人は空いた場所へ腰をおろした。
「ねぇねぇ、本当なの?」
着席した途端、向かいに座っている京子が訊ねて来た。
恥じらう睦子の代わりに、結城が「本当だよ」と答えた。
「鮎川さんが昨日休んだのは、俺が主任に頼んだからなんです。どうしても、イブの晩を一緒に翌日まで過ごしたかったので、二人で休みが取れるように、頼みこみました」
結城が真っ赤な顔をしている。結城の言葉に睦子も赤くなった。
「本当なら、そんな頼みは却下なんだけど、結城君も今月で辞めるし、アユちゃんも、うちの仕事で故障したようなもんだから、結城君への餞別とアユちゃんへの罪滅ぼしと、俺からのクリスマスプレゼントって事で、休みあげたの」
「主任、粋な事をしますね」
浜田がにこやかに言った。
「ほんとー。主任、凄い!優しい人だったんだねー、主任って」
京子は心底感心したような顔だ。
「バカ、何言ってるんだ。俺はいつだって優しいだろうが」
大きな丸い目を更に見開いて、主任はそう言った。
「一体、いつからなんだい」
佐々木の質問に、「夏ごろだよね?」と結城が睦子に確認してきた。
睦子は黙って頷いた。
「じゃぁ、あたしの彼が大学の先輩を紹介しようって時には?」
「あの時は、まだ……」
だが、あの日だった。ゲーセンに誘われて、ニ人きりで遊んだのは。
「ねぇ、どうして鮎川さんなの?」
松本あかりが、不服そうな顔をして訊いてきた。
「そうだよ。アユちゃんをけなすわけじゃないけど、前から色んな女子からアプローチされてたじゃん。身近で一緒に仕事してるって言っても、他の子達との方が、随分多くの時間を過ごしてたと思うのに」
河嶋の言葉に、結城は思いきり笑顔になった。
「職場で一緒に過ごす時間が僅かでも、俺は彼女を好きになっちゃったんですよ。どうしてなのかって訊かれても困るけど、俺の好みは鮎川さんみたいな女性なんで」
八重歯を見せて照れたように笑う結城の顔を、睦子は可愛いと思った。
「結城さん、女性を見る目があるわね。前からどんなタイプが好みなのかしらって思ってたけど、見直したわぁ。ねぇ?主任?」
浜田がそう言って主任に振った。主任は、「おう」と答えた。
「俺も、結城君は見る目があると思うよ。アユちゃんは、いい子だよ。頭はいいし、優しいし、仕事はできるし、しっかりしてるし。それに、面白いよなぁ?どれだけ笑わせてもらったことか」
主任の言葉に、河嶋と部外者二人組以外の全員が爆笑した。
「むっちゃん。何か色々とごめんね。だってむっちゃん、何も言ってくれないから。彼氏がいるって分かってたら、余計な事しなかったのに」
京子の言葉に、睦子は首を振った。
「あたしこそ、ごめんね。同じ売り場だし、みんなに知られるのが恥ずかしくて」
「だけど、本当に二人とも、全然分からなかったよね。隠すの上手いと言うか…」
和子の言葉に、睦子は結城と二人で顔を見合わせて笑った。
「あたしはね。知ってたのよ、二人の事を」
浜田が威張るように言った。
「ええー?どうしてですかぁ?むっちゃん、浜田さんにだけ喋ってたの?」
睦子は首を振る。
「実はね。台風が来て、電車が止まっちゃった日があったでしょ」
浜田の話しに、そこにいた全員が耳を傾けた。
「あの時、あたしの兄貴の車で、鮎川さんは帰る予定だったんだけど、状況が
「ええー?すごーい!あの嵐の中、会社まで戻って来たのぉ?むっちゃんの為にぃ?」
「そうなのよ。店長が、危険だからって止めるのにきかなくてね。どうして、そんなに送りたがるんだって問われて、『恋人だからです!自分が彼女を守りたいんです』って。もう、すっごい驚いちゃったわよ」
うわぁーっ!すごーーい!!カッコイイ!と、みんなが声を揃えて言った。
睦子は恥ずかしくて居たたまれない。結城も照れ笑いをしている。
「そう言う訳で、あたしはあの時から二人の事を知ってるって訳。でも店長に口止めされてね。二人もそうよね?社内では公にしないようにって」
京子が納得できないような顔で「どうして?」と訊いてきた。
「風紀が乱れるから、ですって。既に、誰かさんのせいで乱れてたからね」
浜田は横目で河嶋の方をチラッと見た。
河嶋はずっと不機嫌そうに水割りを飲んでいる。
「だから、彼女がいる、としか言わなかったんだ~」
和子の言葉に、結城は頷いた。
「本当は、言いたかったんだけどね。俺、こう見えても、結構照れ屋なんだよ。だから恥ずかしいのもあったし。でも、公言しなかったせいで、何か色んな噂が飛び交って、そのせいで彼女に不安な思いをさせちゃってさ。反省してるんだ」
「そっかぁ。凄かったもんねぇ、別の人との噂が」
京子がチラっとあかりの方に視線を飛ばして、そう言った。
あかりは、そんな場の雰囲気を察したのか、「もう帰りましょ?」とメグミに言うと立ち上がった。
「お邪魔しました。失礼します」
メグミも慌てて立ち上がって一礼すると、あかりを追うように出て行った。
「おい、待ってくれよ、おい!」
そんな二人を慌てて河嶋が追って行く。
浜田が、「あー、せいせいした」と言うと、みんなは笑った。
「大体、図々しいわよね、あの子たち。彼女がいるって分かってるのに積極的にアプローチしてくるんですものね。あたしならご免だわ。間違っても好きになんてならない」
「俺も同じです」
結城が浜田の言葉に同意した。
浜田はニッコリして、「それを聞いて安心したわ」と言った。
「浮気したら、駄目だぞぉ!」
京子の子言葉に、「しないよ、絶対に」と結城が強い口調で返した。
「アユちゃん、良かったね…」
「ありがとう。恩田さんも、工藤君といい感じで良かった」
二人は頷き合った。
色々あったけど、今は幸せだ。
「じゃぁ、もう一度乾杯するか」
主任の言葉に皆は賛成した。
「じゃぁ、二人の前途を祝して。そして皆の前途を祝して、カンパーイ!」
「カンパーーイ!」
再びグラスが重なり合い、前にも増して場が明るくなった。
睦子は結城の隣で皆と楽しく飲めるのがとても幸せだった。