第25話
文字数 3,052文字
遥子が選んでくれた服は、コットン素材でストンとしたワンピースだった。
膝頭が見えるくらいのスカート丈に、首は衿無しの広口、肩にすっきりしたリボンが付いていて袖は肘上の長さで袖口が軽く絞ってあり、フンワリしている。
明るく薄いグレーブルー地に、ウエストから下に太いブルーのボーダーが二本入っていて、スカート縁のラインだけが軽い茶がかったグレーだった。
上品で可愛らしい。だが甘くなり過ぎずにあっさりした感じだ。衿が無くてすっきりしているので首元が少々寂しい。
睦子は長さと種類の違う小粒のパールのネックレスを三つ重ねた。足許は白のサンダル。バックは夏らしくカゴタイプの持ち手が長めの物にした。
こんな風に、男性と駅で待ち合わせるのは久しぶりだった。
遅れるのが嫌なので、約束の時間よりも大分早くに到着してしまった。その辺のコーヒーショップで時間を潰しても良い程の余裕だったが、そんな気にはなれなくて、睦子は待ち合わせ場所に立っていた。
時間が早いから、まだ来ないのはわかっている。
それでも、ついつい辺りに視線を飛ばしてしまう。
いつもの火曜日のこの時間なら、人の数はそう多く無い。だが夏休みの時期だからだろう。睦子の視界の中を多くの人間が行き来している。若者が多い。その姿を見て、自分のファッションは流行遅れでおかしく無いだろうかと不安に思ったりする。
遥子は可愛いと言ってくれたし、自分でもそう思った。
とても気に入ったから購入した。だけど実際のところはどうなんだろう?
結城はどう思うだろうか。
時間が気になって、睦子は頻繁に腕時計に目をやるが、思いのほか時間は経っていない。前回見た時より二分しか経っていないのを知り、思わず溜息が洩れた。
心臓の鼓動が激しい。時計の針が進むごとに、その激しさは増している。耳の奥から聞こえてくるような感じがした。
(どうしよう?)
足が小さく震えている事に気付いた。
どうしよう?どうしよう??
何でこんなに緊張するんだろう。
初めての恋でも無いし、生まれて初めてのデートなわけでも無いのに…。
永遠とも思われる時間の経過のあと、雑踏の中に結城の姿を見つけた。
背の高い結城は目立つ。
横浜駅西口の方からこちらに向かって歩いて来る結城の姿を見て、睦子の胸の高鳴りは一挙に高まった。破裂寸前だ。顔が赤くなっているのが自分でも分かった。そんな自分が恥ずかしい。
結城はすぐに睦子に気付くと手を上げて笑った。その笑顔が眩しい。睦子も軽く手を上げる。
人の波から出て来た結城の全身を見て、カッコイイ!と思わず呟く。
結城は薄いブルージンズに紺のポロシャツを着ていた。衿が丸く、細い白のラインが入っていて、同じラインが袖にも入っている。袖の方も袖口が丸い感じでとてもお洒落だ。
背中には大きめのグレーのボディバッグ、足許は裸足にサンダルだ。
「おはよう」
結城は睦子の目の前に立って、八重歯を見せて笑った。
(うっわぁ~。どうしよう。素敵過ぎる…。)
眩暈がしそうだ。このまま、目の前の逞しい体に雪崩れ込みたい気分だった。
「おはよぅ…」
眩しい笑顔を正視できなくて、睦子は俯き加減になる。
「なんか、凄い新鮮」
結城の言葉に、えっ?と睦子は見上げた。
「今日のアユちゃん、可愛い」
そう言って笑う結城の顔が僅かに赤くなっているような気がした。
日焼けしているからハッキリとはわからないが、少しはにかんでいるように見える。
「あ、あの…、ありがとう…」
睦子は真っ赤になった。
「じゃぁ…、行こうか」
結城は睦子を促して歩き出した。睦子は結城の左隣に半歩くらい下がって歩いた。並んで歩くのが気恥ずかしい。
考えてみると、こうして異性と並んで街中を歩くのは学生の時、以来かもしれない。富樫とはドライブばかりだったから、一緒に街中を歩いた事は無かった。
「アユちゃんは映画、好き?」
「うん。好き」
相鉄ムービルの方へ歩きながら、結城が問いかけて来た。
「よく観るの?」
「映画館ではあんまり…。だって休みが平日だと、一緒に観に行く友達がいないんだもの」
「そうだよなぁ。俺は男だから、たまに一人で観に行くけど、女の子は一人じゃ嫌だよね」
結城も映画好きと知って、嬉しくなった。
「今日は、何を観るの?」
普段ならどんな映画が上映されているのかネットで事前に調べておく睦子だが、今回はファッションの事ばかりに気を取られ、何が公開されているのか全く知らなかった。
結城の口から出たタイトルは、アクション映画だった。
「苦手?」
「ううん。大丈夫よ」
睦子は取りたててアクション映画が好きな訳でも嫌いな訳でもない。読む本と同じで、映画もジャンルでの好き嫌いはあまり無く、内容に興味を覚えるか否かだった。
今回のタイトルは、可も無く不可も無くと言ったところだ。
映画館へ続く橋を渡り、館内へ入る。
陽射しが強くて暑い外とは対照的に、中は涼しかった。
心臓の鼓動は少し落ち着いて来た。このシチュエーションに馴れたのかもしれない。
窓口には人が少し並んでいた。その最後尾に結城が立ったので、睦子も並んで立ち、バッグの口を開いて財布を取り出したら、結城がそれを遮 った。
「今日はいいよ」
「えっ?」
今日はいいって、どういう意味なのか。
「今日は全部、俺が持つ」
睦子は言葉の意味を理解しかねた。
前の人間が進んだので、二人も前へ進んだ。
「あ、あの…、どういう意味?」
「ここじゃ恥ずかしいから、チケット買ってから話すから。とにかく、お財布はしまって」
結城に言われて、仕方なく睦子は財布をバッグへしまった。
いいのだろうか。買ってもらっても…。
順番が回ってきて、チケットを買った後、結城は人が少ない場所まで行くと睦子の方を振り返り、「はい」とチケットを差しだした。
睦子は「ありがとう」と言って受け取った。
「今日はさ。初めてのデートだからさ。お金は全部俺が払うから」
睦子はその言葉に驚いた。それは、とんでもなく大盤振る舞いなのではなかろうか。
「ええ?でも…、だって、あの…」
頭の中に『初めてのデート』と言う言葉がこだまする。
デート…、なんだ…。
と、反芻しつつも、戸惑った……。
「アユちゃんは今日はお財布を出さない事。いいね?」
驚きのあまり、唖然となる。
すごく嬉しい反面、良いのだろうかとも思う。
「嬉しいけど…、何だか申し訳無い気もするんだけど…」
「どうして?」
「どうしてって…。あまりお金を使わすのも気が引けるって言うか…」
睦子の言葉に、結城はにっこりと笑った。
「アユちゃん、優しいんだな」
睦子は首を振った。
「そうじゃないの。優しいとか、そんなんじゃなくて…」
「奢 られるのが嫌だとか?」
「違うの。そうじゃなくて…」
「最初くらいさ。いい格好、させてくれないかな」
そう言って優しい笑みを浮かべる結城を見て、心臓をギュッと掴まれたように感じた。そのせいで酸素が全身に行き渡らなくなって、窒息しそうに思う程、胸苦しい。
いちいち相手の言葉に反応してしまう。
『最初』と言うからには、二回目以降もあるということか。
そう思うと、一層、胸が苦しくなってくる。ここで自分を押し通したら、逆に嫌われてしまうだろうか。それは嫌だ。
睦子は結城の好意を素直に受け入れる事にして、コクリと頷いた。
「わかった。ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうね…」
「良かった。じゃあ、入ろう」
結城は安心したような顔になって、睦子を促した。
膝頭が見えるくらいのスカート丈に、首は衿無しの広口、肩にすっきりしたリボンが付いていて袖は肘上の長さで袖口が軽く絞ってあり、フンワリしている。
明るく薄いグレーブルー地に、ウエストから下に太いブルーのボーダーが二本入っていて、スカート縁のラインだけが軽い茶がかったグレーだった。
上品で可愛らしい。だが甘くなり過ぎずにあっさりした感じだ。衿が無くてすっきりしているので首元が少々寂しい。
睦子は長さと種類の違う小粒のパールのネックレスを三つ重ねた。足許は白のサンダル。バックは夏らしくカゴタイプの持ち手が長めの物にした。
こんな風に、男性と駅で待ち合わせるのは久しぶりだった。
遅れるのが嫌なので、約束の時間よりも大分早くに到着してしまった。その辺のコーヒーショップで時間を潰しても良い程の余裕だったが、そんな気にはなれなくて、睦子は待ち合わせ場所に立っていた。
時間が早いから、まだ来ないのはわかっている。
それでも、ついつい辺りに視線を飛ばしてしまう。
いつもの火曜日のこの時間なら、人の数はそう多く無い。だが夏休みの時期だからだろう。睦子の視界の中を多くの人間が行き来している。若者が多い。その姿を見て、自分のファッションは流行遅れでおかしく無いだろうかと不安に思ったりする。
遥子は可愛いと言ってくれたし、自分でもそう思った。
とても気に入ったから購入した。だけど実際のところはどうなんだろう?
結城はどう思うだろうか。
時間が気になって、睦子は頻繁に腕時計に目をやるが、思いのほか時間は経っていない。前回見た時より二分しか経っていないのを知り、思わず溜息が洩れた。
心臓の鼓動が激しい。時計の針が進むごとに、その激しさは増している。耳の奥から聞こえてくるような感じがした。
(どうしよう?)
足が小さく震えている事に気付いた。
どうしよう?どうしよう??
何でこんなに緊張するんだろう。
初めての恋でも無いし、生まれて初めてのデートなわけでも無いのに…。
永遠とも思われる時間の経過のあと、雑踏の中に結城の姿を見つけた。
背の高い結城は目立つ。
横浜駅西口の方からこちらに向かって歩いて来る結城の姿を見て、睦子の胸の高鳴りは一挙に高まった。破裂寸前だ。顔が赤くなっているのが自分でも分かった。そんな自分が恥ずかしい。
結城はすぐに睦子に気付くと手を上げて笑った。その笑顔が眩しい。睦子も軽く手を上げる。
人の波から出て来た結城の全身を見て、カッコイイ!と思わず呟く。
結城は薄いブルージンズに紺のポロシャツを着ていた。衿が丸く、細い白のラインが入っていて、同じラインが袖にも入っている。袖の方も袖口が丸い感じでとてもお洒落だ。
背中には大きめのグレーのボディバッグ、足許は裸足にサンダルだ。
「おはよう」
結城は睦子の目の前に立って、八重歯を見せて笑った。
(うっわぁ~。どうしよう。素敵過ぎる…。)
眩暈がしそうだ。このまま、目の前の逞しい体に雪崩れ込みたい気分だった。
「おはよぅ…」
眩しい笑顔を正視できなくて、睦子は俯き加減になる。
「なんか、凄い新鮮」
結城の言葉に、えっ?と睦子は見上げた。
「今日のアユちゃん、可愛い」
そう言って笑う結城の顔が僅かに赤くなっているような気がした。
日焼けしているからハッキリとはわからないが、少しはにかんでいるように見える。
「あ、あの…、ありがとう…」
睦子は真っ赤になった。
「じゃぁ…、行こうか」
結城は睦子を促して歩き出した。睦子は結城の左隣に半歩くらい下がって歩いた。並んで歩くのが気恥ずかしい。
考えてみると、こうして異性と並んで街中を歩くのは学生の時、以来かもしれない。富樫とはドライブばかりだったから、一緒に街中を歩いた事は無かった。
「アユちゃんは映画、好き?」
「うん。好き」
相鉄ムービルの方へ歩きながら、結城が問いかけて来た。
「よく観るの?」
「映画館ではあんまり…。だって休みが平日だと、一緒に観に行く友達がいないんだもの」
「そうだよなぁ。俺は男だから、たまに一人で観に行くけど、女の子は一人じゃ嫌だよね」
結城も映画好きと知って、嬉しくなった。
「今日は、何を観るの?」
普段ならどんな映画が上映されているのかネットで事前に調べておく睦子だが、今回はファッションの事ばかりに気を取られ、何が公開されているのか全く知らなかった。
結城の口から出たタイトルは、アクション映画だった。
「苦手?」
「ううん。大丈夫よ」
睦子は取りたててアクション映画が好きな訳でも嫌いな訳でもない。読む本と同じで、映画もジャンルでの好き嫌いはあまり無く、内容に興味を覚えるか否かだった。
今回のタイトルは、可も無く不可も無くと言ったところだ。
映画館へ続く橋を渡り、館内へ入る。
陽射しが強くて暑い外とは対照的に、中は涼しかった。
心臓の鼓動は少し落ち着いて来た。このシチュエーションに馴れたのかもしれない。
窓口には人が少し並んでいた。その最後尾に結城が立ったので、睦子も並んで立ち、バッグの口を開いて財布を取り出したら、結城がそれを
「今日はいいよ」
「えっ?」
今日はいいって、どういう意味なのか。
「今日は全部、俺が持つ」
睦子は言葉の意味を理解しかねた。
前の人間が進んだので、二人も前へ進んだ。
「あ、あの…、どういう意味?」
「ここじゃ恥ずかしいから、チケット買ってから話すから。とにかく、お財布はしまって」
結城に言われて、仕方なく睦子は財布をバッグへしまった。
いいのだろうか。買ってもらっても…。
順番が回ってきて、チケットを買った後、結城は人が少ない場所まで行くと睦子の方を振り返り、「はい」とチケットを差しだした。
睦子は「ありがとう」と言って受け取った。
「今日はさ。初めてのデートだからさ。お金は全部俺が払うから」
睦子はその言葉に驚いた。それは、とんでもなく大盤振る舞いなのではなかろうか。
「ええ?でも…、だって、あの…」
頭の中に『初めてのデート』と言う言葉がこだまする。
デート…、なんだ…。
と、反芻しつつも、戸惑った……。
「アユちゃんは今日はお財布を出さない事。いいね?」
驚きのあまり、唖然となる。
すごく嬉しい反面、良いのだろうかとも思う。
「嬉しいけど…、何だか申し訳無い気もするんだけど…」
「どうして?」
「どうしてって…。あまりお金を使わすのも気が引けるって言うか…」
睦子の言葉に、結城はにっこりと笑った。
「アユちゃん、優しいんだな」
睦子は首を振った。
「そうじゃないの。優しいとか、そんなんじゃなくて…」
「
「違うの。そうじゃなくて…」
「最初くらいさ。いい格好、させてくれないかな」
そう言って優しい笑みを浮かべる結城を見て、心臓をギュッと掴まれたように感じた。そのせいで酸素が全身に行き渡らなくなって、窒息しそうに思う程、胸苦しい。
いちいち相手の言葉に反応してしまう。
『最初』と言うからには、二回目以降もあるということか。
そう思うと、一層、胸が苦しくなってくる。ここで自分を押し通したら、逆に嫌われてしまうだろうか。それは嫌だ。
睦子は結城の好意を素直に受け入れる事にして、コクリと頷いた。
「わかった。ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうね…」
「良かった。じゃあ、入ろう」
結城は安心したような顔になって、睦子を促した。